412話 黄金の計算
「ファウスタ、アルカードさんがお呼びよ」
早朝、アメリアはファウスタの部屋に来るなりそう告げた。
「着替えたら、すぐに家令室に来るようにって」
「デボラさんには……」
侍女見習いのファウスタは毎朝、第二家女中のデボラの助手として働き、令嬢オクタヴィアの身の回りの世話をする仕事を見習っている。
その時間、家令室へ行くなら、直属の上司とも言うべきデボラにそのことを伝えなければならない。
「デボラさんには私がもう伝えておいたから、ファウスタは真っ直ぐ家令室へ行きなさい」
手際の良いアメリアが事もなげに言った。
(さすがアメリアさんなのだわ)
てきぱきと仕事をするアメリアに着替えを手伝ってもらいながら、ファウスタはその手際に感心しつつ、アルカードの呼び出しについて思案を巡らせた。
(家令室でお話しするなら、心霊探偵の報酬のことかしら?)
ファウスタは過去に、アルカードに呼ばれて家令室へ行ったことがあるが、アルカードの話はいつも魔物たちが関わる事柄についての話だ。
前回は魔物たちの依頼も含めた心霊探偵の報酬の話をしたので、また魔物たちからの報酬の話ではないかとファウスタは予想した。
(マグス商会から専属契約のお金が入ったのかな。そしたら一万二千ドログ増えるから、貯金が一万五千六百ドログになる)
マグス商会のおかげで巨大な収入が期待できそうだったので、ファウスタの心は浮き立ちはじめた。
(この前の吸血鬼ギルドの依頼の報酬が一千ドログだったから、マークウッド同盟の報酬も一千ドログかな。タニスさんの鉱石鑑定をした報酬が一千ドログで、心霊探偵のお仕事は一カ月で三千ドログくらいになるから……)
魔物たちからの報酬金額を計算したファウスタの心は、燦々と輝く太陽のような明るい喜びの光に満たされていった。
(もしかしたら、今月で、貯金が二万ドログになっちゃうかも?!)
三万ドログあれば自分の家が買えるのだ。
巨大な臨時収入のおかげで、思っていたより大分早くに三万ドログ貯められるのではないか。
(心霊探偵のお仕事は一カ月で三千ドログくらいになるのだもの。五カ月働けば一万五千ドログよ!)
心霊探偵の今月の報酬とマークウッド同盟の報酬はまだ不明だが、マグス商会の専属契約とタニスの鉱石鑑定で一万三千ドログの収入はすでに確定している。
先月の心霊探偵の報酬三千六百ドログに、今月確定しているマグス商会の専属契約金一万二千ドログ、タニスの鉱石鑑定の代金一千ドログを足せば、合計一万六千六百ドログになる。
夢の家までの三万ドログの道のりは、すでに半ばを過ぎている。
心霊探偵の仕事が月三千ドログになるのだから、早ければ四カ月後、遅くとも五カ月後には三万ドログに到達できる。
初等教育で算数を修めているファウスタは、計算力により夢までの距離を数字で把握することが出来た。
(冬になるころには三万ドログ達成しているのだわ!)
ついに大望が叶う幸福に、ファウスタの顔には自然に笑みが零れそうになったが、にやけ顔になりアメリアに変に思われないように、ファウスタは頑張って口元を引き締めた。
「ファウスタに贈り物が届いているから、それかもね」
「え?!」
アメリアの言葉に、ファウスタは黄金の数字の世界から、現実へと引き戻された。
「私に贈り物が?!」
贈り物など貰える身ではないファウスタは軽く驚いた。
身寄りのない孤児のファウスタ宛てに、他所から贈り物が届くことなど無かった。
ありがたいことにオクタヴィアはファウスタにたくさんの贈り物をしてくれる。
だが令嬢オクタヴィアは、メイドのファウスタの主人なので、「それは『贈り物』ではなく『下げ渡し』と言います」とデボラが教えてくれた。
(バジリーさんから花束を貰ったことはあるけれど……)
バジリスクスから、お茶会の招待状と、紫のロゼリアの花束を貰ったことをファウスタは思い出した。
「そうよ。マグス商会からよ」
(マグス商会?! バジリーさんかしら?!)
「まずはファウスタ宛てに届いている品についてです」
ファウスタが家令室へ行くと、白髪の老家令アルカードは早速用件を話し始めた。
アルカードの後ろにはユースティスが控えている。
(今日はティムさんはいないのね)
今までに二回、ファウスタは家令室に呼ばれたことがあるが、二回ともティムとアルカードとユースティスの三人がいた。
だが今日はティムの姿は見えない。
(眼鏡のせいで視えないわけじゃないよね)
ファウスタは普段はエーテル防護眼鏡を掛けているので、最初はティムの姿が薄くて見え難いことがある。
だがユースティスが清々しい顔をしているので、ティムはいないのだろうとファウスタは思った。
ティムがいるとき、ユースティスは大抵ピリピリしているからだ。
「これらはファウスタ宛てに届いた品です。全て魔道士からの贈り物です。差出人が魔物でしたので、失礼ながら、全てこちらで中を検めさせていただきました。危険はないようでしたのでファウスタに渡します」
アルカードはテーブルの上に置かれている五つの箱について、ファウスタに説明を始めた。
「こちらの二つは、マグス商会からファウスタへの献品です」
ファウスタがそれを抱えたら前が見えなくなってしまうくらいの、大きめの二つの箱についてアルカードは説明した。
「ファウスタが監修した終末竜バハムートと大海獣リヴァイアサンの模型です」
アルカードは次に、トレイに乗るくらいの一番小さい箱について説明した。
「こちらは魔道士ギルド長バジリスクス殿からです。中身はお茶です」
(バジリーさんから……蝶豆かしら?)
珍しい青いお茶を、バジリスクスがファウスタにプレゼントすると言っていたことをファウスタは思い出した。
「そしてこちらは魔道士プロスペロー氏から。振り子盤です」
(振り子盤!)
意外な人物からの意外な贈り物は、ファウスタにとって嬉しい驚きだった。
(振り子占いの練習ができる!)
心霊探偵の仕事で稼ぎたいファウスタは、ペンデュラム・ダウジングの腕を磨きたいと思っていたので、これは嬉しい贈り物だった。
「そしてこちらは魔道士タニスさんから。振り子盤だと聞いていますが、プロスペロー氏のものとは違うようです」
(振り子盤にも色々な種類があるのかしら)
「これらは後ほどファウスタの部屋へ運ばせます。ファウスタ、椅子をどうぞ。話があります」
(贈り物だけじゃなくて、話もあるのね。やっぱり報酬の話かしら)
アルカードに椅子を促されて、ファウスタは報酬の話を期待してわくわくしながら椅子に座った。
「心霊探偵の仕事についてのお知らせです」
(やっぱり!)
心霊探偵の仕事についてと聞いて、ファウスタは報酬の話だと思い、心が喜びに跳ねた。
しかしアルカードの次の言葉は、青天の霹靂だった。
「心霊探偵の仕事は、終了することになりました」
「……え」
夢の三万ドログまでのファウスタの黄金の計算が、黒い稲妻に打たれて砕け散った。




