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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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41話 ファンテイジ版タロット

「サロンを開くのは一年後よ。それまでに貴女は作法の勉強をしなければならないわ。貴族や富豪を相手に商売するんですもの、作法は絶対に必要よ」

「……!」


 作法の勉強がお金に繋がっていることを覚り、ファウスタの作法の勉強に対する意欲は高まった。


「はい、頑張ります!」

「貴女が作法の勉強をしている間、私も占星術の勉強を進めるわ」

「……せんせいじゅつとは何でしょうか」

「占星術というのは、星を読む占いよ。タロットカードは細かい事を占うのに向いているけれど、大きな運命の流れや性質を観るなら占星術の方が向いているの。占い師になるなら両方修めなければならないわ。タロットカードの勉強ももっとしたいし、やる事は山積みよ」


(お嬢様は難しいお勉強をなさって、あのような凄い力を手に入れたのね)


 カードの絵から運命を読み取ってみせたオクタヴィアが、星を読むという謎めいた勉強もしていると知り、ファウスタはオクタヴィアの知性にますますの敬意を抱いた。


「一年間で準備するのよ。その間サロンの計画が知られないように気を付けてね」

「一年……」


 マクレイ夫人は作法の勉強に二年かかると言っていた。

 半分の一年でそれを修めるのはきっと厳しい試練だろうとファウスタは思った。


(作法はお金を稼ぐために必要なんだもの。頑張らなければ)


「私が占い師になろうとしている事が知れてしまったらお母様は卒倒なさるかもしれないし、私は作法学校の寄宿舎に入れられてしまうかもしれない。そうなったら自分の勉強ができなくなるわ。だから絶対に秘密よ」

「はい、お嬢様」

「来年、私は十五歳なの。そしたら大人と認めてもらえる。十五歳で社交界デビューする子もいるんですもの。私も十五歳になったらサロンを開けるわ」


 オクタヴィアは何か決意するような強い眼差しでファウスタを見た。


「私たちのサロンが大勢の人たちを救うのよ」


 オクタヴィアから意外な言葉が出て、ファウスタはまたしても驚かされた。


「サロンは人助けになるのですか?!」


 ファウスタは神に背く大決心をしてオクタヴィアを選んだ。

 しかし秘密にしなければならなくても、オクタヴィアのやろうとしている事が人助けになるのであれば、神様は許してくれるのではないだろうか。


「社交界で有名な占い師や霊能者はインチキの詐欺師ばかりよ。大勢の人が詐欺師のインチキに騙されて大金を巻き上げられている。私たちのサロンがそれを阻止するのよ」

「さ、詐欺師!」


 詐欺師は犯罪者だ。

 恐ろしい犯罪者の行いを阻止するなど、子供でしかない自分には到底無理ではないかとファウスタは慄いた。


「わ、私には、犯罪者を逮捕するのは無理です……!」

「犯罪者を逮捕するのは警察の役目よ。私たちは本物の霊能力を見せてやればいいの」


 オクタヴィアは何も恐れていないようで、自信満々な顔で言った。


「それに、ほら、上手く行くって占いに出ているわ」


 オクタヴィアはテーブルの上の先程の占いで出たカードのうち、後ろ向きで棒を持っている人のカードを指した


「未来に出ている(ワンド)の3は成功への一歩を踏み出すという意味があるの。今からしっかり準備すれば良いスタートが切れて良い波に乗れるって事よ。私と貴方はもう運命共同体ですもの。これはサロンの良いスタートを示しているんじゃないかしら。そして現在のこのカード……」


 今度はオクタヴィアは真ん中の、怪しい三人のカードを指した。


金貨(ペンタクル)の3は良い勉強ができるという意味もあるの。作法も絵画もきっと能率の良い勉強ができて、貴女はめきめき力をつけるわ。霊視もさらに磨きがかかるかもしれない」


(そういえば絵の勉強もするのだったわ……)


 二年かかる作法の勉強を一年で習得しなければならない上に、絵画も習わなければならなかった事を思い出し、ファウスタは山積みの課題の圧力を感じて一瞬押しつぶされそうになった。


(上等なメイドの仕事を一生保障してもらえる取引なんだもの。甘い話じゃないのは当たり前だよね。作法も絵も、犯罪じゃないんだから、頑張って悪い事なんて一つもない。お嬢様の犯罪阻止の計画に協力できるなら良い行いなのだわ。あとは私がどれだけ頑張れるかよ)


 ファウスタは弱気になりそうな心を必死に奮い立たせた。


(『さらなる成功』で沢山のお金が貰えたら家を買えるかもしれない。家さえあれば貧民街に連れて行かれたりしない。そしたらジゼルとピコを呼ぶんだ)


 ファウスタは孤児院でジゼルやピコと人生を語り合った。

 そして誓い合ったのだ。


 ――家の値段ってどのくらいなのかな。

 ――凄く高いよ。労働者は一生働いても家なんか持てないよ。

 ――三人で働いたお金を合わせたらどうかしら。

 ――名案ね。三人で家を買って一緒に住みましょう。狭くても無いよりいいわ。

 ――たしかに三人なら、一人の三倍の早さで貯金できるね。

 ――じゃあ決まりね。


 孤児院を出てバラバラになってもずっと友達なのだ。

 一緒に頑張ってお金を貯めて、力を合わせて、いつか自分たちの家を買うのだ。


「願いはきっと叶うわ」


 まるで天啓のようにオクタヴィアが言った。


「だって星のカードが出たんですもの」

「……幽霊がめくったカードでも大丈夫でしょうか」


 ファウスタがカードを混ぜていたときに、星のカードを弾き飛ばしたのはお姫様の幽霊だ。

 ズルして出したカードのように思えた。


「レイスには何か知らせたい事があったのかもしれないわ」

「知らせたい事……」


 隣の部屋で魔法陣を出したあと、お姫様の幽霊が何か言っていたのをファウスタは思い出した。

 思い出しながら、オクタヴィアの傍らに立つお姫様に視線をやると、お姫様はファウスタの視線を受け止め、また何かしゃべっているように口を動かした。


「何か視えているの?」


 オクタヴィアがファウスタの視線を訝しんだ。


「お姫様の幽霊が何かしゃべっているのです」

「何て言っているの?」

「声が聞こえないので何を言っているのかは解りません」


 ファウスタの答えに、オクタヴィアは考え込むような顔をした。


「やっぱり何か知らせたい事があるのかもしれないわね」






「お嬢様、奥様がファウスタをお呼びです。侍女見習いとしての今後についてお話しになりたいそうです」


 美貌の侍女ミラーカはオクタヴィアの部屋に来るとそう告げた。

 用件が自分であると知り、ファウスタに軽い緊張が走った。


「それなら私も行くわ。ファウスタは私の侍女なんだもの」


 オクタヴィアが意気揚々と立ち上がった。

 そしてファウスタを振り返った。


「ファウスタ、お母様は霊を否定なさっているから、貴女の気分を害するような事を言うかもしれないけれど、気にしないでね」


(あのお優しい奥様が……?!)


 ファウスタは最初はヴァネッサの視線を少し怖いと思った。

 だがそれは最初だけで、その後のヴァネッサはずっと優しかったので、彼女が自分の気分を害するような発言をするとは思えなかった。


「お母様は科学の信者なの」


 オクタヴィアは少し困ったように眉を歪めた。


「最近はお父様を気遣って発言を控えていらっしゃるけれど、霊なんてこれっぽっちも信じてないのよ。今日の霊現象の事も、きっと家鳴りだとか突風だとか言い出すと思うけれど、気にせず聞き流してね。そういう人なの」


 オクタヴィアが少し疲れたような顔で小さく笑った。


「見えないものについて、人が想像する事は千差万別なのですわ。奥様は科学に寄り添った解釈をなさるお方なのです」


 ミラーカが優しい笑顔でそう言ったが、オクタヴィアは微妙な顔のままだった。


「窓が閉まってるのに風が吹くわけないじゃない。目の前で不思議な事が起こっているのに認めないんだから」

「人の考えとは様々なのですわ。だからこそ……」


 言いながらミラーカはテーブルの上のカードを手で示した。


「このように素晴らしいカードが生み出されたのです」

「この不思議なカードは奥様がお作りになったのですか?!」


 ミラーカの言葉と仕草が、まるでヴァネッサがタロットカードを作ったかのように受け取れるものだったので、ファウスタは吃驚して問いかけた。


「ええ、このカードは奥様の美術センスと旦那様の神秘主義(オカルト)知識によって生み出されたファンテイジ版と呼ばれるタロットカードなのです」


「タロットカード自体は昔からあったものなの。お父様は神秘主義(オカルト)知識を盛り込んだカードを作ろうとなさっていて、そこへお母様が美しい絵柄にするよう進言したのよ」


 吃驚しているファウスタを見て、オクタヴィアは面白そうに笑った。


「遊戯カードはもともと男性が賭け事に使うものだったから、タロットカードもそれまでは怖い絵ばかりだったの。お母様は美術に造詣が深くていらっしゃるから、新進の女流画家を起用するようお父様に進言なさって、それで出来たのがこのファンテイジ版タロットよ」


 オクタヴィアは少し誇らしげに胸を張った。


「絵柄が美しいカードだから女性にも売れて大人気になったの。売れに売れて、外国にも輸出しているのよ」

「外国にも!」

「そうよ。ファンテイジ版タロットは世界一売れてるタロットカードなの」


 世界一売れていると聞き、ファウスタは瞠目した。


 美しい絵柄のタロットカードは、見るからに値段が高そうなカードである。

 この高価そうなカードが売れに売れて、外国に輸出するほど売れて、世界一売れていたら、とんでもない儲けになるのではないかと思った。


(聖誕祭でもない普通の日に、二日続けて肉詰めパイを食べる贅沢が出来るんですもの。きっと凄い儲けなのだわ)


 ファウスタは事業という言葉の意味を正確には知らなかったが、すごくお金が稼げる仕事を考えて実行することが事業なのだと漠然と理解していた。


(旦那様も奥様も凄い事業家でいらっしゃるのだわ)


 マークウッド辺境伯夫妻は威厳があって優しいだけではなく、もの凄くお金を稼げる人たちでもあったのだ。

 ファウスタは改めて尊敬の念を深くした。


「旦那様と奥様は異なるお考えを持っていたからこそ、意見交換によって新しい商品が生まれたのですわ。タロットカードに美術品としての価値が付加されたため、収集品(コレクション)としてカードを集める者たちも現れ、遊戯カードに新たな市場が開かれたのです」


 ミラーカは艶然と微笑みマークウッド辺境伯夫妻の偉業を語ったが、オクタヴィアは少し残念そうに眉を歪めて口の端で笑った。


「確かにお父様はタロットカードを占いや降霊の魔道具としてしか見ていらっしゃらないから、美しいかどうかなんて気になさらないわ。お母様はタロットカードを商品としてしか見ていらっしゃらないから見た目にこだわったのでしょうけれど」


 オクタヴィアは投げやりに、両掌を上に向けて肩をすぼめた。

 そしてファウスタの方を向いて念を押した。


「まあ、お母様はそういう人だから、霊現象のことを静電気とか磁場とか言い出すと思うけれど聞き流してね。悪気があるわけじゃなくて、そういう人なのよ」


 両親について軽い失望を漂わせているオクタヴィアに、ミラーカは苦笑した。


「自分とは異なる考え方を知る事は、時には大きなチャンスを生むこともありますから、そう悪い物でもありませんわ」


(大きなチャンス!)


 ミラーカの言う『大きなチャンス』とは、ファウスタには世界一売れるカードを発明するような、大金持ちになる事業チャンスに思えた。


(奥様のお話をしっかり聞くのだわ!)


 ファウスタはぐっと拳を握りしめた。

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