406話 幸運の暴発
――マークウッド辺境伯邸の執事室。
使用人に化けている魔物たち、バーグマン、エルマー、ダミアン、ラウルの四名は、執事室で使用人としての仕事をする傍らで、ロイ・ヘイグがもたらしたマークウッドの事情について語り合っていた。
「言い出しっぺは、うちの族長だと思います」
竜人族のエルマーは、事務机で帳簿を付ける手を止め、羽根ペンを弄びながら言った。
エルマーは従僕から副執事に昇格したため、執事と同じ黒服を着ている。
「少し前に、うちの族長から手紙が来たんです。何故ティム氏が警視庁で写真を撮影していたのか詳しく教えろとね。宵闇時間を見たらしいです」
「あの心霊写真の記事ですか?」
魔物の新聞トワイライト・タイムスの主催者である吸血鬼ダミアンは、従僕として銀器を磨く仕事をしながらエルマーに問いかけた。
ティムが撮影した心霊写真をトワイライト・タイムスに掲載したのはダミアンだ。
掲載した写真は、警視庁前に佇むトンプソン警部補の幽霊の写真だった。
心霊写真として、人間の新聞に掲載された写真だ。
ティムに写真掲載をせがまれたということもあるが、人間の新聞にマークウッドの盟主代理が撮影した写真が掲載されたことは、魔物たちにとってニュース性が全く無いわけでもなかったので、ダミアンはそれを記事にして写真も添えたのだ。
「それです」
エルマーはダミアンに相槌を打った
「いつもの調査依頼でしたが……」
竜人族は、森の存続のためには人間社会の動きは無視できないと考えていた。
そのため吸血鬼ギルドの協力を得て、一族の有望な若者を王都に派遣し、情報収集をさせると同時に見聞を広めさせていた。
現在はエルマーがその役目を担っている。
竜人村から派遣されているエルマーは、人間社会の情勢や世論などをまとめた報告書を、定期的に竜人村に提出していた。
定期報告の他にも、人間社会に事件があったときには個別の調査依頼があった。
「ティム氏が警視庁に興味を持っているのなら、使えると、ガルングルン様は思いついたのでしょう。それで背景を詳しく知りたかったのでしょうね」
賢者として森の魔物たちに敬われている竜人族の長の名をエルマーは挙げた。
森の主である古竜は別として、ガルングルンは森で最高齢の魔物であり、八百年前にティムが盟主代理となるまでは、ガルングルンが森を支える柱として強い影響力を持っていた。
「ルフタ様は大賛成したと思います。目に浮かびますよ」
ドワーフ族の執事バーグマンは、ドワーフ族の長ルフタの名を挙げて、少し困ったような顔で笑った。
「不思議な力が働かなくても、ティム氏にウロチョロされたら普通に迷惑ですからね。確実に敵の足を引っ張れる名案です。問題は、ひねくれ者のティム氏は言うことを聞かず、こちらの狙い通りには動いてくれないという部分ですが。さすがは賢者ガルングルン様、上手い方法を考えたものです。ルフタ様はきっとガルングルン様の英知に乾杯して、美味い酒を飲んだことでしょう」
「ハティ様も喜んで賛成したでしょうね。それこそ、面白がって……」
狼人族のラウルは、少し残念そうに眉を歪め、狼人族の長ハティの悪い癖を語った。
「鼻つまみ者を敵陣に投げ込んで混乱させようなんて、そんな提案をされたら、ハティ様は大爆笑してそうです。普段は思慮深いのに、面白い話には軽率に乗ってしまう。もっと慎重に検討すべきなのに……」
ラウルは苦いものを噛んだように眉間に皺を刻んだ。
「どんな副作用があるか解らないのですから」
「副作用とは何ですか?」
人間だった時間を足してもまだ百歳にも満たず、魔物としては若輩者である吸血鬼ダミアンは首を傾げた。
ラウルは難しい顔をしてダミアンの質問に答えた。
「ティム氏は必ず勝利しますが、勝利をもぎとるために多大な損害が生じることがあります。強引に事を進めれば必ず歪みが生じるものです」
「何か犠牲があるということですか?」
「そうです。どんな場合でも、何かを動かせば、動かしたことによる反作用があります。大きな無理を通そうとすればするほど、大きな反作用が起こります」
「そうそう」
ラウルの生真面目な説明に、バーグマンが軽快な相槌を打ち、さらりと重い言葉を付け加えた。
「時には命とかな」
「え?!」
少し顔色を変えたダミアンに、バーグマンは朗らかな笑顔で問い返した。
「そもそもだな、強運のティム氏が、どうして早死にしたと思う?」
ティムは少年の姿をした不死者だ。
それは人間としては、少年の年齢で死亡したということだ。
「……勝利の、副作用だったんですか?」
「そのとおり」
バーグマンは頷いた。
「大昔のことだから、長老から聞いた話だがな。戦争時代にティム氏の村のすぐ近くまで敵軍が侵攻してきて、それでティム氏は村を守りたいと願ったらしい。その望みを叶えるために、本人は死んでしまったということだ」
「ティム氏は村を守るために、命を代償にしたのですね……」
ダミアンが沈痛な面持ちでそう言うと、バーグマンは少し考えるような顔をしてそれを否定した。
「代償とはちょっと違うな。それにティム氏が自ら命を差し出したわけじゃない。勝利するためには、ティム氏の死が必要だったんだ。ティム氏は多分それを知らなかった」
「ティム氏の死が、幸運の一つだったのですよ」
バーグマンの説明を、エルマーが淡々と補足した。
「村を守りたいというティム氏の望みを叶えるための最適解が、ティム氏が死んで、魔物の主となることだったんです。敵軍を撃退するには、対抗できる軍事力が必要で、ティム氏がそのとき手っ取り早く得られる軍事力はマークウッドの森の魔物たちだった。だから幸運はその方向に動いた。勝利を得るために連続した幸運の一つが、ティム氏の死だったわけです」
抑揚のない声で、無表情のままエルマーは説明を続けた。
「ティム氏は幸運により死して不死者となりました。そして幸運によりマークウッドの森の主となり、魔物を率いて敵軍を撃退し、村を守りました。勝利したのです」
「……幸運で、良かったのやら、悪かったのやら」
ラウルはしみじみと言った。
「何も戦わずとも、村を捨てて、皆で内地へ逃げるという手段もあったでしょうに。逃げていたらティム氏は人間として天寿を全うできたかもしれない」
独り言のようにそう呟いたラウルに、エルマーが淡々と反論をした。
「難民になったら、それはそれで危かったと思いますよ。戦争時代はどこも食糧不足が深刻だったようですから。家も何もかも失ったら、強運のティム氏はともかく、家族や他の村人はどうなっていたか知れない。全員無事というわけにはいかなかったでしょう。戦いに勝利して、敵を撃退するのが最善の幸運だったということです」
執事室に、しんとした沈黙が流れた。
森の魔物たちの話に、ダミアンは目を伏せて考え込むようにしていたが、やがて顔を上げて口を開いた。
「たとえ犠牲があるとしても……」
ダミアンは遠くを見るような茫洋とした眼差しで言った。
「望みを叶えるために幸運を望んでしまうのは、傲慢でしょうか」
「悪くないと思いますよ。そもそも吸血鬼というものは、そういう習性があるらしいですからね」
エルマーは怜悧そうな眼差しをダミアンに向けて答えた。
「勝利のために、どこで暴発するか解らない幸運を回避するには、なるべく自分で備えておくことです。ティム氏が幸運にも死亡した件にしても、ティム氏が最初から自由にできる軍を持っていれば、マークウッドの魔物たちの主になる必要もなく、死して不死者になる必要もなかったわけです。自分で準備できるものは出来得る限り揃えておけば、その分だけ幸運の暴発は防げるはずです」
ユーザホームががらりと変わってしまって、戸惑っています……。




