405話 マークウッドの事情
「マークウッドの森の族長たちが何故、今回に限りファンテイジ殿の我儘に賛成しているのか、詳しく調査してくるようにと竜公のご用命を受けてまいりました」
吸血鬼ギルド王都支部から、マークウッドの吸血鬼ギルド本部に遣わされた吸血鬼ロイ・ヘイグは、吸血鬼ギルド本部長のハルラエスを前にして言った。
ハルラエスは淡い色の金髪から、先の尖った耳がにゅっと突き出している。
大抵の吸血鬼は元は人間だった者だが、ハルラエスは元エルフ族である珍しい吸血鬼だ。
ハルラエスはエルフ族の魔力と吸血鬼の能力の両方を兼ね備えており、吸血鬼ギルドの一等吸血鬼の中では一番の実力者である。
吸血鬼ギルドにおいて、特等吸血鬼の二人がイングリス王国へ来るまでは、ハルラエスが竜公に次ぐ実力者だった。
「……竜公のご用命?」
ハルラエスは訝し気に眉を寄せて、宵闇時間の記者でもあるロイ・ヘイグに問い返した。
「君の個人的な興味ではないのか?」
「個人的に興味があることは否定できませんが……」
ロイ・ヘイグは悪びれずに笑顔を浮かべて答えた。
「竜公のご用命というのは本当です。今回の族長たちの行動を、王都支部の皆が不思議がっていますので、私が調査の役目を買って出たら竜公は快く許可をくださいました」
マークウッドの森の族長たち、すなわちマークウッド同盟の枢密院は、森に被害が及ばない限りは、ティムに関わることを嫌がるのが常であった。
先だってのタレイアン警視庁の怪火事件にしても、許可を求められた枢密院は「王都などどうでも良い。好きにしろ」と、魔道士たちが魔術により王都を騒がせることを二つ返事で承諾していた。
枢密院のその回答は、王都がどうなろうと森には関係がないという理由から来ていることは本当だ。
しかしその他にも、もし承諾しなかった場合にはティムが文句を言いに乗り込んで来る可能性があるので、それを避けたいという理由もあった。
ティムが森の外で騒いでいる分には、森に被害はないが、ティムが乗り込んで来たら森の平和が乱されると枢密院は判断したのだ。
その枢密院が、今回は珍しく積極的にティムの後押しをしている。
タレイアン警視庁の内部不正の調査をティムが命じた動機が、非常にくだらない我儘であることを知っているにも関わらずだ。
さらに族長たちは「タレイアン警視庁の不正を暴いて、人間たちに目にもの見せてやるがいい」「人間たちを驚かせてやれ」などと、ティムをけしかけるような言葉を、使者を通じて王都にいるティムに伝えていた。
突然ティムの我儘を応援し始めた族長たちの不審な行動について、ティムと枢密院の関係を知る者たちは皆、何か理由があると確信していた。
「森に被害があったことが原因だ」
ハルラエスは少し考えるような顔をして説明した。
「森の木を伐採して勝手に棲みついた者たちがいる。それが原因だ」
「その者たちと、ファンテイジ殿を応援することと、どんな関係あるのですか?」
「それについては、君のところのダミアンが発端を作っている」
魔物たちによる新聞トワイライト・タイムスの主催者であり、ロイ・ヘイグの友人でもあるダミアン・エルムズの名前をハルラエスは挙げた。
「ダミアンが?」
ロイ・ヘイグはますます意味が解らず首を傾げたが、ハルラエスは頷いた。
「ジュード・カニングという囚人をよろしく頼むとダミアンに言われた」
「ああ、はい」
ラシニア孤児院の元院長ジュード・カニングがタレイアン警視庁の留置所にいた際に、護衛に参加していたロイ・ヘイグは相槌を打った。
ジュード・カニングは懲役七年の刑罰が決まり、マークウッド刑務所に送られている。
「それでジェリコが、カニングの様子を見に行ったんだが……」
ジェリコというのは吸血鬼ギルドの三等吸血鬼だ。
聖職者に化けて、マークウッド刑務所で教誨師として、囚人たちに過ちを悔い改めさせる仕事をしている。
凶暴な囚人に道徳を教えるため、ジェリコは囚人に催眠術を使用することをマークウッド同盟から許可されていた。
「カニングから聞いた話をジェリコが皆に話して、それが族長たちの耳にも届いた。それからも色々とあったのだが。結論から言うと、カニングの話から、森を荒らしている連中が新世紀派だということが解った」
「ああ!」
ロイ・ヘイグは思い当たることがあり、相槌を打った。
「新世紀派の連中はよく山や森に入り込んで、勝手に集落を作ってますね。武器を隠しているかもしれません」
「王都では知られている話なのか?」
「知っている者は知っています。荒っぽいやり方で土地を占拠して、そこで信者たちが集団生活をします」
「なるほど」
ハルラエスは頷いた。
「森の木を伐採した汚らわしい連中に皆がカンカンだ。しかし不埒な奴を人間のやり方で警察に通報しても逮捕されない。逮捕されてもすぐ戻って来る」
「はい、解ります。よく知っています」
ロイ・ヘイグは大きく頷いて力強く同意を示し、ハルラエスもそれに答えるように頷いた。
「警察に逮捕された連中がすぐに戻って来るのは、警視庁や裁判所に奴らの仲間がいるからだとカニングの話から知れた。それで族長たちが一致団結した」
「だから警視庁の内部不正を暴けと!」
心強い援軍を得たかのようにロイ・ヘイグは喜色を浮かべた。
「族長たちが協力してくれるなんて、願ったり叶ったりです。私も警視庁の内部不正をどうにかできないものかと、ずっと思っていたんです」
「少し違うな……。結果的には合っているが……。だが少し違う」
ハルラエスは難しい顔をした。
「族長たちの意向は、つまり、毒をもって毒を制すということだ」
「ファンテイジ殿が毒ですか」
残念そうに笑ったロイ・ヘイグに、ハルラエスはしかつめらしい顔で頷いた。
「その通り。警視庁の内部不正を暴けというのは建前で、そこは族長たちは問題にしていない」
「と、おっしゃいますと?」
話が見えなくなったロイ・ヘイグに、ハルラエスは言葉を探るようにして言った。
「警視庁に向けてティムを発射できるなら、着火の理由は何でも良いのだ。自分が撮影した写真を新聞に掲載させて、見せびらかしたいという、くだらない理由でも問題はないのだ。だがそれでは恰好がつかない。だから警視庁の内部不正を暴けと、それらしいキレイな建前を言うことにしたのだ。しかし族長たちの目論見は……」
ハルラエスはエルフ族らしい整った顔立ちに、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「マークウッドの最終兵器ティムを、警視庁にぶつけること。ただそれだけだ」




