404話 夏の夜のお茶会(4)
「王冠の歌については、貴女に意見を求めようと思っていたのよ」
ミラーカは艶然と微笑むと、ヘカテに問いかけた。
「幽霊が合唱することってあるのかしら?」
「心を同じくする霊たちが集まっているなら、そういうことも有り得るわ」
遠くを見るような茫洋とした眼差しでヘカテは言った。
「国の命運を絶つことになった戦の前夜に、大勢の人々が、国の滅亡を予言する不吉な歌を聴いたという話もある。歌が聴こえるのは、大抵がそういう国家的な事件が起こるときね」
「国家的な事件が起こるということ?」
「不特定多数の霊が同じことを思うなんて、よほど大規模で大勢に影響を与える事件でもなければ有り得ない。そんな大きな事件なら、おそらくは国家的な大事件だろうってことよ。同じ思いを抱く幽霊たちの中に、高位の霊がいると、皆がそれに共鳴して一つにまとまることがあるの。合唱になるのはそういうときね」
「ファウスタだけではなくて、オクタヴィアお嬢様も歌を聴いているから、それなのかしら」
「大人より子供のほうがそういったものを感知しやすいわ」
「つまり、霊たちが廃太子を予言しているということ?」
楽しそうにそう言ったミラーカに、ヘカテは皮肉っぽい微笑を返した。
「はっきり言ったわね」
「あの詩の内容は、そういうことでしょう」
「そうね。そうとしか考えられない詩よね」
ヘカテは冷めた目をして独り言のように呟いた。
「……ブレンダ様とご結婚なさっていれば良かったのよ」
「デイム・ブレンダのことかしら」
「そうよ」
女騎士爵の位を授与されたデイム・ブレンダ・シモンズは、かつてエグバート王子に婚約解消されたシモンズ伯爵令嬢だ。
エグバート王子はシモンズ伯爵令嬢ブレンダとの婚約中に、フラウド伯爵令嬢マルシャと知り合い、マルシャとの結婚を望んでブレンダとの婚約を解消した。
「ブレンダ様はエグバート王子に本気で惚れこんで、王子の好みの女性になろうと涙ぐましい努力をなさった奇特なお方よ」
ヤルダバウト教の聖典では、女性は慎ましく清楚であることが、悪く言えば地味であることが美徳とされている。
そのため、大競馬のような特別な催しでもない限り、未婚の貴族令嬢はあまり派手に装うことはしなかった。
上等のものを清楚に着こなすことが令嬢の嗜みとされていた。
ロスマリネ侯爵令嬢ラーラは由緒正しい貴族の娘らしく慎ましい令嬢だった。
貴族令嬢として優等生だったロスマリネ侯爵令嬢を、女優に熱を上げていたエグバート王子が「地味でつまらない」と評したのは当然の結果といえる。
一方で、シモンズ伯爵令嬢ブレンダは、エグバート王子の好みに合わせて常に華やかに装っていた。
「風聞が悪くなる危険を冒してまで、お化粧や装いをエグバート王子の好みに合わせようとなさる令嬢なんて他にいなかったわ。健気な令嬢だったのに勿体ないことをしたわね」
「ただの伯爵令嬢より、才女の伯爵令嬢のほうが、より価値がある女性に思えたのよ」
前者、ただの伯爵令嬢とは、シモンズ伯爵令嬢ブレンダのことだ。
後者、才女の伯爵令嬢とは、女性の身で大学入学資格試験に合格し、タレイアン大学を優秀な成績で卒業した才女と喧伝されていたフラウド伯爵令嬢マルシャのことだ。
マルシャ・フラウドの論文が、タレイアン大学で最優秀賞に選ばれたことは新聞記事にもなっていた。
その論文の真の作者がラシニア孤児院の元院長ジュード・カニングであることは知られていないが、実際のマルシャの知性に触れた者たちは、論文は代筆によるものだろうと確信していた。
論文が最優秀賞をとったという新聞記事にしても、新世紀派とマルシャと繋がりを知る者たちは、マルシャをエグバート王子に売り込むために、新世紀派がマルシャの賞賛記事を新聞社に書かせたのだろうと疑っていた。
「親が選んだ妃候補ではなく、自分が探し出した優秀な女性だという、手柄を誇るような気持ちもあったと思うわ」
「新世紀派に仕組まれた出会いだったのにね」
「そうなのよね」
ヘカテの冷めきった言葉に、ミラーカは残念そうな顔で笑った。
「新世紀派が選んだ花嫁を、自分が発見したように思ってしまったのよね」
「あの女の学歴がハリボテだってことは妃教育の惨状で見抜けたでしょうに。一年もしないうちにあの女のメッキは全て剥がれて、十年後にはブレンダ様が本物の才女になったわ」
エグバート王子との婚約が解消となったシモンズ伯爵令嬢ブレンダは、社交界から姿を消した。
しかしその数年後、女性実業家ブレンダ・シモンズの名が世間から聞こえるようになった。
エグバート王子との婚約解消からおよそ十年が経過した頃、実業家ブレンダ・シモンズは慈善活動を評価されて女騎士爵の位を授与され、デイムの称号を得た。
現在、デイム・ブレンダは才女と賞賛されている。
「あの男は面白いくらいに選択を間違えるわね」
ヘカテは哀れむような歪んだ微笑を浮かべた。
「一流の人材を片っ端から投げ捨てて、クズばかり掴んでいる。見事なまでにそちらの盟主代理殿の逆を行っているわ」
「そうね。ロスディン城から追い出された方々も、皆さんご活躍なさっているものね」
タレイアン公爵の居城であるロスディン城の管理を女王から任命されたが、タレイアン公爵に実質追い出された忠義の者たちを指してミラーカは言った。
元侍従長だったアドキンズ子爵は、現在は与党議員として活躍している。
元侍女長だったシェリンガム伯爵夫人は、現在は内務大臣夫人として慣例に従い女王の侍女に返り咲いている。
元料理長だったロジャー・シスレーは、現在は諸外国にまで名を知られている高級レストラン『黄金の鹿』の経営者であり、その功績により騎士爵を授与されている。
「そうよ。選ばれなかったお妃候補者たちも、絶交されたご学友たちも、皆さんご立派になられてご活躍なさっている。タレイアン公爵から離れると、急に風向きが変わって運が向いて来る法則でもあるみたいにね」
「さすがは、未来の国王のために選ばれた人材たちだった、ということかしら」
「立派なレールが敷かれていたのに、よくも脱線しまくったものよ」
「最初のころは、単純に、親が決めたことに反発したかったんじゃないかしら。よくあることよ。王子でなければ単なる反抗期ですんでいたと思うの」
そう言い、ミラーカは苦笑した。
「でも王太子だったから、新世紀派に良いようにつけこまれてしまったわね」
「ヘカテ、お茶のおかわりは如何?」
すっかり冷めてしまったロゼリア茶をヘカテが飲み干すと、ミラーカが言った。
「あら、貴女がお茶を煎れてくださるの?」
「もちろんよ」
ミラーカは艶やかな笑顔で答えた。
お茶用手押し車の上で、小さなバーナーにあぶられ、銀色の優美な薬缶がしゅんしゅんと湯気を出している。
ミラーカは席を立つと、二杯目のお茶の準備をした。
「ミラーカ様に手ずからお茶を煎れていただけるなんて、国王になった気分よ」
ヘカテは茶化すように、二杯目のお茶を差し出したミラーカに言った。
「今は侍女よ」
ミラーカはにっこりと微笑んだ。
「ところで、警視庁の件って、マークウッド同盟が賛同しているのよね」
ミラーカが席に戻ると、ヘカテは真顔になり別の話題をふった。
「そうよ。枢密院が全員一致で、何故か賛同しているの」
マークウッド同盟の枢密院とは、マークウッドの森の各部族の族長たちの集まりのことだ。
村民たちには平易に『族長会議』とも言われている。
族長たちは枢密院の顧問として、盟主代理であるティムを支えていた。
というのは建前で、勝手気ままで大抵が不在のティムに代わり、同盟を実際に運営しているのが枢密院だ。
ティムの我儘に対して、一致団結して遺憾の意を発するのも枢密院の顧問たちだった。
吸血鬼ギルド長である竜公も、不死者たちの代表として族長らと同じ地位にあり、顧問として枢密院に名を連ねている。
終戦後、魔道士は不死者であるため、竜公の傘下となるはずだったが、魔道士ギルドはこれを嫌がり自治を希望した。
魔道士ギルドはグラスキ講和条約により自治を認められた一方で、枢密院に参加する資格はない。
「貴女たちが警視庁の内部不正を明らかにしたいのは、そちらの盟主代理殿が自分の写真を新聞に載せたいという理由よね」
「そうなのよ」
誰が聞いても呆れるであろう理由に、ミラーカは眉を下げて苦笑した。
「他の者たちの思いもあるけれど。ティムが命令している理由はそれよ」
「そんなくだらないことに、どうして枢密院が賛同したの?」
「それが解らないの。でも警視庁の内部不正の摘発について、族長たちが一致団結してティムを全力で支持していることは本当よ。竜公も、特に反対する理由はないから、賛同を示しているわ」
ミラーカは困惑するように微笑んだ。
「それで今、下の者をマークウッドに行かせて、あちらの詳しい事情を調べさせているの」




