402話 夏の夜のお茶会(2)
「私からのヘカテへのお願いはそれだけよ」
白金髪の女吸血鬼ミラーカは艶然と微笑んだ。
「あとは、相談したいことがいくつかあるのだけれど。その前に、ヘカテの要望を聞かせていただけるかしら」
「私がミラーカにお願いしようと思っていたことは、もう半分は達成されてしまったわ」
赤毛の魔女ヘカテは小さく肩を窄めた。
「ファウスタ様とお話しする機会を作っていただきかったの。それがタレイアン公爵夫人の霊視というご褒美までついて達成されてしまった」
「残りの半分は何かしら?」
「マークウッド辺境伯の王都屋敷にいる御姫様という幽霊について、見学の機会をいただきたいの」
「それは難しい相談ね」
ミラーカは少し困ったような微笑を浮かべた。
「ファウスタとお嬢様が、御姫様と呼んでいる幽霊は、私たちには全く感知ができなくて、ファウスタにしか解らない幽霊よ。見学するのは難しいと思うわ。魔鏡を使っても見つからない幽霊なの」
「お屋敷にご招待していただいて、機会をいただければ充分よ」
ただの人間の屋敷であれば、ヘカテは姿を隠して侵入して調査することができる。
だがマークウッド辺境伯の屋敷は、マークウッド同盟の魔物たちの中でも特に実力がある高位の魔物たちが守護しているので、七つ星魔道士であってもおいそれと侵入することはできない。
マークウッド辺境伯の王都屋敷に侵入したら、ヘカテですらほぼ確実に発見される。
そして魔道士が不適切な行いをしたと糾弾され、マークウッド同盟と魔道士ギルドとの関係に不和が生じることになる。
特にマークウッド辺境伯は、マークウッド同盟の盟主代理セプティマス・ファンテイジの家系の子孫であるため、場合によっては戦争となる可能性もあった。
「招待するだけで良いのなら、可能よ」
泰然とヘカテの要望を受け入れたミラーカに、ヘカテは気さくな調子で、更なる要望を口にした。
「オクタヴィアお嬢様にもお会いしたいわ。ファウスタ様の呪術の講義のついでに、お嬢様との面会も融通していただけないかしら。私なら、お嬢様の王冠について、何か解ることがあるかもしれなくてよ」
ミラーカは少し考えるように目を伏せた。
「……そうね。私の同席があれば可能よ」
「同席をお願いするわ」
ヘカテはミラーカに羨望の眼差しを向けた。
「あの屋敷に住んでいたら、さぞ毎日が楽しいでしょうね」
「ええ、とても楽しいわ」
艶やかに微笑んだミラーカに、ヘカテは少し皮肉っぽい笑みを返した。
「羨ましいのは、社交界での争いごとじゃなくて、屋敷に棲みついている精霊たちのことよ。私がもしあの屋敷に住んでいたら徹底的に調査しまくる」
「それは、雇用して欲しいという要望かしら」
意味深に微笑んだミラーカに、ヘカテは肩をすぼめてみせた。
「いいえ。羨望を禁じ得ないけれど、私は使用人にはなれないわ。七つ星だもの」
魔道士ギルドにおける最高位である七つ星の地位を持つ魔道士は、魔道士ギルドの舵取りをする要人だ。
七つ星魔道士たちは、人間社会の王族や内閣に相当するので、その地位の性質上、魔道士ギルドに不利益をもたらすような自分勝手は許されない。
とはいえ、勝手な行動をとる七つ星魔道士は存在しており、それについてギルド長であるバジリスクスは頭を痛めていた。
そしてヘカテは、自分勝手な行動で魔道士ギルドに不利益をもたらした七つ星について、かねてより厳罰を主張している立場だった。
その状況で、ヘカテ自身が今更、勝手なことをするわけにはいかない。
マークウッド辺境伯の王都屋敷の家令は、人間に化けている吸血鬼ギルド長だ。
魔道士ギルドの頂点に立つ七つ星魔道士が、吸血鬼ギルド長の下で使用人となれば、七つ星の権威を貶めることになる。
引いては魔道士ギルドの地位を、吸血鬼ギルドの下に置くことになってしまう。
「私が七つ星である限り、ファンテイジ家の使用人になることは無いわ。もし私がファンテイジ家の使用人になる日が来るとしたら……」
ヘカテは少し面白そうに笑った。
「それは、マークウッド辺境伯が魔道士になったときね」
「あら怖い。ファンテイジ家から魔道士が出たら、森中がひっくり返るわ」
「私たちにも面子があるから、七つ星は吸血鬼の下につくわけにはいかないの」
「例の警部補が隠していた乾板から現像した写真を、明日の会談で、バジリスクス様たちにお見せするわ」
ひとしきり雑談をした後、ミラーカはトンプソン警部補がダフに預けていた写真乾板について語り始めた。
「何が写っていたのか、貴女には知らせておくわ」
「警視庁の上級管理職に就いている誰かが、新世紀派の接待を受けている写真だったかしら?」
「ご名答。警視総監補よ」
正解を言い当てたヘカテに、ミラーカは苦笑した。
「警部補ごときが太刀打ちできない相手だとは思ったけれど、警視総監補だったのね」
「そうなのよ」
タレイアン警視庁の警視総監補は、警視総監とともに、王都タレイアンの知事と内務大臣との協議により指名され、女王から正式に任命される高位の官職だ。
「警視総監補が、評判の悪い宗教団体の接待を受けていたことが公になったら、王都がひっくり返るでしょうね」
「ええ、それだけでも大変なことよ。でも、それだけじゃなかったの」
「他にも何かあったの?」
「ええ、もっと面白いものがあったわ」
ミラーカは切り札を隠し持っているかのように、少し勝気な笑みを浮かべて続きを語った。
「新世紀派の集会の写真があったのだけれど。教祖の長男と、警視総監補と並んで、タレイアン公爵が写っているのよ」
「えっ?!」
ミラーカが出した思わぬ切り札に、ヘカテは思わず驚きの声を上げた。
イングリス王国の国教はヤルダバウト教であるが、新教だ。
かつて国王であったエグバート八世が、離婚を禁じていた教皇庁と争った結果、イングリス王国は国王を頂点とする新しいヤルダバウト教を掲げて国教とすることとなった。
ゆえにヤルダバウト教においては、教皇庁が掲げる教えを旧教と言い、旧教とは異なる新しい解釈による教えを新教と呼んで区別する。
旧教も新教も同じヤルダバウト教であるが、旧教の首長が教皇であることに対し、イングリス王国の国教である新教の首長は君主であった。
現在の国教会の首長はアポローニア女王である。
「次の国教会の首長になろうというお方が、邪教の集会にお出ましになったの?!」
面白さに耐えきれず、ヘカテはケラケラと笑い出した。
「そんな写真を出したら、そりゃあね、生きて帰れないわよ」




