401話 夏の夜のお茶会(1)
――夜風が心地よい夏の夜。
魔女ヘカテは赤毛を風になびかせ、箒で夜空を飛んでいた。
眼下に広がる街の灯を飛び越えて、ヘカテはミラーカの隠れ家を目指した。
「よく来てくれたわね、ヘカテ。待っていたわ」
ヘカテが館に到着すると、いつもより楽しそうな、艶やかな笑顔を浮かべたミラーカがいた。
「急に呼び出してごめんなさいね。どうしても話しておきたいことがあったの」
「気にしないで。私も話したいことがあったの。ちょうど良かったわ」
「ヘカテが話したいことって、ファウスタのことかしら?」
「それもあるわ」
優美な猫足の家具が並ぶ居間では、屍鬼の執事とメイドたちがお茶の準備を整えていた。
格式の高い家であればメイドではなく従僕が給仕を行うが、この館の使用人は女性が多く、給仕は華やかなデザインのお仕着せを纏った客間女中たちが行っている。
「私から話しても良いかしら?」
お茶の支度が整い、型通りの挨拶を終えると、ミラーカは使用人たちを全員下がらせて話し始めた。
「ヘカテは今日、ファウスタと一緒にシェリンガム伯爵邸に行っていたのだから、知っているとは思うけれど。あの忌まわしい呪物にタレイアン公爵家が関わっていたでしょう?」
「直接、ご本人のお話を伺ったわ。シェリンガム家のラヴィニアお嬢様は、あれをアントニア王女とそのお友達の皆様からいただいたんですって」
ヘカテは口の端をゆがめて皮肉っぽく笑った。
「ラヴィニア様は、受け取りたくなかったとおっしゃられていた。それが普通の反応よ。あんな禍々しい呪物に近付いたら、本能が忌避して気分が滅入るはず。あれを平気で持って来た少女たちは、よほど呪いと親和性のある禍々しい性格なのでしょうね」
「それはそうよ。アントニア王女の取り巻きなら、新世紀派の娘たちですもの」
「想像するだけで、ぞっとするわ」
「同じ組織だから、呪物とタレイアン公爵家は、どこかで繋がっているとは思っていたけれど……」
ミラーカは少し面白そうに笑った。
「まさか手ずから渡していたなんて、驚いたわ。ああいうことは下の者にやらせると思っていたもの。それで……」
ミラーカの美貌からクスクス笑いがふっと消え、感情の読めない曖昧な笑みがそれにとって変わった。
「タレイアン公爵家に関しては、予想外を想定しなければならなくなった。だから不用意にファウスタを近付けさせたくはないのだけれど、そういうわけにも行かない事情があるの」
「ファウスタ様には、タレイアン公爵家に関わる予定があるの?」
「そうなのよ」
ミラーカは少し困ったように眉を下げて微笑みながら、事情を説明した。
「即位記念祭の日に、王族がバルコニーにお出ましになったら、ファウスタが霊視をすることに決まっているのよ」
「まあ、素敵!」
かねてよりファウスタの魔眼で、タレイアン公爵夫人を霊視して欲しいと思っていたヘカテは目を輝かせた。
「ぜひご一緒させていただきたいわ。タレイアン公爵家の禍々しい穢れから、私がファウスタ様をお守りするということで、ご一緒できないかしら」
「大歓迎よ」
ミラーカは艶然と微笑んだ。
「実は貴女に、その日、ファウスタの護衛をお願いしようと思っていたの」
「私は貴女にまんまと嵌められたというわけね。そういう素敵な罠なら大歓迎よ」
ヘカテはミラーカに朗らかな笑みを返した。
「でもどうして危険がありそうだと解っていて止めないの。貴女が断れないということは、盟主代理殿のご命令かしら?」
「ええ、それもあるわ。でもね、実は……」
ミラーカは少し残念そうに微笑んだ。
「最初に言い出したのは、私なのよ」
「貴女が?!」
意外な打ち明け話に驚き、ヘカテは軽く目を見開いた。
「とんでもなく素敵な提案をしたわね。さすがと言うべきかしら」
「あのときは、まさか、こういう事になるとは思っていなかったのよ」
ミラーカは事情を語った。
ファウスタがマークウッド辺境伯家へ来た翌日、オクタヴィアの頭に王冠が視えると言い出したこと。
王冠が王位と関係あるならば、王族の頭に同じ王冠が視えるはずなので、即位記念祭の日にファウスタに王族を霊視してもらったらどうかとミラーカが提案したこと。
「オクタヴィア様の王冠も興味深いわ。何かしらのお役目があるお方かもしれないわね」
ヘカテは目を輝かせた。
「ねえ、ミラーカ、私はもちろんファウスタ様の護衛を引き受けるけれど。その代わり、私がファウスタ様とお話しする機会を作っていただけないかしら」
「ええ、いいわよ」
二つ返事で気前良く了承したミラーカに、ヘカテは少し探るような視線を向けた。
「ご褒美みたいな仕事に報酬を与えて良いの? 私には得しかないのよ? それも何かの罠なの?」
「罠じゃないわ。お願いしようと思っていたことがあるから、好都合なのよ」
「何かしら?」
「呪いについて、ファウスタにも基本的な知識があったほうが良いと思うの。それで貴女に、講師をお願いできないかと思っていたの」
「大歓迎よ」
ヘカテは心から嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
「そういう素敵な罠ならいつでも歓迎する」




