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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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04話 家令室の茶話

 屋敷の使用人用の出入口から中に入ると、廊下をモップで掃除していた少女がアルカードにさっと道を開けた。

 青灰色のプリント柄の服に、白いエプロン、髪はまとめてモブキャップにすっぽり収めている。

 一目で使用人だと解った。


(ああいうお掃除の仕事なら私にも出来そう)


 ファウスタは左右をきょろきょろと見回しながら、アルカードの後について廊下を歩いた。

 どこも清潔で、廊下も磨き上げられているが、建物自体は古いようだった。


 ふいに廊下の天井から、にゅっと青ざめた顔の女性が現れる。


(……!!)


 ファウスタは吃驚して息を飲み込んだ。

 天井をすり抜けて出て来たのだから間違いなく幽霊だろう。

 だが感覚と感情だけの反射運動で浮遊しているような、存在が薄ぼんやりしたありきたりな幽霊とは違う。


 まるで人間のような質感があって、自分の意志で周囲の様子を伺い視線を動かしている珍しい幽霊だった。

 こんな人間のような幽霊が、天井や壁をすり抜けたりせず普通に廊下を歩いていたら、人間と見分けがつかないだろうと思った。


 その幽霊は、すうーっとアルカードやファウスタの前を横切り、壁の中に入って行った。

 そして進行方向の先の方の壁から再び頭をにゅっと出し、壁から体を生やした状態でファウスタをじっと見つめた。


 幽霊は長い金髪を結わずに垂らし、ヴェール付きの帽子を頭に乗せ、古い時代のすとんとした長服ローブを纏い、綺麗な刺繍がされた帯をしている。


(昔のお姫様の霊かな。さすが貴族のお屋敷)


 特に悪い感じはしなかったが、面倒に巻き込まれたくないのでファウスタは幽霊と目が合わないように視線を逸らして知らんぷりをした。

 見て見ぬふりをしているのか、見えていないのか、アルカードは何事もないようにファウスタの前を歩いて行く。


 廊下の開いているドアから人の話す声が聞こえた。

 アルカードはその開いていたドアをノックした。

 話し声がぴたりと止む。


「ユースティス、私の部屋にお茶をお願いします」

「はい。アルカードさん」


 ファウスタが開いているドアから部屋の中を覗くと、三人の人間が居た。

 エプロンをしてモブキャップをつけた使用人らしき女性が二人、良い家のお坊ちゃまのような服装をした少年が一人。

 アルカードに返事をしたのは少年だったので、服装はお坊ちゃま風でも少年は使用人なのだろう。

 使用人たちと目が合ってしまい、ファウスタは目を逸らした。

 一瞬だけ見えた少年の目はランプのような光を灯していた気がした。


 アルカードは再びファウスタを先導して、さらに廊下の先に進んだ。


「どうぞ」


 そしてアルカードは扉の一つを開けてファウスタを部屋に招き入れた。

 落ち着いた雰囲気の瀟洒な部屋だった。

 部屋の奥にはランプが置かれた両袖机。

 壁には本棚、部屋の中ほどにティーテーブルがあり椅子が三脚。

 

 そして暖炉脇にも椅子があり、そこに奇妙な少年が座っていた。


「来たか!」

「あっ!」


 ファウスタは思わず声を上げてしまい、右手で口元をふさいだ。

 しかし気を取り直し、渾身の挨拶をした。


「こ、こんにちは。この度は……お、お招きいただきありがとうございます。ファウスタ・フォーサイスと申します。よろしくお願いします」


 少年は一昨日、孤児院に来た時と同じくボサボサの髪で、簡素な白いボタンシャツ、踝が見える丈の短いズボン、そして足にはサンダルという姿だった。

 上等そうな家具が揃っている部屋で、貧相な格好の少年は浮いている。


 アルカードの話では、この少年はティムというファンテイジ家の守護霊らしいが、お屋敷にはあまりに場違いな身なりだった。

 守護霊というより、勝手に入り込んだ泥棒か何かのようだ。


「俺はセプティマス・ファンテイジ。あらためてよろしく」

「……?」


 ファウスタの頭は混乱した。

 アルカードが説明してくれた守護霊の名はティムだ。

 そしてセプティマスはファンテイジ家の当主の名前だ。


「あの、あなたがご当主様ですか?」

「違うよ。当主はリンデン」


 混乱しているファウスタを察して、アルカードが説明した。


「ティムというのは彼の愛称で、正式な名はセプティマスと言います。ファンテイジ家の直系男子は皆セプティマスという名を持っているのです。ティムもご当主も正式の名前は同じなのです」

「同じ名前なんですか?!」

「はい」

「そういうわけで俺はセプティマス。この屋敷には俺を含めて三人のセプティマスが居る。領地に帰ればもっと居るぞ。ファンテイジ家の男はみんなセプティマスだからな」


 みんな同じ名前では誰が誰か解らなくて大変ではないだろうか。

 もはや名前を付ける意味がない。


 ファウスタの心を読んだかのように、アルカードは説明を補足した。


「ご家庭内で呼び合う際には男子はセカンド・ネームを使用なさっています。それに倣い我々もここに居るこのセプティマス・ファンテイジをティムという愛称で呼んでいます」

「ちなみに当主がリンデン、当主の息子はオズワルドな」


(これが貴族のしきたりと言うものなのね)


 ファウスタは名前問題について自分なりに解釈して納得した。


「どうぞ、お掛けください」


 アルカードはティーテーブルの椅子をファウスタに勧め、アルカードも空いている席に座った。

 ティムも暖炉の脇の椅子から立ち上がるとティーテーブルの席についたので、三人はティーテーブルをはさんで向かいあった。


「さて、ティム、ファウスタをメイドとして雇った目的を詳しく話してもらえますか?」


 アルカードは背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢でティムに問いかけた。

 だらりと斜めに椅子に腰かけているティムは、どうしてそんなことを聞くのかと言いたげな不思議そうな視線をアルカードに向けた。


「ファウスタがメイドになりたいって言ってたからだよ。うちは使用人が不足してるんだし丁度良いだろ?」

「オクタヴィアお嬢様の問題をファウスタが解決すると、あなたはご当主に宛てた手紙に書きませんでしたか?」

「うん、書いた」


 アルカードは釈然としない顔でティムに確認した。


「ファウスタがオクタヴィアお嬢様を霊視するという事ですね?」

「うん、霊視してもらう」

「霊視のために呼んだのではないのですか?」

「そういうわけでもない。でもまあオクタヴィアの事は視てもらう」


 アルカードは考え込むような渋面になり、顎に手を当てた。


「そもそも、あなたはご当主に宛てた手紙に何と書いたのです」

「ん? ファウスタには幽霊が視えるって書いたよ? ファウスタはメイドになる事を望んでいるから、メイドとして雇えば霊視してもらえるだろうって。オクタヴィアの事もファウスタに視てもらえば、憑いてるのは悪魔じゃない事が解るとも書いた」


 不吉な単語が飛び出して、ファウスタは怖気づいた。


「あの……悪魔がいるんですか?」


 マークウッド辺境伯は悪魔卿と呼ばれているという話を思い出した。

 ピコはそれを成功者へのやっかみだと言っていたが、悪魔が憑いていると聞いてファウスタの不安は膨れ上がった。


「いやいや、悪魔はいないって話だから」


 ティムは余裕の笑みで軽く否定した。


「そもそも悪魔ならここに居るだろ。な、アルカード」

「誤解を招く言い方をしないでください。話がややこしくなります」


 アルカードは咳ばらいを一つすると、仕切り直した。


「話をまとめると、ファウスタはメイドとして雇われ、これからこの屋敷でメイドとして暮らす。そして魔眼で仕事をする。そういう事ですか? 魔眼という特殊技能で仕事をするならば、家事使用人メイドではなく別の地位を与えるべきと思うのですが」

「仕事は魔眼じゃなくてメイド。リンデンへの手紙には幽霊が視える霊感少女って書いておいた。魔眼なんて言ってもあいつら知らないだろうからな。霊感少女のほうが解りやすいだろ」


 ティムは名案を誇るかのように得意気な顔をした。


「幽霊が視えるのはオマケ。基本は普通のメイドだよ」

「普通のメイドとなると、ファウスタの場合は見習い(トゥイーニー)からとなりますが、それで良いのですか?」


 アルカードに問われたティムは、首を巡らせファウスタに問いかけた。


「メイドなら何でもいいよな? メイドの仕事に就ければいいんだろ?」

「え、は、はい。お願いします」


 メイドの仕事が決まって孤児院を出されたファウスタには、今のところメイドになる以外に生きる道が思いつかない。

 ここで仕事を断ったとしても、住む場所もお金も何もないのだ。

 自分で家や仕事を探すにも十二歳のファウスタにはどうしたら良いか解らない。


 魔眼の仕事で地位と言われても、魔眼でどんな仕事をするのかが解らないし、そもそも魔眼が何なのかすらファウスタはまだ知らない。

 もし魔眼の仕事とやらがファウスタには出来ない仕事で、役立たずはいらないと解雇されてしまったら、職も住む場所も一度に失う事になり人生終了だ。

 普通に家事使用人として雇われたほうが安全だろう。


 昨日の孤児院でのアルカードとの話し合いでは、一カ月間の試用期間をおいてから正式な回答をするという取り決めになっていた。

 しかし孤児院を退去した時点でファウスタは詰んでいる(チェックメイト)

 ジゼルやピコに院長室での一件を語り、二人の意見を聞いて気付かされた。

 もし一カ月後にメイドの仕事を辞めた場合、帰る場所がない事に。


(もう孤児院には入れない年齢だもん。院長は知ってて一カ月の話を受けたよね)


 孤児院が引き取るのは十二歳未満の子供だ。

 孤児院を退去した十二歳のファウスタは、二度と戻ることができない。


「と、いうわけだ。アルカード」

「解りました。では見習い(トゥイーニー)という事で手配します」

「相変わらず細かいよなぁー」

「仕事内容によって給金も変わります。大事な部分です」

「あ、そうだ!」


 ティムはファウスタのほうを向いてニヤリと笑った。


「使用人の中に魔物モンスターが居ることは内緒だからな。そこは見て見ぬふりで頼む」

「えと、ティムさんやアルカードさんのことは内緒という事ですね」

「そそ。俺は居ないものとして扱って、アルカードはただの家令な」

「解りました」


 ファウスタは頷いた。

 ここを追い出されたら生命の危機である事を考えたら、魔物モンスターを人間扱いするくらいどうという事はない。

 それで住む家や食事が保証されるならお安い御用だ。

 魔物モンスターより貧困のほうがよほど怖い。


 しかしアルカードが異を唱えた。


「待ってください、ティム、あなたはご当主に手紙を書いたでしょう。手紙を出す事で守護霊としての存在をアピールしてしまったなら、霊視ができるファウスタにもあなたが見えていなければ辻褄が合わないでしょう」

「あ、そうか。どうしよう」


 ティムは助けを求めるように、アルカードを見た。

 アルカードは頭痛に悩まされているかのようにこめかみを揉んだ。


「ご当主に質問されたら『それらしき姿を見かけた』と答えてください」


 アルカードはファウスタに言った。


「常に見えている事や、気軽に話が出来る事は言わないでください。ちらりと見かけた程度という事でお願いします」


 そしてアルカードはじっとりとした横目でティムを見た。


「手紙を出すような危うい行為は二度としないでください。ややこしくなります」

「でもさ、ファウスタをメイドにするには、あれ以外に方法なかったろ?」

「あります。『霊感があると噂の少女がいます』と私からご当主のお耳に入れ『メイドとして雇ってはいかがでしょう』と進言するだけで充分だったでしょう。ご当主は霊感に目がないですから」

「あっ! その手があったか!」


 ファウスタは二人のやりとりを見て、ティムはダメな人っぽいと思った。

 いや、人ではないのだが。


 ティムのダメなところを見て、ファウスタは大分気持ちに余裕が生まれた。

 解らないことは全部聞いてしまおうと思った。


「あの、お嬢様を霊視って、どうすればいいんですか?」

「ファウスタにだけ視えているものを教えてくれればいいさ。どんな幽霊がいるのか説明してやってくれ」

「貴族の作法とか、しゃべり方が解らないんですけど……」


 孤児院で育ったファウスタは貴族の作法など知らないので、貴族を相手にどういうふうに話せばいいのかが解らない。

 孤児院に来た貴族たちを案内するのはいつも院長の役目だったが、院長を思い出して真似すればいいのだろうか。

 まさか院長を手本にする日が来ようとは夢にも思っていなかった。


(でも、もみ手は違うよね……)


「ご当主は孤児院から来たばかりのあなたに完璧な貴族の作法を求めたりはしないでしょう。ご心配にはおよびません。明日は普段通りで大丈夫です」


 アルカードはそう言ってから、気付いたように付け加えた。


「基本として、身分の高い方にこちらから話しかけてはいけません。聞かれた事に答えるのみです。余計な事を言わず、聞かれた事にだけ答えるのが作法です」

「解りました。気を付けます」


 完璧な作法でなくても良いと聞いて、ファウスタはほっとした。

 それに聞かれた事に答えるだけいいなら、院長のように貴族の人を機嫌よくさせるために面白い話をしなくても良いという事だ。

 院長のような大人の話術は真似できそうになかったが、聞かれた事に答えるだけならファウスタにも出来そうだった。


「あと、それから……ティムさんやアルカードさんの他にも、いらっしゃるんですよね? ……使用人だけど人間じゃない人」

「はい。居ます」

「人間じゃなくても、使用人として働いてる人と、そうじゃない人を、どうやって区別すればいいですか?」


 幽霊を見ろと言われたら見ればいいのは解ったが、見えても黙っている場合との区別ができない。


「もし野良の魔物モンスターが紛れ込んでいたらってことか? 実体のある魔物モンスターでここに勝手に入り込める奴は居ないと思うけどな」

「ふむ……」


 アルカードは考え込むように顎に手をやった。


「屋敷内の使用人は夕食を共にします。皆が食堂に集まり夕食のテーブルにつくので何人かは夕食の時に解るでしょう。外働きや厨房担当は別ですが、厨房担当は人間しかいませんし、見習い(トゥイーニー)は地下から出ることはないですから外働きと顔を合わせることはないでしょう。見習い(トゥイーニー)として地下で働く間は大きな混乱はないと思います、が……」


 しゃべりながらアルカードは考えているようで、顎を手で触った姿勢のまま、彫像のように固まって視線を下に落としていた。

 それをティムが落ち着きなくチラチラと覗き込む。

 賢者と道化師のような組み合わせだった。


「この件については少し時間をください。ティムとも相談する事があります」

「え、俺?!」


 ティムは面倒臭そうな顔をした。

 アルカードは答える代わりに、じろりと横目でティムを睨んだ。


 そのとき扉がノックされた。


「失礼します。アルカードさん、お茶をお持ちしました」


 扉を開け、茶器やポットを乗せたワゴンを押して入ってきたのは少年だった。

 ここに来る前に覗いた部屋に居た、お坊ちゃまのような恰好をした少年だ。


 ティムの頭半分くらい少年のほうが小柄なので、一見ティムより少し年下に見えるが、大人のような落ち着いた動作なので見た目より年上のようにも見えた。

 襟に白いラインが入った海軍の制服のような紺色の上着を着て、同じ紺色の膝丈の半ズボン、膝下はベルトの靴下留めに黒い靴下、ボタン掛けのブーツ。

 肩につかない程度だが少年にしては少し長めの髪は、薄く金色がかった灰色で、近くで見ると絹糸のように艶やかでさらさらしていた。

 少女人形のような繊細な顔立ちだが、顔色が病的に白く、そして目には青い火を灯している。


(目が、光ってる……)


 廊下からチラリと見た時、少年の目が光っていた気がしたが、どうやら錯覚ではなかったようだ。

 ランプのような火を灯した異様な目をしていた。


(呪いの人形みたい……目が怖い……)


 ファウスタが育ったラシニア孤児院の書架には、貴族や富豪から寄贈された様々な本があった。

 図鑑や教育本はもちろん冒険小説やロマンス小説、流行の怪奇小説もあり、文字が読める子供はそれらを自由に読むことが出来た。

 子供たちの間で「めちゃくちゃ怖い」と話題になった呪いの人形の物語を読んだとき、ファウスタは怖いとは思わなかった。

 その人形は夜中に目が光ったり歩き回ったりするだけで、特に何かするわけではなかったので、何が怖いのかさっぱり解らなかったのだ。

 しかし実際にこうして目が光る人形みたいなものが動いている様を目の当たりにすると、不安な気持ちがゾワゾワとせり上がってきて渦を巻いた。

 何もされていないのに、生命の危機に直面している気がした。


(『一枚の絵は千の伝聞に勝る』って、こういう事を言うのね……)


「やっぱ一目で解るのか。さすが魔眼」


 ファウスタの少年に対する挙動不審に気付き、ティムが感心したように言った。


「ファウスタ、彼はユースティス。私と同じ吸血鬼ヴァンパイアです」


 少年、ユースティスの正体をアルカードがさらりと告げた。

 よくよく見るとアルカードほどはっきりしたものではないが、薄い青白い煙が時折ふわりと残像のように纏いついているのが視える。


「ユースティスです。よろしく、ファウスタ」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ユースティスのランプのように光る目に直視されて居心地の悪さを感じながら、ファウスタはしどろもどろに答えた。


 ユースティスは機械仕掛けのような正確な動作で美しい茶器を扱い、ティーテーブルにお茶を並べていった。

 自然な流れでティムの前にもお茶を置く。

 ユースティスはティムを存在するものとして扱っているようだ。


「温かいうちにどうぞ」


 アルカードにそう声をかけられたが、触れたら壊れそうな華奢なカップを前にしてファウスタはどうしたらいいか解らなかった。

 カップとソーサーはつやつやした光沢のある白で、そこに深い青色で草花のような繊細な模様が描かれている。

 その美術品のようなカップの中には、紅い宝石を溶かしたような鮮やかな色のお茶が注がれていた。


 こんな輝くような光沢のある美しい茶器で、宝石のようなお茶を飲むには、きっと上品な作法があるのだろうがファウスタはそれを知らない。

 孤児院ではずっと厚ぼったい食器でミルクや麦湯を飲んでいたファウスタは、未知なる美を目の前にして途方に暮れた。


「あの、どうやって飲めばいいですか」

「好きなように飲めばいいさ」


 ティムは気楽そうにお茶に砂糖とミルクを入れ、スプーンでカチャカチャかきまぜて宝石の色を白く濁らせた。

 ユースティスが何か言いたそうにティムをギロリと睨む。

 しかしティムは気にしていないようで、カップのハンドルを小指を立ててつまんでゴクリとお茶を飲んだ。


「ここは私的な場ですから、作法は気にせず召し上がってください」


 アルカードが優しくファウスタに言った。

 正式の作法を知らないファウスタだったが、しかし食器の音を立てるのは行儀が悪いという事や、小指を立てるのは下品だという事くらいは知っている。


(ティムさんのおかげで私も恥かしくないかも。ありがとうティムさん)


 気後れしていたファウスタは、自分より行儀の悪そうなティムのおかげでお茶に手を付ける勇気を持てた。

 カップに口を近づけると、ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。

 おそらく高級品なのであろうお茶の味は少し渋く、甘みが欲しかったが、砂糖を入れる作法が解らないのでファウスタは我慢した。


「早ければ明日の朝食の後、ご当主はあなたにお会いになるでしょうから、今夜は早く休めるよう担当の者に伝えておきます」

「なんで明日? 今日会えばいいじゃん」


 ファウスタに予定を伝えるアルカードに、ティムが口を挟んだ。


「ご当主は本日は議会にご出席のため、お帰りが遅くなります」

「ああ、なるほど。友達じゃない友達とまた夜中までおしゃべりしてくるのか。時間の無駄なのにな」


 そう言って肩をすぼめたティムに、アルカードとユースティスは少し呆れたような冷めた視線を向けた。

 ティムはファンテイジ家の守護霊という事だったが、アルカードもユースティスも全くティムを敬っていないようだった。


 しかしティムはそんな二人の視線は気にしていないようで、突然思いついたようにファウスタに質問した。


「なあ、俺らってファウスタの目にはどう見えてるの?」

「……っ?!」


 ファウスタは思いつくかぎりの上品さでお茶を飲むことに精一杯の努力をしていたので、突然ティムに質問され、とっさに頭が働かず言葉が出てこなかった。


「ほら、練習も兼ねてさ、どんなふうに視えてるのか俺らに説明してみよう!」

「そうですね。少し練習をすれば緊張もほぐれるかもしれませんね」


 ファウスタのすぐに固まるギクシャクした様子を見てか、これにはアルカードも同意した。


「とりあえずさ、アルカードはファウスタにはどう視えてるの?」

「えと、えと……青い煙みたいなものがモヤーっとしてて……それでもう一つ顔が重なっています」

「どんな顔が重なってる?」

「アルカードさんより若いおじさんの顔です」

「おじさんの顔!」


 ティムが面白そうに囃し立てた。

 ユースティスも口の端を笑いの形に一瞬歪める。

 アルカードが咳払いをした。


「じゃあユースティスはどうよ?」

「えと、目が光ってます」

「それだけ?」

「あと顔が白くて、煙も少しモヤっとあります」


 もっと面白い答えを期待しているのか、ティムは物足りなさそうだった。

 しかしユースティスが得たりと頷く。


「なるほどね。じゃあこれでどう?」


 ユースティスはそうファウスタに言い、人差し指で自分の目を示した。


「あっ! 目が……もう光ってません」


 先ほどまでランプのような火を灯していたユースティスの目は、硝子玉のようなただの青い目になっていた。


魔力エーテルが視えるってことかな。僕は魔力エーテルで眼力を強化していたし、アルカードさんの幻術も魔力エーテルだから」

「お前、なんか目力あるなとは前から思ってたけど、魔力を使ってたのか」

「今頃気付いたの?」


 ユースティスは驚いたように目を見開き、呆れ口調でティムに言った。


「百年以上も気付かないなんて鈍すぎるよ。世紀を突き抜ける鈍感だね」

「普通は気付かないだろ。アルカード、お前知ってた?」

「はい、もちろん。私だけではなく皆が知っています。そもそも吸血鬼ヴァンパイアなら眼力による魅了チャームは基本中の基本です。当然あるものと皆が承知しています」

「まじか……」

「ファウスタ、ティムはどのように見えますか?」


 愕然としているティムを放置して、アルカードはファウスタに質問した。


「ティムさんは、普通の人間と変わりないです」

「まったく人間と同じ? 何かおかしいところはない?」


 ユースティスは楽しそうに、ファウスタから更なる言葉を引き出そうとした。


「気付いたこと何でもいいから言ってごらんよ。練習なんだから遠慮しないで」

「えと、見た目が変わってるくらいで……」

「どんな見た目?」

「髪がボサボサで、……港町に居そうな人です」

「うん、王都でサンダルはおかしいよね。服装はどんな感じかな?」


 さすがに「貧民のよう」と言うのは良くない事だと思い、ファウスタはティムの気楽すぎる服装をどう説明しようか必死に考えた。


「ファウスタ、ティムの服装について遠慮せずに言っていいよ」

「おい、誘導尋問やめろよ。それ魔眼に全然関係ないだろ」


 ティムが不服を述べたが、ユースティスはそれに笑顔で返した。


「関係あるよ。魔眼だからこそティムの姿が視えるんだから。エーテルだよ、エーテル」

「サンダルはエーテルじゃねーし。魔眼で遊ぶなよ」

「遊ぶなだって? 毎日遊んでる君がそれ言う?」


 ティムとユースティスの言い合いを見て、ファウスタは『王子と貧民』という童話を思い出した。


「ティムを煽らないでください、ユースティス、昼間から騒ぐのは感心しません。ティムとやり合いたいなら夜、人間の目や耳がないところでお願いします」


 アルカードに苦言を呈され、ユースティスはすぐに姿勢を正し「はい、アルカードさん。承知いたしました」と使用人らしい従順な態度を示した。

 そして無言でティムに視線をやると口の端で笑った。

 ユースティスの視線を受けとめて、ティムは嫌そうな顔をしながらお茶の残りを一気に飲み干した。


「ファウスタ、ご当主に説明するときも先程の調子で話せば大丈夫です。なかなか上手に説明できていましたよ」


 ティムとユースティスの間の微妙な空気を無視して、アルカードは安定の笑顔でファウスタを優しく励ました。


「あ、はい。ありがとうございます。頑張ります」

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