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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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36話 ギルド会談(2)

「俺は本気だぞ」


 紙片を持っている右手は下ろし、自分の言葉でセプティマスは宣言した。


「魔眼にちょっかい出したら、魔道士ギルドは俺の敵だ!」


(吸血鬼どもは悪魔の法則を知っているのか?!)


 『マークウッドの悪魔の法則』を吸血鬼に悪用されることを危惧し、これを知る古参の魔道士たちはこの法則を秘匿していた。

 下級や新参の魔道士たちには、マークウッド同盟と敵対しない理由を講和条約のため、あるいは講和を反故にするには戦力不足のためと常々説明していた。


 しかしセプティマスが読んだ台本は、法則を知り、古参の魔道士たちがそれを恐れている事も知り、その上で脅しの材料に使っているように思えた。


(一体どこから情報が漏れたのだ?! いや今はもうそれはどうでもいい、そんな場合ではない)


「子供を誘拐したら俺は許さないからな!」


(子供?)


 セプティマスが迂闊に漏らした情報を拾い、バジリスクスは思考を回転させた。


(なるほど、三年という期間は子供の成長を待つ時間でもあったか。十三歳くらいの子供か?)


 イングリス王国では十五歳を超えた頃、十六歳前後で成人とみなされる。

 貴族の子女は十六歳前後で社交界にデビューし、庶民の子供もそのくらいの年齢から見習いではなく一人前の大人として雇われるようになる。

 三年後という期限から、子供である魔眼が成人するまでに三年、現在は十三歳前後であろうとバジリスクスは推察した。


「俺の事チョロイって思ってるだろう。もう騙されないからな。魔眼にちょっかい出してきたら魔道士ギルドは俺の敵だ! 覚えておけ!」


 威勢よくそう言い放つと、セプティマスは何かをやり遂げたかのような満足気な顔で着席した。


(おのれツェペシュ……大宇宙の法則を兵器として利用するか)


 ツェペシュに操られ牙を剥いた自然現象を前に、バジリスクスは星の配置の不利を感じつつ、高速で思考を巡らせこの災害を回避する対策を練った。


 今年ツェペシュは幸運の木神星の加護を受けている。

 エネルギーを膨張させる木神星を敵に回して、抗って勝つのは普通であれば不可能、上手くやったとしてもそれは困難であり無傷ではすまないだろう。


「ファンテイジ殿、発言は以上でしょうか?」


 進行役のブラックモアがセプティマスに確認する。


「おう」

「では、ご質問やご意見……」


 ブラックモアが言い終わらないうちに、バジリスクスはすかさず挙手した。

 一刻も早く、この天文学的な窮地を脱出せねばならないという危機感が、バジリスクスに迅速な行動をとらせていた。


 自然現象に最も敏感なカスヴァドは、宿命の星々が全て凶角に配置され破壊活動を開始せんとしているこの絶対絶命の苦境を前に、恐怖で固まってしまっている。


「バジリスクス殿、発言をどうぞ」


 進行役のブラックモアがバジリスクスを指名した。

 バジリスクスは指名されると、幼い子供に向けるような笑みを顔に貼り付け、セプティマスに向けて語り出した。


「セプティマス殿、三年間の『異能者』への接触および詮索の禁止にバジリーも賛成します。今日中にバジリーが魔道士ギルドで禁止の決まりを作り、魔道士全員に知らせます」


 バジリスクスは親近感をアピールするため、セプティマスを名前で呼んだ。

 二十年以上、社交で親睦を深めたため、バジリスクスはセプティマスを名前で呼ぶ許可を得ていた。

 さらにセプティマスに親友として承認され、『バジリー』と愛称で呼んでもらえるほどの親密な関係を築く事に成功していたのだ。

 二日前までは。


「バジリーはいつでもセプティマス殿の親友でございます。バジリーは親友を悲しませたくはありませぬ。親友の悲しみはバジリーの悲しみです」


 バジリスクスは悲しい顔をしてみせた。


「バジリーもセプティマス殿と同じく、『異能者』にちょっかいを出すのはいけない事だと思っています。そっとしておいてあげたいと思います」


 バジリスクスの斜め向かいに座っているツェペシュが、呆れたような、侮蔑を含んだ冷たい視線をバジリスクスに投げかけた。

 他の吸血鬼たちの視線もひどく冷たい。

 しかしバジリスクスにはもう形振(なりふ)りにかまっている余裕はなかった。

 恐るべき自然現象が自分に襲い掛からんとしているのだ。

 身の安全の確保を最優先せねばならない。


「しかし……お恥ずかしい話ですが、魔道士ギルドに悪者は一人もいないと胸を張って言うことができませぬ。セプティマス殿の親友として、バジリーは全て正直に申し上げます。悲しい事ですが、魔道士ギルドには決まりを守らない悪者もいるのです。バジリーがギルドの決まりを作って禁止しても、魔眼に目が眩んで、バジリーたちに内緒で悪い事をする魔道士がいるかもしれません」


 バジリスクスは悲し気に声を震わせ、胸に手を当て、心を痛めている演技をしてみせた。


「バジリーは皆で仲良くしたかったので、決まりを破る者たちを、今まで厳しく叱る事ができませんでした。でもやっぱり人に迷惑をかけるのは良くない事です。セプティマス殿の決意を聞き、バジリーも親友として決意しました。これからはバジリーも魔道士たちに厳しくします。決まりを厳しくしたらバジリーのことを嫌いになる魔道士もいるかもしれませんが、子供をいじめるような悪者を許すわけにはいきません」


 バジリスクスは辛い選択に苦悩しているかのように顔を歪めて悲しみを表現し、口元をぐっと引き締めて決意の固さを表現したりした。


「約束を破った悪者を見つけたらすぐにバジリーが死刑にいたします。万が一、悪者がバジリーたちの目を盗みそちらに行ってしまった場合、そちらで死刑にしていただいてかまいません。もしバジリーをお呼びいただけるのであれば、すぐさま駆け付け、バジリーがその悪者を死刑にいたします」


 ――無断で魔眼に近付いた者は死罪。


 火急の事態に、バジリスクスは魔女ヘカテが提案していた対策を緊急採用した。

 無念ではあるが、ギルドそのものの消滅よりは弱体化の方が軽傷だ。

 少なくともヘカテの派閥と古参達はこの案に賛同するだろう。


「もし許可していただけるなら、バジリーに吸血鬼ギルドの警備をさせてください。バジリーが良い魔道士たちと協力して吸血鬼ギルドを警備して、悪い魔道士が来たらバジリーたちが捕まえて死刑にします」


 大粛清と成り得るこの方針は、本来なら魔道士ギルドへ持ち帰り協議し、主だった者たちの合意を得てから慎重に進めるべき事であったが、一刻の猶予もない窮地においてバジリスクスは独断で決定した。


 悪魔の法則を最も恐れているカスヴァドは無論これに異を唱えたりはしない。

 トリテミウスとプロスペローは良い顔をしないだろうとバジリスクスは思っていたが、二人とも何も感じていないかのように平然としていた。

 特にプロスペローは、向かいの席のエゼルワルド十三世をうっとりと見つめていて、バジリスクスの話を聞いているかどうかすら疑問だ。


「バジリーは人間だった頃は魔術師としてたくさんの子供たちを助けていました。病気の子供たちのために薬も作っていました」


 このバジリスクスの言葉は全くの嘘ではないが、物は言い様という類のものだ。


 生前のバジリスクスはゾヌグラシア王国の宮廷魔術師として、国家安寧のための魔術儀式なども行っていたが、バジリスクスの儀式のおかげで本当にたくさんの子供が助かったのかは疑問である。

 国王の命により魔術師として薬剤の調合を行う事もあったが、そこに病気の子供たちを助けたいという善意があったかと言えば否である。


「バジリーはいつでも子供たちの幸せを願っています。バジリーはセプティマス殿と一緒に子供の安全を守ります。友達を死刑にするのは辛いことですが、子供の安全を守るためなら、バジリーは友達でも悪者は死刑にします」


 バジリスクスは目を潤ませ、残酷な世界に打ちのめされて嘆くか弱き善人のような顔でセプティマスを見た。


「バジリー!!」


 セプティマスは椅子からガタンと立ち上がり叫んだ。

 その顔からはバジリスクスに対する敵意は消えていた。

 そして感激と好意が溢れていた。


「やっぱりバジリーは良い奴だ! 親友だ!」

「おお、おお、解っていただけましたか」

「魔道士ギルドの中にバジリーの言う事をきかない悪い奴がいるんだな。バジリーは悪くない」

「そうです。そうなのです。バジリーも困っているのです」

「よし、一緒に悪い奴を捕まえよう!」


 セプティマスは吸血鬼側をぱっと振り返って言った。


「ユースティス、バジリーに協力してやってくれよ」


 吸血鬼側の末席にいる『血の議会』エゼルワルド十三世がその呼びかけ反応し、セプティマスを振り向いた。

 その視線は相手を射殺さんとするかのように冷たく、人形のような無表情が微妙に崩れて秀麗な眉が不快に歪んでいた。

 その口は呪詛を封印しているかのように引き結ばれ、かすかに震えている。


「バジリーも困ってるんだ。悪い魔道士をちゃちゃっと片付けてやってくれ」


 エゼルワルド十三世の不機嫌に全く気付いていないのか、セプティマスはけろりとそう言った。

 そしてまたバジリスクスの方を向き直って吸血鬼側の情報をボロボロと漏らした。


「あいつ魔眼の護衛担当なんだ。まあまあ強いからバジリーの役に立つよ!」


(魔眼の護衛は『血の議会』だったか!)


 バジリスクスは内心叫んだ。


 想像以上の危険地帯に自分が置かれていたことを知り、紙一重で自分が危機を脱したことを覚った。

 『マークウッドの悪魔の法則』を受けて『血の議会』の守備範囲に入るなど、大量の火薬を背負って火事場に飛び込むようなものではないか。

 一瞬で完全消滅しかねない過酷な地獄がすぐ足元に用意されていた事に気付き、バジリスクスは断崖絶壁の上で目隠しを外されたかのごとく戦慄した。


(法則からの脱出を最優先した儂の判断は間違ってはいなかった。危なかった。やはり迷っている時間など一刻も無かったのだ。魔眼に目が眩み吸血鬼どもと事を構えようとする連中を庇う事など、最初から不可能だったのだ。地獄が用意されていたのだからな)


「ファ、ファンテイジ殿……」


 ツェペシュに鋭く睨まれたブラックモアがあたふたしながら声を上げた。


「恐れ入りますが、ご意見は挙手にて、バジリスクス殿の発表が終わった後にお願いいたします」

「おう!」


 セプティマスは意味を解っているのかいないのか、威勢の良い返事とともに挙手した。


 セプティマスの行動にブラックモアは面食らったようで、伺うようにツェペシュを見た。

 会談の作法を正すというよりは、吸血鬼側はセプティマスを黙らせたいのだろうという事を読み取り、バジリスクスはすかさず攻撃を繰り出した。


「私の発表はこれにて終わりでございます」

「はいっ! ブラックモア! 俺! 次俺!」


 挙手して騒ぎ立てるセプティマスにブラックモアは大いに戸惑いを見せたが、勢いに流されるようにセプティマスを指名した。

 発表の後に挙手しているのだから、進行役としては指名しなければならない。


「……では、ファンテイジ殿、ご意見をどうぞ」

「おう!」


 セプティマスは元気よく返事をするとバジリスクスに向けて言った。


「バジリー、一緒に悪い魔道士を捕まえよう!」


 バジリスクスは輝く笑顔でセプティマスに大きく頷き、同意を示した。

 そんなバジリスクスにセプティマスも頷き返し、そして彼は隣のツェペシュを振り返った。


「バジリーも悪い魔道士に困ってるんだ。みんなで協力して悪い魔道士を捕まえよう。いいだろ?」

「……」


 ツェペシュが重々しく挙手した。

 進行役のブラックモアは混沌としはじめた様相に困惑しながら、すがるようにツェペシュを指名した。


「ドラキュリア殿、発言をどうぞ」

「ありがとうございます」


 ツェペシュは落ち着き払ったゆったりとした態度で語り始めた。


「名誉理事ファンテイジ殿のご意見に、吸血鬼ギルドは賛同いたします」

「やった!」


 嬉しそうに声を上げ、セプティマスは笑顔でバジリスクスを振り返ってはしゃいだ。


「ファンテイジ殿、まずはご着席ください」


 ツェペシュはセプティマスに穏やかに言った。


「これからお考えを実現するため、魔道士ギルドの方々と細かい部分を詰める必要があります。ご着席になりお待ちください」

「わかった。細かい話はまかせる」


 セプティマスの着席を見届けると、ツェペシュは魔道士ギルドの面々を見渡した。


「まず魔道士ギルドの方々に確認させていただきたいのですが、『異能者』への三年間の接触および詮索の禁止は、魔道士ギルドとしてご了承いただけたという事でしょうか。必要であれば協議の時間をお取りしますが、いかがでしょう」


 ツェペシュがそう言うと、バジリスクスが挙手した。


「魔道士ギルドの最高責任者としてお答えいたします」


 バジリスクスはきりりとしたギルド長の顔で回答した。


「『異能者』への三年間の接触および詮索の禁止を魔道士ギルドとして了承いたします。この決定に異を唱える魔道士がいれば反逆者として即刻追放いたします。追放者の情報は吸血鬼ギルドへ随時お知らせする所存でございます。魔道士ギルドに所属しながら禁を破った者は死罪と致します」

「バジリー!」


 セプティマスが信頼と感謝に目を輝かせ、バジリスクスの愛称を呼んだ。

 バジリスクスはセプティマスの目を見つめ返し、親友にまかせておけと言わんばかりに力強く頷いてみせた。


 堂々とセプティマスに媚びているバジリスクスに、他の三人の魔道士は、三者三様の反応ではあったが、不快を示す者はいなかった。


 カスヴァドは完全にバジリスクスに迎合しており、バジリスクスとセプティマスの友情を大歓迎して見守るように眺め、泣きそうな笑顔で何度も頷いていた。

 トリテミウスは興味がないのか平然としており、プロスペローは向かいの席のエゼルワルド十三世に見惚れているままだった。


「反逆者の存在はこちらの不徳と致すところ。吸血鬼ギルドのお手を煩わせる事となってしまい心苦しい限りです」


 バジリスクスは謝罪を口にしながらも、少しも悪びれず堂々と胸を張り威厳ある態度でツェペシュを見据えた。


「こちらで反逆者の討伐部隊を組織いたします。不埒者がおりましたらご連絡ください。すぐに馳せ参じます。吸血鬼ギルドへの駐在のご許可をいただけるなら、常時我らが監視し、吸血鬼ギルドにご迷惑をかける不埒者を我らの手で排除いたします。魔道士ギルドの回答は以上となります」


 バジリスクスは威風堂々、発言を終えた。

 何故か得意気になっているセプティマスを除き、吸血鬼側の面々は思案するような表情を見せていた。


 バジリスクスの回答が終わったとみて、ブラックモアがツェペシュを指名する。


「ドラキュリア殿、どうぞ」

「魔道士ギルドの温かいお心遣いに感謝いたします。魔道士ギルドと足並みを揃え、こちらも『異能者』への接触および詮索に対し、警告に従わない場合は死罪で対処させていただきます。そして駐在の件ですが……」


(駐在は嫌がるだろうな)


 魔道士ギルドと吸血鬼ギルドは、講和条約により争う事を止めたとはいえ、味方になったわけではない。

 ギルド館に駐在を許す事は、懐に敵を引き入れるようなものだ。

 ギルド会館への駐在の部分は拒否してくるだろうとバジリスクスは思ったが、ツェペシュから意外な言葉が出て来た。


「警備の人員はこちらに充分な確保がありますのでご心配には及びません。しかしギルド員の派遣は、情報を共有するために大変良い提案と思います」


(は?)


「こちらからも魔道士ギルドに連絡員を派遣いたしますので、双方のギルドに連絡員を駐在させ、情報の共有に努めるという事で如何でしょう」


(……しまった!)


 ツェペシュがおだやかな笑顔をバジリスクスに向け圧力をかけて来た。

 バジリスクスはそれに微笑み返しながらも、またしても不利な状況に陥った事を覚った。

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