34話 吸血鬼ギルド
死者の都の通称で呼ばれるダウンゲイト墓地は、西タレイアンにある大規模な共同墓地である。
黒死病が猛威をふるった時代には、埋葬が追い付かず死体がうず高く積み上げられていた場所だ。
数百年に渡り多くの死体が埋葬され続けたため、墓地全体が盛り上がりなだらかな丘になっていた。
広大な敷地は重厚な石造りの門や塀でいくつもの区画に区切られ、迷路のように入り組んでいる。
緑が濃く生い茂り、所々に死者の魂を導くためか天使の石像があった。
堂々とした墓石があり綺麗に手入れがされている場所もあれば、丈高い雑草が生い茂る中に朽ちかけた墓石が並ぶ荒れ放題の場所もある。
多くの遺骨を埋葬できる石造りの納骨堂も散在し、それらはまるで遺跡のように雑木林や野草に埋もれていた。
死者の身分や財力により住み分けが行われている様は、王都の縮図のようでもあった。
「皆、防御魔法は万全だろうな」
馬車の窓から見える死者の都の風景を目の端に入れながら、魔道士ギルドの長バジリスクスは三人の七つ星魔道士たちに確認をした。
バジリスクスは普段の長衣は着ておらず、今日は絹製帽子に膝丈の黒い外套という紳士の装いである。
「うむ」
「もちろん」
やはり紳士の装いで身を固めている三人の魔道士たちは、バジリスクスの問いにそれぞれ頷いた。
吸血鬼は操心術に長けた魔物だ。
吸血鬼と相対するには魅了術や催眠術に対する防御魔法は必須である。
「今回の会談には『死の天使』と『血の議会』が出て来る可能性が高い。皆、気を付けるのだぞ」
「やはり特等の二人が出て来るかのう」
小柄でひょろりとした学者風の魔道士カスヴァドが、バジリスクスに問いかけた。
カスヴァドは今は失われた自然信仰の祭祀であり、バジリスクスとは長い付き合いのある古参の魔道士だ。
吸血鬼ギルドの構成員にも詳しく、会談にも慣れていた。
「外国吸血鬼だったとはいえ、すでに百年はイングリス王国にいるのだ。そろそろ出て来る頃合いだ」
カスヴァドの推測をバジリスクスは肯定した。
「彼らのためにわざわざ特等を新設したくらいだからな」
吸血鬼ギルドでは強さや能力により等級がある。
最上位は特等、次が一等、次が二等と続き、最下位が五等だ。
元々は最上位は一等であったが、一人だけ飛び抜けた能力を持つギルド長の串刺し公が吸血鬼ギルド内で『特等』のあだ名で呼ばれるようになった。
そのため長らく特等は串刺し公ただ一人を指す単なる通称であったが、百年前に初めて正式に特等の等級が設定され、『死の天使』と『血の議会』に特等の等級が与えられた。
もともと吸血鬼ギルドはツェペシュが主催する吸血鬼の傭兵組織であり、等級はツェペシュが効率化を目的に設定したものだ。
よって采配を振るうツェペシュ本人に等級は無い。
「あちらの代表はギルド長の串刺し公、いつものヴァーニー卿、そして『死の天使』と『血の議会』。進行役がタレイアン支部長のブラックモア卿であろう」
「いよいよ『死の天使』と『血の議会』の正体が明らかになるか」
カスヴァドが興味深そうに目を輝かせた。
「そういう事になるが……。どちらも強力な操心術の使い手だ。あまり目を合わせるでないぞ。自衛をしっかりとな」
馬車の左側の窓には相変わらず死者の都の風景が続いていたが、右側の窓に石造りの塀に囲まれた屋敷が見え始めた。
その石塀のところどころには蔦が絡まり、わさわさと葉を生い茂らせ、緑色を溢れさせている。
「皆、解っていると思うが、敵対の意志を見せてはならんぞ」
目的地を目前にして、バジリスクスは最後の確認を行った。
「承知」
「うむ」
カスヴァドは得たりと、トリテミウスはその件には拘りなさそうに軽く肯定の返事をした。
ただプロスペローだけが少し濁った反応を見せた。
「解っております。ですが……吸血鬼どもに魔眼を好きにさせるのは大変遺憾です。魔眼は生まれながらに眼力の魔術を使う天然の魔術師。吸血鬼ではなく人間の魔術師です」
「何度も言っておるように非はこちらにある。魔眼を手に入れたのは彼らであって我々ではない」
「魔眼を手に入れたという事は、人間を誘拐したという事です。イングリス王国の法に照らし合わせればこれは立派な犯罪です」
「プロスペローよ、相手は吸血鬼なのだ。正義を主張したところで吸血鬼の心は動かぬ。要求を通したいならば吸血鬼より大きな力を持つ必要がある。だが今の我々では戦力不足だ」
「しかし奴らは正義に反しています。大義はこちらにあります」
「戦に勝った方が正義となるのだ。大義などいくらでも後付け出来る」
バジリスクスがそう言うと、プロスペローは眉間に深い皺を刻み込んだ。
イングリス王国の貴族の生まれであるプロスペローは、様子が良い青年の姿をしている。
傍から見れば、プロスペローは悪が蔓延る世の中に苦悩する正義の青年貴族であり、バジリスクスは悪徳社会にどっぷり浸った汚い大人であった。
「大変遺憾であります」
「奴らとて魔眼に危害を加えたりはせぬだろう。価値も解らんくせに、マークウッドの悪魔は魔眼を大層気に入っておる様子だったからな。盟主代理のお気に入りなら吸血鬼どもは丁重に扱うだろうよ。ファンテイジ家のようにな」
バジリスクスは窓外にちらりと目をやり、目的地の門を確認した。
「魔眼の身の安全が保障されているならば慌てる事はない。機会を待つのだ。その機会は今ではない。いいな、プロスペロー」
「……はい」
石造りの塀でぐるりと囲まれている屋敷の門の前で馬車は止まった。
門番が鉄格子の門を開け、馬車を中へ通す。
門を通ると自然風景式の庭園が広がり、その緑の中に尖がり屋根の塔を備えた古めかしい館があった。
長い年月が降り積もっているのであろうその館は、荘厳だがくすんでいて、明るい日差しの中でもどこか亡霊のような佇まいがある。
「立派な館ですな」
吸血鬼ギルドへ来るのは初めてである魔道士トリテミウスが感嘆の声を漏らした。
白髭を長く伸ばした威厳のある老人トリテミウスは魔術書の収集家で、自身も魔術や精霊術などに関する論文を多数執筆している。
資料の蓄積を至上の喜びとする魔道士であるため、ほぼ館に引きこもる生活をしており、外界の事には疎い。
まるで田舎から都会へ出て来た世間知らずの老人のように、トリテミウスは物珍しそうに窓外を見ていた。
会談に慣れていてこの館を何度か訪れているカスヴァドや、イングリス王国の貴族として王都タレイアンで生まれ育ったプロスペローはゆったりと馬車の席に座っていたが、トリテミウスは小さな子供のように落ち着きがなかった。
「黒死病の災禍の時、墓地周辺は地価がかなり落ちたからな。そのとき好機とばかりに奴らはこの辺りの土地屋敷を安く買い叩いたのだ」
普段はどっしりと構え威厳あるトリテミウスの、平常心ではない様子を訝し気に見ながらバジリスクスは説明する。
「なかなかの商才ですな」
トリテミウスが皮肉とも賞賛とも受け取れる感想を述べた。
「油断も隙もない奴らなのだ」
説明しながらバジリスクスの内心には不安が渦巻いていた。
(今からこれほど浮足立っていては、魅了されてしまうのではないか……)
バジリスクスは今回の代表の中で、最も新参の七つ星魔道士であるプロスペローが一番心配であった。
彼は上位の吸血鬼と対峙した経験が無いためか、吸血鬼を舐めているように思えたからだ。
だが当日を迎えてみれば、心配なプロスペロー以上に、トリテミウスが一番の不安要素として急浮上してきた。
(そもそも、こやつ何故出て来たかな)
トリテミウスは基本、外界に興味がない本の虫だ。
こういった会談に興味を示したのは初めてである。
(資料の編纂や書籍収集に魔眼は必要ないだろうに)
館の玄関先には吸血鬼ギルドの主だった者たちが並んでいた。
従僕たちを従えて居並ぶ面子は、大体がバジリスクスの予想通りであった。
ギルド長串刺し公。
タレイアン支部長デレク・ブラックモア。
タレイアン支部副長フラン・ヴァーニー。
そして灰金髪の少年。
初めて見る顔だが、堂々と幹部たちと並んでいる様子や見た目の年頃から推測するに、おそらく『血の議会』エゼルワルド十三世だろう。
大体予想通りだったが、予想していた『死の天使』らしき者の姿はなく、その代わりに予想外すぎる人物が居た。
(セプティマス・ファンテイジ……何故ここに居る?!)
似合わない上等の服を着て、マークウッドの悪魔セプティマス・ファンテイジが何故かしれっとそこに居た。
(お前はギルド員じゃないだろう!)
バジリスクスは内心で絶叫した。
「ようこそいらっしゃいました。魔道士ギルドの皆様を歓迎いたします」
バジリスクスたち魔道士ギルドの面々は馬車から降り立つと、玄関前で吸血鬼ギルドの面々と対峙した。
「吸血鬼ギルド・ギルド長ヴラディスラウス・ドラキュリアです。ご多忙の中、会談の申し出をご了承いただき感謝いたします」
吸血鬼ギルドのギルド長である串刺し公が社交辞令を述べた。
武人らしい堂々とした長身に、肩より長い癖のある黒髪が重く広がる。
やや面長な彫の深い顔立ち、鷲鼻気味の高い鼻、鋭い眼差し、濃い口髭。
その禍々しく凶暴な黒い獅子のような姿は、多くの宗教画に描かれているおぞましい悪魔そのものの姿であった。
「魔道士ギルド・ギルド長ナントのバジリスクスです。こちらこそ素晴らしき提案に大変感謝しております」
昨日いきなり、翌日である今日に会談をするから出て来いという意味の、ほぼ命令のような手紙を送りつけて来たツェペシュに対して、バジリスクスは苦々しく思いながらも笑顔を取り繕い社交辞令を述べ、ツェペシュと固く握手した。
「ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、今回の会談の出席者を改めて紹介させていただきます。まずは……」
ツェペシュが隣に立つマークウッドの悪魔セプティマスを振り返る。
「我がギルドの名誉理事セプティマス・ファンテイジ殿。今回の会談に出席いたします。皆様ご存知の事と思いますが暗がりの森同盟の盟主代理でもあります」
(下民が理事?! 何の企みだ!)
バジリスクスは内心で絶叫したが、表面上は笑顔を維持した。
セプティマスはそんなバジリスクスの前に、居心地悪そうに緊張した面持ちで立っている。
(引っ張り出す目的ありきで役職を急造したな。何の企みか知らんが……儂には社交で築いた親睦がある。むしろ都合の良いカードになるかもしれん)
「今回の会談の進行役を務めますタレイアン支部長デレク・ブラックモア氏」
ツェペシュは並んでいる吸血鬼ギルドの面々を順番に紹介していった。
時代錯誤の貴族のような華美な服装で、盛り上がった巻き髪のカツラを装着しているブラックモアは、紹介されると自信に満ち溢れた堂々とした態度で軽く会釈をした。
「タレイアン支部副長フラン・ヴァーニー氏……」
今風の小洒落た紳士の服装に身を固めたヴァーニーが会釈をする。
ブラックモアもヴァーニーもバジリスクスとは面識のある吸血鬼であった。
「そして顧問エゼルワルド・ユースティス・エステルヴァイン氏です。どうぞお見知りおきください」
顧問として紹介された灰金髪の少年がぺこりと軽く会釈をする。
小柄な彼の軽い会釈でしかないそれに、バジリスクスは何か得体の知れない圧を感じた。
(エゼルワルド……エステルヴァイン……やはり『血の議会』はエゼルワルド十三世か)
その灰金髪の少年、『血の議会』あるいは『エステルヴァイン家の呪い』であるエゼルワルド十三世とあまり目を合わせないように、しかし明らかに視線を外して失礼に当たらないように、バジリスクスは加減に注意しながら自衛した。
「こちらも紹介させていただきます」
バジリスクスも魔道士ギルドの面々を紹介していった。
「皆、我がギルドの七つ星魔道士です。ロブルのカスヴァド氏、ヨハン・トリテミウス氏、……ジョンディ・プロスペロー氏です。どうぞよしなに」
プロスペローを紹介するために視線をやったとき、彼の様子がおかしい事にバジリスクスは気付き、一瞬言葉に詰まった。
プロスペローはエゼルワルド十三世をぼんやり見つめていた。
(まさか、もう魅了されたのか?! 会談はまだ始まってもおらぬぞ!)
紹介が終わると、双方のギルドの面々は流れ作業のように一人一人握手をし、二言三言の言葉を交わし合う。
「名誉理事就任おめでとうございます。セプティマス殿にふさわしい新進な役職ですなあ」
マークウッドの悪魔セプティマスと握手をしながら、バジリスクスはにこやかに言った。
「……ありがとう、ございます、バジリスクス殿」
普段とは違う言葉遣いでたどたどしく挨拶をするセプティマスに、バジリスクスは努めて気さくに語り掛けた。
「おお、なんと水臭い。どうかいつものようにバジリーとお呼びください」
「え……そういうわけには……」
セプティマスが左右の様子を伺うように視線を動かした。
(ふむ。やはり指導が入っているのだな)
「バジリーはいつでも貴方の親友でございます。親友に遠慮などいりませぬ」
バジリスクスは笑顔でセプティマスの手を両手でしっかり握りしめた。
「先日お話しした新しい魔道具を早速取り寄せましたゆえ、ぜひともまた遊びにいらしてくだされ」
「お!……あ、いや……あ、ありがとう」
魔道具と聞いてそわそわするセプティマスの様子に、バジリスクスは内心ほくそ笑んだ。
(ふふふ、所詮は下民の子供。単純な奴よ)
セプティマスに親友のゆさぶりをかけながら挨拶を終えたバジリスクスは、おなじみのブラックモア、ヴァーニーとも握手をして社交辞令を交わした。
そして最後に灰金髪の少年エゼルワルド十三世の前に立つ。
挨拶をするときに目を逸らすわけにはいかないので、エーテルの防御壁を意識的に高めて対峙した。
小柄なエゼルワルド十三世は、軽く上を向きバジリスクスに視線を合わせてきた。
人形のような顔の中に、異様に圧がある青い双眸があった。
(さて……)
戴冠する事が無かったとはいえ、エゼルワルド十三世はルクステラ最後の王だ。
国王相手にこちらから握手の手を差し出すことは無礼に当たるが、現在は吸血鬼ギルドの顧問なので身分は無いと考えて良いのか否か。
バジリスクスが序列に一瞬悩み躊躇すると、エゼルワルド十三世が口を開いた。
「お初にお目にかかります。顧問を務めておりますエゼルワルド・ユースティス・エステルヴァインです」
(先に名乗ったという事は一介の顧問という事か。それとも声をかけてきたと考えるべきか。いや、握手の手は出していない)
考えを巡らせながら、バジリスクスは握手の手を差し出しながら自己紹介をした。
「魔道士ギルドのギルド長を務めております。バジリスクスでございます」
エゼルワルド十三世は隙の無い笑顔を浮かべたまま、自然な流れでバジリスクスの差し出した手を握る。
(これは危険だ……)
握手をした瞬間、まるで地獄の門を潜ったかのような悪寒がバジリスクスの背を走った。
魔道士としての直感が巨大な危険を警告している。
「高名なバジリスクス殿にお目にかかる事ができ光栄に存じます」
「こちらこそ新進気鋭のエステルヴァイン殿にお会いできたことを嬉しく思います。ぜひともよしなに」
挨拶を終えて握手の手を離すと、バジリスクスは地獄から解放されたかのような軽い安堵を覚えた。




