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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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32話 魔道士ミカヤ

 魔道士ギルドは表向きにはマグス商会の本部である。

 マグス商会はかつては薬屋であったが、現在は王都タレイアンとその近郊にいくつかの店舗を持つ雑貨屋だ。


 魔道士ギルドの建前でしかないとは言え、マグス商会は実際に王都と郊外に五軒の店舗を持ち、雑貨屋として利益を上げていた。

 コレクション用の鉱物、人間たちが魔術的な儀式に使う小道具、香草や香木、古物や古書など、好事家を対象とした商品を扱う本物の商会だ。


 マグス商会の扉を開けると、まず大きな天球儀が目に入る。


 上等な宿屋(ホテル)玄関広間(ロビー)のような空間の中、中央に飾られている大きな天球儀をぐるりと囲む形でいくつかのテーブルと椅子、ベンチなどが置かれ、談話が出来る場所が設けられていた。

 扉のすぐ近くには職員が常駐するカウンターがある。


 壁にはいくつかの肖像画。

 現在の商会長バート・マグス、先代ビル・マグス、先々代バリー・マグスなど、マグス商会歴代の商会長の肖像画である。

 肖像画に描かれた代々の商会長たちの服装や髪型は当然ながら彼らがそれぞれ生きた時代の様々なものであったが、顔はすべてギルド長バジリスクスであった。


「おやおや」


 ヘカテをエスコートして、マグス商会の看板を掲げる魔道士ギルドの扉を開けたブリギッドは、玄関広間(ロビー)の光景を見て思わず呆れ返ったような笑みを零した。


「今日の『マグス商会』は大繁盛ですなあ」


 目の前の光景を見てタニスが面白そうに笑う。


 表向きのマグス商会としての建前でしかないその玄関広間は、普段は人影がまばらな場所だった。

 ギルドに仕事を探しに来た者、あるいは魔術関連の物品の売り買いに来た者などが数人居たり居なかったり、カウンターで話し込んでいる者が居たり居なかったりという、いつもであれば非常にゆったりとした時間が流れている場所なのだ。

 ギルドの定例会や研究会などで『マグス商会』に人が集まることは頻繁にあったが、大抵は玄関広間は素通りして会議室なり派閥の部屋なりに行くので、玄関広間が混雑するという事はなかった。


 その玄関広間が、今日は大勢の魔道士でごった返していた。

 大抵の者は目立たない服装をしているため、一見すると商工業者の群れのように見えるが、上着にギルド員の証である星が描かれた記章(バッジ)を付けた魔道士たちであった。


 椅子もベンチもすべて満員で、座れなかった魔道士たちがあちこちで立ち話をしている。

 カウンターにも人だかりが出来ており、何人かが職員に詰め寄っていた。


 そこかしこで魔眼について語られているのが聞こえて来た。


「ヘカテ様、おはようございます」


 ひときわ大きな人だかりの中から一人の美青年が進み出た。


 北国の民を思わせる銀髪碧眼、女性と見紛うような整った顔立ち。

 人目を引く中性的で華やかな容姿だったが、服装は飾り気がなく、一介の聖職者のようなフード付きの簡素な僧衣を纏っていた。

 僧衣の襟元には七つ星の描かれた小さな記章(バッジ)を付けている。


 青年は天使のような微笑を浮かべながら、ヘカテに礼儀正しく、しかしどこか尊大な態度で挨拶をした。


「ミカヤ様、ごきげんよう」


 ヘカテは表情を変えず淡々と挨拶を交わした。

 つい先ほどまで楽し気にヘカテに付き従っていたブリギッドとタニスは、ミカヤの姿を見た途端にその顔から表情を消し、永久凍土のような冷たさを漂わせた。


 魔道士ギルドで最も美しい男は誰かと問えば、大抵の者はミカヤの名を挙げるだろう。

 だが魔道士ギルドの魔女たちに最も嫌われている男は誰かと問えば、やはり大抵の者はミカヤの名を挙げるだろう。


 中世の魔女狩りの時代を知らない新参の魔女たちの中には、ミカヤに好意を抱く者もいた。

 優れた容姿に品のある物腰。

 宮廷占星術師として東ナモア帝国に仕え歴史書に名を残した華々しい経歴。

 現在の魔道士ギルド内における七つ星魔道士という地位。

 人として死しても尚、見目麗しく、才気に溢れ、権力と地位を持つ順風満帆の男である。


 だが魔女狩り全盛期にヤルダバウト教の司祭であった経歴を持つミカヤを、中世を知る魔女たちは毛嫌いしていた。

 そして魔道士ギルドにおける魔女の八割以上が中世を知る魔女である。


「今日のギルドは大変な人出ですこと」


 ヘカテは仕方なく社交辞令を口にした。


「ええ、やはり皆、魔眼が気になるのでしょう」


 ミカヤは優雅に微笑した。


「そのようですね。では私は急ぎますので、失礼いたします」

「お待ちください」


 挨拶のみで、さっさとその場を立ち去ろうとしたヘカテの進行方向に、ミカヤは立ちふさがった。

 ヘカテは不快を露わにして眉を歪めた。


「お退きなさい」

「ヘカテ様、貴女にお話ししたい事があるのです。お時間をいただけないでしょうか」

「残念ながら時間がありませんの」

「ご冗談を」


 ミカヤは天使のような顔に輝くような笑顔を浮かべた。


 七名の七つ星魔道士のうち、バジリスクス、カスヴァド、トリテミウス、プロスペローの四名は吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドとの会談に出掛けていた。

 会談後に魔道士ギルドにて、ヘカテ、ミカヤ、アブラメリンの三名の七つ星魔道士と合流し、報告を兼ねた会議を行う予定になっている。


 吸血鬼ギルドに出向いた四名が帰還するまで、残り三名は魔道士ギルドで待機。

 ヘカテもミカヤも同じ予定で此処に居るのだ。


「魔眼が吸血鬼(ヴァンパイア)たちに囚われている事について、私は大変憤りを感じております」


 ヘカテの了承を得ずに、ミカヤは話し始めた。


「吸血鬼はエーテルで殴る事しかできぬ野蛮な魔物です。奴らに魔眼を持たせるなど、鼠に黄金を投げてやるようなもの」

「……はあ」


 吸血鬼ギルドが魔眼を持つのは不適当として、引いては魔道士ギルドが魔眼を所有すべきという結論に持って行きたいのだろう。

 そしてそれに同意して欲しいのだろうというミカヤの意図を読み、ヘカテは心底うんざりした。


「ミカヤ様、まだ本物の魔眼だと決まったわけではありません。噂の段階です」

「魔物の頂点に立つセプティマスの言葉です。単なる噂とは信憑性が違います」


 ミカヤは聖人に預言をもたらす天使のように熱弁をはじめた。


「セプティマスは暗がりの森の盟主である古竜の名代との事ですが、古竜は何百年も表舞台には出て来ておらず死んだという噂もあります。実質セプティマスは暗がりの森の盟主と言って差し支えありません。そのセプティマスが魔眼を手に入れたと言ったのです」

「まあ! 貴方はマークウッドの悪魔の言葉を信仰なさいますの?」


 ヘカテはわざとらしく驚いたように言ったが、ミカヤは動じずに続けた。


「信仰ではありません。事実です。セプティマスは立場的に吸血鬼ギルドが持つ全ての情報を知る者です。その彼が、吸血鬼ギルドが魔眼を手に入れたと教えてくれたのです。彼がこの情報を我々にもたらした事には何か意味がある」

「マークウッドの悪魔は子供です。たまたま気が向いて遊びに来ただけでしょう。それに彼は基本的に戯言しか言いません」


 戦争で彼と関わる機会が多かれ少なかれあった古参の魔道士たちは、セプティマスの能力はともかく、その性質はただの田舎のお調子者である事を知っていた。


「子供の容姿を利用して道化を演じているのしょう。彼はその地位の高さゆえに、不用意な発言ができない立場にあります。彼の一言で戦争を起こすことも可能なのですから慎重になるのは当然のこと。しかし道化の戯言を装うことで、遠回しに本心を伝えているのではないでしょうか」

「マークウッドの悪魔は田舎の村の子供です。そういった貴族的な言い回しはできません」

「古竜が名代に指名するほどの人物です。ただの子供であるはずがない」

「能力的にはただの子供ではなく七男の魔力を授かった稀人ですが、性質はただの子供です」

「彼が我々に魔眼の情報をもたらしたのは、吸血鬼の手から魔眼を救い出して欲しいと願っての事でしょう」


 ヘカテの話の内容を無視してミカヤは自分の会話を進めて行く。

 ヘカテは苛立たし気に眉を歪めた。


「有り得ません。昨日の会議でバジリスクス様もおっしゃったでしょう。吸血鬼ギルドの(おさ)ツェペシュはセプティマスの部下です。吸血鬼ギルドがセプティマスの意に反した動きをする事はありません」


 前日に行われた七つ星魔道士の会議で、ギルド長であるバジリスクスはセプティマスについて「下民」を連呼しながらその立ち位置や、性格、行動の説明をした。

 それは今までに幾度となく、何か問題が起こる度に、愚痴のようにバジリスクスが繰り返し言い続けて来た内容だ。

 古参にとっては「また始まった」というおなじみの内容であり、最も新参の七つ星であるプロスペローですら幾度となく会議で聞かされている話なので、ミカヤとて当然承知しているはずだ。


「バジリスクス様のお話は私も理解しております。しかしこの百年で状況が変化した可能性を私は考えております」


 ミカヤは余裕のある涼し気な態度で、ゆったりとした口調で語った。


「ヘカテ様、百年ほど前にロンセルの『死の天使』とルクステラの『血の議会』が吸血鬼ギルドに参加したことを覚えていらっしゃいますか」

「ええ、覚えています。それが何か?」

「彼らの参加により吸血鬼ギルドの内部が様変わりしたのではないでしょうか」


 吸血鬼は人を殺すほどに力を増す。

 殺すほどに持てるエーテル量の上限が増す性質があるからだ。

 魂とも言うべき星幽(アストラル)が肉体の死により剝がされた瞬間、吸血鬼は魔力(エーテル)と共に星幽(アストラル)をも吸収し取り込む事ができるため上限が増すのではないか、という仮説がある。


 グラスキ講和条約により人体実験が禁じられたため、仮説を検証する術は今のところ無いが、人を殺すほどに吸血鬼が強大な力を得る事は確かである。


 串刺し公(ツェペシュ)は中世の時代、戦争において圧倒的な強さで何万もの魂を刈り強大な力を手に入れた。

 剣で戦う時代の戦場は、吸血鬼が魂を刈るのに絶好の場所と言えた。

 そうして彼は不死者(アンデッド)の頂点に立ったのだ。


 だが剣の時代は終わり、戦争は火薬の時代となった。

 ゆえにツェペシュのような怪物は二度と作られる事はないと思われていた。


 ところが百年前に二人の怪物が新たに現れた。


 百年ほど前、ロンセル王国で革命が起こった。

 扇動家たちが甘言で無知な民衆を煽り、暴動を起こさせ、王族を処刑した。

 そしてロンセル王国はロンセル共和国となった。

 その革命の混乱に乗じ、多くの魂を刈ったのがロンセルの『死の天使』と呼ばれる吸血鬼だ。


 『死の天使』の正体は秘匿されたままだが、議員や軍部を操作していたことから魅了術(チャーム)に非常に優れていると推測される。


 ロンセルで『死の天使』が現れたのとほぼ同時期、ルクステラにも怪物が現れた。


 ロンセルの革命の余波を受け周辺諸国でも市民運動が高まり、運悪く凶作が重なっていた北の小国ルクステラ王国でも革命が起こった。

 その革命から二年後のこと、宮殿で行われた市民議会で暴動が起こり多数の死者を出す事件が起こる。

 その後も宮殿で議会が開かれるたびに皆が殺し合いを始める異常事態が続いた。


 ルクステラで起こったこの事件は『血の議会』と歴史書に記されている。


 集団ヒステリーであるとか、人を狂わせる瘴気が出ていたのではないかなど様々な分析がされているが、ルクステラの代々の君主であったエステルヴァイン家の呪いであるという説が最も有名である。

 革命で処刑された国王エゼルワルド十二世と王妃リリアナの遺児、幽閉されていた十四歳のエゼルワルド十三世の病死が、『血の議会』の惨事が起こる数日前に発表されていた事も王家の呪いの噂を加速させる原因となった。


 『血の議会』の惨状は吸血鬼による催眠術(ヒュプノシス)であると、魔道士であれば容易に看破できる。

 宮殿にこだわり革命家を標的にする行動や時期的なものから、二年間幽閉されたまま死亡したエゼルワルド十三世が吸血鬼と化したのだろうと推測された。


 そのロンセルの『死の天使』とルクステラの『血の議会』がイングリス王国に渡来し吸血鬼ギルドに参加したという情報は、当時の魔道士ギルドを騒がせた。


 国を揺るがすほどの力を持っているとはいえ、イングリス王国では新参の外国吸血鬼であった彼らが、何百年にも渡りツェペシュが統括する吸血鬼ギルド内で突然力を持つとは当時は考え難かった。

 しかし百年が経過した。

 そろそろギルド内で力を持っていても不思議ではない。


「特に『血の議会』エゼルワルド十三世はイングリス王国に強い恨みを持っています。彼がイングリス王国の裏で暗躍するツェペシュや、生粋のイングリス人であるセプティマスと敵対する可能性は大いにあります」

「それも憶測でしょう」

「たしかに『血の議会』の出自についての確たる証拠はありませんが、少年であるという情報がありますから、エゼルワルド十三世以外に考えられないでしょう」

「いえ、そこではなく、エゼルワルド十三世がイングリス王国に恨みを抱いているという部分です」


 エゼルワルド十三世の母はイングリス王国の王女リリアナであり、当時イングリス王国の君主であった女王メリザンドはエゼルワルド十三世の伯母であった。

 メリザンド女王に嫡子がおらず継承問題があったイングリス王国において、ルクステラ王国のエゼルワルド十三世はイングリス王国の王位継承権をも主張できる血筋であった。


 ルクステラ革命軍の上層部はまだ少年であるエゼルワルド十三世を洗脳教育して傀儡としイングリス王国をも手に入れようとしていたという陰謀説を前提として、イングリス王国側にエゼルワルド十三世は暗殺されたのではないかという暗殺説が流行したが、すべて憶測の域を出ない。


「彼がイングリス王国に来たという事実こそ暗殺説の裏付けでしょう。暗殺者の家系に復讐に来たのです。吸血鬼とはそういう魔物です」

「仮にそうだとしたら復讐の対象は王家。吸血鬼ギルドは関係ないわ」

「『血の議会』は復讐を達成する手駒として吸血鬼ギルドを掌握しようと考えたのではないでしょうか。そして吸血鬼ギルドの内部でセプティマスに制御不能な事態が起こった」


(あらあら、こんなところで自己紹介かしら)


 ヘカテは内心で毒づいた。

 魔道士ギルドを手駒にして私利私欲を満たそうとしているのはミカヤであり、制御できずに頭を抱えているのはバジリスクスなのだ。


「吸血鬼ギルドを制御しているのはツェペシュです。そしてツェペシュはセプティマスの忠実な部下。制御不能など有り得ません」

「仮にツェペシュが忠実だったとしても『血の議会』と『死の天使』はどうでしょうか。彼の二大吸血鬼が組めばツェペシュにすら匹敵するでしょう」


 玄関広間にいる魔道士たちは静まり返り、皆がヘカテとミカヤのやり取りに注目していた。


「吸血鬼ギルドにおける魔眼の扱いにセプティマスは不満があり、しかし彼には手を出せない事情があった。そこで彼は魔道士ギルドの介入を望み、あえて情報をもたらしたのではないでしょうか。魔眼の世話をするなら、吸血鬼よりその価値を良く知る魔道士のほうが適していると考えたのでしょう」


 魔眼の所有について、まるで魔道士ギルドに大義名分があるかのように語るミカヤの弁舌に何人かの魔道士が頷いていた。


「貴方は吸血鬼ギルドと戦争がしたいのかしら?」


 ヘカテの問いに、ミカヤは温和な態度を崩さず優雅に答えた。


「戦争など望んでおりません。ただ魔眼が不当な扱いを受けているのであれば、それを救い出せるのは我々しかいないという事です」

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