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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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30話 魔道士バジリスクスの憂鬱

 ファウスタがファンテイジ家のメイドとなった当日のこと。


 魔道士ギルドのギルド長バジリスクスは、私邸で慌てふためいていた。


吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドから苦情だと?!」


 バジリスクスは働き盛りの壮年の男の姿をしていたが、古めかしい長衣(ローブ)を纏っていた。

 青色がかった風変りな頭髪は、古い時代の者たちがそうであったように伸び放題のまま後ろで一つに括られている。


 はるか昔の時代から突然現れたような、あるいは古き物語を題材とした演劇の舞台衣装のような、現代社会からは浮いた身なりをしていた。


「一体どういう事だ!」

吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドが魔眼を手に入れたと聞いて、プロスペローとミカヤが弟子たちを引き連れて押しかけたのよ」


 魔女ヘカテは脱力したような半笑いで、バジリスクスに淡々と答えた。


 ヘカテはうら若き令嬢の姿で、燃えるような赤毛を今風に結い上げ、品の良いドレスを身に纏っていた。

 上着に七つの星が描かれた小さな記章(バッジ)を付けている。

 その記章は魔道士ギルドのギルド証であり、星の数は階級を表していた。


「これがツェペシュからの貴方宛ての手紙よ」


 ヘカテは金属の留め金がついたハンドバッグを開けて、一通の手紙を出すとバジリスクスに渡した。


 バジリスクスは受け取った手紙の封筒を確認する。

 封蝋の印璽(シーリング)には彼が良く知る不吉な竜が描かれていた。


 この竜の印が押された封筒に、良い内容の手紙が入っていた事など一度もない。


 バジリスクスは不吉の前触れである竜の印に、中を見たくない軽い抵抗を感じながらも、ペーパーナイフ代わりに初歩の風魔法を使いその手紙を開封した。

 そして手紙の文章に目を通し、最後の差出人の署名を見て盛大に顔を歪めた。


 ――ヴラディスラウス・ドラキュリア。


 串刺し公(ツェペシュ)という蔑称で恐れられている、かつてのヴァラヒア公ヴラディスラウス・ドラクレシュティは、竜公(ドラキュリア)という署名を今でも好んで使う。

 ドラキュリアの名がヤルダバウト教の宣伝力により悪魔の代名詞として広まった以後も。


 よもや見間違えるはずもない、いつでも不幸の手紙の最後に書かれている署名、バジリスクスのよく知るツェペシュの署名である。

 ヤルダバウト教の広報活動がなくとも、それはバジリスクスにとって過酷な宿命をもたらす悪魔か死神の署名そのものであった。


 内容はあっさりしたもので、会談の申し込みだ。

 会談に出席するか否かの返事をすれば良いのだが、事はそう単純ではない。


 バジリスクスはしばらく考え込むように俯いていたが、おもむろに顔を上げてヘカテに問いかけた。


「何故プロスペローたちは魔眼の事を知っていたのだ……」

「マークウッドの悪魔がうちのギルドに来て吹聴したからでしょ。もうみんな弟子たちから報告を受けてると思うわ。私もそうだったもの」


 『マークウッドの悪魔』とは不死者(アンデッド)と化して放浪する死人セプティマス・ファンテイジの蔑称である。


 魔道士ギルドの古参たちはセプティマス率いる暗がりの森(マークウッド)同盟軍に幾度か敗北した後、講和条約を結び敵対せず共存する道を選択した。

 以後、表向きにはセプティマスを『マークウッドの盟主代理』という尊称で呼ぶようになったが、裏では敵対していた時と変わらず悪魔だの何だのと罵っているのだ。


「……有り得ん」


 バジリスクスは世界の謎に挑むかのように眉を歪め、額に片手を当てた。


「あいつは昨日の朝早くに我が家を訪ね、夜半まで儂と一緒にいたのだぞ。いつギルドで吹聴する時間があった。あいつは二人いるのか?!」


「昨日の朝一にうちのギルドに来たみたい。ギルドで魔眼の事を自慢しまくった後に、ちゃっかりギルドの者をこき使って、あなたの屋敷まで馬車で送ってもらったらしいわ」


 魔女ヘカテは宇宙と交信しているかのごとき茫洋とした眼差しで、おだやかな笑みを浮かべながら語った。

 運命を受け入れた者の顔だった。


「すぐに緘口令を敷いたけど後の祭り」

「あの小僧……無駄に早起きしおって……!」


 バジリスクスは絞り出すような声で憎々し気に呟いた。


「普通しゃべるか? 魔眼だぞ? 普通は秘密にするだろう?」


 昨日、セプティマス・ファンテイジが魔眼の発見を知らせに来た時、バジリスクスは歓喜した。


 喜びの理由はもちろん魔眼の登場だ。

 そしてもう一つ、長年の接待の努力が実を結んだ事にも感極まった。

 ついに重要機密を友達感覚で打ち明けてもらえる関係にまで進展したのだと。


 だが蓋を開けてみれば、どうだ。

 セプティマスはみんなに気前良く言いふらしている。

 今までの接待の努力は一体何だったのか。


(いや、無駄ではなかった。儂が友好的な関係を築いていたからこそ、あいつは魔眼の情報を持って魔道士ギルドへ来たのだ。儂の社交術が功を奏したのだ。今までの努力は決して無駄ではなかった……!)


 バジリスクスは実験の毒により青色がかった頭髪を両手で掻きむしった。

 激しい感情の暴風雨に顔色は土器色に変色し、壮年の男の容貌は歪んでひび割れを起こし始め正体であるミイラの顔に近付いた。


(魔道士ギルドを訪れたのは儂に会うためだろう。そこまでは良い。だがそこでどうして関係ない奴らにしゃべりまくったのだ!)


「あの下民め! 田舎の小僧っ子が調子に乗りおって!」


 積年の恨みがバジリスクスの口から溢れた。


 それは八百年ほど昔、ぽっと出の男爵アレクサンダー・ファンテイジと、森の下等な魔物たちを扇動していた不死者(アンデッド)の少年セプティマス・ファンテイジに向けて、戦場で幾度となく吐いた言葉だった。


 アレクサンダーは戦争で運よく功績を立て男爵の地位を得たが、元はただの下民、ただの田舎の村の青年だ。

 彼は戦争が起こったので鍬を剣に持ち替えただけの農民だった。


 セプティマスはアレクサンダーの弟で、兵士ですらない、ただの村の子供だ。

 彼は戦争に巻き込まれあっけなく死んだ村の少年。

 下民として生まれ下民として死んだ、一生涯下民、完全なる下民なのだ。


 下等な魔物たちに暗がりの森(マークウッド)の盟主代理と持ち上げられていようが、兄が男爵に出世しようが、甥っ子が運良く辺境伯まで出世しようが、セプティマス・ファンテイジ自身はただの下民、所詮は目先の事しか見えない無知蒙昧の下民なのだ。


「ほんの少し先の事も考えられんのか、あの下民は!」


 魔眼を見つけたと言えば、魔道士たちは皆、大きな驚きと羨望を向けるだろう。


 魔道士ギルドで魔道士たちに囲まれ、チヤホヤされて得意になっている下民セプティマスの姿が、バジリスクスには容易に想像できた。


 魔眼の存在を吹聴する行為は、魔眼をうかつに危険に晒す行為である。

 それは壊れやすい陶器をボールのように空に放り投げるがごとく危険な遊びだ。

 そんな事をしたらどうなるのか、少し考えれば解る事ではないか。


「馬鹿だとは思っていたが、まさかこれほどの大馬鹿者とはな! 魔眼がまた暗殺されたらどうしてくれる! 天文学的損失だ!」


 バジリスクスは大道芸人の一人芝居のごとく、此処には居ない相手を罵倒しながら髪を振り乱し百面相をした。

 そんな彼の乱心を、冷めた目で眺めていた魔女ヘカテはぼそりと言った。


「あれは正に愚者(フール)ね」


 ヘカテは瞑想的に言った。


「タロットの愚者(フール)のカードって、マークウッドの悪魔がモデルなんじゃないかしら。あいつよく旅行してるもの。狼人(ワーウルフ)を召使にしてるから犬を連れてる姿とも一致するわ。十二世紀のロンセルに居たのかもしれないわね」

「そんな事はどうでもいい」

「そうね。問題は愚者(フール)にかき回された事態をどう収拾するかよね」


 魔女ヘカテは力なく笑った。


「その前に、一つあなたに聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「一体いつになったら私に椅子を勧めてくださるのかしら」


 ヘカテが問題と全く関係のない些細な事をさらりと言ったので、バジリスクスは癇に障ったのか吐き捨てるように言った。


「座りたければ勝手に座ればいいだろう!」

「そういうわけにはいかないでしょう。気が利かないわね」


 ヘカテは文句を言いながら、ドレスの裾をさばいてソファに座った。


「チャラチャラした格好で気取りおって」


 上流階級の令嬢に扮したヘカテをバジリスクスは批判した。

 そんなバジリスクスにヘカテは見下すような視線を向けた。


「これは今の時代の一般的な服装よ。おかしいのは貴方の服よ」

「自分の家で何を着ようが儂の勝手だろう」

「何百年それ着てるの……」

「これは今年仕立てた新品だ!」

「わざわざ古臭い長衣(ローブ)を仕立ててるの?」


 魔女ヘカテは呆れ顔で、嘲るような笑いを浮かべた。


「仕立て屋はきっと、貴方が手品師か芸人だと思っているでしょうね」

「下民の考える事などどうでも良いわ!」


 ヘカテはバジリスクスの頑固にそれ以上は付き合う気がないらしく、困り顔で曖昧に笑うと話題を切り替えた。


「それで……ツェペシュにはどう答えるつもり?」


 忌まわしい名を聞いてバジリスクスは急に頭が冷えたのか、すっと深刻な顔に切り替わった。


「会談に応じる以外の選択肢は無い……」


 ツェペシュは吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドのギルド長だ。

 遊び人の下民セプティマスとは発言の重みも実行力も天地ほどの差がある。

 ツェペシュが動くという事は、吸血鬼(ヴァンパイア)ギルド全体が彼の方針に従い動くという事を意味する。


 下手を打てば戦争だ。

 そしてツェペシュに戦争で勝てた事は一度も無い。


 かつて使者や間者の首が送り返された事や、仲間の死体が串刺しにされていた光景を思い出し、バジリスクスは顔を強張らせた。


 ツェペシュはファンテイジ家に取り憑き、長年に渡りイングリス王国の裏で暗躍し続けている。

 今はブラッド・アルカードと名乗りファンテイジ家の王都屋敷(タウンハウス)に家令として潜伏し、当主の相談役として議会に意見を通していると聞く。


 ファンテイジ家の当主マークウッド辺境伯は、貴族院議員として国政に大きな影響力を持つ。

 魔道士ギルドの不動産や販売網に打撃を与える政策を打ち出す程度のことは、朝飯前でやってのけるだろう。

 犯罪の取り締まりや衛生改善などを理由に、ツェペシュがマークウッド辺境伯の耳元で囁くだけでそれは実行されるのだ。


「おそらくあちらの要求は『魔眼に手を出すな』だな。それから『ギルドに立ち入るな』も追加か。これは承諾するしかない。理もあちらにある」


 バジリスクスがそう言うと、魔女ヘカテも頷く。


「あとはその約定を破った場合、ペナルティをどうするかの話し合いでしょうね」


 ヘカテは不遜な態度で嘲るように言った。


「いいんじゃない? 破った者は好きに殺してもらっちゃえば?」

「こちらの落ち度の処理をあちらに丸投げするわけにはいかん。ギルドの沽券にもかかわる」

「じゃあこちらから処理できる者をあちらに派遣する?」

「……七つ星の魔道士が、格下の六つ星や五つ星にあっさりやられる場面を公開するというのか……」


 魔道士ギルドの階級は星の数で表される。

 最上位は星七つだ。


 戦争を生き抜いてきたバジリスクスたち古参の魔道士たちの時代には、魔術に関する知識の深さはそのまま戦闘力であった。

 その当時の魔道士ギルドでは、星の数がそのまま知識の高さであり戦闘力の高さでもあった。


 だが時代が移り変わるにつれて様相は変わった。

 ギルドが大きくなるにつれ、研究する分野による派閥が形成され、派閥のトップが七つ星に推薦されるようになった。


 その結果、七つ星であっても戦闘力では格下に劣るという事態が発生している。


「どちらにせよ、恥をさらす事になるだろうな……」

「プロスペローやミカヤの個人的な失態なのに、魔道士ギルドがあいつらの盾になる必要あるかしら?」


 ヘカテが不満をあらわにした顔で言った。


「プロスペローもミカヤも魔道士ギルドの七つ星魔道士だ。魔道士ギルドの頂点である七つ星の行動であれば、吸血鬼どもは魔道士ギルドの行動と見るだろう。対処せざるを得ない」

「あいつらの派閥ごと追放しちゃえばいいのよ」

「そういうわけにも行かないだろう……。プロスペローとミカヤの派閥がギルドの四割を占めている。四割を追放したら一気に弱体化する」

「弱体化しても問題ないでしょう。もう吸血鬼ギルドと戦争してるわけじゃないんだから、大人数を抱えてる意味は無いわ」

「む……」


 バジリスクスは言葉に詰まった。

 たしかにヘカテの言う通り大人数を抱えている意味はすでに無い。

 だがかつての敵であった吸血鬼ギルドのますますの隆盛に、バジリスクスは対抗心のようなものがあり、運営の縮小化を選ぶことは更なる敗北に思えて抵抗があるのだった。


「ひとまず吸血鬼ギルドへの立ち入り禁止を徹底周知するしかあるまい。魔眼も吸血鬼ギルドの許可が無い限りは詮索禁止だ」

「頭がお花畑の連中にそれの意味が理解できるかしらね……」

「まったくだ。そこが問題なのだ。何故そんな簡単な事が理解できないのか……」


 ヘカテの言葉にバジリスクスは同意し、苦々しく吐き捨てた。


「そもそも『魔眼を寄こせ』と言ったところで吸血鬼(ヴァンパイア)が『はい解りました』と素直に差し出すわけがないのだ。まったく無駄な行動だ。あちらにはこちらの要求を飲まねばならない弱味など何もないのだからな」


 もしバジリスクスが彼らの立場であれば、まずは弱味を握るなり、相手の利益になるものを提示するなりして、その交換条件として要求するだろう。

 相手の善意に期待して、物乞いのようにただおねだりに行って、望みのものを恵んで貰えるわけがない。


「相手は吸血鬼(ヴァンパイア)だというのに。善意にすがるなど愚かな……」


 同じ不死者(アンデッド)でも吸血鬼と魔道士は全く違う。

 魔道士は生前からエーテルの扱いに長け、エーテルの副作用により不死者(アンデッド)化した者たちだ。


 だが吸血鬼(ヴァンパイア)とは、一定以上の魔力(エーテル)を持つ者が、強い怨念を持って落命した時、大量のエーテルと強力なアストラルが結びつき発生する魔物だ。

 屍体をエーテルで維持し、怨念の残像を魂の代わりに宿し、他者のエーテルを食らう魔物なのだ。

 心優しい慈善家などではなく、ましてや甘やかしてくれる親でもない。

 復讐の魔物なのだ。


「戦争を知らん連中は危機に鈍感すぎる……」


 頭痛に耐えるようにバジリスクスは額に手を当てた。

 そんなバジリスクスを見やり、魔女ヘカテはすっと目を細めた。


「ねえ、バジリスクス、そろそろ死神の大鎌をふるう時だと思うの」


 ヘカテは三日月のように微笑した。


「それはお前のタロット占いか?」


 印刷技術の発展にともない、巷では二百年ほど前からカード占いが流行しはじめたが、霊感という水物に頼るだけのそれは、学の無い者たちが予知や魔術の真似事をしているだけの遊戯だとバジリスクスは思っている。


「占星術でも同じ様相が出ているでしょう。現行の座相(トランジット)では土神星と海神星が(オポジション)の位置にあるわ」


 バジリスクスの懐疑的な反応を見やり、ヘカテは占星術に切り替えた。


「理想と現実が反発し合っている座相よ。どちらかを立てればどちらかが崩れる。両立はできないわ。それに財政の金牛宮を荒らしまわっている冥神星が今年は天蝎宮の木神星と(オポジション)よ。役立たずの連中を甘やかしていたら財政的に取り返しがつかない事になるんじゃないかしら」

「木神星と冥神星の(オポジション)は戦神星が調停しておる」

「一時的な緩和でしょう。足の速い戦神星はひと月もすれば海神星に重なって、土神星との衝突に破壊のきっかけをもたらすのではなくて?」


 バジリスクスはヘカテの星読みに難しい顔をして考え込んだ。

 それにヘカテは追い打ちをかけた。


「ギルド会館に住み着き始めたプロスペローとミカヤの事を、快く思っていない者は大勢いるわ」


 七つ星の魔道士はギルド会館に研究室を兼ねた個室を持つ。

 講義や議論、公開実験を行うための便宜を図ったものだが、プロスペローとミカヤ、そして彼らの弟子の何人かはいつの間にかそこにずっと住み着くようになっていた。

 他に迷惑さえかけなければ個室はどのように使おうが自由なのだが、他の派閥の者は彼らの行いに眉を顰める者が多かった。


「ねえ、バジリスクス、私は使い走り(メッセンジャー)の真似事をするためにわざわざ手紙を持って来たわけじゃないの。貴方に話があって来たのよ」

「話だと……」


 バジリスクスは身構えた。


 魔道士ギルドのギルド長はバジリスクスであったが、ギルド内の最大派閥の長はバジリスクスではなく魔女ヘカテだ。

 ヘカテ、プロスペロー、ミカヤがそれぞれ率いる三つの派閥が、魔道士ギルド内の三大派閥であった。


 ヘカテは魔道士ギルドを立ち上げたバジリスクスに敬意を表し、ギルド長であるバジリスクスを立てていたので心強い味方であった。

 だが力が大きいだけに、万が一にも敵に回る事があれば危険な星でもある。


「フラメールがギルドを抜けた時から私も考えていたんだけれど、あの人が言っていたとおり、魔道士ギルドは組織としてそろそろ限界なんじゃないかしら」


「お前も裏切るのか?!」


 フラメールは魔道士ギルドを去り、今は吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドに所属している裏切者だ。

 その裏切者フラメールに同調するかのような物言いをしたヘカテに、バジリスクスは血相を変えた。


「裏切るつもりなら何も言わず配下を連れて消えてるわよ。フラメールだって裏切ったってわけじゃないでしょう。筋は通してたわ」


 ヘカテは苦笑した。


「私は貴方にはとても恩義を感じているの。貴方が立ち上げてくれたこの魔道士ギルドに私は随分と助けられたわ。でもヤルダバウト教徒が入って来てから、このギルドは変わったと思うのよ」

「魔女たちが彼らを快く思っていない事は理解しているつもりだ」


 魔道士ギルドには、ヤルダバウト教が魔女狩りをしていた時代に迫害された経験のある魔女たちが少なからず居る。


「今まで騙し騙しで蓋をして放置してきた問題が、魔眼の登場で一気に露呈して誤魔化しが効かなくなったのよ。貴方だって……」


 ヘカテはバジリスクスを見据えた。


「このままでは先がないと気付いていたから、あのマークウッドの悪魔と慣れ合うようになったんじゃなくて?」

「慣れ合ってなどおらん。あれは社交だ」

「それを慣れ合いって言うんじゃないかしら?」

「社交だ」


 堂々と言い放つバジリスクスに、ヘカテは呆れたように曖昧に笑った。


「じゃあ社交って事でもいいけど。歩く天神星みたいなあれに近づいたって事は貴方も変化を望んでいるのではなくて?」

「あれを星に例えるなら天神星ではなく土神星だ。試練が酷い」

「私は魔眼こそ土神星だと思うの。誤魔化し続けていた綻びを一気に破綻させる大きな試練よ。試練を乗り越えた時の収穫も当然大きいでしょう。魔眼ですもの」

「魔眼は天神星だろう。大いなる発見と変革をもたらす鍵だ」


 星読みに関する意見が食い違い、二人の間にしばしの沈黙が流れた。


「貴方は覚えているかしら……」


 沈黙を破り、ヘカテが口を開いた。


「ツェペシュは天蝎宮の生まれよ」

「あああっ!」


 雷に撃たれたかのようにバジリスクスは叫んだ。


「あいつ十二年に一度の幸運期か! 負けた!」


 この年、幸運の星とよばれる木神星は天蝎宮にあった。

 木神星が重なる星座が、その年で最も勢いがある幸運の星座となる。


 敵の幸運に慌てふためくバジリスクスに、ヘカテは呆れ返った視線を向けた。


「……ツェペシュとまだ勝負する気でいた事が驚きよ……」

「女のお前には男の矜持というものが解らんのだ」

「……そうかもしれないわね……」


 真剣な表情のバジリスクスに、ヘカテは面倒くさそうに曖昧な返事をすると、話題を切り替えた。


「ツェペシュが魔道士ギルドの代表者四名との会談を望んでいると私は使いの者に聞いたんだけれど、貴方の手紙にも四名って書いてあった?」

「ああ……」


 ヘカテに指摘されてバジリスクスは手紙を確認した。


「四名と書いてあるな」

「七つ星が七人居ることを知っていて、代表者四名で来いってあたり、内紛を誘っているのかしら。それとも古参の四人しか話す価値無しと思っているのかしら」

「……プロスペローは立候補するだろうなあ……」


 七つ星魔道士たちが言い争う光景を想像し、バジリスクスは頭を抱えた。


「午後に会議を開くという事で七つ星全員に通達しておいたわ。プロスペローとミカヤはいつでもギルドに居るから連絡しやすくていいわね」


 ヘカテは皮肉っぽく微笑んだ。


「プロスペローとミカヤがごねたら、私は代表の席を譲ってもいいわよ。貴方はギルド長だから当然出席するとして、カスヴァドも行くわよね」

「いいのか? 魔眼なのに」

「出席したから得するってものでもないでしょう」

「たしかに……」


 バジリスクスは考え込むように沈黙した。


「……マークウッドの悪魔がみんなにしゃべりまくったりしなければ、こんな事にならなかったのにね……」


 ヘカテは小さく溜息を吐くと、独り言のように愚痴を漏らした。


「おかげで大問題よ。全部おしゃべりなあいつのせい。本当に悪魔だわ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 星詠みの解釈に関する会話良いと思います。 魔道師同士の会話感が凄い有る。
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