29話 魔眼の価値
「魔道士どもの善意に期待しちゃ駄目ですよ。あいつらは大勢の犠牲者を出しても涼しい顔をしてた連中です」
執事室でバーグマンは得々とティムを諭した。
ティムは体を縮こまらせバーグマンから視線を逸らしていた。
「そもそも魔道士ギルドの長老バジリスクスは暗がりの森に侵攻したゾヌグラシアの残党です。気を許しちゃいけません」
「確かに敵だったけど……もう何百年も前の話だ。ゾヌグラシア王国が滅亡して戦う理由も消えた。バジリスクスも今じゃすっかり丸くなってるよ」
「魔道士は不死者です。丸くなるわけないでしょう」
バーグマンは盛大に残念そうな顔をすると、酷い頭痛に耐えるかのように節くれだったごつい手を額に当てた。
「不死者の魂は体と同じく退化も成長もしません。貴方だって八百年もの時を過ごしているのに、いつまでも生意気な子供のままで駄々をこねてるじゃないですか。魔道士どもも同じです。丸くなどならないです」
「はあ? 子供じゃねーし」
ティムは不服そうに口を曲げた。
「子供でしょう」
「子供じゃない」
「これ、話が進まないパターンですね」
バーグマンはいったん言葉を切り、思案するように顎をさすった。
そして再びティムを見据えた。
「……ユースティス様は子供っぽいですよね。あの方は百を超えてもいつまでも子供っぽいままでいらっしゃる」
「そのとおり。あいつはガキだな!」
ティムはあっさりと納得してバーグマンの言葉に大きく頷いた。
「魔道士どもも同じです。生前の魂そのままで何年経とうが性質が変わるという事はありません。あいつらが今までに何をして来たのか忘れちゃ駄目です」
「今はもう昔みたいに派手な人体実験が出来る時代じゃないし……あいつらも大人しく暮らしてるよ」
「狼が羊の皮を被っているだけです。見えない所で何をやっているか解ったもんじゃありません」
バーグマンは訳知り顔で、ふっと皮肉っぽい微笑を浮かべた。
「ティム氏はちょっと親切にされたりオモチャを貰ったりすると、すぐ懐いて『あいつは良い奴だ』って言い出すんだから。チョロイんですよ」
「そんなチョロくねーよ」
「チョロイですよ」
二人が言い合っていると、執事室の扉がノックされた。
「どうぞ」
バーグマンが返事をすると、扉を開けて顔を覗かせたのは、地階の見回りに行っていた従僕のダミアンだった。
彼は出かける時には持っていなかった外套と帽子を手にしていた。
ダミアンは扉を大きく開けると脇に控え、彼の後に続いて来た二人の人物を執事室に通した。
その二人を見てティムの表情は凍り付いた。
「これはこれは、アルカード様。ユースティス様も……」
バーグマンは恭しく二人を迎え入れた。
白髪長身の老家令アルカードと灰金髪の小姓ユースティスは、外套を羽織り、手には帽子を持っていた。
「これから我々は外出します。ティムも連れて行きます」
アルカードはバーグマンにそう言い、ダミアンを振り返ると目配せした。
扉を閉めたダミアンは、アルカードの視線に得たりと頷き、表情を凍り付かせたまま椅子に座っているティムを立たせて手にしていた外套を羽織らせる。
「いくつか連絡があります」
ダミアンに身支度を整えられながら、呆然としているティムの様子をちらりと見やってから、アルカードはバーグマンに向き直った。
「まず本日の午餐ですが、食堂ではなく温室に用意するようにと奥様からのご指示です。ファウスタが作法に気後れせず食事を楽しめるようにとのご配慮です。給仕たちにもファウスタのサポートをするよう指示しておいてください。オクタヴィア様もご一緒ですから四名での午餐となります」
「承知いたしました」
バーグマンはきりりとした顔でアルカードに返事をした。
「それからファウスタの処遇についてですが。ファウスタは侍女見習いという事でオクタヴィア様付きのメイドとなる事が決まりました。そのことで奥様はマクレイ夫人と打ち合わせなさりたいとの事です。午餐の後に奥様から呼び出しがあるでしょう。マクレイ夫人の耳に入れておいてください」
「は、はい……!」
バーグマンは少し面食らったような表情を浮かべた。
彼はもっと事情を詳しく知りたそうで、少しそわそわした素振りになったが、冷徹な表情で淡々と連絡事項を語るアルカードに不躾な質問をするほど愚かではなかった。
「三階で発見された呪物ですが、これから私がギルドへ持って行きます。表向きは古物商に行く事になっています。ユースティスが古物商へ同行することは旦那様とオズワルド様には了承を得ています。ユースティスが留守の間、オズワルド様の給仕の人選は任せます」
「承知いたしました」
「私とユースティスはギルドで魔道士たちとの会談に出席します。夕刻までには戻れると思いますが、私の留守中はいつも通りよろしくお願いします。以上です」
「はい、アルカード様。しかと承りました」
バーグマンは恭しく使用人の礼をした。
そして何か思い出したように顔を上げた。
「すみません、アルカード様……」
「何でしょう」
「見習い女中たちから不審人物を見たとの報告を受け、ダミアンに見回りをさせていたのですが……」
バーグマンはダミアンの方を見やった。
ダミアンはティムの外套のボタンを掛け終え、被せた帽子の角度を調整していたが、バーグマンの視線にぱっと反応して姿勢正しく向き直り答えた。
「地階に異常ありませんでした」
「それについては私もダミアンから報告を受けました」
アルカードは無表情のまま淡々と言った。
「外回りの者たちにも確認しましたが異常無しとの事でした。いつもの屋敷精霊かと思います。しかし魔道士ギルドの件もあるので念のためにナジとキシュを置いて行きます」
「ご配慮ありがとうございます」
「では、我々は出かけます。ユースティス、人形をお願いします」
アルカードはユースティスを振り返って言った。
ユースティスは返事をすると、テーブルに歩み寄り、そこに置かれている小包を持ち上げようとした。
そして小包がテーブルの足と紐で繋がっていることに気付き、無表情の中に呆れたような色を漂わせて固まった。
「ああ、それ、箱ごと飛び跳ねるんで手綱をつけたんです」
バーグマンが慌ててテーブルに駆け寄り、テーブルに結んでいた紐を解く。
「さあ、どうぞ」
バーグマンが小包の手綱をユースティスに手渡した。
ユースティスは無表情でそれを受け取り、素っ気なく「ありがとう」と言った。
そんなユースティスの態度に怯えるような視線を向けているティムに、アルカードが声をかけた。
「ティム、行きますよ」
「お、おう」
ティムは表情を強張らせたまま返事をした。
「お二人とも今回はさすがにご立腹のご様子でしたねえ」
アルカードとユースティスがティムを連れて執事室を退室すると、ダミアンは彼らが出て行った扉をぼんやりと見つめ、半笑いを浮かべて言った。
「そりゃあ怒るさ。泥棒に金庫の場所を教えるような真似をしたんだから」
バーグマンがそう答えると、ダミアンは同意するように頷いた。
「魔道士たちがどうして魔眼の事をもう知ってるのか不思議に思ってたら……。まさかティム氏が自分から教えに行ってたとは……ねえ……」
ダミアンは呆れたようにそう呟いた。
そして、ふと思い付いたようにバーグマンを振り返った。
「もしかして、これも未来への踏み石ってやつでしょうか?」
ダミアンの言葉にバーグマンは苦笑いを浮かべた。
「いやいや、魔道士ギルドの件はさすがに違うだろう」
「魔眼を見つけたのはティム氏の予知能力ですよね」
「ティム氏の能力は予知ってわけじゃない。が、まあ、予知かな……」
バーグマンは腕組みをして難問に挑むような顔をした。
「ティム氏は未来の切り札に突っ込んで行くんだ。知ってて動いてるわけじゃない。火に集まる虫みたいに本能的に未来の鍵にぶち当たりに行って事故るんだよ」
「それはまあ、何となく解ります。ノリというか勢いというか、ご本人は深く考えず目先の面白さに惹かれて動いてますよね」
「それな」
バーグマンは困ったような顔をして頷いた。
「ティム氏が未来の鍵を探し当てる能力は凄いんだが、ああいうお方だから、行動に無駄が多くてどれに意味があるか予想し難くてね。でもまあ魔眼は解りやすい切り札だったな」
「その魔眼を、まさか速攻で言いふらしに行くとは、ねえ……」
ダミアンは脱力するように言った。
「二百年前の魔眼の末路をティム氏は知らないんでしょうか」
「それくらい、さすがに知ってるだろう」
バーグマンは笑いながらそう言い、急に固まって真顔になった。
「まさか?」
「発見されてから一年足らずで暗殺された事を知ってたら、さすがにティム氏でも不用意に言いふらさないと思いますが……」
「念のために一度きちんと教えた方が良さそうだな」
深刻な顔になったバーグマンに、ダミアンは頷いた。
「もう手遅れだとは思いますが、まあ、きちんと教えてさしあげて損はないと思います」
「さて、ティム」
馬車に乗り込むとアルカードは向かいの席に座っているティムに話しかけた。
ユースティスは不機嫌を露わにしたむっつりした顔で、ティムの隣りに少し距離を置いて座っていた。
「これからギルドで魔道士たちとの話し合いがあります。ファウスタについての話し合いです」
「お、おう」
「魔眼は天然の魔術師であるからファウスタは魔道士ギルドに所属すべき、というのが魔道士たちの言い分です。あなたはどうしたいですか?」
「……こういう事になると思ってなかったから、よくわからん」
ティムは苦い物を食べたような顔で答えた。
「ファウスタはメイドの仕事に就きたいって言ってたから、うちで雇えば喜ぶと思ったんだ。リンデンは霊感とか好きだからファウスタが来たら絶対喜ぶし、ちょうどオクタヴィアが悪魔に取り憑かれたと思い込んでたから、それも解決するし、みんなが喜ぶ良い事だと思ったんだ」
「そこまでなら、良い事で間違っていません」
アルカードは淡々と言った。
「問題はその後です。どうしてその足で魔道士ギルドに直行したんです」
「魔道士たちは『こんなときに魔眼がいれば』ってよく言ってたからさ、あいつらも喜ぶと思ったんだよ。ちょろっと協力して喜ばせてやるくらい、どうって事ないと思ったからさ。大事になるなんて思ってなかったんだ」
「魔術を研究するものにとって魔眼の登場は大事です」
アルカードは頭痛に悩んでいるかのように自分のこめかみを揉んだ。
「魔眼は魔術式を読み取れるからです。魔力の構造や調合、設計図が魔眼には一目瞭然と言われています。実際ファウスタには魔法陣や魔術式が見えていたようですので、過去の文献にある魔眼と一致するでしょう。魔眼があれば古代魔術の解析も封印の解除も容易いのです。ゆえに魔術師は魔眼を求めます。また魔眼が敵に回れば全ての魔術が見破られてしまいますから、絶対に敵に渡してはならないものなのです。……私が言っている事の意味が解りますか?」
「まあ……なんとなく」
「人間社会に例えると、優秀な産業スパイのようなものです。どんな新製品でも目視するだけで設計図を盗めるのです。金庫も目視するだけで構造を透視して開け方が解ってしまう」
「……それ、凄くね?」
「魔道士たちが血眼になる理由が解りましたか?」
「解った」
「それで、あなたはどうしたいですか?」
アルカードはそう質問を投げかけ、答えを待つようにしばらく沈黙した。
ティムは何も答えられずに、ただ帽子の上から両手で頭をかき回していた。
その様子を見やりアルカードは再び口を開いた。
「私としては、魔道士ギルドに魔眼を自由にさせる事は危険と考えています。こちらが管理できるよう進めるつもりです。それに、貴方のつまらない我儘で一人の子供が不幸になるというのは、気分が良いものではありません」
「ファウスタを不幸にしたいわけじゃないんだ。助けてやってくれよ」
ティムが懇願するように言うと、アルカードは品定めをするような視線をティムに向けた。
「その気持ちに偽りはありませんか?」
「もちろんだ」
「ファウスタのために魔道士たちに毅然とした態度をとることが出来ますか?」
「できる!」
ティムはアルカードを正面から見据えて言った。
「ファウスタのために俺に出来る事なら何でもやるよ」
「ではやってもらいましょう」
アルカードがふっと笑みを零した。
隣でそっぽを向いていたユースティスも、ティムのその言葉に振り向いた。
「ティム、その言葉に偽りはないね?」
ユースティスはティムの顔を覗き込み、悪そうな笑みを浮かべた。
そんなユースティスに慄きながらもティムは勇敢に答えた。
「俺は嘘は吐かない!」
ティムが堂々と言い放つと、ユースティスの顔がさっと不愉快そうに歪んだ。
「さっそく嘘を吐くな」
「揚げ足とるなよ。やる気はあるんだ」




