28話 バーグマン
「おいアーチー、ダミアンの奴、お前が悪魔を逃がすと思ってんじゃね?」
従僕のダミアンと共に、見習い女中のアメリアとテスは地階の見回りに行くべく執事室から退室した。
人間であるアメリアとテスが執事室からいなくなるやいなや、人の目には見えない守護霊ティムはアーチーこと執事のアーチボルド・バーグマンを揶揄い始めた。
「お前はうっかりやらかしそうだもんな」
ニヤニヤ笑いを浮かべるティムの傍らには、やはり人の目には映らない大きなカラス人間のような黒づくめのナジが無言で立っている。
「ダミアンの不安の原因は貴方ですよ。貴方が余計な事をしたときに、私一人で貴方と悪魔の両方に同時に対応できるか不安に思ったんでしょう。まあ貴方の対処にはナジさんがいるので、私は悪魔に集中できます。問題ありません」
バーグマンはティムにそう言いながら、ダミアンが先程までやっていた箱を紐でぐるぐる巻きにする作業に取り掛かった。
「メイドの子の片方だってお前のこと胡散臭そうに見てたじゃん」
「あの子が疑っていたのは私ではなく悪魔の存在でしょう。アメリアは知的な子ですからね」
「いやいや、どう見てもあの目はお前がやらかすって疑ってたって。お前を見てたもん」
「私ほど美貌のドワーフはいませんから。常に注目の的です」
「やらかしそうな怪しい顔だから怪しまれてるんだろ」
ティムは面白そうにケラケラ笑ったが、バーグマンは照れくさそうに答えた。
「美しさは罪ですね」
「……あのさ、何の話してる?」
「え、私の顔の話でしょう?」
ティムは腕組みをして難しい顔をするとバーグマンの顔をまじまじと見た。
長身で肩幅が広くがっちりとした見るからに武闘派らしい体格のバーグマンは、体格のイメージそのままに、太い眉にギョロリとした目の、厳つく濃い顔立ちをしている。
男らしく精悍な顔立ちだが、それが一般的に美貌と言われる顔かどうかは非常に疑わしい。
「……前から疑問だったんだが、お前本当にドワーフの中では美貌なの?」
「美貌ですよ。村一番の色男でした。むしろ私が美貌じゃないなら誰が美貌なんだっていうくらい」
「ドワーフの美的価値観ってどうなってんだ?」
「ドワーフ族は暗がりの森で最も美意識の高い種族です。美的価値観には定評があります」
自信満々に言い放つバーグマンを、ティムは釈然としない表情で見やった。
「森で一番美意識が高いのはエルフ族じゃね? お高くとまってるとも言えるが」
「何をおっしゃいます。美意識と言えばドワーフ族ですよ。ドワーフ族が生み出した数々の美を見れば明らかでしょう」
「たしかに細工品とか建築とか道具とか、物作りは凄いけどさ……」
「ドワーフ族はその美意識の高さゆえ、住居から道具まで全てを美術品の域に高めております。ドワーフ族が認める美はそのまま世界の美。ドワーフ族の美貌はすなわち世界の美貌」
「物作りに関してはそうだけどさ……顔の話はぜんぜん違くね?」
そう言ったティムに、バーグマンはしかつめらしい真顔で答えた。
「『違く』ないです。私の美貌は常に村の女性たちを騒がせていました。美意識の高いドワーフ族の女性たちを騒がせてしまうこの美貌……」
「なんか違う理由でみんな騒いでたんじゃね?」
疑惑の眼差しで反論を繰り返すティムに、バーグマンはお道化た顔をして肩をすぼめてみせた。
「まったく貴方という方は、どうして他人の長所を素直に認める事ができずに否定的な事ばかり言うんです。拗らせすぎでしょう。ユースティス様にも……あっ、そうか、これは失敬!」
バーグマンは急に自分の落ち度に気付いたかのように、自分の頭を拳骨で軽くコツンと叩いた。
「私のように常に女性の話題の中心にいる美貌の男は、さっぱりモテない貴方にとっては存在自体が嫉妬の対象でした。事実を述べるだけで嫌味になってしまう。これは配慮が足りませんでした。失敬失敬」
「……いや、嫉妬する要素ぜんぜん無いから」
ティムは呆けた顔で手をひらひら振り、無い無いのジェスチャーをした。
「そんなに僻まないでくださいよ。ティム氏にもそのうち良い事ありますって」
バーグマンは陽気に笑い、椅子に浅く座っていたティムの背中をバンと叩いた。
ティムは迷惑そうな視線をバーグマンに向け、椅子に深く座り直した。
――そのとき。
パン! と、テーブルの上から小包が跳ね上がった。
「あっ!」
バーグマンが間の抜けた声を上げる。
それとほぼ同時に、今までずっと無言で控えていた黒づくめのナジが跳躍した。
ナジは跳ね上がった小包をしっかりと空中で捕らえ、まるで武闘家のように洗練された動きで着地した。
「あっぶねー!」
小包を捕らえたナジを見ながら、ティムが思わず声を上げる。
「ナジさん!」
バーグマンが着地したナジに駆け寄る。
「いやお見事。助かりました」
ナジは無言のまま、捕らえた小包をすっとバーグマンに差し出した。
バーグマンはその小包をしっかりと両手で受け取った。
「おいアーチー、やっぱりやらかしたな。ふざけてるからだ」
ティムは自分の事は棚に上げ、他人事のようにバーグマンを責めた。
「いやはや面目ない。箱ごと飛び上がるとは予想外でした。エーテロープがまったく役に立たないとは。さてどうしたものか」
バーグマンは失敗に落胆した素振りはなく、むしろ強い好奇心が刺激されたのか生き生きとした顔になった。
彼はテーブルの上に悪魔入りの小包を置き直すと、その小包を抑え込むように片手を置いて「うーむ」と唸った。
「エーテロープって何だ?」
テーブルに頬杖をつき、一緒に小包を眺めはじめたティムがバーグマンに尋ねた。
「え、知らないんですか?」
「しらねーよ」
「エーテルを練り込んだ刺草の繊維をより合わせた縄です」
「へー、そんなのあるんだ」
「ああ、ティム氏は、人間の街をうろついてばかりで、森にぜんぜん帰って来ないから……。最近の事情を全く知らないんですね」
バーグマンは少し困り顔で、ふっと笑ってみせるとティムに説明した。
「エーテル体を拘束できる便利道具です。縄状のものはエーテロープ、網状のものはエーテネット」
「商品名かよ」
「ええ、ドワーフ族が販売している商品です。これを使えば幽霊だって捕獲できるんですよ」
「まじか!」
「『まじ』です。魔力が無くてもエーテロープとエーテネットさえあればどんな幽霊でも魔獣でもラクチン捕獲! 一家に一本、エーテロープ!」
「おお!」
ティムはお菓子を前にした子供のように目を輝かせた。
「欲しい!」
「まいどあり。一本五十ドログです」
バーグマンは爽やかな笑顔で言った。
値段を聞いた途端、ティムの顔は低賃金で働く労働者のように険しく変わった。
「高っ! 縄一本が五十ドログもすんのかよ!」
「刺草にエーテルを練り込む技術料が含まれていますからね。エーテネットは一番小さいやつが二百三十ドログです」
「高すぎだろ。その値段で買う奴いるの?」
「売れてます。今まで霊や魔獣を捕らえるには一部の高魔力の者に頼るしか方法がありませんでしたが、この道具さえあれば誰でも霊や魔獣を捕らえることが出来るんです。革命的商品ですよ。めちゃくちゃ売れてます」
「ドワーフは稼いでるなー」
感心するようにティムは言いながら、ポケットから魔鏡を取り出すと悪魔入りの小包を縛っているエーテロープを観察しはじめた。
そしてふと気付いたように顔をあげた。
「そういえばこの人形、エーテルをすり抜けたってユースティスが言ってたな」
「え、そうなんですか?」
「エーテル体がないのかもな。アストラルがどうのって言ってたし」
「アストラル体はエーテロープじゃ拘束できませんね。さてどうしたものか」
「物理的に縛っとけばいいんじゃね?」
手持ちの魔鏡を右目に当てたまま、ティムはバーグマンを見て言った。
「手で捕まえられるってことはさ、物理で行けるだろ。紐でテーブルにでも繋いでおけばいいじゃん。持ち運ぶときも犬の散歩みたいにリードつけりゃいいだろ」
「それは名案ですね!」
バーグマンは素直な賛辞をティムに送った。
「ティム氏もたまには役に立つじゃありませんか!」
「一言余計なんだよ……」
バーグマンはさっそく小包に手綱を付ける作業に取り掛かった。
そして何か閃いたように顔を上げ、ナジの方を振り返った。
「ナジさんもティム氏にリードをつけたらどうでしょう。犬の散歩みたいに」
「おい、やめろ」
「名案だと思うのですが」
真剣な表情でそう言ったバーグマンを、ティムは不愉快そうに見やった。
「本当にお前は失礼なドワーフだな。冗談でも言って良い事と悪い事がある」
「わりと本気ですよ。ティム氏は飛び出して行っては何かやらかして帰って来るんですから。事後処理をする我々はたまったものではありません。物理で繋いでおくのも一つの方法だと思うわけです」
「そんなにやらかしてねーよ」
「今日もさっそく人形部屋でやらかしたんでしょう?」
「やらかしてない。あれはエルマーが大げさに言ってただけ」
「じゃあ後でアルカード様に確認してみましょうかね」
「おい、やめろ」
「ほら、やらかしてた」
バーグマンは小包につけた手綱をテーブルの足に結び終わると、どっかりと椅子に腰かけ、残念なものを見るような視線をティムに向けた。
そんな彼の視線に、ティムはじっとりした眼差しで対抗した。
「何でもかんでもアルカードに言いつけるのはやめろ」
「貴方がそれを言いますか。ユースティス様ではありませんが、さすがに私も呆れて物が言えなくなります」
「お前は一番物言いまくってるだろ」
「言いたくもなりますよ。貴方のご活躍のおかげでお屋敷もギルドもてんやわんやなんですから」
「は? ギルドが何で?」
訳が解らないという顔をして質問してきたティムに、バーグマンはテーブルに少し身を乗り出すと真顔で問い返した。
「本気で解ってないんですか?」
「しらねーよ」
「ティム氏、ファウスタの事を魔道士どもに言ったでしょう」
「おう、言った」
「そのせいで魔道士どもがギルドに押しかけて来て、ファウスタの所有権を主張して魔眼をよこせと大騒ぎしたんですよ」
「え……なんで?」
ますます訳が解らないという顔でティムは首を傾げた。
「ファウスタが魔眼だからじゃないですか?」
「はあ? 意味解らん」
「私も詳しい事はまだ知りませんが、ファウスタが誘拐されるかもしれないからって昨日から屋敷の警備を増やしてるんです」
「考えすぎじゃね? 魔道士たちは変人だけど悪い連中じゃないよ」
「悪い連中ですよ」
「悪くないよ。変人だけど」
バーグマンは少し考え込むように腕組みをした。
「じゃあ言い方を変えましょう。善悪の概念が無い連中です。魔術の研究のためなら善悪にこだわらないので良い事も悪い事も躊躇なくやります」
「んー……」
ティムは天井を見上げ、七人の魔道士たちを一人一人思い浮かべてみた。
「確かにそういうところは……わりと、あるかも?」
「あいつらはファウスタは魔道士ギルドに所属すべきと言っているんです。ファウスタが魔道士ギルドに所属したら、さあて、どうなるでしょう」
バーグマンは大道芸人のように両手を広げ、芝居がかった身振りをした。
そして呆けているティムに回答をつきつけた。
「ミイラになりますよね」
「あ!」
魔道士たちは皆、人の身には毒である魔力に体を侵食されミイラ化した元人間たちだ。
彼らは皆、不死者であり魔術師でもある不死魔術師なのだ。
「いやいや、流石に子供を強引にエーテル漬けのミイラにはしないだろ」
悪い想像に少し顔を引きつらせながらも、ティムは希望的観測を述べた。
居心地が悪くなったティムは目を泳がせていたが、バーグマンは身を乗り出してティムの顔を覗き込んだ。
「ティム氏のせいで罪のない子供が魔道士どもに一生つけ狙われる事になったんですよ。少しは反省してください」




