275話 地の利を買う
「魔道士ギルドは移転などせぬ」
バジリスクスはきりりとしたギルド長の顔でハーミアに言った。
「異能者を魔道士ギルドに迎え入れるためには、地の利が欠けておることは明白だ。しかしそのために長きに渡り拠点としているギルド会館を捨てるなど愚の骨頂というもの」
「地の利を買うとは、地の利を得られる物件を購入することですが、現在のギルド会館から移転するという意味ではございません」
ハーミアは事務連絡をするかのように抑揚のない声で語った。
「戦争が終結してからギルド員は増え続け、最近は吸血鬼ギルドの駐在員も滞在することとなりました。現状を鑑みるに魔道士ギルド会館は手狭でございます。支部を新設すべき時であるかと愚考いたします」
「……支部か」
バジリスクスは深く考え込むように眉間に皺を刻んだ。
ハーミアは淡々と意見を述べた。
「このところ吸血鬼ギルドとの関係性も変化しております。今は招かれるのみですが、いずれはこちらに彼らを招くような場面が生じる可能性もあります。良き土地に迎賓館としても使用できる施設を用意しておくべきかと。マグス商会としても、治安の良い場所に施設があれば信用度も上がりましょう」
「だが支部を作るとなると、それなりの規模の物件を手に入れねばならん。店舗を出すように簡単には行かぬ。迎賓館とするなら尚更だ。土地ごと買い取らねば格好がつかぬ。結構な資金が必要だ」
「資金調達については良き案がございます」
ハーミアは口の端に薄い笑みを浮かべた。
「ギルド員に出資を募りましょう。上位魔道士は私財を溜め込んでおりますゆえ、相応の出資が望めます」
「……ギルドのために金を出す奴はおらぬわ」
バジリスクスは表情を暗くした。
「皆、自分のことしか考えておらぬ」
「バジリスクス様! 私は寄付しておりますぞ!」
タニスが元気良く口を挟んだ。
「ああ、そなたは……。まあ、たしかに、何度も寄付してくれておるな……?」
バジリスクスは少し言葉を濁しながらも頷いた。
タニスが魔道士ギルドに莫大な寄付をしているのは事実である。
しかしそれは寄付の形をとった迷惑料であった。
七つ星魔女ヘカテによる根回しが行われた上での、タニスのやらかしを大目に見てもらうための代価としての寄付だ。
ギルド員たちはタニスが莫大な寄付をしていることを承知しているので、タニスのやらかしは大抵が許されたのだ。
「バジリスクス様のおっしゃる通り、ギルド員たちは自己の利益のみに熱心です。ですから利益を提示するのです。利益があれば、皆、先を争って出資するでしょう」
ハーミアは絶対勝者のような余裕のある微笑みを浮かべた。
「金策はぜひ私にお任せください」
「どんな利益を提示すると言うのだ。星は売らんぞ」
出資の代価とする利益について、現状のギルドがギルド員に与えられるものは地位である星くらいだろうとバジリスクスは考え、前もって釘を刺した。
「いいえ。利益とするのは星ではございません。ファウスタ様に接触する優先権です」
「なっ……!」
「ファウスタ様ですと!」
「ハーミアさん! どういうことです!」
ハーミアの意外な言葉に、バジリスクスのみならず、タニスとプロスペローも驚きの声を上げハーミアに迫った。
ハーミアは三人の驚きを全く意に介していないかのように、淡々と説明を続けた。
「支部を新設する主目的はファウスタ様に対する地の利を得る事。なればこそ支部にはファウスタ様をお招きすることが大前提となります。そこで株式会社のような方式を使い、支部への出資の多い者にファウスタ様にお会いできる優先権を与えます」
「お金は私が出します! ハーミア! 私のお金を全部使ってください!」
「ハーミアさん、出資は平等にすべきでしょう! 私も出資します! ぜひ出資させてください!」
タニスとプロスペローが目の色を変えてハーミアに詰め寄った。
「ハーミア、異能者はそなたの持ち物ではない。どのようにして面会の機会を作るというのだ」
バジリスクスは訝し気に眉を寄せるとハーミアに質問した。
「その支部に必ず異能者が訪れるという保証も無い。いつまで待っても異能者に会えぬとなれば出資した者たちは不満を募らせ、返金を求めるであろう」
「ご心配にはおよびません。必ずファウスタ様は支部を訪れます」
ハーミアは堂々と明言した。
「そもそもがファウスタ様に対しての地の利を得るための買い物です。ファウスタ様が訪れたいと願う場所を購入します」
「上位魔道士たちが私財を全て吐き出したとしても王都の一等地は買えんぞ」
タニスが中央区の一等地に住んでいると聞いたファウスタが、色良い反応を示していたことを観察していたバジリスクスは言った。
「中央区の土地はまず、売りに出されることが滅多にない」
王都の一等地はほとんどが王家や上位貴族の所有である。
彼らはその土地を貸し出して、地代として莫大な収入を得ている。
中央区に軒を連ねる大会社や大商店は、皆、王家や上位貴族に地代を支払っているのだ。
マグス商会の中央区支店も、上位貴族の所有である建物のフロアを借りて出店している。
「中央区に拘らなければ物件を購入することは可能だ。しかし土地の魅力は半減しよう。中央区から離れるほどに異能者が訪れる可能性は低くなるのではないか」
「それに関しては腹案がございます」
「人間に対して魔術を使用することが禁止されておることは承知していような」
「無論でございます。条約を破ることはございません」
「魔術を使わずに、どうするというのだ?」
中央区の土地は所持しているだけで金の成る木であるため、よほどの事情でもない限り売られることはない。
魔術を使い人間の精神を支配すれば売らせることは出来るが、それは条約で禁止されている。
珍しく売りに出された中央区の土地を魔道士ギルドが購入したとなれば、吸血鬼ギルドは必ず疑惑の目を向けるだろう。
条約違反を摘発されるのは時間の問題となる。
「魔術は使わず、人間社会における正当な取引をいたします。ご安心ください。しかし機密を保持しとうございます。今この場では詳細をお話しすることはできません」
「そうですな。プロスペローには教えられませんな。秘密であります」
タニスが勝ち誇るようにそう言うと、プロスペローは必死な表情でハーミアに懇願した。
「ハーミアさん、どうか私にも教えていただきたい。私は秘密を守る男です。もちろんお礼もいたします!」
「教えることはできません」
ハーミアはプロスペローの懇願を跳ね付けると、タニスにも言った。
「タニスにも教えませんよ」
「何故でありますか!」
即座にタニスが不服を述べた。
「ハーミア、我らは親友でありましょう!」
「成功させるためには、しばらく機密として扱ったほうが良いのです。損はさせませんから安心してください」




