265話 魔法使いのお茶会(2)
(タニスさんのお友達のハーミアさん……)
ファウスタは魔女ハーミアとは今日が初対面だった。
玄関口での混沌とした挨拶でハーミアを慌しく紹介されたファウスタは、彼女の詰襟のドレスと落ち着いた振る舞いが、マークウッド辺境伯邸の家政婦長マクレイ夫人に少し似ていると思った。
「もちろんだ、ハーミア」
バジリスクスはハーミアの申し出を即座に了承した。
ハーミアはバジリスクスの了解を得ると、ファウスタに向き直った。
「ヒドランゲアの花茶について、私がご説明いたします」
ハーミアは品の良い温和な表情でファウスタに説明した。
「ヒドランゲアの花からお茶を作ることはできます。しかし渋味や苦味が非常に強く、そのまま飲めるお茶ではございません。また蝶豆の花茶のように鮮やかな色も出せません」
「色が出ないのですか?」
ファウスタが質問すると、ハーミアは頷いた。
「はい。色はほとんど無色に近い微かな薄紅です。色も香りも薄く、味も酷いものですので、ヒドランゲアの花をあえてお茶として飲もうとする者はいないのです」
「そうなのですね……」
ヒドランゲアで色が変わる青いお茶は作れないと解り、ファウスタはがっかりした。
ハーミアは更に説明を続ける。
「ヒドランゲアの葉には甘みがありますので、東方諸国ではヒドランゲアの葉から作ったお茶が飲まれています。ですがヒドランゲアにはわずかに毒性があります。濃く煎れると毒性が強まりますので、それを飲めば中毒症状を起こすことになります」
「毒なのですか?!」
よく見かける花に、実は毒があると教えられてファウスタは軽く驚いた。
「ヒドランゲアは即死するような強い毒ではありませんので、ご心配にはおよびません。ですが植物には毒を持つものが多数ございます。美しい見た目をしていても、無暗にお口になさるのは大変危険ですのでご注意ください」
「はい。気を付けます」
毒茸や毒草の存在は知っていたが、身近にも毒の植物があった事を知ってファウスタは身を引き締めた。
花茶が作れるカミルレが屋敷の庭に生えているとファウスタは以前に聞き、花や草は気軽にお茶にできるものと漠然と思っていた。
だが知識がなければ危険な事だったのだ。
(色が変わるお茶が作れたら良かったのに。やっぱり珍しいものってなかなか作れるものではないのだわ……)
「ファウスタ様」
バジリスクスがファウスタに微笑みかけ、その心を読んだかのように言った。
「蝶豆の花茶がお気に召したのであれば、茶葉をお包みいたします。どうぞお持ち帰りください」
「あの……」
蝶豆の花茶は欲しいが、貰っても良いものか、ファウスタは判断に迷いユースティスの顔をちらりと伺った。
悠然とお茶を飲んでいたユースティスは、ファウスタの視線に無言で答えると、ファウスタに変わってバジリスクスに言った。
「バジリスクス殿、そこまでのご厚意をいただくわけにはまいりません」
「どうかご遠慮なさらずお受け取りください」
バジリスクスは真摯な眼差しでユースティスに恭しく申し出た。
「憧れのファウスタ様にお喜びいただくことが私にはとって至上の幸福なのでございます。エステルヴァイン殿、どうか私にファウスタ様にお茶を贈る栄誉をお与えください」
バジリスクスは今度はファウスタに顔を向けた。
「ファウスタ様、ぜひぜひバジリーのプレゼントをお受け取りください。受け取っていただけなければ、バジリーは悲しくて悲しくて、涙で枕を濡らすことになるでしょう」
夢見る乙女のようにキラキラした眼差しと、しおらしい仕草で、ファウスタにすがるように語るバジリスクスに、ユースティスは微かに眉をしかめた。
「ファウスタ様は蝶豆の花茶がお嫌いですか?」
バジリスクスに問いかけられ、ファウスタは素直に答えた。
「いいえ。好きです。素敵なお茶だと思いました」
「ではぜひ、お持ち帰りください。おお、そうだ! 憧れのファウスタ様のために、バジリーが可愛いお茶をいくつか見繕ってプレゼントいたしましょう。魔道士ギルドにはお洒落で可愛いお茶が他にも沢山ございますよ!」
「あの、でも……」
バジリスクスのプレゼント攻撃にファウスタは戸惑った。
マークウッド辺境伯邸のファウスタの部屋には、バジリスクスから送られた紫のロゼリアが飾られていた。
その紫のロゼリアを見た家女中のアメリアは、珍しい色にまず驚き、そしてファンからの贈り物だと聞くと「変なおじさんには気を付けるのよ」と半目で言った。
プレゼントで女性を騙す悪い男性がいること、やたらと高価なプレゼントを贈って来る男性は下心があるかもしれないので注意しなければならないことを、ファウスタはアメリアから教えられた。
「そんなにいただいてしまっては……」
ファウスタが断りの返事をしようとすると、ティムが口を挟んだ。
「貰っとけば良いさ。バジリーは金持ちだからお茶を贈るくらい何でもない。俺もバジリーから色々貰ってるよ。もっと高いもの」
ユースティスにエーテルで何かされているのか、ティムはいつもより元気がなく大人しかったが、あっけらかんと言った。
「バジリーはプレゼントが趣味なんだ。戦争が終わってから、バジリーはやることなくて暇なんだよ。貰ってやってくれ」
ティムの言葉にバジリスクスは一瞬、笑顔を引きつらせたように見えた。
バジリスクスのその微妙な態度に気付いていないかのように、ティムは椅子の背もたれにふんぞり返ってユースティスを横目で見た。
「バジリーがずっとエステルヴァイン呼びしてるけど、お前ファウスタに家のこと説明したの?」
(家? ユースティスさんの家?)
ティムのその言葉に、バジリスクスとユースティスの笑顔がすっと温度を失ったようにファウスタは感じた。




