264話 魔法使いのお茶会(1)
(クリームが薄紅色だわ)
ファウスタたちは四人ずつに分かれ、テーブルの席についた。
ファウスタはティムとユースティスと一緒に、主催者のバジリスクスと同じテーブルだ。
組み分けと席順はユースティスの一言で一瞬で決まった。
ファウスタの左側にバジリスクスが居て、右側にユースティスが居る。
正面がティムだ。
ティムはもうエーテルで首は絞められていないように見えたが、少し疲れたようにぐったりして呆けている。
(見た事もない色だけれど、クリームよね)
ファウスタは目の前に置かれた小ぶりな硝子の器の中の、見た事もない薄紅色のクリームを見て思案した。
テーブルの上に並べられた皿には、様々な焼き菓子、ビスケット、クッキーが盛られており、その中には固焼きパンもある。
固クリームやジャムの小皿も添えられていた。
(固焼きパンに付けるのはあっちのクリームだから、これは違うよね)
ファウスタは思案しながら、何となくお茶を煎れている従僕を見た。
お茶の煎れ方を練習しているファウスタは、お茶を煎れている使用人の手際がつい気になってしまうのだ。
(えっ?! 青い!)
従僕がカップに注ぐお茶の色を見てファウスタは驚いた。
ポットからカップに注がれているお茶の色は、見た事もない青色だった。
「どうぞ温かいうちにお召し上がりください」
執事や従僕たちが皆の前にお茶を出し終わると、バジリスクスが主催者らしくそう言った。
ユースティスは笑顔を貼り付けたままの顔でティムをギロリと見る。
そして「ファンテイジ殿、いただきましょう」と作法通りの行動を促した。
ティムは渋々といった不味そうな顔でお茶のカップに手を掛けた。
(青いお茶なんて、初めて見たのだわ)
ファウスタもお客の立場なので、ここでお茶に口をつけなければならないことは解っている。
だが目の前に置かれたカップの中の、透き通った青色の液体に躊躇していた。
ちらりとユースティスとティムを見やると、彼らは平気で飲んでいる。
(魔物は平気なのね。魔物のお茶かしら。人間が飲んでも大丈夫なのかな)
綺麗で鮮やかな濃い青色だが、こんな青い色のお茶は見た事がない。
お茶に限らず全ての食品において、こんな鮮やかな青色のものをファウスタは知らなかった。
異様な色なので、毒のように思えてしまう。
食欲が全くそそられない色にファウスタが戸惑っていると、バジリスクスは朗らかな笑顔をファウスタに向けた。
「このお茶はこちらのシトランの果汁を入れていただくと風味が増します。ぜひお試しください」
バジリスクスはミルク入れのような小さな陶器を指して説明した。
「……はい。ありがとうございます」
(シトラン紅茶のような飲み方をするのね)
ミルク入れのような陶器に入っている、ミルクではない透明な液体がシトラン果汁だと解り、ファウスタはシトラン紅茶の飲み方を思い出した。
シトランは黄色い皮の酸っぱい果物で、飲み物や料理に爽やかな風味をつけるときにその果汁が使われる。
ファウスタはシトラン果汁の入った小さな陶器を手に取り、シトラン紅茶を飲むときにそうするように、お茶の中に果汁を少しだけ注いだ。
「あっ!」
お茶に果汁を注いだ瞬間、吃驚するような現象が起こり、ファウスタは小さく声を上げた。
深い青色だったお茶は、まるで夜明けの空ように、紫から薄紅にさあっと色が明るく変化したのだ。
「色が! 変わりました!」
「このお茶はシトラン果汁で色が変わるのです」
バジリスクスが何でもない事のように紳士らしいおだやかな声と口調でファウスタにそう説明すると、ユースティスも社交的な笑顔でその会話に参加した。
「マロウ茶でしょうか。これほど鮮やかな青色は珍しいですね」
「さすがはエステルヴァイン殿。博識でいらっしゃる。ですがこれはマロウ茶ではないのです。このお茶は蝶豆という植物から作ったお茶です。マロウと同じく青色の花茶が作れる植物で、成分も似ておりますが、マロウより濃い青が出せます」
「西ダルキアではあまり聞かない植物ですね。東方航路からの品でしょうか」
「おっしゃる通りでございます。蝶豆は東方のヨウダヤー国より取り寄せた植物でございます。蝶豆の花茶は目に良いと聞きましたので……」
バジリスクスはファウスタに笑顔を向けた。
「霊視のお仕事で目をお使いになっているファウスタ様に、ぜひお試しいただきたかったのです」
「目に良いのですか?」
ファウスタが問い掛けると、バジリスクスはにこにこの笑顔で丁寧に答えた。
「はい。この青色が目に良い成分なのです。蝶豆の花茶は目の疲れを癒すお茶なのです」
(青色が?)
ファウスタは自分のカップの中のお茶を見た。
青色だったお茶は、すっかり甘やかな薄紅色に変色している。
「お茶はもう青くありません。目に良い効果は消えてしまったのでしょうか」
「色が変わっても効果は変わりありません。シトランで色が変わる成分なのです」
「色が変わるお茶なんて初めて見ました」
ファウスタがそう感想を述べると、バジリスクスは調子良く説明した。
「古来より魔術には植物が使われておりました。それゆえ我が魔道士ギルドには植物に詳しい者が大勢おります。他では手に入らない珍しいお洒落なお茶が魔道士ギルドには沢山ございます。お気に召していただけたでしょうか」
「はい。綺麗で……吃驚しました。魔法で作ったお茶なのですか?」
ファウスタが興味津々に尋ねると、バジリスクスはますます調子良く説明した。
「魔道士ギルドの植物研究家が作ったものです。しかしこれは魔法ではありません。蝶豆の花があれば魔力がなくても作れます」
「蝶豆という植物が魔法の植物なのですか?」
「いいえ、蝶豆に魔力はございません」
「色が変わるのに魔法ではないのですか?」
青から急に紫や薄紅に色が変わるお茶が、ファウスタにはどうしても魔法のようにしか思えなかった。
「ファウスタ様はヒドランゲアの花をご存知でしょうか」
「はい」
バジリスクスの問いかけにファウスタは頷いた。
ヒドランゲアの花は初夏によく見かける花だ。
マークウッド辺境伯邸の庭にも咲いている。
ファウスタは最近、ヒドランゲアの花の前で親友のジゼルやピコと一緒に写真撮影をしたばかりだ。
「ヒドランゲアの青い花が、雨に打たれて薄紅に変化するのも、蝶豆やマロウと同じ青色成分が入っているからなのです」
(そういえば、そうなのだわ。ヒドランゲアの花は最初は青くて、それから紫になって、最後は薄紅色に変わるのだわ)
「ヒドランゲアの花で、このお茶が作れますか?」
(ヒドランゲアならお屋敷のお庭にあるのだわ)
蝶豆という植物は外国産のようだったので、ファウスタがそれを手に入れるのは難しいだろう。
だがヒドランゲアなら手に入る。
ヒドランゲアでこの色の変わるお茶が作れたら、いつでもこの綺麗な素敵なお茶が飲めるとファウスタは思った。
「ヒドランゲアのお茶は……。う、うむ……そうですな……」
ファウスタの質問に、バジリスクスは笑顔のままで言葉を詰まらせた。
「……ファウスタ様がお望みとあらば、魔道士ギルドがヒドランゲアの花茶をお作りいたしましょう」
バジリスクスがそうファウスタに答えを返したとき、すっと、隣のテーブルにいる魔女ハーミアが席を立った。
ファウスタは知らなかったが、隣のテーブルではずっと、狼男ドリーと魔女ハーミアが歓談を装いながらファウスタたちの会話に注意を配っていたのだ。
そしてタニスとプロスペローは終始無言で、ファウスタたちのテーブルの会話に全神経を集中させていた。
「恐れ入ります、バジリスクス様」
魔女ハーミアは絶妙のタイミングでファウスタたちのテーブルに現れ、バジリスクスに発言の許可を求めた。
「ファウスタ様のご質問について、私がお答えしてもよろしいでしょうか」




