262話 バジリスクスの屋敷
「おっ! 見えて来た!」
ぼさぼさの黒髪の少年ティムは、馬車の窓の外を指差した。
「ファウスタ、見ろ。あそこの青い屋根の家。あれがバジリーの家だ」
ファウスタは馬車の窓から、ティムが指差す方向を見た。
「塔があるお家ですか」
「そそ。塔っていうほど高くないけどな」
(素敵なお家なのだわ)
ファウスタたちを乗せた馬車は西タレイアンの郊外を走っていた。
そこは高層屋敷が道の両側にひしめきあう中央区とは違い、小ぢんまりとした庭付きの屋敷が並んでいる街だ。
ファウスタが生まれ育った孤児院くらいか、それより小さい屋敷が多く、大抵が二階建てか三階建てだった。
庭も狭く少しの植木や花壇がある程度。
敷地を囲む塀も、簡易な木の柵や、低い煉瓦の塀、あるいは塀のように並べた植木だった。
そのため中央区よりも空が広く、見通しが良い。
そんな街並みの中に、蔦の絡まる高い石塀に囲まれた、他より少し格式が高いと思われる、尖がり屋根の塔を備えた青い屋根の屋敷が見えた。
塔の高さは四階か五階くらい、中央区によくある高層屋敷ほどの高さだが、二階建てや三階建ての家が多いこの街並みの中では少しだけ目立っていた。
まばらではあるが他にも教会などの高層建築はあるので、際立って突出しているわけではなく景色に馴染んでいたが、それなりの存在感があり目印になりそうな屋敷だ。
「意外と質素だな」
一緒に馬車に乗っている灰金髪の少年吸血鬼ユースティスが、ティムの指差す方向の屋敷を見てぼそりと言った。
今日のユースティスの服装は以前に高級レストランに行ったときのような、細いリボンタイを結んだ一般的な良い家の少年の服装だ。
「魔道士ギルドのギルド長の屋敷にしては平凡だ」
そのユースティスの疑問に、銀髪金目の狼男ドリーが答えた。
「バジリスクス殿は東タレイアンの郊外に本邸と工房をお持ちです」
ドリーは以前に会った時の気楽な服装ではなく、きちんとタイを結んだ中流の男性の服装で、あちこちに飛び跳ねていた銀髪はぴったりと撫でつけられていた。
「あの屋敷は最近、といっても数十年前ですが、新しく購入された第二の邸宅です。社交用の屋敷なのだとか」
「社交用?」
「はい。社交に使うため、中央区から出やすい場所に屋敷を購入したのだと伺っております」
ドリーの説明に、ティムが口を挟んだ。
「遊び用の家だよ」
「社交用だよ。まああの人にとって社交は遊びと言えなくもないが」
(遊び用に家を買うの?!)
会話に聞き耳を立てていたファウスタは内心で軽く驚いた。
(遊びで家を買うなんて。バジリスクスさんはお金持ちなのね)
家を持ちたいファウスタは、馬車の窓から見える街並みを興味津々で観察しながら思考をめぐらせた。
(このあたりのお家はいくらくらいかしら)
ファウスタたちを乗せた馬車はバジリスクスの屋敷に到着した。
蔦の絡まる石塀で囲まれた敷地の中には色とりどりのロゼリアの花が咲いている。
緑の中に、ロゼリアの花の色が映えて美しい。
そのロゼリアの園の中に、古めかしい青い屋根の屋敷が建っていた。
屋敷には小さいながらもバルコニーが付いている。
(このくらいの家が買えたら最高だけれど)
マークウッド辺境伯邸やロスマリネ侯爵邸は大規模な豪邸で、庭も公園のように広いので、庶民のファウスタが購入を考えるには現実的ではない物件だ。
だがこの屋敷は建物も庭も小ぢんまりとしているので、庶民でも手が届く値段なのではないかとファウスタは思った。
(でもお庭もバルコニーもあるし、やっぱりお高いのかな)
ファウスタは美しい屋敷と庭を眺め、世知辛い思考に囚われていた。
馬車から降りたファウスタたち四人は、玄関口で屋敷の者たちに出迎えられた。
青みがかった長い髪を後ろで一つにまとめた紳士が一歩前に出ており、その後ろに家人らしき者たちと、使用人らしき者たちが整列している。
(青い髪。あれがきっとバジリスクスさんだわ)
異様な青髪を除けば、バジリスクスは一般的な上流階級の紳士の姿だった。
「いよお、バジリー!」
早速ティムが作法を無視して気楽な調子でバジリスクスに駆け寄った。
(あれ?)
バジリスクスの後ろに並ぶ面々の中に、良く知っている顔があることにファウスタは気付いた。
(タニスさんとプロスペローさんだわ)
心霊探偵の仕事のときとは違う見慣れない服装をしているが、タニスとプロスペローがそこに居た。
タニスはいつもの男装ではなく、普通の上流階級の婦人の服装で、髪もきちんと結っている。
逆にプロスペローはいつもの普通の紳士の服装ではなく、聖職者風の黒い長衣を纏い、銀色の髑髏の首飾りを付け、まるで冒険物語の中に出て来る闇落ちした悪い司祭のようであった。
(同じ魔道士だからバジリスクスさんとも仲良しで、遊びに来ているのかしら)
ファウスタはちらりとユースティスの顔色を窺った。
ユースティスはいつもの仕事用の笑顔だったが、目が笑っていなかった。
(お小言を言うときの顔なのだわ)
ユースティスの笑顔に不穏なものを感じ取ったファウスタは、そそくさと目を逸らした。
「バジリー、見ろ! ファウスタを連れて来たぞ」
ティムは得意気にファウスタを紹介した。
「ファウスタ、こいつがバジリーだ」
雑な紹介をされたバジリスクスは、おだやかな笑顔でファウスタの前に立ち、紳士の礼をとった。
「ファウスタ様、お久しゅうございます。バジリスクスでございます。以前、吸血鬼ギルドでお会いいたしました」
「は、はい。覚えています」
ファウスタはバジリスクスの青髪だけをぼんやり覚えていただけだったので、嘘を吐いている気がして少し後ろめたかったが肯定の返事をした。
「バジリスクスさん、護衛の契約の立会いをありがとうございました」
「どうかバジリーとお呼びください。憧れのファウスタ様とこうしてお話しできる日が来るとは、夢のようです」
バジリスクスが紳士然とファウスタに接しているところへティムが割り込んだ。
「良かったな、バジリー!」
ティムは気安く、自分より背の高いバジリスクスの肩のあたりをポンと叩くと、ファウスタに言った。
「バジリーは気の良い魔道士さ。仲良くしてやってくれ」
「は、はい」
返事をしたファウスタの隣りで、笑顔を貼り付けているユースティスの温度が下がっていた。




