258話 悲しみのバジリスクス
「この怪獣の模型をファウスタ様に監修していただきたいの」
(意外と大丈夫だった……)
想定していたよりも衝撃の少ない話にバジリスクスは少し力を抜いた。
「それは名案です!」
ルゴバロスが明るい声を上げた。
「聖少女ファウスタ様の監修が実現すれば、竜に翼を得たる如し、大売れは間違いありません。後追いで類似品が出たとしても、バハムートとリヴァイアサンを退治したファウスタ様ご本人が監修したとなれば大変な強みになります。できることならばファウスタ様と専属契約を結びたいところです」
ルゴバロスは興奮気味に語ったが、バジリスクスはきりりとしたギルド長の顔でそれを制した。
「それは叶わん。我ら魔道士は『異能者』への積極的な接触は禁止されておるのだからな」
ルゴバロスは気勢を削がれ、残念そうな顔で押し黙った。
しかしヘカテは動じることなく微笑を浮かべたままで意見を述べた。
「たしかに魔道士は異能者への接触を禁じられているわ。でもマグス商会が心霊探偵ファウスタ様に商品の監修の仕事を依頼するのであれば問題はないでしょう?」
「そんな見え透いた手が通じるものか」
「ではどうして貴方はファウスタ様をお茶会に招くことが出来たのかしら。それは話題の心霊探偵をお茶会に招くという体裁を取り繕ったからよね」
「それだけではない」
「マークウッドの悪魔の後押しがあったから」
「そうだ」
話題の心霊探偵のファンになりました、魔眼が目的ではありません、などという白々しい理屈は、通常なら吸血鬼ギルドに一蹴されて終わる。
それが可能となったのは、マークウッド同盟の盟主代理セプティマス・ファンテイジの後援をバジリスクスが得たからだ。
「わしの社交術の成果だ」
「その通りよ。あなたの社交術は本当に大したものよ」
ヘカテは朗らかな笑顔で手放しの賛辞を述べた。
「だから貴方のお茶会で、ファウスタ様に商品の監修していただく件を、マークウッドの悪魔に上手く話して協力を取り付けて欲しいのよ」
「それは非常に難しい」
バジリスクスは眉間に皺を寄せた。
「異能者の護衛として茶会には『血の議会』も来る。あれは下民とは違う。お前も実際にあれを見て知っているだろう。下民の犬も王都に戻って来ておる。奴も従者として茶会に来る」
バジリスクスの世界において、セプティマス・ファンテイジは下民であり、その従者である狼男アドルファスは犬であった。
「今回は親睦を深めるに留め、茶会の成功をもってして、それを次回への踏み石とするのが安全策というもの。急いては事を仕損じる。慎重に進めねばならん」
「四対一では不利な戦いだものね」
茶会ではバジリスクスが一人で、セプティマス、ファウスタ、ユースティス、アドルファスの四人を相手にすることになる。
戦力不足の指摘にバジリスクスは頷いた。
「そうだ。とはいえ下民は間抜けな田舎者、異能者はただの人間の子供だ。この二人は問題ない。問題は血の議会と犬だ。あいつらは厄介だ」
「だからこそ戦力の増強を提案するわ」
ヘカテの言葉に、バジリスクスは一瞬眉根を寄せて思案した。
「……こちら側の者を茶会に参加させろという意味か?」
「そうよ」
ヘカテはすっと微笑みを深くして、三日月のように笑った。
「貴方のお茶会に、タニスとプロスペローも招待してあげて」
「な……っ!」
ヘカテの不意打ちに、バジリスクスは甚大な衝撃を受けて狼狽えた。
「ならんならん! 何を言うかっ! 冗談ではない! 茶会がぶち壊しだ! あいつらが来たら儂の苦労がぜんぶ水の泡だ!」
タニスとプロスペローの狂気を知るバジリスクスは、二人がその奇行により優雅なお茶会を台無しにする様子を瞬時に想像した。
タニスは最近そこそこ作法を学び、まあまあの状態にはなっている。
プロスペローは宮廷人であっただけのことはあり作法に不安はない。
だが二人は元がおかしいので、切っ掛けさえあればいつでも暴走する。
そしてその切っ掛けは、タニスにとってはファウスタ、プロスペローにとっては『血の議会』ユースティスなのだ。
タニスはファウスタに、プロスペローはユースティスに激しく熱中している。
ファウスタとユースティスは、タニスとプロスペローを奇行に走らせる装置だ。
そのファウスタとユースティスを招いた茶会に、タニスとプロスペローを招くなど、火事場に火薬を投げ込むに等しい自滅行為といえる。
「絶対にならん! あの二人だけは駄目だ! 他の者ならまだしも、あの二人だけはならん!」
タニスとプロスペローは熱中と執念が極まり、ファウスタの契約奴隷になるという捨て身の行動をもあっさり決めた狂者たちだ。
常識や道理というものはおよそ通用しない。
「絶対に言うなよ! あいつらに茶会のことを絶対に教えてはならんぞ!」
「もう教えちゃったわ」
ヘカテはさらりと良い笑顔で答えた。
瞬間、バジリスクスは真っ暗な絶望の淵へと突き落とされた。
「何という事をしてくれたのだっ!」
ヘカテの一言で、精神的に重大な損傷を受けたバジリスクスは、地獄を見たかのような凄まじい形相で叫んだ。
「終わりだ! あいつら絶対に来る! 終わりだ!」
魔道士ギルドの頂点に立つバジリスクスは全魔道士の中で最強を自負している。
タニスとプロスペローが同時に攻撃して来たとしても、苦戦はするだろうがこれを撃退することは不可能ではない。
しかし華やかにして優雅なお茶会のホスト役を務めながら、タニスとプロスペローの二人を相手に戦うことができるかと問われれば、それは非常に困難であると言わざるを得ない。
タニスとプロスペローもそれぞれトップクラスの実力を持つ魔道士。
お茶会のホストとして魅惑の微笑でハイセンスな会話を繰り広げながら、片手間に戦えるような相手ではない。
(下民はいい。あいつは周りを気にせん。だが魔眼の子はどうだ。魔眼は魔術式をも見通す!)
屋敷を防護結界で固め、配下の者たちに防衛させるとしても、吸血鬼ユースティスと狼男アドルファスはその騒動に即座に気付くだろう。
視えざるものを全て見通す魔眼の子もまた然り。
それは社交的に無粋なことであり、見苦しいことだ。
お茶会の失敗を意味する。
「儂のお茶会がっ! 社交がっ! 優雅がっ!」
「バジリスクス、ちょっと落ち着いて。大丈夫だから」
「大丈夫なものか! ヘカテ! お前は何と残酷な魔女なのだ! 何という事をしてくれたのだ! 絶対に教えてはならん連中に何故教えたのだ!」
バジリスクスはヘカテの無慈悲をこの世の終わりのごとく嘆いた。
同席しているルゴバロスとハーミアは、バジリスクスの狂乱には慣れているためか、平然としたまま黙って座っている。
ヘカテは少し困ったような笑顔で、百面相をしているバジリスクスを宥めた。
「バジリスクス、私の話を聞いて。あの二人だからこそ良いのよ」
「あの二人だから駄目なのだ! 一番駄目な奴らだ!」




