257話 マグス商会の新商品
「ヘカテが儂に話があると言うのだが……」
魔道士ギルドのギルド長室で、ギルド長バジリスクスは何かを訝しむような微妙な表情を浮かべて言った。
「ルゴバロス、お前にも同席して欲しいというヘカテの要望だ」
「私もですか……?」
ごく平凡な中年の容姿の魔道士ルゴバロスは、その印象の薄い顔に一瞬考えるような表情を浮かべた。
「……という事は、マグス商会に関することでしょうか」
「多分そうだろうな」
ルゴバロスは平凡でいかにも無害そうな庶民的な容姿をしているが、高い魔力を持つ六つ星魔道士だ。
良くも悪くもバジリスクスの片腕という呼び声が高い。
良い片腕の意味は、魔道士として優秀であるという賞賛。
悪い片腕の意味は、優秀で何でも器用にこなすためバジリスクスに何かと重宝され、こき使われているという憐れみを含んだ皮肉だ。
ルゴバロスは大分前から、魔道士ギルドの表向きの顔である『マグス商会』の運営をバジリスクスに丸投げされている。
「新商品の話ですかね」
「この模型は、もしや……?」
魔道士ギルドのギルド長室で、バジリスクスとルゴバロスは、魔女ヘカテとハーミアの訪問を受け、来客用のソファに向かい合って座っていた。
ソファに囲まれたテーブルの上には、ゾンビメイドたちにより運び込まれた二体の怪獣の模型が置かれている。
その怪獣の模型は、置物としては少々安っぽく、子供の玩具のような出来栄えであった。
「バハムートとリヴァイアサンか?」
バジリスクスは困惑しながらヘカテたちに問いかけた。
「そうよ。これをマグス商会で売りたいの」
魔女ヘカテは自信満々といった態度で答えた。
「模型の作成はハーミアの工房でやるわ」
「それならば好きにするが良かろう」
バジリスクスはそう答え、内心では首を傾げた。
魔道士が人間社会で金銭を稼ぐため、個人で作成した品をマグス商会を通して売りさばくのは珍しい事ではない。
そういった魔道士の需要に答えるために、マグス商会の店舗には貸出用の棚が確保されている。
格安の場所代を前金で支払い、売り上げの一割を納める取り決めで、魔道士たちはマグス商会の貸出用の棚に自作の品を置かせてもらい、マグス商会で売ってもらう事が出来る。
(商品の審査ならルゴバロスに直接言えば良いこと)
貸出用の棚に並べる品が、マグス商会の商品棚にふさわしい品であるかどうか、その審査はルゴバロスの仕事だった。
バジリスクスの許可を得ずとも、ルゴバロスとやり取りすれば済む話だ。
(ヘカテは何を企んでいる?)
まだ何か裏がありそうな話にバジリスクスは警戒を強めた。
「これは売れますね!」
ルゴバロスは怪獣の模型を見つめながら感心するように唸ると、バジリスクスに顔を向けた。
「バジリスクス様、マグス商会の工房でも早速これを作成いたします」
「……その判断は時期尚早ではないか」
マグス商会の工房で作成するということは、マグス商会の正規商品にするという意味である。
貸出用の棚に置かれた品の中で、人気がある品については、専属契約を結びマグス商会の正規商品に加える事がしばしばある。
しかし今バジリスクスの目の前に置かれている子供騙しの玩具のような怪獣模型には売り上げ実績がまだ全く無い。
マグス商会の正規商品に加えるという判断を下すには早すぎるだろう。
それにどちらかと言えば、バジリスクスにはそれは正規商品には成り得ない品に思えた。
(子供の玩具としてならそこそこ売れるかもしれんが。マグス商会の客は大人だ。完全に的外れであろう)
だがマグス商会で実際に采配を振るっているルゴバロスは、その真面目そうな薄い顔をやや上気させ、珍しくも強く主張した。
「バジリスクス様、これは絶対に売れますよ!」
ルゴバロスの意外な評価にバジリスクスは面食らったが、ヘカテは当然とでもいうような笑みを浮かべていた。
「警視庁の怪火事件を解決した聖少女ファウスタ様は、今や王都一の霊能者。好事家たちに大人気ですものね」
「おっしゃる通りです」
ヘカテの言葉にすぐさまルゴバロスが相槌を打った。
「ファウスタ様の影響でマグス商会では蛍石の杖が飛ぶように売れております。ゴシップ紙の影響もありバハムートとリヴァイアサンも大変な話題になっておりましたから、模型を出せば売れるでしょう。ヘカテ様、ぜひ専属契約を!」
「この模型の権利はタニスとプロスペローにあるの。売り上げの一割を権利料として支払う取り決めで、ハーミアの工房で作らせて貰うことになったのよ」
(あいつらか!)
ヘカテの口から問題児二人の名が飛び出したので、バジリスクスの胸中には災厄の予感とも言うべき黒雲が渦を巻いた。
戸惑うバジリスクスを置き去りにして、ルゴバロスとヘカテは専属契約の話を迅速に進めていた。
「ここからが本題なのだけれど……」
妖しく微笑んでそう言ったヘカテに、バジリスクスは緊張を高め身構えた。
(来るぞ、来るぞ……)
バジリスクスとヘカテには数百年におよぶ長い付き合いがある。
良く知る相手であったので、彼女が爆弾を投じる予兆を察知することなど、バジリスクスにとってはもはや一切れの焼き菓子を食べるより簡単なことだった。
ヘカテが微笑みを深くした。
(来る……!)
バジリスクスは衝撃の予兆を前にして体を固くした。




