256話 ハーミアと怪獣の模型
「実は、私から二人にお願いしたいことがあります」
ハーミア、タニス、プロスペローの三人は、タニスの部屋の丸テーブルの席に付いていた。
テーブルの上には、タニスの世話役の魔女ルーナが煎れたロゼリア茶が並び、湯気を漂わせている。
「近いうちに話し合いの時間を作る予定でしたが、二人が揃っている今日はちょうど良い機会です」
ハーミアは淡々とした口調で語った。
「バハムートとリヴァイアサンの模型についてのお話しです」
態度だけはすっかり大人しくなっているタニスとプロスペローは、目だけをギラつかせてハーミアの話に耳を傾けていた。
「あの模型を販売する許可をいただきたいのです」
バハムートとリヴァイアサンの模型。
それは警視庁本部の心霊現象を演出するために使った小道具である。
巨大怪獣の鏡像を作るための元となった模型だ。
ファウスタによるバハムートとリヴァイアサンの退治劇が終わり、怪獣不用となった現在、その模型は魔道士ギルドのヘカテ派の個室に転がされていた。
「良いですよ。どうせもう使わないですし。好きに使ってくだされ」
タニスは獲物を狙う猛禽類のような目を三日月型に細め、笑顔でハーミアの要望を了承した。
「プロスペローはどうです?」
ハーミアの問いにプロスペローは少し戸惑うように首を傾げた。
「あの模型はどちらもタニスさんが作ったものです。私の許可は必要ないかと」
「プロスペローの魔術がリヴァイアサンの噂を生み、人間たちはリヴァイアサンを空想しました。私がそれを利用して商品を売ることを許可していただけますか」
「もちろんです」
プロスペローも目だけは異様に輝かせていたが、宮廷人としての経歴を思わせる品の良い笑顔でハーミアに答えた。
「どうぞハーミアさんのお好きなようになさってください」
「タニスとプロスペローの権利料の割合は、模型の作成者がタニスであることを考慮して三対一でいかがでしょう」
「何でも良いですよ」
「異論はございません」
「権利料は模型の売り上げの一割、その一割をタニスとプロスペローに三対一の割合で分配します。この条件で了承していただけますか」
「何でも良いですよ」
「どうぞご自由に」
ファウスタとユースティスが出席するお茶会へと、タニスとプロスペローの心はすでに飛んでいるのだろう。
そして早くハーミアからその情報を引き出したいのだろう。
二人はにこにこの笑顔でハーミアの要望を素早く受け入れた。
「ではバハムートとリヴァイアサンの模型を販売する企画を進めたいと思います。二人の厚意に感謝します」
「このくらい何でもないですよ。いつでも来いです」
「お喜びいただけて幸いに存じます」
なごやかに商談が成立した。
話が一段落して一瞬空気がゆるむと、タニスが鋭く声を上げた。
「ハーミア、次はお茶会の話です!」
催促を始めたタニスに、ハーミアは冷厳とした視線を返した。
「その前に、二人が争っていた原因を教えてください」
「お茶会の話が先です!」
駄々をこねるタニスに、ハーミアは毅然とした態度を示した。
「仲違いしている状態の二人がお茶会に参加し、空気を悪くすることになれば、主催者の顔を潰すことになります。二人にお茶会の情報を流した私は恨まれることになるでしょう。ですから二人の争い事を解決するまではお教えできません」
「争ってなどおりませぬよ!」
タニスがしゃあしゃあと言うと、プロスペローも素早くその流れに合流した。
「タニスさんの言う通りです。ハーミアさん、何か誤解なさっておられるようですが、我々は争ってなどおりません」
怪しい笑顔で意気投合したタニスとプロスペローに、ハーミアはじっとりとした疑惑の眼差しを向けた。
「随分と激しく言い争っていたようでしたが?」
「言い争ってなどおりませぬよ」
「そうですとも。ちょっとした質疑応答でした。決して争いではありません」
「プロスペローの言う通りですぞ。解らないことがあって質問していたのです」
「私の説明の仕方も悪かったのです。タニスさんには申し訳ないことをしました」
プロスペローは調子良くそう言うと、タニスに笑顔を向けた。
「おお、そうだ! タニスさん、ハーミアさんにもあの話を聞いていただきましょう。タニスさんはハーミアさんに財産管理を任せているのでしょう。ハーミアさんにも相談すべきですよ。一千ドログを用立てるわけですから」
「そうでありました。一千ドログでしたな」
争いへの糾弾をはぐらかそうとしてか、突然に慣れ合い、仲良し演技を始めた二人を前に、ハーミアはすでに白け切った目を向けていた。
しかしハーミアがここへ来た第一目的はタニスが現在起こしているトラブル、プロスペローとの諍いを止めることだ。
二人が落ち着きを取り戻し、戦闘になる心配がなくなればそれで目的は達成される。
ハーミアは二人の不自然な仲良し演技をしばらく静観した。
「ファウスタ様は貯金にご熱心でいらっしゃるのですか」
タニスとプロスペローの仲良し茶番劇により齎された話は、意外にもハーミアにとって非常に興味深い話であった。
魔眼の子ファウスタに鉱石のエーテルを霊視してもらいたいこと。
ファウスタは貯金に熱心なので、一千ドログ以上の謝礼を用意すれば、ファウスタ自ら霊視を引き受けてくれる確率が跳ね上がること。
ハーミアは頭の中でそれらの情報を整理しながら、タニスとプロスペローにさらりと言った。
「お茶会のこと、教えましょう」
「ハーミア!」
「おお!」
ハーミアの言葉に、タニスとプロスペローは輝く朝日のような笑顔を見せた。
二人の黄金の笑顔を前に、ハーミアは平然とした無表情のままで話を続けた。
「ファウスタ様とユースティス様をお招きしているお茶会は三日後に開催されます。場所はバジリスクス様の私邸。主催者はバジリスクス様です」
「バ……っ!!」
「バジリスクス様?!」
ハーミアが告げた詳細に、タニスとプロスペローの輝く笑顔は、瞬時に深夜の暗黒へと変じた。
タニスとプロスペローならば大抵のお茶会に行くことができる。
主催者が人間であれば魔術を使い適当に潜入できる。
主催者が魔物であれば高位魔道士の権力と魔力をちらつかせてゴリ押しできる。
当人たちもそのようにしてお茶会へ行くつもりであったのだろう。
ゆえに情報さえ得られれば参加できると。
だがバジリスクスが相手となると、それらの方法は使えない。
魔道士ギルド長であるバジリスクスは、タニスとプロスペローよりも上位に位置する数少ない強い魔物なのだ。
「バジリスクス様のお茶会に参加するには招待状が必要です」
愕然としている二人に、ハーミアは希望の光を見せた。
「もし私が出す条件を聞き入れてもらえるなら、私がバジリスクス様より招待状をいただいてまいります」
「……ハーミア、できるのですか?!」
絶望の淵で藁をつかむような眼差しでそう言ったタニスに、ハーミアは薄く微笑んでみせた。
「できます」




