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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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24話 呪い

「どんな魔法陣かファウスタに絵に描いて見せて欲しいところだけど……」


 ユースティスはそう言い、ちらりとファウスタを見やった。

 またしても苦手な絵の依頼が舞い込みそうな雰囲気にファウスタは首を竦めた。


「今すぐ描けなんて言わないから安心して」


 ユースティスが苦笑しながらそう言ったので、ファウスタは少しほっとした。


「この人形が呪物なら、人間には良くない物だからね。時間をかけてのんびり写生するのは危険だ。ひとまず隔離した方がいいと思う」


 ファウスタには呪いだから悪いというくらいしか解らなかったが、魔物たちはみんなアストラルについての知識があるのか、それぞれが何か解っているような雰囲気だった。


「ファウスタ、他に気付いた事はありますか?」


 思案気な顔をしたアルカードが確認するようにファウスタに問いかけた。


「えと、あとは……何となく感じたことでも良いでしょうか」

「ええ、かまいません。気付いた事は何でも言ってください」

「カーテンを開けたときに黒いモヤが揺らいだ気がしました。それで、もしかすると日光に弱いのかもしれないと思いました」

「まあ!」


 ミラーカが美貌に楽しそうな色を浮かべて言った。


「では検証してみましょう。この人形を鳥籠に閉じ込めて、日当たりの良いバルコニーに吊るして日干しにしてみましょう」


 女神のごとき美貌のミラーカが鈴を転がすような声でそう言うと、それは何か天啓のような、春の訪れを告げる小鳥たちの囀りのように晴れやかな知らせに思えた。


「それ面白そうだな! 俺もやる!」


 ミラーカの提案にティムが即座に乗った。


「まあ、ティムが手伝ってくださるの?」

「手伝う! 日干しは得意なんだ、まかせてくれ!」

「ティムが一緒なら楽しく実験が出来そうね。ぜひ手伝ってくださいな」

「おう!」


 上機嫌で浮かれはじめたティムと艶然と微笑するミラーカを交互に見やり、ユースティスは呆れたような顔をした。


「ティムは絶対やらかすから関わらせない方が……」


 そう呟きかけたユースティスの肩を、アルカードが指でトントンと叩いた。

 そしてアルカードは、ティムたちには聞こえないような小声でユースティスに囁いた。


「ミラーカがティムの面倒を見てくれるなら、こちらは助かります」


 アルカードの言葉にユースティスははっと気付いたような顔をした。

 そして感心したような眼差しをアルカードに送った。


「おっしゃる通りです。僕が浅慮でした」

「彼女にまかせましょう」

「はい」

「ミラーカには……」


 その時、ミラーカと話していたティムがぱっとユースティスの方を振り向いたので、アルカードは何事もなかったように会話を中断した。


「実験するから人形を貸してくれ」


 嬉々として人形を要求するティムに、ユースティスは渋った。


「貸すのは良いけど、人形を運ぶのは他の者にやらせなよ。君は鈍臭いから逃がしちゃうだろ。こいつが逃げないように鳥籠か何かに拘束してからじゃないと君には扱えないよ」

「大丈夫、大丈夫」


 ティムは指摘された問題点への対策も何もないままで、ユースティスが持っている気味の悪い人形に手を伸ばした。

 ユースティスはそれをさっと避ける。


 部屋の中には青いエーテルが膝くらいの高さに広がっていて、ティムとユースティスが動くたびにそれが揺らぐので、まるで水遊びをしているようにも見えた。


(男の子って気持ち悪い物を平気で手づかみしたがるよね……)


 ユースティスとティムがおぞましい人形を取り合っているのを見て、ファウスタは内心で大いに後退った。

 ユースティスは人形を捕まえているのだからそれは必要な行動だとまだ理解できるが、ティムが人形を持ちたがる意味が解らなかった。


「ユースティス」


 人形を巡って攻防を繰り広げるティムとユースティスに、ミラーカが歩み寄り、春に咲き誇る花のように微笑んだ。


「私が責任を持ちます。ティムに人形を渡してあげて」

「でも……」


 ミラーカはティムには見えないように、反論しかけたユースティスに向けて片目を瞬きして見せた。

 無言で何かメッセージを送っているようだった。


「解りました」


 ミラーカの瞬きにユースティスは頷いた。

 そしてユースティスは言われた通りにティムに人形を渡す。

 ティムが満面の笑顔でその人形を受け取った。


 ――その瞬間。


「あ……」


 バチンと弾け飛ぶように、人形がティムの手から飛び出した。


「ふぎゃっ!」


 ファウスタは吃驚して声をあげ、また両手で顔を庇った。


 先程の騒動のすぐ後だったので、また人形が大暴れして大混乱が起こることを瞬間的に察知したファウスタは条件反射のように慄いた。


 しかし沈黙。


 ティムの間の抜けた声と、ファウスタの奇声が響いただけで、意外にも静寂のままだった。


 目を開けたファウスタが見たのは、部屋の空中に浮かぶミラーカだった。


 エーテルを足場にしているミラーカは、まるで嵐の海の大波の中に立っているかのようだ。

 彼女はそのたおやかで美しい手で人形の頭をがっちり掴んでいる。

 すでにぐったりしている人形の顔面には先程までは無かった亀裂が走っていた。


 ファウスタが吃驚して目を閉じた一瞬で、ミラーカは部屋の中の、空中に移動して人形を捕まえていたのだった。


 獲物の頭を鷲掴みにして艶然と微笑むミラーカは、降臨する狩りの女神のごとく、ドレスの裾をはためかせエーテルの青い飛沫を散らせながら空中からゆっくりと床に降り立った。


「ティム、まずはこれが逃げられないように檻を用意しましょう」


 勝ち誇るようにミラーカは微笑んだ。


「……うん、そうして」


 失敗した直後のせいかティムはしょんぼりしていて、素直に承諾した。


「戦闘に負け戦争で勝つ、か。なるほど」


 ユースティスは感心したように呟いた。






「この部屋は綺麗です。黒いモヤモヤはありません」


 ファウスタは部屋の様子を視て言った。


 黒いモヤは壁を二つすり抜けてオクタヴィアの部屋まで流れて来ていた。

 それならば反対側の隣りの部屋にも流れているかもしれない。

 天上や床をすり抜けて真下や真上の部屋にも流れているかもしれない。


 ファウスタは他の部屋を確認する事になった。

 アルカード、ミラーカ、ユースティスの三人が一緒だ。

 そこにティムが勝手に付いて来たので、ティムの監視役のナジも一緒だった。


 おぞましい呪いの人形は狼男ワーウルフのラウルと竜族ドラゴニュートのエルマーに預けられた。

 人形を閉じ込める檻を用意するようにとミラーカは彼らに言いつけていた。

 やはりミラーカは魔物の中では地位が高いのだろうとファウスタは思った。


 眠ったまま宙に浮いているマークウッド辺境伯たち三人の人間を、近侍ヴァレットのルパートがオクタヴィアの部屋にひとまず運ぶ事になった。

 エーテルを車椅子のように使って三人の人間を一度に運べるのだ。

 ファウスタにはそれはとても便利な力に思えた。

 本物の車椅子を使えば出来ることでもあるが。


 そしてファウスタはまずは反対側の隣りの部屋を霊視する事になった。

 確認するために部屋の中を見ると、意外にも綺麗だった。


「そうですか。では次の部屋に行きましょう」


 アルカードたちは部屋が綺麗なことに疑問を感じていないのか、すっと次の部屋の扉の方へと移動を始めた。


 ティムだけはまだ納得が行かないのか、また手持ちの拡大鏡ルーペのようなものを右目に当て、名残惜しそうに観察を続けていた。


(ティムさんのあの眼鏡は天眼鏡てんがんきょうなのかしら)


 ティムの手持ちの片眼鏡がマークウッド辺境伯から取り上げた天眼鏡てんがんきょうなのかどうかファウスタは訊いてみたかったが、霊視の仕事中なので控えた。


「この部屋も綺麗です」


 隣の部屋のそのまた隣りの部屋にも黒いモヤは無く綺麗だった。


 それからファウスタたちは二階に降りた。

 見せかけの地獄のような廊下を歩き、人形部屋の真下に位置するらしい部屋に入った。

 二階はマークウッド辺境伯夫妻が住む階で、人形部屋の真下は使われていない部屋だった。

 三階の使われていなかった部屋と同じで家具には布がかけられている。


 その部屋にも黒いモヤは無く綺麗だった。


「ほぼ確定かな」


 何か解っているらしいユースティスが呟いた。


「あとは屋根裏ですね」


 アルカードはそう言うと、ミラーカの方を振り向いた。


「ミラーカ、お願いできますか」

「はい」


 ミラーカはアルカードに返事をすると、ファウスタに微笑みかけた。


「ファウスタ、一緒に屋根裏を調べに行きましょう」


 ミラーカはファウスタを促し、歩を止めたアルカードを追い越して歩き出した。

 ユースティスも歩を止めたままだ。


(アルカードさんとユースティスさんは行かないのかしら?)


「よし、次は屋根裏だ!」


 黒づくめのナジにそう命令して進もうとしたティムの襟首をアルカードが掴んで制止した。


「ティム、屋根裏は女性使用人の部屋です。男性は立ち入れません」

「まじか!」


(そう言えばそうだったわ)


 ファウスタは昨日マクレイ夫人やアメリアに教わった事を思い出した。


「べ、別に覗きに行こうとしたわけじゃないから! 知らなかったんだ!」


 アルカードが咎めるような目で、ユースティスが見下すような半目で、それぞれティムを見ていた。

 その視線にティムは大いに抗議した。


「本当だから!」


 支援を求めるようにティムはミラーカに言った。


「ええ、ティム、解ってるわ。あなたはちょっと忘れちゃってただけよね」

「そう、それ! 久しぶりの屋敷だから」


 ティムはばつが悪いのか、慌てふためいた様子で目を泳がせた。

 そしてファウスタに言った。


「俺は行かないから! こ、これ、ファウスタに貸してやるよ!」


 ティムは手にしていた片眼鏡をファウスタに差し出した。


「あ、あの!」


 今が質問できる絶好のチャンスだとファウスタは思った。


「これって、マークウッド辺境伯の天眼鏡てんがんきょうなんですか?!」

「え、違うよ」


 あっさりとティムは否定した。


「……違うんですか?」


 肩透かしを食らったファウスタは問い返した。

 ティムは急に自信満々な態度になり、神妙な顔をして言った。


「これは魔鏡だ」

「魔鏡?!」


 また新たな謎アイテムが出て来てファウスタは目を見張った。

 ティムに手渡されたそれを受け取るとファウスタはまじまじと見た。

 何の変哲もない拡大鏡に見える。


「そう、これは魔鏡。放出されるエーテルが視える魔鏡なのだ」


 ユースティスがぼそっと「アストラルが視えなきゃ使えないのに」と言った。

 それが聞こえていないのかティムは自信満々に説明を続けた。


「魔道士ギルドの最新作なんだ。最先端の技術、最新鋭の道具だ」


 ティムは最先端や最新鋭を自慢したかったようだが、ファウスタは魔道士ギルドという言葉に巨大な疑問を感じた。


 職人や商人たちがギルドという組合を作っている事はファウスタも知っている。

 だが魔道士という職業など聞いたこともなかった。


「ティム、道具の自慢はそのへんにしておいてください。仕事が進みません。話をしたいなら後で時間を作ります。ミラーカ、後は頼みます」

「はい」


 アルカードはティムの襟首をつかんだまま、ユースティスとナジを連れて踵を返した。


「ファウスタ! また後でな!」


 アルカードに引きずられながらティムが手をひらひらと振った。


「私たちも行きましょう」


 ミラーカの微笑みにファウスタは頷いた。






「ティムのその眼鏡はアテにならないと思うの」


 廊下を歩きながら、ティムに手渡された眼鏡を右目に当ててみたファウスタを振り向いてミラーカは艶やかな笑顔で言った。


「私も昨日ティムにその眼鏡を見せてもらったのだけれど、最新作にしては大したことないのよ。あの子きっと魔道士に騙されたんだわ」

「あの、魔道士ってどういう方々なのですか?」

「変人よ」


 ミラーカは苦笑した。

 そして使用人階段を並んで上りながら彼女はファウスタに説明した。


「魔術にのめりこんで人間を辞めてしまった人たちなの。魔術の道、魔道を極めているのだから自分たちは魔道士だと自称しているのだけれど、ただの魔術師の成れの果て。魔術を使う厄介な不死者アンデッドよ」

「魔道士の方々は魔術のお仕事をしているのですか?」

「仕事というより、あれは趣味ね。お金儲けもしているみたいだけれど、それは趣味を続けるのにお金が必要だからよ」


 おしゃべりしているうちにファウスタ達は屋根裏への階段を上り切った。


「ポリーたちの部屋のあたりかしら」


 ミラーカは迷わず屋根裏の廊下を歩いて行く。

 その姿はあまりに美人すぎて屋根裏の廊下では浮いていたので、屋根裏に住む不幸な少女のもとに女神や妖精が現れる絵本の場面のようだった。


「何も無いとは思うのだけれど、一応調べましょう」


 そう言って彼女は扉をノックした。

 返事はなく、ミラーカはその扉を開けた。


「何もありません」


 ファウスタが昨日から住み始めた部屋と同じく、その部屋も天井が斜めになっていてベッドが三つ置かれていた。

 小さなテーブルや衣装棚があり、私物の小物などの違いはあったが、きちんと整理整頓されているその部屋はファウスタたちの部屋とほぼ変わりない。


「次に行きましょう」


 ミラーカは部屋の扉を閉めた。


 そして隣接する部屋をもう二つ調べた。

 三人部屋か二人部屋かの違いはあったがどの部屋も大体同じで、そして黒いモヤは何も無かった。


 ティムが貸してくれた魔鏡は、ミラーカが言う通りさっぱり役に立たなかった。

 ミラーカに言われて、ファウスタは試しに魔鏡でミラーカを視てみたが、ミラーカの周りがほんの少し、目の錯覚かと思うほど少し、薄い蜃気楼のようにモヤっと歪んで見えるだけだった。


「ね、それ、大したことないでしょう?」

「……はい」


 魔鏡という謎アイテムに期待していたファウスタは少しがっかりした。

 霊視のときにティムが熱心にこの眼鏡を覗いていたので、何が見えているのか興味があったのだ。

 だが実際に覗いてみたら特に大したものは見えない。

 何故ティムはこれに夢中になっていたのかファウスタには解らなかった。


「私が去年いただいた魔鏡の方がもっとよく見えたわ。あの子これで楽しんでるみたいだったから放っておいたけれど、騙されて不良品を渡されたんじゃないかしら」


 ミラーカは困ったような顔で笑った。


「戻りましょうか」


 そう言い、ミラーカは踵を返した。

 ミラーカに付き従って歩きながら、ファウスタは疑問を口にした。


「あの、他の部屋には黒いモヤはないって、ミラーカさんはどうしてそう思ったのですか?」

「それは呪いだからよ。黒いモヤが呪いだという仮説が正しければ他の部屋には散っていないはずなの」


 ミラーカは歩きながら、たまに確認するようにファウスタを振り返り説明した。


「アストラルは魂の力、呪力よ。他の部屋に黒いモヤがなかった事が、これがアストラルであり呪いである証明になるの。廊下には黒いモヤが溢れていないようだったから何となく予想はできたわ」


 ミラーカにそう言われファウスタは初めて気付いた。

 壁をすり抜ける黒いモヤはどうして廊下には無かったのだろうかと。


「黒いモヤはどうして廊下には溢れなかったのでしょう?」

「呪いだということは、呪った相手がいるという事。呪いは呪った相手に向かってゆっくり進むの。それがファウスタが視た黒いモヤだと思うわ。呪われていたのはファンテイジ家。だから呪いは一番近くに居たオクタヴィア様に向かって動いたのよ」

「お嬢様が呪われていたのですか?」

「一番呪われる可能性が高いのは旦那様よ。推測なのだけれどお嬢様は呪いのとばっちりを受けたんじゃないかしら。あの人形はたまたまお嬢様のお部屋の近くにあったから呪いはお嬢様に向かったけれど、他のご家族の方が近くにいらしたら他の方に向かったと思うわ。屋敷の中を探せば他にも呪物があるのかもしれないわね。ああ、大丈夫よ、心配しないで」


 他にも呪物があると聞いて顔を曇らせたファウスタに、ミラーカは笑顔で言った。


「おかしな現象が起こっていたのは主にお嬢様のお部屋で、他では大したことは起きていないの。他にあったとしても強い呪物ではないと思うわ。一度大掃除する必要がありそうだけれど、それは今日じゃなくても大丈夫。今日のあなたの仕事はこれで終わりよ」


 ミラーカに仕事の終わりを告げられファウスタはほっとした。

 お嬢様の霊視と言われ、悪魔がいるとも言われ、一体どうなる事かとずっと不安に思っていた事が終わったのだ。

 重い荷物をやっと下ろしたような解放感にファウスタの心は軽くなった。


「あなたが目覚めた後に起こった事は内緒よ。あなたはまだ気を失っていて、これからお嬢様の部屋に行ってご家族の皆様と一緒に目を覚ますの。いい?」

「はい」

「ギルドのことは後で時間を取って説明するわ。これからあなたはお嬢様のお部屋に戻って、それからあなたは旦那様たちの午餐に招待されて、それで今日の予定は終わり。あと少し頑張って」

「あ、あの……」


 ミラーカの言葉に、ファウスタはマークウッド辺境伯たちと午餐を共にするという不安要素が残っていたことを思い出した。


「私、お作法が解らないのです。貴族の方と一緒に午餐なんて、どうしたら良いでしょう」

「私から皆様にお伝えしましょう。心配しなくていいわ」


 ミラーカは春の日差しのようなやわらかい微笑みを浮かべた。


「お嬢様はあなたにお作法を教えると張り切っていらっしゃったから、きっとお嬢様があなたのお世話をしてくださるでしょう」


 ミラーカと話しながらファウスタは使用人階段を降り、三階に至った。


(あっ!)


 オクタヴィアの部屋へ向かう途中、三階の廊下を歩いていて、その草花と鳥の壁紙を見てファウスタは思い出した。


「あの、そういえば、あそこの飾り棚の周りが黒かったんです」

「どこかしら?」

「あの飾り棚です」


 ファウスタは歩きながら、進行方向にあるその飾り棚を指差した。


「これです。この棚の周りが煤けたように汚れていて……」


 飾り棚の前に至ったファウスタは言った。

 ミラーカはその紫水晶のような瞳に青白い火を灯して、首を傾げた。


「私の目には汚れているようには見えないわ」


 その時、棚より少し先にあるオクタヴィアの部屋の扉が開いた。


「帰ってきたか! どうだった?」


 扉からスキップするようにティムが飛び出し、そのティムにぴったりついてナジも早足で出て来た。

 その後から、ゆったりとした歩みでアルカードとユースティスも出て来た。


「屋根裏にはやっぱり何もなかったわ」


 ミラーカがアルカードたちに説明した。


「でもファウスタが、この棚の周りが黒いって言うの」

「ほう」


 部屋から出て来た一同はファウスタが指摘した飾り棚を観察した。


「棚の周りの壁紙が煤けたみたいに黒ずんでいるんですが、私にしか視えていないんでしょうか」


 ファウスタの問いかけにアルカードが答えた。


「私には汚れているようには見えません。皆はどうですか?」


 一同は見えていない事を口々に言った。


「あ、そういえば!」


 突然ティムが叫んだ。


「思い出したんだけど、あの人形どっかで見た事あると思ったんだ。そういえばここにあったんだ」

「……どういうこと?」


 ティムの言葉に、ユースティスが眉を歪めた。


「君、あの人形を知ってるの?」

「知ってた事を今思い出した。どっかで見た気がしたんだよ。ここの棚にあってさ、でもこの棚はドワーフ鉱山のイメージで飾られてるだろ?」


 そう言いティムは棚を指差した。

 ティムの言う通り、この棚にはドワーフをモデルにしたのだろう細工品と鉱物の原石のようなものが飾られていた。

 ドワーフ鉱山のイメージと言われると納得できるものがある。


「あの人形、ここにあったんだけどさ」


 その陳列の中の、ぽっかりと何かを抜き取ったような空間をティムは指差した。


「あの人形、全然ドワーフのイメージに合ってなかったから、何かむかついて、俺が人形部屋の棚に放り込んでおいたんだった」

「……はい?」


 ユースティスがますます眉を歪めた。

 アルカードやミラーカも、ティムを見る視線が冷たくなった。


「ティム、その人形はここにあったんですか?」


 アルカードが無表情にティムに問う。


「そうそう、ここにあった」

「その前はどこにありましたか?」

「それは知らん」

「ではここにあった紫水晶の結晶はどこへ行きましたか?」

「俺が見たときはここにあの人形があったから、それ以前のことは知らん」


 ティムはとぼけた顔で肩をすぼめた。


「それいつの話」

「人形を動かしたのは……一昨日だな。昨日の夜は丸洗いされて守護霊部屋に閉じ込められてたもん。ナジの監視付きで」


 アルカードは頭痛を耐えるように額に手を当てた。

 ユースティスは眉間に皺を刻み、何かの試練に耐えているかのように俯いた。


「もう一日早く監視をつけるべきだったわね」


 ミラーカが苦笑した。

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