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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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23話 白と黒のアストラル

「ファウスタ」


 鈴のような声に名前を呼ばれてファウスタはうっすらと目を開けた。


(女神様……?)


 目の前に白い美貌があった。


(私、天に召されたのかしら)


 どこか少女のような美貌に、月光を紡いだような白金髪プラチナブロンド

 美しすぎる、そして白すぎるその女性は、瞳に紫水晶をはめ込んだ雪花石膏の神像が不思議な力で動き出したかのようだった。


 ふわふわとした浮遊感の中で、現実感のない白い美貌を前に、ファウスタは夢か天国の世界にいる気がした。


「ファウスタ、大丈夫?」


 ファウスタはぼんやりした頭でゆっくりと思考を巡らせた。


「あ……ミラーカさん、ですか?」

「そうよ」


 白い美貌の女性は咲き誇るロゼリアのように艶然と微笑んだ。


「私は侍女のミラーカよ」

「ファウスタ・フォーサイスです。よろしくお願いします」

「え、ええ、よろしくね」


 自己紹介を始めたファウスタに、一瞬ミラーカは戸惑ったように苦笑した。


「何があったか覚えているかしら?」

「えと……」


 ファウスタは状況を思い出そうとしながら、起き上がろうとした。

 しかし足が床につかなかった。


(あれ?)


 ミラーカが侍女であることを思い出すのと同時に、常識的に自分が椅子に座っていると何の疑問もなく認識していたのだが、実は最初に感じたように空中に浮いていたことをようやく再認識した。


 ファウスタは青いエーテルに乗せられ宙に浮いていた。


 そして、はっとした。

 こんなに堂々と空を飛んでしまって、他の人に変に思われないだろうかと。

 慌てて周囲を見回す。


(あ、みんな飛んでる)


 マークウッド辺境伯、ヴァネッサ、オクタヴィアの三人は宙に浮いていた。

 三人とも気を失っているようで、目を閉じてぐったりしている状態のまま、空気椅子に座っているみたいに廊下に浮遊していた。


 浮遊する三人の脇にはルパートという魔物の男性使用人が笑顔を浮かべて立っていた。


「みんな眠っているだけだから安心して。立ち回りを見せるわけにはいかなかったので眠ってもらったの」


 ミラーカの言葉にファウスタは察した。


(きっと魔法戦争があったのね)


「ファウスタ、立てる?」


 ミラーカにそう問われて、ファウスタは問題を告白した。


「あの、足が、床についてなくて……立てません」

「あら、そのようね。ルパート、下ろしてあげて」

「はい、ミラーカ様」


(魔物社会ではルパートさんよりミラーカさんの方が偉いのね)


 人間であるマークウッド辺境伯、ヴァネッサ、オクタヴィアの三人が意識を失っている今、此処にはファウスタ以外には魔物しかいない。

 ネルが言っていたように、魔物しかいない場合には魔物社会の序列が適用されているのだろう。


 身分で席順が決まる大人の世界で生きていくために、ファウスタは序列を学習する必要性を感じていた。


 ファウスタの体はゆっくりと下に降り、足が床についた。

 エーテルに背中を支えられてファウスタは立ち上がった。


「気付きましたか」


 部屋の中にいたアルカードが、廊下にいるファウスタの方に歩いて来た。


(そういえば、皆さんと一緒に人形部屋に来たのよね)


 ファウスタは周囲を見回して思い出した。


 黒いモヤに煙っている部屋の中では、ティムとユースティスとカラス人間が三人で何かわちゃわちゃやっている。

 カラス人間に胴を抱えられているティムは「貸して」とユースティスに手を伸ばして何かをせがみ、ユースティスはそれを「駄目」と叱りつけていた。


 狼男と蝙蝠人間は落ちた人形を拾って棚に戻し、部屋の片づけをしている。

 顔が割れて恐ろしい面相になっている人形がいくつかあった。


(悪魔みたいな怖い人形が飛んで来て……その後どうなったのかしら)


 おぞましい人形の顔を思い出し、ファウスタは身震いする。


「ファウスタ、大丈夫ですか?」


 アルカードが笑顔でそう問いかけてきた。


「はい。大丈夫です」

「では早速ですが、視ていただけますか?」

「はい」


(霊視の途中だったわ)


 ファウスタの返事を聞き、アルカードは部屋の中にいるユースティスを呼んだ。

 それにユースティスが体ごと振り向く。

 すると彼が手に持っているそれもファウスタに見えた。


「むぎゃっ!」


 恐怖を前に、ファウスタは反射的に両手で顔を覆った。






「こいつエーテルをすり抜けるんだ。それで対応が一瞬遅れた。怖い思いをさせちゃってごめんね」

「二人には傷一つつけさせないって自信満々で豪語してたくせにな」


 ユースティスの説明に、カラス人間に胴を抱えられているティムが横からちゃちゃを入れた。


「傷はついてないだろう?」


 ユースティスがティムに言い返した。


 魔物たちの打ち合わせで、マークウッド辺境伯とヴァネッサの二人はミラーカが、ファウスタとオクタヴィアの二人はユースティスが護衛を担当していたらしい。


「捕まえてるから大丈夫だよ」


 おぞましい人形をわしづかみにして、余裕の笑みでユースティスが言った。

 大丈夫と言われても、人形の不気味な見た目がどうにも気持ち悪い。

 ファウスタは目を逸らしたい衝動に必死に耐えた。


「ファウスタ、大丈夫ですか?」


 身を縮めているファウスタに、アルカードが安定の笑顔で問いかけた。


「何が視えているか説明できますか?」

「は、はい。大丈夫です。視ます」


 ファウスタはユースティスが捕まえている人形を見た。


 それは少女人形だったが中年くらいの男性の顔が重なっていた。

 ドレスを着た少女人形が、悪意に満ちた中年男性の顔で目玉をギョロギョロさせているのだ。


 重なっている顔は不安定だ。

 ファウスタのほうに叫びながら飛んで来たときは、まるで人形の顔そのもののような存在感があったが、今は揺らいでいる。

 元の人形の顔より濃く見えたり薄まったりを繰り返していた。


 そして人形にくっついている禍々しい黒色の魔法陣。

 ユースティスは平気で人形ごと手づかみしているが、触ったら絶対に手が真っ黒に汚れそうな感じがする魔法陣だった。


 魔法陣は人形の身長より直径があり、ちょうど人形を乗せるお盆か何かのようにくっついていた。

 乗っているのか、重なっているのか、通り抜けているのかはよく解らない曖昧な見え方だ。

 更にやはり真っ黒な色をした知らない文字のような模様が人形の体をしばる鎖の輪のように絡まっている。

 その文字の黒い鎖の輪は三つあって、一つは時計の歯車のようにゆっくり動いていて、残りの二つは止まっているように見えた。


「あの、黒い魔法陣がくっついていて、文字が鎖みたいに絡まっていて、人形におじさんの顔が重なっています」

「またおじさんか!」


 ティムが面白そうに口を挟んできた。


「アルカードとどっちが怖いおじさん?」

「え、えと、人形の方が怖いおじさんです」

「まじか! こいつ凄い怖いじゃん! 凄い! 怖い!」


 ティムは何か面白いのだろう、とても楽しそうにはしゃぎだした。

 ユースティスも何か含むところがあるのか「え?」と声を上げ苦笑した。


 アルカードが咳払いをする。


「魔法陣はどのようなものですか?」

「たっぷりのインクで書いたみたいな黒い魔法陣です。円の中に五芒星ペンタグラムがあります。それが人形にお盆みたいにくっついています。それから知らない文字がリボンみたいに巻き付いていて、一つは歯車みたいにゆっくり動いています」

「その五芒星ペンタグラムは逆さまですか?」

「え……」


 アルカードの質問にファウスタは改めて魔法陣の五芒星を見た。


「はい。逆さまです。人形の頭のほうに星の足があって、人形の足のほうに星の天辺があります」

「やはりそうですか」


 アルカードは頷いた。

 黙って様子を見ていたミラーカも思い当たる事があるのか微妙に表情を曇らせた。


「てめえら殺す! 全員殺す!」


 ぐったりしていた人形が急にまた手足をバタバタさせてしゃべったので、ファウスタはびくっと身を竦めた。


「うるさい」


 右手で人形をつかんでいるユースティスは、空いている左手の指で人形の顔をぴしっと弾いた。

 人形は「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。

 そして沸騰する薬缶のように、ブシューッと黒い煙を全身から吐いた。


「ひゃっ!」


 蒸気のように勢いよく黒い煙が噴き出したので、ファウスタは両手で顔を庇った。


「おいこら、ユースティス、子供に暴力を見せるな。ファウスタが怯えてるぞ。けしからん」


 ティムが大人ぶってユースティスを窘めた。

 ユースティスは一瞬ティムに眉を顰めて見せたが、素直にファウスタに謝罪した。


「ごめんねファウスタ。次は見えないようにやるね」

「あ、あの、違います。大丈夫です。人形から黒いモヤがぶしゅっと出て来たので吃驚しただけです」

「ほう」


 アルカードが顎に手をやりながら思案気に言った。


「部屋の中の黒いモヤモヤというのは、この人形から出ているのですか?」

「全部がそうなのか解りませんが、人形から出て来た黒いモヤは部屋の中にあるモヤモヤと同じものに視えます」

「ではひとまず人形を隔離したら原因かどうか解るかもしれませんね」


 アルカードの言葉に、ユースティスが頷いた。


「なあなあ、そいつって馬鹿なの?」


 カラス人間に胴を抱えられたままのティムが、可哀想なものを見るような目をおぞましい人形に向け、半笑いした。


「俺らもう死んでるのに。死んでる者をどうやって殺すんだ?」

「何も知らないんじゃないの?」


 ユースティスがティムに飄々と答える。


「何も知らない奴が入り込める屋敷じゃないじゃん?」

「知ってる奴に利用されたんだろう。頭悪そうだし」


 ユースティスはティムにニヤリと悪そうな笑みを返し、そしてぱっと良い人そうな笑顔に切り替えてファウスタの方を向いた。


「ファウスタ、ちょっと確認したいことがあるんだけどいいかな?」

「はい」


 ユースティスの笑顔の変化に感心しながら、ファウスタは返事をした。


「黒い魔法陣って言ったね? こいつについている魔法陣は黒いの?」

「はい」

「それから君、昨日アルカードさんのエーテルは青いって言ってたよね?」

「はい。アルカードさんのモヤモヤは青い色です」

「アルカードさん以外のエーテルは何色?」

「みんな青いです」

「あの二人も?」


 ユースティスは部屋の片づけをしている狼男と蝙蝠人間を指して言った。


「はい。狼男さんも蝙蝠人間さんもエーテルは青いです」

「蝙蝠人間?!」


 ティムがまた面白そうに声を上げた。


「蝙蝠人間どこ?! もしかしてエルマー?! 狼はラウルだもんな!」

「まだ紹介していませんでしたね」


 蝙蝠人間に向かって「蝙蝠がいるぞ!」とはしゃいでいるティムをよそに、アルカードはファウスタに言った。


「紹介しましょう。エルマー、ラウル、こちらへ来てください」


 アルカードが改めてファウスタの知らない魔物の使用人たちを紹介してくれた。


「まずはエルマーからです」


 そう言い、蝙蝠の羽根の形のエーテルを背負った従僕フットマンを紹介した。


「彼はエルマー・ドレイク。ドラゴンの末裔。竜族ドラゴニュートです」


 ファウスタが蝙蝠の羽根だと思っていたものはドラゴンの翼だったらしい。

 ドラゴンと言われてみると、すっとした冷たい感じの顔立ちや、射貫くような強い視線の黄緑色の目はどこかドラゴンっぽい感じに思えてきた。


 狼男の従僕はラウル。

 見たまんま狼男。


 ティムを抱えているカラス人間はナジという名前で、アルカード直属の部下。

 この屋敷の使用人ではない。

 黒づくめの衣装は、人間の目から姿を隠す特別な魔法の服らしい。

 黒づくめを脱ぐと人間の目にも見えるようになるという。


 ルパートはマークウッド辺境伯の近侍ヴァレットで吸血鬼。

 侍女レディースメイドのミラーカも吸血鬼だった。


「吸血鬼って大勢いるんですか?」


 怪奇小説に登場する吸血鬼は大抵一人だったが、この屋敷では次から次へと吸血鬼が現れる。

 ずっと孤児院で生活していて知らなかったが、もしかして世間には吸血鬼が溢れているのかもしれないとファウスタは思った。


「人に混じって働くためには人に化ける幻術が使えなくてはなりません。そのため必然的にこの屋敷には人に化けることの得意な吸血鬼が多く集まっています」


 アルカードが優し気な笑顔でファウスタに説明した。


「しかし魔物全体からすれば吸血鬼の数はそれほど多くありません」






「エーテルは青、お嬢様の冠は金、幽霊の魔法陣は白、この人形の魔法陣は黒、部屋に漂っているモヤモヤは黒」


 ファウスタが視えたものの色を説明すると、ユースティスは右手につかんだ人形を見ながら考えをまとめるかのように言った。


「何か解ったのかしら?」


 ミラーカの問いかけに、ユースティスは頷くと続けた。


「色の違いは性質の違いだと思う。この人形からはエーテルを感じない。つまり人形を動かしているのはエーテルじゃない。とするとアストラルだ。幽霊の魔法陣も僕らには何の感触もなかったからおそらくアストラルだと思う」

「なるほど」


 アルカードが得たりと頷く。


逆五芒星(デビルスター)も辻褄が合いますね」

「ファウスタは黒いモヤモヤは嫌な感じがすると言っていたよね?」


 ユースティスは確認するようにファウスタに言った。


「はい。すごく嫌な感じがします」

「それは星幽アストラルを感知してるんだと思う」


 魔物たちは意味が解るのかそれぞれ頷いたりしていた。

 ファウスタにはさっぱり解らない。


 ファウスタはアストラル体については本で読んで少し知っていた。

 すべての生物は、肉体、エーテル体、アストラル体の三つから構成されていると本には書いてあった。

 だが実際にそれがどういうものなのかはよく解らないのだ。


「あの、エーテルとアストラルはどう違うのでしょう?」

「エーテルは魔力だけど、アストラルは祝福とか呪い。魂の力だよ」

「の、呪い!」


 不吉な単語にファウスタは思わず声を上げた。

 部屋中に漂っている黒いモヤモヤが全て呪いだとすると、とても大変な事ではないだろうか。


「うん、黒い色は呪いの類だと思う。魔法陣も逆五芒星(デビルスター)だし」

逆五芒星(デビルスター)って何でしょう?」


 皆は解っているようだが、ファウスタにはそれが解らないので質問した。


「良くない魔法陣だよ。呪いの儀式や悪魔召喚に使われる」

「悪魔召喚!」


 恐ろしい答えが返って来てファウスタは一層身を縮めた。


(怖い顔のおじさんは人形の中に呼び出された悪魔なのかしら)


「んじゃ白い魔法陣は祝福か?」


 黒づくめのナジに胴を抱えられたままで、興味津々に人形を覗き込みながらティムが言った。

 ティムが人形に手を伸ばそうとする度にユースティスがそれをさっと避ける。


「ふつうに考えたらそうなるけど……。呪いが黒なら、白は祝福か魔除け。しかも白い魔法陣は六芒星ヘキサグラム、魔除けの目だ。あの爆発みたいな現象も白と黒で性質が反発しあった作用と考えれば辻褄が合う、が……」


 ユースティスは考え込むような表情をした。


「でもその白い魔法陣を出したのは幽霊だろう? 幽霊はどちらかといえば僕ら寄りの存在だから、黒に反発する白いアストラルだからといって、それほど清らかなものではないと思う。清らかな魔法陣なら僕らも弾かれるはずだからね」

「あ、そうか」


 頭にランプが灯ったかのごとくティムは気付いて言った。


「呪いが黒なら、お前らのアストラルも真っ黒だもんな」

「……君も真っ黒だろう」


 ユースティスは呆れたような視線をティムに向けた。


「自分の事を棚に上げてよく他人事みたいに言えるね」

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