220話 さよなら院長先生
「……お前たち……」
ラシニア孤児院元院長ジュード・カニングは、ファウスタたちの姿を見つけると、呆然とした表情で歩みを止めた。
そして傍らの護送役の男に向かって言った。
「あの子たちは教え子なのだ。頼む、少しでいい、話しをさせてくれ!」
手錠をかけられた姿で、カニングは必死に訴えた。
「伝えねばならん事があるのだ!」
カニングにそう頼まれた男は、ファウスタたちにちらりと視線をやると、一瞬迷うような表情を浮かべ、上着の内ポケットから懐中時計を出した。
「五分だけだぞ。手短にな」
「ファウスタ! ジゼル! ピコ!」
護送役の男に伴われながら、カニングはファウスタたちの方へと歩み寄って来た。
「……院長先生!」
ファウスタは懐かしい院長、カニングを前にして万感の思いがこみ上げ、言いたいことが沢山あったはずなのに言葉を失った。
「お前たちに伝えておきたい事がある」
カニングはそう言いファウスタたちの前に立った。
その眼差しは静かで、そして真剣な光を帯びていた。
これから大事な話があるのだろうと察したファウスタは身構えた。
ジゼルとピコも大人しくカニングの話を聞く姿勢をとっている。
カニングはこれから遠く北方のマークウッドの刑務所へと送られる。
懲役七年の刑罰が決まっているので、少なくとも七年はもう会うことはないのだ。
ファウスタたちはまだ子供で、お金もなく、世の中のこともよく知らず、一人で遠い土地へ行ったりなど出来ない。
(院長先生に会えるのは、これが最後かも……)
もしかしたら、この先、二度と会えないかもしれない。
そんな切ない思いが心の中を過り、ファウスタはこみあげて来そうになる涙を飲み込むように口元をきゅっと引き締めた。
(院長先生のお話しをしっかり聞くのだわ……!)
「いいか、お前たち、良く聞くのだ」
カニングは三人の顔を見回し、それぞれと目を合わせた。
そして教育者然とした真摯な眼差しと、堂々たる態度でその教えを授けた。
「超能力は存在する!!」
「ちょ、ちょうのうりょくっ!!」
カニングの言葉にファウスタは雷に打たれたように衝撃を受け、大きな驚きの声を上げた。
だがジゼルとピコは急に気の抜けた顔になり、疑惑と失望と憐憫とが入り混じったような冷えた半目をカニングに向けた。
「ファウスタ、騙されちゃ駄目よ。院長は何か企んでるわよ!」
ジゼルがぱっとファウスタを振り返り、注意を促した。
「院長、一体何の冗談? 僕らを煙に巻こうとしてる? 何のために?」
ピコは訝し気に眉根を寄せ、警戒心に満ちた表情でカニングを問い詰めた。
カニングはふんっと鼻を鳴らすと、孤児院でいつもそうしていたように、見下すような視線をピコとジゼルに向けた。
「ピコ、ジゼル、お前らは自分が賢いと思っているのだろうがな、そんなものは子供の浅知恵に過ぎん。お前らはまだ何も解っちゃいない。世間知らずの子供だ。お前らが思っているより世界はもっと広く、深く、人間にはまだまだ未知の可能性があるのだ」
カニングはそう言い、尊大な態度でファウスタに視線を向けた。
そして大賢者が世界の英知を授けるがごとくそれを告げた。
「ファウスタ、お前は超能力者だ」
「わ、私が……超能力者?!」
動揺するファウスタを諭すようにカニングは説いた。
「そうだ。超能力者だ。お前は幽霊が見えると言っていたな」
「は、はい!」
「お前が幽霊だと思っているものは、おそらく過去の風景だ。それは過去の出来事を知る超能力、過去知能力だ」
「ぽ、ぽすと……」
「ポストコグニション。お前には過去を視る超能力があったのだ」
「過去……!」
(当たっているのだわ!)
当たっていないのだが、ファウスタは図星を突かれた気がして、カニングの慧眼に瞠目した。
(デュランさんもバクスレイさんも御姫様も、幽霊はみんな過去に生きていた人間たちなのだわ!)
「ファウスタ、今までお前の超能力に気付いてやれなくてすまなかった。私は身をもって超能力を体験することにより、ようやく気付いたのだ」
カニングは威風堂々と宣言した。
「超能力は存在する!」
「……超能力を体験したっていうの?」
怪しい何かを見る目つきで、ピコは眉間に皺を寄せてカニングに質問した。
「その通り。私は超能力を体験した。生命の危機に晒されたことで、今まで私の中で眠っていた超能力が目覚めたのだ!」
悪びれることなく、曇りない表情でそう答えたカニングに、ピコとジゼルはますます胡乱気な眼差しを向けた。
「院長先生は超能力者だったのですか!」
ファウスタは驚愕に目を見開き、尊敬と畏怖とを込めた眼差しでカニングに問いかけた。
「超能力が出たのですか?!」
「うむ。私は超能力が覚醒した。私には目視だけで物質の成分を見分けることができる鑑定の超能力があったのだ。危機的状況で超能力が目覚め、私は生き延びることができた。今まで私はずっと、自分はどこか他の人間とは違うと感じていたのだが、それは優秀すぎるからだと思っていた。まさか超能力が眠っていたとはな。どうりで人と違ったわけだ。私は超能力者だったのだ!」
自画自賛しながら超能力を語るカニングに、ピコは呆れ顔で茶々を入れた。
「……幽霊は妄想だって言ってたよね? 超能力は妄想じゃないの?」
「ピコ、お前は何も解っておらん。お前は子供にしては賢い部類と言えるだろう。だが所詮は凡人よ」
カニングは優越感に浸るような陶然とした表情で自論を展開した。
「幽霊と超能力は全く別物なのだ」
「同じ空想だろ」
「全く違う。幽霊は空想だ。科学的な根拠がないからな。だが超能力は存在する。何故なら……」
カニングは学者が真理を説くかのごとく、その答えを提示した。
「超能力は、科学だからだ」
「どこが?!」
疑惑と困惑に顔を歪めるピコに、カニングは鋭く反論した。
「では聞くが、ピコ、科学とは何だ?」
「自然界の法則を理解する学問」
「その通り。自然界の法則を発見し、それを理解するのが科学だ。だが自然界の法則は無数にある。日々、新しい法則が発見されているが、まだまだ発見されていない法則が無数にあるのだ。だからこそ科学は日進月歩なのだ」
カニングは瞑想的とも言える表情で滔々と語った。
「いいか、まだ発見されていない法則のほうが多いのだ。現代科学と言われているものは、自然界の法則のほんの一部にすぎん。世界は広く謎に満ちているのだ。だがその広い世界すら、宇宙の中では塵の一欠けらほどの大きさにすぎん。広大無辺な宇宙には、人の知恵では覆いきれぬ無限大の法則が散らばっている」
(う、宇宙!)
ファウスタにはちんぷんかんぷんな話であったが、何か壮大な事が語られているのだという雰囲気だけは受け取れた。
「医学が進歩すれば、人間の持つ様々な能力もいずれ発見されるだろう。いつか未来に、超能力の仕組みも解明される日が来る。超能力はたしかに存在する人間の能力の一つなのだからな。私は超能力に覚醒した新人類として、これから独自に研究を進めるつもりだ」
そこまで一気に語り終えると、カニングは再びファウスタを見据えた。
「ファウスタ、お前も私と同じ超能力者。自分の超能力を研究するが良い。それがいつか人類の役に立つ日が来るだろう。持てる者の義務を果たすのだ」
「院長先生、超能力の研究とは、何をすれば良いのですか」
「まずは自分の能力と向き合い、見極めることだ。その能力で自分に何が出来るかを考えてみるが良い」
(自分に何ができるか……)
ファウスタは院長の言葉を深く心に刻んだ。
「院長、とりあえず、今まで面倒見てくれたことには感謝しているわ」
微妙な表情でジゼルはカニングに言った。
「色々あったけど、無事に良い仕事に就けたし。私はこれからバリバリ働いて稼いで出世してみせるわ。今までありがとう」
ジゼルはニヤリと勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「私はいずれ騎士爵に叙勲されて新聞に載る予定だから。そのときは、デイム・ジゼルは自分の教え子だって、私のことを自慢してもいいわよ?」
騎士爵は男性はサー、女性はデイムの尊称を付けて呼ばれる。
「はあ? デイム・ジゼル? お前がか?」
カニングは小馬鹿にするような薄笑いを口の端に浮かべたが、ジゼルは自信満々に言い放った。
「私は絶対に成功者になってみせるわ」
「そうだな。夢を見るだけなら無料だからな。庶民でも夢だけは自由だなあ」
「ただの夢じゃないわよ? 私にはちゃんと計画があるんだから」
挑戦的な笑みを浮かべたジゼルと、冷笑を浮かべたカニングは、お互いに一歩も譲らぬ勢いで視線を交錯させた。
(ジゼルったら、騎士爵になる計画を考えているの?!)
初めて聞くジゼルの騎士爵計画の話にファウスタは驚かされた。
孤児院に居たころ、ファウスタはジゼルと毎日たくさん話していた。
だが孤児院を出て就職してからというもの、離れている時間が長くなった。
そしてジゼルは、いつのまにかファウスタが知らない事を考えていたのだ。
「僕も一応、感謝を伝えるつもりだったんだけどね……」
ピコは不遜な態度で、斜めの視線でカニングを見上げた。
「超能力の話を聞いたらすっかり気が失せた。まあ元気そうで何よりだよ。その調子だと長生きしそうだね」
「ふん! 当然だ」
カニングは堂々と胸を逸らした。
「私は頭脳明晰で常に生き残れる道を選択して来た。その上、眠っていた超能力がついに目覚めたのだ。長生きするに決まっている。お前のような凡人は、長生きできるよう、せいぜい身の振り方に気を付けて暮らすがいい」
(孤児院に戻ったみたい……)
殺伐とした言葉のやり取りに、ファウスタは懐かしい日々を思い出した。
ジゼルもピコも頭の回転が速くて、口が達者で、よく院長に言い返していた。
ラシニア孤児院で過ごした日々は、貧しく、辛い事も多く、院長はいつも怒っていて、決して幸福とは言えない時間だったかもしれない。
だがそれは紛れもなくファウスタが幼年期をずっと過ごした場所で、歪だったかもしれないが懐かしい、唯一の帰るべき家と呼べる場所だった。
「院長先生、今まで本当にありがとうございました」
ファウスタは溢れる思いを言葉にした。
「私は今、院長先生のおかげで上等の仕事をして幸せに暮らしています。絵も上手になりました。ぜんぶ院長先生のおかげです」
「ファウスタ、お前は私と同じ超能力者だ。凡庸な奴らとは違う人生を歩むかもしれん。だがお前の超能力が、必ずお前を助けるだろう。時が来たとき慌てぬように、今から自分の超能力を磨いておけ。超能力を使いこなせるよう頑張るのだぞ」
「はい、頑張ります!」
「ファウスタ!」
「院長先生!」
ファウスタは大恩人の院長の言葉を大切に心に刻み、固い決意を表明した。
「私は超能力の研究を頑張ります!」
ラシニア孤児院元院長ジュード・カニングを乗せると、護送馬車は出発した。
ファウスタたちはそれを見送り、走り出してどんどん小さくなっていく護送馬車をずっと見つめていた。
「院長ってば、前より元気になってる気がするわ」
馬車が見えなくなると、ジゼルが呟いた。
ピコがすぐにそれに同調する。
「そうだね。活きが良い院長だった」
「超能力だなんて、ついに頭がおかしくなったのかしらね。元々ちょっとおかしかったけれど」
「死にそうな体験をすると価値観が変わるっていうから、そういうのかも?」
ピコとジゼルの会話を聞きながら、ファウスタは賢い院長の言葉を心の中で何度も復唱していた。
(超能力は存在する!)




