218話 小さな水兵隊
「ファウスタ、今日はジゼルやピコとお揃いの服を着て出かけるようにって、お嬢様のご指示なの。だからこれを着るのよ」
ラシニア孤児院元院長ジュード・カニングが刑務所へと出発する日の朝。
毎朝ファウスタの身支度を整えている家女中のアメリアは、今までに見た事のないワンピース・ドレスを出して来た。
それは子供服としては地味とも言える落ち着いた濃紺色だったが、大きめの襟がついており、その襟には白い線が入っている。
海軍の水兵服に似ていた。
「この服がお揃いなのですか?」
「そうよ。奥様のご配慮でジゼルとピコは外出着を仕立てていただくことになったの。でもお嬢様が三人にお揃いの服をとご要望なさって、ファウスタにも同じ服を仕立てることになったのよ」
アメリアは微妙に残念そうな、ぎこちない笑顔を浮かべた。
そしてその外出着のデザインにオクタヴィアが関わっていることや、オクタヴィアの風変りな趣味に偏らないように侍女ミラーカが監督した事などを語った。
「多分これが、お嬢様の要望を取り入れつつ、奇抜すぎない、ギリギリ許せる妥協点だったのでしょうね」
「水兵さんのような襟ですね」
「男の子の服ではよくあるデザインよ。でも女の子の服では……ちょっと……珍しいと思うわ」
アメリアは何か言いたい言葉を飲み込んでいるような微妙な表情をしながらも、ファウスタの身支度を整えた。
外出の支度をしたファウスタは、ジゼルとピコとの待ち合わせ場所である地階の使用人用出入口へと降りた。
お揃いの服を着た三人が揃った姿を見たいというオクタヴィアと、お目付け役である家女中のデボラも一緒だ。
「こうして見ると、水兵服もなかなか良いわね」
お揃いの水兵服のような襟の服に、やはりお揃いの水兵帽のようなリボン付きの帽子をかぶったファウスタ、ジゼル、ピコの三人が揃った姿を鑑賞し、オクタヴィアは満足そうな笑みを浮かべた。
「本当は教会の着色硝子が似合うような漆黒の衣装が良かったのだけれど。これはこれで可愛いわ」
「本当に。可愛い水兵さんたちですね」
デボラもファウスタたちのお揃いの水兵服が気に入ったのか、楽しそうな笑顔を浮かべながら大いに賞賛した。
「では水兵諸君、出航しようじゃないか」
ファウスタたちを引率する従僕のダミアンが冗談めいた口調でそう言うと、ピコは敬礼のポーズをとり応答した。
「了解、艦長」
その様子を見て、オクタヴィアとデボラが吹き出すように笑った。
(ピコったら、いつのまに面白い冗談ができるようになったの?!)
ずっと弟のようだったピコが上手く笑いを取った様子を見て、ファウスタは少し追い越されてしまったように感じた。
「主犯はドスト男爵なのに、新聞には全く報道されないんだ」
馬車に乗り込んだファウスタは、ピコから銃撃事件や裁判についての詳しい話を聞いた。
「高級紙は銃撃事件のことばかり報道していて、横領事件については報じられなくなっている。裁判の結果は書かれていたけれど、主犯の存在について調査中と報道されただけでドスト男爵の名前はどこにも書かれていない」
「保安局はドスト男爵の仕業だという証拠をつかんでいたけれどね」
裁判の傍聴に行ったというダミアンもその話に加わり、ピコの話を補足した。
「院長先生はこれからもずっと命を狙われるのですか?」
ファウスタがそう質問すると、ダミアンはくったくのない笑顔を浮かべた。
「もう狙われないよ。カニング氏は保安局に情報提供をして、裁判でも証言したからね。今更、命を狙っても意味がない。何の利益もないのに刑務所の中にいるカニング氏の命を狙って、わざわざ痛い腹を探られる危険を増やすようなことはしないさ。万が一、狙われたとしても刑務所は守りが固いから安全だよ」
ダミアンの説明に、ピコが即座に反論した。
「警視庁の中では暗殺未遂があったのに?」
「マークウッド刑務所では警視庁みたいなことは起こらないよ」
「マークウッド?!」
行ったことはないが、よく知る地名が出て来てファウスタは声を上げた。
「マークウッド刑務所というのは、マークウッド辺境伯のご領地にある刑務所ですか?!」
「そうだよ。少なくとも警視庁の留置所のような不審な急死事件は、マークウッド刑務所では起こったことがないから安心していい」
「マークウッド監獄は呪われていて、一度入ったら二度と生きて出られないって言われていますけど。本当に安全なんですか?」
ピコは眉間に皺を寄せた難しい顔でダミアンに質問した。
「それは噂だよ。昔の古い監獄のね。カニング氏が行く刑務所は新しい建物で、幽霊伝説があるマークウッド監獄とは違う建物だよ」
面白そうに笑いながら説明するダミアンに、ジゼルは真顔で質問した。
「刑務所に拷問部屋はありますか?」
「無いよー」
「じゃあ幽霊が出る拷問部屋の話って、古いほうのマークウッド監獄の話なんですか?」
「古いマークウッド監獄にも拷問部屋なんか無いよ。昔、貴族の政治犯がマークウッド監獄に幽閉されていたから、その話に尾ひれがついただけさ」
(本当かしら)
幽霊や魔物の存在を知るファウスタは、ダミアンに疑惑の眼差しを向けた。
(マークウッド辺境伯のお屋敷が『お化け屋敷』だっていう噂は、本当の話だったんですもの。マークウッド監獄にも本当は魔物か幽霊がいるんじゃないかしら)
「見て! 小銃を持った兵隊さんがいるわ!」
馬車の窓の外を見てジゼルが声をあげた。
「この辺りはもう官庁街だから警備が厳重なんだ。ここはイングリス王国の政治の心臓部だからね。この通りがイングリス王国を動かしているんだよ」
興味津々に窓の外を見るファウスタたちに、ダミアンが説明した。
「この道をずーっと真っ直ぐ進めば首相官邸さ」
ダミアンの言葉にピコが反応してぱっと振り返った。
「この道の先にブーン首相がいるの?!」
「そう。ブーン首相が住んでいる官邸がある。外から眺めるだけでもいいなら、帰りに回ってあげるよ」




