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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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214話 白昼堂々

 銃声が空気を切り裂き、建物の壁に反響した。


 その音に群衆は驚愕に目を見開く。


「じゅ、銃声!」


 次の瞬間、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


「あそこだ!」

「暴漢だ!」


 裁判所の玄関口では、護送馬車で到着した容疑者の護衛であろう私服の屈強な男たちが、必死の形相と機敏な動きで、犯人らしき男を捕らえようとしている。


暴力主義者(テロリスト)だ!」

「あ、暗殺だっ!」


 生命の危機を感じた人々は我先にとその場から逃げ出そうと動いた。

 裁判所前は混乱の渦に陥り、怒号が飛び交う。


 浮足立った紳士たちの群れに、物売りは手にしていた籠を吹っ飛ばされ、商品が道に散らばる。


 ――パーン、パーン!


 再び、耳を(つんざ)く銃声が響いた。

 動転した人々が悲鳴を上げる。


「逃げろ!」

「ひゃあ! お助けー!」






(予言が的中した!)


 霊能(サイキック)クラブの会員であるロット卿もこの混乱の中に居た。


 心霊現象による暗殺の予言が的中したことを目の当たりにし、ロット卿の感情は奇跡に立ち会ったかのごとく高ぶっていた。


 それと同時に、この場に居ては巻き込まれて命を失う危険があると理性が判断し、体は現場から逃走するための動きをとった。


(か、体が……っ!)


 不思議なことにロット卿の体は思うように動かなかった。

 まるで泥沼にはまっているかのように手足が重く、走ることはおろか、歩くことでさえ精一杯だ。


 傍らを見やると、ダフもまた同じ状態なのか藻掻(もが)いている。


「あ、足が動かねえ……!」

「ダフ氏、君もか! 私もだ!」


 周囲を見回すと、誰も彼もがゆっくりとした動きで藻掻いている。


 ロット卿の背中を冷たい汗が流れた。


(これは……まさか……亡霊の仕業?!)


 幽霊に取り憑かれると体が重くなるという知識がロット卿にはあった。


(だとしたら……霊障か?!)


「暴漢は捕らえられたようだな」


 近くにいる紳士の一人がそう言った。

 その言葉にロット卿は裁判所の玄関口を振り返って見た。


 裁判所の玄関前では、私服の護衛らしき屈強な男たちが、二人がかりで怪しい男を拘束している。

 怪しい男は手足をばたつかせて暴れていた。

 警官たちも裁判所の玄関口に駆け付けている。


「あの男が犯人か」

「労働者のようだが……」


 裁判所前で暴漢が取り押さえられているその光景を見た者たちは、深刻な生命の危機は去ったと感じ、緊張の糸を解いていった。


 銃声が鳴った直後の混乱は収まりつつあった。


 しかし……。


 ――パーン!


 三度目の銃声が鳴り響いた。


「うわあ!」

「な、な……!」

「今の銃声は何だ!」


 危険は去ったと安堵していた人々は、予想外の銃声に再び緊張し、反射的に身を縮めた。


「い、一体、どこから……!」


 混乱の中でロット卿は呻いた。


 暴漢は取り押さえられているはずではないのか。

 他にも銃を持った暴漢がいるのか。


 またしても不意打ちで生命の危機に突き落とされ、ロット卿は周囲を見回し危険のありかを探した。


 ――上を見ろ。


 ふいに、細い声が響いた。

 その声につられてロット卿は空を見上げた。


 周囲の者たちもその声を聞いてか、皆が次々と上を向いた。


「あそこだ!」


 紳士の一人が、通りの向かい側の建物の上の方を指差して叫んだ。


「あそこに射手がいる!!」


 すぐにあちこちで射手の発見を知らせる声が上がった。


「あの窓だ!」

小銃(ライフル)を持っているぞ!」

「誰か! 警官に知らせろ!」


 人々の注目を浴びながら、建物の最上階にいる射手は窓ごしに小銃を構えた。


「また撃つぞ!」

「危ない!」


 ――パーン!






「さすがブリギッド氏!」

「お見事です!」

「ブリギッド様の風の道はいつも美しい!」


 風魔法で暗殺者の銃弾を誘導した魔女ブリギッドの手腕に、他の魔女たちはやんややんやと喝采を送った。


 銃弾は吸い込まれるように馬車に命中していた。


「いやいや、これは誘導がなくとも馬車に命中していましたよ。血の議会は恐ろしいお方だ。催眠術(ヒプノシス)でここまで細かい芸ができるとは」


 ブリギッドがそう言うと、タニスは嫌な事を思い出したかのように顔を顰めた。


「ユースティス様はとにかく細かいお方なのです。細かいから話が長いのです。(しらみ)を一匹ずつ潰すように細かく指摘なさるのです……」


 茫洋とした眼差しになり暗黒の宇宙に沈みかけているタニスを引き上げるかのように、ブリギッドは仕事を促した。


「次はタニス氏の出番ですよ。燐光術のみと言えど、人間たちの前で全力で魔術を行う許可が下りるなんて滅多に無いことです。楽しみましょう」


 ブリギッドのその言葉に、エリンとミアも目を輝かせる。


「タニス様の全力、久々に見れますね!」

「早く見せてくださいよ!」


 地獄の底を覗き込むかのように俯いていたタニスは、のろのろと顔を上げた。


「仕方ないですね。やりますか。気分が乗らないのですが……」






(……!)


 向かいの建物の最上階の窓を見上げ、射手の姿を捕らえていたロット卿の視界に異変が生じた。


 視界の一部が、まるで見えない穴が開いたかのように、ゆらりと陽炎のように歪んだ。


「何だあれは……?!」


 他の者も異変に気付いたのか声を上げ始めた。


 明るい陽射しの中、小鳥ほどの大きさの歪みがいくつも空中に生じ、それらは本当に小鳥のように飛び回り始める。


鬼火(ウィルオウィスプ)だ!」


 誰かのその叫びに、ロット卿も気付いた。

 日当たりの良い明るい場所では見え難いが、建物の影になっている薄い暗がりの中では、浮遊しているその歪みは青ざめた鬼火だと解る。


「鬼火だ! こんな昼間に!」

「鬼火が出た!」


 非日常的な事件の連続に、群衆は騒然とした。





「閃きましたぞ!」


 気の抜けた顔で燐光術を行っていたタニスは、ふいに顔を上げて叫んだ。

 茫洋とした半目は、爛々と輝かく瞳に変わっていた。


「面白いことを思いつきました。ちょっとユースティス様のところへ行って来ます」


 言いながらタニスは自分の箒を手に取り、素早く搭乗した。


「タニス氏! 思い付きの行動は……」


 仕事から脱線しそうな雰囲気があるタニスの行動を、ブリギッドは慌てて制止しようとした。

 だが間髪入れずタニスは箒で舞い上がり、次の瞬間にはユースティスが担当している小銃の射手の窓辺に到達していた。


「タニス様の歯車ブーム、もう終わっちゃったみたいですね」


 つい先刻、余計な事をせず歯車のように淡々と、と説いていたタニス本人が余計なことのために動き出した様子を眺め、魔女エリンは面白そうに笑った。






「ユースティス様! 閃いたのであります!」


 小銃の射手の窓辺に突然現れたタニスに、ユースティスは呆れたような半目を向けた。


「またか……」

「射手を窓から落としてくだされ!」


 唐突にそう言ったタニスに、ユースティスは眉間に皺を刻みながら答えた。


「それは殺人。条約違反だ」

「私が術で受け止めますゆえ死にませぬ!」


 ユースティスは不審物を見るような視線でタニスを見つめながら、考えるような表情で首を傾げた。

 タニスは興奮気味に要領を得ない説明を続ける。


「演出に必要なのであります! 派手に心霊現象を演出するというご命令にきっと答えてみせまする!」

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