212話 茶番劇の始まり
「あれが護送馬車ですね」
――内務省の門前。
一人の吸血鬼と、数人の魔道士たちが、内務省の出入りを監視していた。
その吸血鬼は人間社会ではマークウッド辺境伯邸の従僕として働いており、魔物社会では新聞王として有名なダミアン・エルムズである。
ダミアンと共に居る数人の魔道士たちは、皆、黒づくめの衣装に髑髏の装身具をつけていた。
ヤルダバウト教を捨て、悪魔信仰に宗旨替えしたプロスペローの配下たちである。
背教者プロスペローは弟子たちに、ヤルダバウト教徒は破門すると宣言したため、敬虔なヤルダバウト教徒であった弟子たちの幾人かは泣く泣く離れていった。
だがプロスペローを師と仰ぎ、地獄まで付いて行くことを決意した者たちは悪魔信仰を誓った。
プロスペローは弟子たちを試すために、ヤルダバウト教の救世主アイオンの絵姿と光の印を足で踏めと命じた。
現在プロスペローの配下は、その背教者試験を見事に合格した者たちのみで構成されている。
「カニングが乗り込んだら、手はず通り、馬車に防護魔法をお願いします」
ダミアンがそう言うと、プロスペローの高弟である六つ星魔道士エドガーは得たりと頷いた。
「心得ております。お任せください」
ラシニア孤児院事件の容疑者カニングの身柄が保安局に移動されて以来、夜な夜な保安局に出現していた鬼火を魔術で作り出していたのはエドガーである。
そのためエドガーはダミアンとはすでに何度も顔を合わせていた。
「出て来ました。カニングです」
内務省の玄関から何人かがぞろぞろと出て来た。
私服だが背筋のピンと伸びた素人らしからぬ動きの者たちが、周囲を警戒しながらカニングを護送馬車へと促した。
「では始めます」
エドガーはそう言うと、内務省の門前に進み出た。
そして防護魔法を発動し、護送馬車を固く守護した。
「お見事です」
「さすがエドガー様」
目には見えずとも、並々ならぬエーテルが馬車を覆った様子が、ダミアンにも魔道士たちにも感知できた。
人間には感知できないエーテルの冷気である。
氷魔術は、水属性エーテルの術としては最も防御に適しているが難易度が高く、下位の魔道士には扱えない術だ。
エドガーの見事な手腕に弟子たちは口々に賞賛を送った。
「これであの馬車は銃弾を通しません。道中の安全は守られるでしょう」
エドガーは少し得意気にダミアンにそう言った。
そのとき。
甲高い笑い声が響いた。
「うわあ! 服だっさーい!」
「何その服! 笑えるぅー!」
箒で上空を旋回していたワルキューレの魔女たちが、ひゅうっと地上すれすれまで降りて来た。
そしてプロスペローの配下たちの黒づくめに髑髏の装身具という悪魔教徒らしい服装を嘲笑った。
「髑髏のネックレス! 信じらんないセンス!」
「有り得なーい! ださーい!」
「センス狂ってるぅー! っていうか頭狂ってるぅー!」
魔女たちは次々と飛来しては、プロスペローの配下たちの服装を茶化してゲラゲラと笑い転げた。
そして一撃離脱とばかりに、すぐさま再び上空へと舞い上がり、護送馬車を包囲するかのような陣形を形成して行く。
「黙れ、魔女ども!」
「頭がおかしいのはお前らであろう!」
「無礼者め! エルムズ様がいらっしゃるのだぞ!」
プロスペローの配下たちは忌々しそうに魔女たちに言い返した。
「申し訳ありません、エルムズ様。あやつらは魔道士ギルドでも問題児でありまして。ギルドに戻り次第、強く抗議しておきますゆえ、どうか此度の無礼は……」
「頭をあげてください。魔物同士ではよくあることです。私は気にしませんよ」
謝罪の言葉を述べたエドガーに、ダミアンは苦笑した。
「魔物には尖った個性を持った方が多いですからね。慣れております」
(うちはトップがあんな感じだからなあ……)
内心でそう呟いたダミアンの脳裏には、マークウッドの盟主代理セプティマス・ファンテイジの日々の失言や失態の場面が浮かんでいた。
「ユースティス様、護送馬車が保安局を出発しました」
王立裁判所前。
吸血鬼ギルドの夜警団の者が、吸血鬼と魔道士たちが集っている路上の一角に報告を持って来た。
「ご苦労」
ユースティスは伝令を労うと、一同に命令した。
「僕は小銃の射手を受け持つから、何かあれば此処に居るキシュに報告してくれ」
ユースティスの指示に皆が頷いた。
「では行くぞ。配置につけ」
「御意!」
「了解であります!」
魔物たちは決められた配置へと散開した。
それを見届けると、ユースティスもまた自分の持ち場へと移動した。
通りの向かい側。
最上階からは王立裁判所の玄関口が見通せる位置に立つ高層建築。
ユースティスはその建物の外壁から、最上階へ一歩で駆け上ると、エーテルを足場に立ち、窓の内側を覗き込んだ。
窓の内側には小銃を抱えた射手がおり、窓の縁に身を隠すような姿勢で、開け放たれた窓から裁判所前の様子を伺っていた。
ユースティスは射手の目の前に顔をぬっと突き出した。
「ごきげんよう」
ユースティスは射手の目の前で挨拶を述べると、すっと室内に入り込んだ。
ユースティスは認識阻害のマントを着ているので、射手にはその姿は見えず、声も聞こえない。
だが何かを直感的に察知したのか、射手は一瞬はっとした表情をして視線で周囲を見回した。
「そんなに緊張しないで、気楽に楽しもうよ」
ユースティスは爽やかな笑顔で射手に言った。
緊張を漲らせていた射手の目から、ふっと光が消え、人形のように茫洋とした生気のない眼差しに代わる。
――来たぞ、護送馬車だ!
――容疑者が来た!
窓の下の通りから、人々が声を張り上げているのが聞こえてきた。
護送馬車がゆっくりとした速度で、野次馬や物売りたちを追い払いながら近づいて来る。
上空には箒に搭乗した魔女たちが舞う。
眼下では吸血鬼ヴァーニー率いる夜警団が、早速群衆の誘導を始めた。
「さあ、茶番劇の始まりだ」
ユースティスは射手の横に立ち、にっこりと微笑んだ。




