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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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21話 魔法陣の発動

 そうこうしているうちに画材が部屋に持ち込まれた。


 そして、ファウスタの画力が明らかになった。


 ――パキン!


 何度目かの叩音ラップ現象が起こったが、すでに驚くものは誰もいない。

 マークウッド辺境伯が軽く確認するように振り向いて辺りを見回し、ヴァネッサが眉をぴくりと顰めるだけだ。


 皆が皆、叩音ラップ現象よりもファウスタの絵に意表を突かれていた。


 ファウスタの画力は下の方向に皆の想像を超えていたのだ。


 貴族の子女は皆、教養として絵画や楽器を習う。

 孤児院育ちのファウスタと貴族とでは『絵が下手』という言葉が表す状態に大きな差があった。


 例えば、文字が読める事は空気のように当たり前である貴族が言う『読めません』はその文章が高度な専門的内容で理解が追い付かない場合などを指すが、読み書きができない庶民の『読めません』は文字が読めないという意味なのだ。


 貴族の感覚からすると、ファウスタの描く絵は年齢に全く見合っていない、まるで二、三歳の幼児が描く意味不明の何かだった。


「この男性は東方の砂漠の民かしら? 頭に布を巻いているのよね?」


 縦長の四角の上に丸が描かれていて、おそらくそれが人間の頭だろうと推測したオクタヴィアは、その丸に乗っている更なる丸や、丸から出ている線に注目してファウスタに質問した。


「いえ、女性です。髪が長くてヴェールがついた帽子をかぶっています」

「……」


 オクタヴィアはファウスタの謎絵から必死に幽霊の姿を読み取ろうと、眉間に皺を寄せて思考を巡らせた。


「す、すみません、私、本当に下手で……」


 微妙にピリピリとした空気の違和感を読み取ったファウスタは、皆に失望されている気がして、生意気にも絵の仕事を受けてしまった事を猛烈に神に懺悔したくなった。

 この下手絵で本当に報酬を支払って貰えるのかという不安と、貰えたら貰えたで分不相応すぎて申し訳ないという気持ちとがぜになり、暴風雨に振り回される木の葉のようにファウスタの心は乱れた。


(お金に目が眩むと心の平安を失うのね……欲深な夢を見た天罰かしら)


 ファウスタは孤児院で年下のパメラやエミリアたちが描いていたお姫様の絵を思い出し、彼女たちのように描こうと努力していたが全然上手く行かない。

 どういう風に描けば良いのかさっぱり解らないのだ。


「すみません、私にはもう無理です。どう描けばいいのか解りません」


 ファウスタは音を上げた。

 どう描けばいいのか本当に解らなかった。


「少し休憩を入れたらどうかしら?」


 ヴァネッサは優しい声音で提案した。

 だがヴァネッサは別の事を考えているような目で、まるで幼児が描いたようなファウスタの下手絵を検分するようにじっくり見ていた。


「ねえ、お母様、ファウスタに絵の描き方を教えたいの」


 思いついたようにオクタヴィアが言った。


「侍女には絵画の教養も必要でしょう? 毎日ファウスタと一緒にお絵描きする時間も取りたいの。いいでしょう?」

「……侍女には絵画より先に学ぶことが色々あるのだけれど……」


 ファウスタの幼児のような筆致を見ながら、ヴァネッサは物憂げに曖昧な返事をした。

 ヴァネッサの反応が芳しくない事を素早く読み取り、オクタヴィアはすぐさま矛先を父親であるマークウッド辺境伯に向けた。


「お父様、私はファウスタと一緒に絵画を習いたいの。いいでしょう?」


 オクタヴィアは幼い頃には絵画を習っていたが、教養として十分な域に達したので習う事をやめていた。

 貴族は絵や楽器を習うが、上手くなりすぎてもいけないのだ。

 画家や音楽家は職人であったので、上手くなりすぎて職人に近付くことは貴族にとって、特に貴族女性にとっては品が無いとされていた。


「ああ、いいとも」


 ファンテイジ家は昔から商売をしていたので、貴族の風上にも置けないだの何だのと影に日向にとやかく言われていた。

 マークウッド辺境伯はそんな陰口には慣れっこだったし、お金は欲しいが働くことは卑しいと貶める貴族の価値観をまったく理解できなかったので、オクタヴィアの希望を優先して答えた。


「お絵描きくらい好きにすればいいのだよ」

「ファウスタの絵が上達したら、ファウスタの目に視えた幽霊や悪魔をどんどん描いて貰うの。そしたら私たちもファウスタが視ている不思議なものを沢山見れるわ」

「な、なるほどっ!!」


 オクタヴィアの提案に、神秘主義オカルト絵画の収集家でもあるマークウッド辺境伯は強烈な魅力を感じたのか突然に覇気を漲らせた。


「オクタヴィア、素晴らしい考えなのだよ!」

「先生をつけて本格的に習わせたいの。でもファウスタはまだお作法が出来ないから私がついていてあげる必要があるわ。ねえ、良いでしょう?」

「うむ、うむ、オクタヴィア、それは名案なのだよ。早速、絵の先生をお願いしなければ。誰がいいかね」


 マークウッド辺境伯はヴァネッサの方を振り向き、問いかけた。


「幻想画ならジョン・バーンズ先生が良いだろうか? ロセ・ダンティ先生の描く世界も素敵だが。ヴァネッサ、君の意見を聞かせてくれたまえ」


 ファウスタに絵画教師をつける事について、ほぼ確定事項のように語り出したマークウッド辺境伯に、ヴァネッサは異を唱えることもなく答えた。


「……見えているものを忠実に描くなら、幻想派ではなく写実派の方にお願いした方が良いのではなくて?」

「おお! 君の言うとおりだ、ヴァネッサ。ファウスタには視えているのだから、視えるものを忠実に描ければそれで良いのだ」


 非常に感心したようにマークウッド辺境伯は何度も頷いた。

 ヴァネッサはそれに淡々と答えた。


「絵画教師の人選は私にお任せいただけるかしら。アトリエの準備もしなければなりませんし、少しお時間をくださいな」

「なるべく急いで欲しいのだよ。大至急ファウスタの画力を上げねばならぬ!」


 ――パキン!


 また叩音ラップ現象が起こった。


 何度目かの叩音ラップ現象を視て、ファウスタには気付いた事があった。


「すみません、お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」

「もちろんよ!」

「気兼ねなく何でも言ってくれたまえ」


 オクタヴィアとマークウッド辺境伯がそれぞれの思惑で、それぞれに笑顔を浮かべて答えた。


叩音(ラップ)現象が起こるとき、必ず魔法陣が光って黒いモヤモヤが弾けます。黒いモヤモヤが魔法陣に入ると弾けるんだと思います」

「うむ、うむ」


 興味津々にマークウッド辺境伯はファウスタの話に頷く。


「黒いモヤモヤは全部あちらの壁から出て来ます。あの壁の向こう側はどうなっているのでしょう」

「おお!」

「隣の部屋に原因があるの?!」


 マークウッド辺境伯とオクタヴィアが好奇心に目を輝かせた。


「隣の部屋かっ!!」


 いつのまにか黒いカラス人間に肩車をしてもらい、ファウスタの絵を上から覗いたり、手持ちの片眼鏡で周囲を伺ったりして遊んでいたティムも叫んだ。

 カラス人間とティムは意外と仲良しなのかもしれないとファウスタは思った。






「隣の部屋は今は使ってないの」


 ファウスタはオクタヴィアに連れられて廊下に出た。

 他の者もそれに続いて部屋を出る。


「私が子供の頃には使っていたのだけれど」


 もう自分は子供ではないと思っているらしいオクタヴィアが説明した。


 廊下にはアルカードたち男性使用人が四人控えていた。

 最初に此処へ一緒に来たアルカードとルパート。

 それからいつの間に来たのか蝙蝠人間と狼男の従僕も合流していた。


「お嬢様、万が一の事があるやもしれません。私が先に参りましょう」


 マークウッド辺境伯から「隣の部屋に何かあるようなのだよ」とごく簡単に事情を聞いたアルカードが申し出た。


「じゃあお願いするわ」


 オクタヴィアが了承し、アルカードが先行した。

 一同はアルカードの後について隣の部屋の扉の前へと歩を進めた。

 ファウスタはオクタヴィアやマークウッド辺境伯と一緒に、先行するアルカードのすぐ後ろに付いた。


「では開けます」


 一同が扉の前に集ったことを確認すると、アルカードがその扉を開けた。


(……!!)


 その部屋はオクタヴィアが言った通り、使われていない雰囲気の部屋だった。

 がらんとした部屋にテーブルや椅子があり、部屋の端にはゆったり座れる長椅子もあったが、埃除けのためか家具には布が掛けられている。


 その部屋の光景を視たファウスタは、瞬間、とても良くないと思った。

 嫌な気分がぶわっと全身を襲い、体が竦んだ。


「あの! 黒いモヤモヤが沢山で! ……すごく良くない気がします!」


 もし地獄があるのなら、こんな雰囲気なのではないかとファウスタは思った。

 怪しい絵や置物がある二階の廊下のような、見せかけの地獄ではない。

 どんよりとした重く湿った憂鬱な空気がそこにはあった。


 ファウスタは夜中に出かけた事などないが、もし夜中の墓場に行ったらこんな感じではないだろうかと思うような、不吉な雰囲気を醸し出している部屋だった。


 部屋の中に漂う黒いモヤモヤははっきりした形ではなく、煙のようにモヤモヤした不定形であるので正確に数を把握するには微妙な存在だ。

 だが塊は七、八個くらいだろうか。

 蛇のようにぐねぐね長く伸びた煙の塊が、部屋の中に雲のようにたなびいて、大きなナメクジのようにゆっくりと蠢いていた。


 そして部屋全体が煤けていて、壁紙もところどころ黒ずんでいる。


「おかしい所があるようには見えないけれど……」


 オクタヴィアがアルカードの後ろから部屋の中に目を凝らし呟いた。

 マークウッド辺境伯は「ふうむ」と唸りながら、前のめりになって部屋の中を伺い、目を皿のようにして観察していた。


「この部屋には入らない方が良いと思います。黒いモヤモヤはすごく嫌な感じがします」

「その黒いモヤモヤというのはどの辺りにありますか?」


 アルカードがファウスタに質問する。


「部屋のあちこちに浮いています。何個もあります」

「ふむ」


 アルカードは部屋の中を見回し、思案気な顔をして手で自分の顎に触ると、マークウッド辺境伯を振り向いた。


「閣下、私が調べてまいります」

「ファウスタは危険だと言っているが、大丈夫なのかね……?」


 マークウッド辺境伯はアルカードとファウスタを交互に見て言った。


「危険だとしてもお屋敷の中の事を放置はできませぬ。メイドたちも掃除に入ることですし、まずは私が調べて参ります」

「そ、そうだな。……頼むのだよ。気を付けてくれたまえ」

「はい」


 アルカードはマークウッド辺境伯に返事をすると、後ろに控えている従僕たちを振り向いた。


「エルマー、ラウル、一緒に来てください」

「はい」

「畏まりました」


 蝙蝠人間と狼男の従僕が返事をすると、皆が道を空けて彼らを通す。

 ファウスタもオクタヴィアと一緒に脇に避けた。


 アルカードはファウスタににっこり微笑むと、部屋の中に歩を進めた。

 エルマーとラウルという名前らしい、蝙蝠人間と狼男もまったく恐れている風はなく、余裕の表情でアルカードに付き従う。


(アルカードさんもこの人たちも魔物ランキングで上位なのかしら)


 ネルから聞いた魔物にランクがある話をファウスタは思い出した。

 彼らの余裕の微笑みは、自分の強さに自信があるからなのだろうとファウスタは考えた。


「よし、ナジ! 俺らも行くぞ! 前進!」


 ちゃっかり付いて来ているティムはそう叫ぶと、カラス人間に抱えられて、蝙蝠人間や狼男に続いてするりと部屋に入り込んだ。


(ティムさんは危ないんじゃ……)


 ファウスタは心の中で呟いた。


 アルカードは狼男より自分の方が強いと発言していたことや、ネルの言動から、かなり強いのだろうとファウスタは予想していた。

 蝙蝠人間と狼男も、長身とその異様な姿で強そうな雰囲気がある。


 だがティムは駄目だろうとファウスタは思った。

 態度だけは大きいが、貧弱そうな細い体に成長しきっていない少年の身長。

 全然強そうに見えない。


 アルカードやユースティスに怒られてびくびくしていたのに、何故こんな危険に大はしゃぎで飛び込もうとするのか。


(視えないから解らないのかしら。無知は恐ろしいってこういう事なのね……)


 ファウスタはアルカードを見やった。

 アルカードはティムが部屋に入り込んでも特に気にしていないようだった。


(アルカードさんが許可してるって事は大丈夫なのかしら?)


 ティムを抱えているカラス人間はアルカードより上背があり体格が良く、黒づくめで威圧感のある風体はそれなりに強そうな見た目だった。

 カラス人間がティムの護衛もするから大丈夫なのかもしれないとファウスタは思い当たった。


(あ、エーテルが……)


 アルカード、エルマー、ラウルの三人は、部屋の中に入るなり濃いエーテルを纏ったのがファウスタの目には視えた。

 エーテルがデコピンに使えるなら、広げれば盾のようにも使えるのかもしれないとファウスタは思った。


 ファウスタはティムの方を見た。

 ティムはアルカードたちと違い全く変化がない。

 カラス人間はもともと薄い青いモヤを纏ってはいたが、ティムは今までと同じくエーテルのモヤは全く無いままで完全に丸腰だった。


(ティムさんエーテルが無いのかしら……やっぱり危ないんじゃ……)


 威勢の良いティムはカラス人間と一緒に、まるで見えているかのように黒いモヤに向かって一直線に突っ込んだ。

 ファウスタははらはらしながら見守ったが、ティムもカラス人間も何も感じていない様子で、黒いモヤの影響は無いように見えた。


(だ、大丈夫なのかしら……)


 黒いモヤに突入したティムとカラス人間の様子に気を取られていたファウスタの視界の端に、動くものが視えた。


(あっ!)


 反射的に動くものを振り向いて見ると、オクタヴィアの部屋にいたお姫様の幽霊が壁をすり抜けてすーっと部屋に入って来た。


「あの! すみません! さっきの幽霊が!」


 ファウスタは声をあげ、皆に知らせた。

 皆が一斉にファウスタの方を見る。


「幽霊が来ているのかね?!」

「何が起こっているの?!」


 マークウッド辺境伯とオクタヴィアがファウスタに問いかける。


「はい、壁をすり抜けて幽霊が来て……」


 ファウスタは幽霊を視ているままで説明をしようとして言葉を切った。

 幽霊の動きが今までと違ったからだ。


 幽霊は部屋の中央辺りに進むと、両手を軽くあげ、何か言葉を語るように口を動かした。


「幽霊が……何かしゃべっています」

「何て言ってるの?!」

「声は聞こえないのかね?!」

「声は聞こえなくて……あっ!」


 目の前に起こった現象に、ファウスタは思わず叫んだ。


 ファウスタの目の前、部屋の中いっぱいに広がるように、白く光る魔法陣がみるみる描かれて行ったのだ。

 まるで風が吹いているかのように幽霊の髪やヴェールが舞った。


「魔法陣が……!」


 ファウスタは状況を説明しようとしたが、最後まで言うことが出来なかった。


 描きあげられた魔法陣は次の瞬間、強烈な光を発した。


 ――激しく音が鳴り響いた。


「きゃあっ!」

「うおう!」


 その音に、人間一同が悲鳴を上げて身を竦める。

 魔物たちは厳しい顔で周囲を見回す。


 たくさんの枯れ枝が一斉に折れるような音だった。


 音に驚いて足をもつれさせたヴァネッサを、ミラーカが支えた。

 ルパートはマークウッド辺境伯を庇うように前に出る。

 オクタヴィアは頭を抱えて身を縮めた。

 ファウスタは吃驚して後ろにひっくり返り尻餅をつきそうになったが、後ろからユースティスに腕を引っ張り上げられた形で、その実はエーテルのクッションに支えられて一瞬だけ宙に浮いたので、転ばずに体勢を立て直すことができた。


(少しだけ空を飛んでしまったわ……!)

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