209話 王立裁判所
――王立裁判所。
尖り屋根の塔をいくつも備えた中世風の城のような外観のその建築は、宮殿のように巨大で壮麗だった。
時代とともに増大した司法業務のため、手狭になった従来の司法施設に変わる新しい司法施設の建築案が持ち上がり、女王の名のもとにおよそ十年前に完成したのがこの王立裁判所だ。
王立裁判所の巨大建築の中には、最高裁判所はもちろんのこと、離婚や家族問題を扱う家庭裁判所まで、いくつもの裁判所が詰め込まれていた。
地下には刑事事件の容疑者を収容する独房もある。
一階には裁判所を訪れた人々の休息所として食堂や喫茶店まで設けられていた。
それは世界の最先端を行くイングリス王国の司法の象徴にふさわしい巨大建築であり、歴史ある国の威容を示すかのごとく古風な伝統的建築様式で飾られているため、新しい観光名所の一つとしても知名度が高まっていた。
「すごい人出だな」
「この行列じゃあ傍聴は無理か」
王立裁判所の堂々とした石門をくぐると、門から正面玄関までの間にちょっとした広場のような庭がある。
大きな事件や話題性のある事件の裁判が行われる際に、よく新聞記者たちが集まっている場所だ。
その正面玄関前の庭に、今日は傍聴を希望する者たちが列を成して溢れかえっていた。
あまりの行列に早々に諦めたのか、並ばずに立ち話をしている者たちもいる。
もちろん写真機を構えた新聞記者たちも集まっていた。
門の外にも野次馬が集まり人だかりができており、さすがに屋台は来ていなかったが、手に籠をぶらさげた物売りたちが出張っていた。
このところ怪奇現象で有名になった警視庁前のお祭り騒ぎが、そのまま移動して来たかのような賑やかさだ。
「貴族も来ているようだね」
席を確保するためにあらかじめ使用人を列に並ばせていたのか、列に並んでいる者と交代をしている貴族風の紳士を見やり、野次馬たちは囁き合った。
「王立孤児院からの横領だからな。貴族たちはもっと詳しい事情を知っているのかもしれん」
「貴族たちが孤児に寄付していた金が二十年も横取りされていたのだ。そりゃあ興味あるだろうよ」
「黒幕は新世紀派だという噂だが。黒幕まで明るみに出るかね」
「皆そこに興味があるんだろう」
「保安局が調査を始めたと聞いたが新聞に全く報道されていない。怪しすぎる」
「取材には来ているというのにな」
「新聞社にも新世紀派が浸透しているという話はやはり本当かもしれん」
「どんな報道がされるか明日の新聞が楽しみだ」
王立裁判所前の人だかりには、上流や中流はもちろん、労働者風の男たちも混じっていた。
あらゆる階層の者たちが集まり、口々に憶測を話し合い情報交換をしていた。
「暗殺が行われると言う噂があるが……」
一人の紳士がそう言うと、別の紳士たちもその話題に興味を示した。
「たしかに容疑者が暗殺される可能性は高い。今までのキナ臭い事件は全て容疑者が警視庁の留置所で急死しているからな」
「そういえば警備がやけに物々しい」
紳士たちは確認するように周囲を見回した。
制服を着た警備員や警官の他に、私服警官らしき者たちの姿がある。
「しかし白昼堂々と、こんな場所で暗殺が行われるものかね」
そう疑問を投げかけた紳士に、他の紳士たちも思案気な顔になる。
「旦那方はご存知ではないんで?」
憶測を語り合う紳士たちに、一人の貧相な身なりの男が近付いて来て言った。
「昨夜、暗殺の情報が出たんでさあ」
「それは本当かね?!」
「一体どこからの情報だね?!」
「詳しく聞かせてくれたまえ!」
話題に食いついた紳士たちに、貧相な男はズルそうな笑みを浮かべて言った。
「説明料は十ドログでさあ」
「金を取るのか?!」
「ちゃっかりしてるなあ」
紳士たちは貧相な身なりの男の商魂に呆れ、金を支払うべきかしばし逡巡した。
そのとき、別の紳士がこちらに足早に近付いて来た。
そして貧相な男に声を掛けた。
「ダフ氏! ダフ氏じゃないか!」
「ロットの旦那!」
十ドログで情報を売る貧相な男ダフに声を掛けた紳士は、霊能クラブの会員であるロット卿であった。
「ダフ氏! 新情報はあるかね!」
「もちろんでさあ!」
ダフの返事を聞くなり、ロット卿は懐から財布を出し、十ドログ紙幣を取り出して渡した。
「教えてくれたまえ!」
「まいどあり!」
ロット卿が十ドログを支払う様子を見ていた紳士たちのうち、一人の紳士が懐から財布を取り出した。
「私も支払おう!」
すると他の紳士たちもダフに支払いを始めた。
ダフはほくほく顔で紳士たちから十ドログ紙幣を受け取ると、少し声を落とし、暗殺情報について語り始めた。
「昨夜、鬼火が暗殺を知らせたんでさあ」
ダフの説明に、ロット卿も他の紳士たちも口々に驚きを口にした。
「鬼火が?!」
「また炎の文字が出たのかね?!」
「留置所の毒殺を知らせた炎の文字じゃあありやせん。昨夜の文字は鬼火の青い火でやした」
――裁判前に暗殺者が来る。
「鬼火の知らせか。これは本当に何かあるな」
ロット卿は確信を持っているかのように言った。
「留置所の毒殺未遂もどうやら真実のようだからな。内務大臣が保安局の連中を連れて警視庁を訪れたことが何よりの証拠だ」
「保安局が調査を始めたという噂は本当なのかね?」
紳士の一人がロット卿に質問した。
「本当だ。警視庁の留置所で、ラシニア孤児院事件の容疑者カニングに出された食事から毒物が検出された。それでカニングは警視庁から保安局に移動されたのだ」
「おお……」
ロット卿の話に紳士たちが唸った。
「保安局も暗殺を警戒しているはずでさあ」
興味津々の様子の紳士たちを前に、ダフは得意気に説明した。
「昨夜、鬼火は保安局にも出たんでさあ。あっしが見たのは警視庁のほうですが、保安局でも暗殺を予言する文字が出たんでやんす」
過日、ダフはマークウッド辺境伯により霊能クラブに連れて行かれ、そして報酬の三百ドログを手に入れた。
味をしめたダフは怪奇現象の情報収集を続けていた。
自分が警視庁前を離れるときには、浮浪児たちに小遣いを渡して代わりに見張らせており、二十四時間体制での監視を続けている。
最近では浮浪児たちを使い、保安局の監視も始めた。
情報を求め再びダフにマークウッド辺境伯が話しかけて来た時、近侍ルパートが「カニング容疑者が保安局に移されたのでそちらにも出るかもしれませんよ」と言ったからだ。
ルパートの予想は的中し、保安局にも鬼火が現れるようになった。
最近ではダフの真似をして怪奇現象の情報を売る者もちらほら現れた。
雇っている浮浪児たちもダフの見ていないところで情報を売って臨時収入を得ているようだが、ダフは気にしていなかった。
情報を求めるものは多く、更にダフは霊能クラブというお得意様を抱えていたので、儲けが減るという事はなかったからだ。
ロット卿は毎日ダフに情報を求めて来るお得意様である。
「鬼火は何らかの自然発火現象ではないのかね。私も見物に行ったが、文字には見えなかったよ。警視庁に対して疑惑を持つ者たちの強い思い込みにより、自然現象が文字の形に見えただけなのでは?」
「いやいや、いつもの鬼火ではなく、はっきりとした文字の形になることがあるのだ。自然現象の炎が文字の形になるなど有り得ない。あれは本物の亡霊だ」
疑問を唱えた紳士に、ロット卿は意見を述べた。
「写真を撮っていた連中もいる。鬼火の写真はゴシップ紙に掲載されていたが。そのうち文字の写真も出て来るかもしれん」
更新遅れて申し訳ありません。
あと少しで三章終わりです。
去年、年内完結を目指して頑張りましたが、ぜんぜん無理でした。
一カ月に三話しか更新できなかった初期に比べて、大分早く書けるようになったので、頑張れば一ヵ月一章のペースで進められちゃうかもと、調子に乗って何か夢を見ていたようです。
章はあと三つ以上は絶対にあります。
今年こそ完結まで到達したいです。
よろしくお願いします。




