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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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205話 珈琲館の悪魔

「俺が撮影した心霊写真が大人気だな」


 珈琲館(コーヒーハウス)吸血鬼の巣(ヴァンパイア・ネスト)』の店内の会話に耳を傾けていた不死者(アンデッド)ティムは、新聞に掲載された心霊写真が話題になっている様子に上機嫌だった。


「俺の写真の価値をすぐに理解したダミアンはさすがだな。先見の明がある。あいつはもっと出世すべき。一等吸血鬼に昇進させよう」

「等級はエーテルで決まるから。出世させるなら役職を与える方向だろ」

「あ、そうか。そういやブラックモアの奴、二等のくせに支部長だもんな」


 ティムはカウンターの隅の席に座っているが、ティムが座っているため隅の席そのものが人間の目には認識されなくなっている。

 ティムの隣りには人間に化けた狼男ドリーが座っており、彼は今は認識阻害のマントを脱いでいるので、人間の目には中流の服装の銀髪金目の青年が見えている。


「霊能者シャールラータンってよく聞くけど、凄いのか?」


 店内で議論している紳士たちが、警視庁の心霊現象について霊能者シャールラータンが出て来るらしいと噂しているのを聞き、ティムは疑問を口にした。


「凄いらしいです。警視庁の捜査に協力することもあるとか。イングリス王国で一番有名な霊能者と言って良いでしょう」


 この珈琲館の店長を任されている吸血鬼エヴァンズが、カウンター越しにティムの質問に答えた。

 周囲の者には、ティムの隣りに座っている狼男ドリーと話しているように見えているだろう。


「シャールラータンはブランコ・トトメスの弟子だったそうです」

「誰それ」

「ご存知ありませんか? よく当たると大変評判だった占い師です。もういませんが」

「どこ行ったんだ?」

「亡くなったのです」


 エヴァンズの言葉を、ドリーが補足した。


「ブランコ・トトメスが殺害されたのは二十年ほど前の話ですね」

「二十年……もうそんなに経ちますか……」


 エヴァンズが感慨深げに言った。


「いやはや、時の流れというものは早いものです」

「まったくですね。あっという間ですよ」


 頷き合うエヴァンズとドリーを見やり、ティムが揶揄した。


「ジジイかよ」

「ティムにだけは言われたくないな。ティムが最年長じゃん」

「最年長じゃねーし。森には俺より年上の奴もいるんだからな。最年長は古竜の爺さんだよ。ずっと寝てるけど」


 ティムはドリーに抗議すると、珈琲を一口すすり、思いついたように言った。


「よし、シャールラータンって奴がどんな奴なのか見に行くぞ。ファウスタの商売敵だからな。偵察しておこう」

「何を言い出すんだ……」


 半ば呆れたような顔で、ドリーはティムの話をつかもうと善処した。


「そもそも心霊探偵社はシャールラータンと競争してるわけじゃないだろ」

「俺らの心霊探偵社は精鋭部隊なんだから一番じゃなきゃおかしいだろ。こっちには魔眼がいるんだからな。ファウスタは二百年ぶりの逸材なんだから、シャールラータンとかいう奴に負けるわけがない」

「また自慢したいのか……」

「自慢じゃない。政治だ。政治は弱肉強食だからな。舐められたら終わりだ。ガツンと先手必勝で力を示しておいたほうが状況が有利になるんだ」


 ティムは得意気な顔で宣言した。


「我が軍の圧倒的な力を見せつけてやる!」

「ティム爺さん、戦争はとっくに終わってるよ」


 意趣返しのようにドリーがそう言うと、ティムは眉を吊り上げて憤慨した。


「誰がジジイだ!」

「今はもう、そういう時代じゃないから」

「変わんねーよ! いつだって強い奴が勝つんだ!」


 ガタンと席を立つと、ティムは威風堂々と言い放った。


「マークウッドの盟主代理として命じる! シャールラータンを偵察するぞ!」






「あの馬車か?!」


 警視庁本部前には大勢の人だかりがあった。


 夜な夜な鬼火(ウィルオウィスプ)が現れることで警視庁本部はすっかり有名になり、常に野次馬たちが集まるようになっていた。


 通行の妨げにならないよう警官たちが頻繁に出て来ては交通整理をしているが、通りの両脇には警視庁を見物しながら立ち話をする人々の群れが常にあった。


 最近では物売りや屋台まで出張ってきており、祭りのような喧騒になっている。


 警視庁前に屋台が現れ商売を始めると、警官たちは当然これを追い出した。

 だがその後も屋台が頻繁に現れ、長時間の滞在はしないが、偶然通りがかった風を装って商売をしていくのだった。

 手に籠をぶらさげた物売りたちも頻繁にこの通りを行き来している。


 野次馬たちは屋台や物売りから、珈琲や麦酒(エール)を買ったり、揚げ物などの軽食を買ったりしていた。


「本当にシャールラータンが来るのかね」


 野次馬たちは警視庁前で停まった馬車に注目しながら、情報交換を続けた。


「今日は昼間から新聞記者っぽい連中が来ている。絶対に何かある」


 警視庁前の通りには、写真機(カメラ・オブスキュラ)を構えている者が常に何人かいたが、素人とはどこか違う、新聞記者風の者たちが今日は目立っていた。


「シャールラータンだ!」


 警視庁前に停まった馬車から、口髭をたくわえた紳士が降り立つと、情報通の者たちがどよめいた。


「間違いない! シャールラータンだ!」

「タレイアン・スポーツ紙の記事は本当だったのか!」

「トバシじゃなかった!」






「あいつがシャールラータンか」


 警視庁本部にシャールラータンが来て除霊をするという情報の真偽について、ティムは狼男ドリーに命じ、吸血鬼ギルドの総力を挙げて調査させた。

 何のことはない、夜警団のヴァーニーが催眠術(ヒプノシス)を使い警視庁の重鎮からあっさりと聞き出したのだが。


 あくまでも見物するだけで騒動は起こさないようにとユースティスに念を押され、ティムは情報に基づきいそいそと警視庁に出掛けたのだった。

 いつもの世話係の屍鬼(ゾンビ)が三人と、護衛の死霊騎士団(ネクロナイツ)が数名付き従って来ているのは愛嬌だ。


「普通の人間みたいだな」

「大抵の人間は、普通の人間だよ」


 面倒臭そうにだらけた態度でティムに付き従っている狼男ドリーが、興味なさそうに答えた。


「くそ! よく見えん……」


 ティムは成長しきっていない少年の姿なので、背の高い紳士たちの人垣に埋もれてしまうと前が見えなくなる。


「肩車でもしようか? もっと後ろに下がれば……って、おい!」


 警視庁前には写真機を構えている人々がいるので、彼らの写真機に捕らえられないように後ろに下がって肩車をと、ドリーは提案しようとした。

 だがドリーの話を少しも聞かずに、ティムは人ごみの中に突っ込んで行ってしまった。


「ティム、あまり前へ出るな! 写真機に注意しろ!」


 ドリーの言葉が全く聞こえていないかのように、ティムはぬるりと群衆をかき分け、あっという間に霊能者シャールラータンの前に到達していた。






「……っ!」


 霊能者シャールラータンは馬車から降り立ち、警視庁本部へ入ろうとしたが、急に足を止めた。


「シャールラータン先生……?」


 シャールラータンを出迎えた警視庁の者たちは、急に足を止めたシャールラータンに気付き、戸惑いの表情で声を掛けた。


「先生、どうかなさいましたか?」


 まるで雷に打たれたように、シャールラータンは目を見開き、驚愕の表情でその場に静止していた。


 シャールラータンのその行動に、一同はどう対応して良いか迷い、静止したままのシャールラータンを見守った。

 警視庁前に集まっていた野次馬たちもシャールラータンに注目していた。


 やがて、沈黙していたシャールラータンが、重々しく口を開いた。


「……無理だ……」


 シャールラータンは絞り出すような声で、呻くようにそう言った。


「私には無理だ……」

「先生、無理とはどういう……」


 そう質問した者たちの声が聞こえていないかのように、シャールラータンは叫んだ。


「この悪霊は、私の手に負える代物ではない!!」






「このおっさん、大丈夫か?」


 シャールラータンの目の前で、シャールラータンを凝視しながら、ティムは訝し気に眉を寄せた。


 ティムがシャールラータンをよく見ようと前に出るやいなや、シャールラータンは足を止めて静止し、そして急に叫んだかと思うと、今度は震え出した。


 シャールラータンはぶるぶると肩を震わせ、蒼白になった顔面からはだらだらと汗を流している。

 そして「無理だ……」と独り言のように繰り返しつぶやいていた。


「病気か?」


 シャールラータンの蒼白な顔を覗き込んで、ティムは首を捻った。


 ふいに、大きな黒い影が飛び出した。

 ティムの護衛役の死霊騎士団(ネクロナイツ)の一人、最も長身で大柄なナジだった。


「わっ!」


 ティムはナジに抱えられ、一歩で野次馬たちの後ろの方、狼男ドリーがいる場所へと連れ戻された。


「あああっ!」


 叫び声が響いた。

 シャールラータンの悲鳴だった。


 シャールラータンは腰が抜けたのかその場にへたりこんでおり、警視庁の者が彼を助け起こそうとしていた。


「ティム、勝手に前に出るな!」


 狼男ドリーが咎めるような視線で苦言を呈すると、ティムはシャールラータンをちらちらと見て、彼の異常な様子を気にしながら言い訳をした。


「あれは俺のせいじゃないぞ! あのおっさん多分どっか悪いんだ! 病気なんだよ! 俺は何もしてないから!」

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