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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第1章 ファンテイジ家の使用人たち

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16話 マークウッド辺境伯

(神様なの?!)


 ファウスタは目の前の光景に陶然とした。


 孤児院出身のファウスタにとっては見た事もない豪奢な部屋であったが、貴族の部屋としてはそう珍しいものではない。

 緑色を基調とした重厚な雰囲気の部屋は、どちらかといえば古めかしい内装だった。


「ファウスタ?」


 固まってしまったファウスタに、アルカードが声をかけた。

 ファウスタははっと気付き、アルカードに促されて自分を吃驚させたものへと向かって歩いた。


 ファウスタが吃驚したもの。

 それは居間の内装としては少し珍しい、神々しい着色硝子ステンドグラスの窓。

 その着色硝子ステンドグラスが光で描く、植物や小鳥たちの世界絵を背景に、神のごとく座す二人の男女。

 その左右に居並ぶ魔人たち。


(神話の世界に来てしまったの……?)


 ファウスタは孤児院の行事で年に二回、教会にお祈りに行くことがあったので、神々の世界を描く着色硝子ステンドグラスを見た事がある。

 ファウスタは着色硝子ステンドグラスは神様のための特別な窓だと思っていた。

 神様の窓だから、祈りを捧げる教会の見上げるような高い場所にあるのだと。


 それが今、目の前にある。

 すぐ手が届くような位置にある着色硝子ステンドグラスの前に、当然のごとく座っている立派な服装をした男女。


 そして二人の両側に控えている使用人たち。

 ファウスタは昨日から使用人たちと共に時間を過ごし、彼ら彼女らの服装から使用人としての役職も大体察しがつくようになっていた。


 男性の側に控えるのは長身の四人の男性使用人。

 ドワーフ執事バーグマン、魔力エーテルを纏う人間ではない男性、直立しているがほぼ狼の従僕、背中に蝙蝠の翼のような形をした魔力エーテルを背負う従僕。

 魔力エーテルを纏う男性の服装は執事とも従僕とも違うので役職が解らないが、立ち位置からすると従僕より身分は上なのだろう。

 女性の側に控えているのは、華やかなレースのキャップに深緑色のドレスの三人の侍女。

 魔力エーテルを纏う人間離れした美しさの女性、おそらく人間の女性、そして吸血鬼のネル。


 着色硝子ステンドグラスが描く世界絵を背景に異形と人間が並ぶ。

 まるで古き伝説の世界ではないか。

 その中央に座す二人の男女は、ファウスタにはほぼ神様のように思えた。


 部屋の窓際の一角に、部屋から少し出っ張るように、その趣の異なる着色硝子ステンドグラスの窓の空間はあった。

 少人数での談話ができるような、あるいはゆったり読書ができるような小ぢんまりとした場所だ。


 ファウスタはふわふわと雲の上を歩くように、細かな草花の模様が織られた絨毯を踏み、何百あるいは何千という氷の結晶を集めたようなシャンデリアの下、猫脚の家具が並ぶ部屋を、アルカードに付き従い横断して窓際の神話的空間を目指した。


 神のごとき二人の男女はすっと席を立ち、テーブルの前に歩み出てファウスタを迎えた。


「閣下ならびに奥様、こちらが昨日ラシニア孤児院より参り、当家のメイドとなりました、ファウスタ・フォーサイスにございます」


 アルカードは恭しくファウスタを二人の男女に紹介した。

 そしてファウスタにも二人を紹介した。


「ファウスタ、こちらはマークウッド辺境伯セプティマス・リンデン・ファンテイジ様、そしてマークウッド辺境伯夫人ヴァネッサ・ヴァイオレット・ファンテイジ様です」


 アルカードの紹介が終わるや否や、マークウッド辺境伯は大げさに両手を広げ、ご機嫌な笑顔をファウスタに向けた。


「ごきげんよう! よく来てくれたね! 君を歓迎するのだよ!」


 彼は瘦せ型の長身で、右目に片眼鏡モノクルを掛けていて、ビヨンとしたバネのような口髭をたくわえていた。

 整えてはいるがもっさりしている黒髪、偏屈な猫のような目、大げさな手振りや何か面白がっているような楽しそうな笑顔がどことなくティムに似ていた。


(居たかも……)


 孤児院を見学に来ていた貴族の紳士たちは皆、髭を生やしていて、黒っぽい髪の紳士や片眼鏡モノクルの紳士も何人か居た。

 その中にこういう感じの人が居たことをファウスタは朧げに思い出した。

 そのときはただ『貴族の人たち』と思っただけで、神だとは全く思わなかった。


 一方、マークウッド辺境伯夫人ヴァネッサは、きつい顔立ちに針のように鋭い眼光の威厳のある女性だった。

 目の下にうっすらと隈があり、黒髪と暗い色調のドレスも相俟って、どこか魔女のような雰囲気がある。

 むっつりした顔でファウスタを見つめるその姿は、明るくご機嫌なマークウッド辺境伯との対比で、機嫌が悪そうにも見えた。


(奥様はまだ私を疑っているのかしら)


 マークウッド辺境伯夫人ヴァネッサの底知れない暗い眼差しに、ファウスタは一瞬ひるんだが、勇気をふりしぼった。


「閣下、奥様、お初にお目にかかります。ファウスタ・フォーサイスと申します。お招きにあずかり光栄に存じます」


 ファウスタは渾身の淑女の礼(カーテシー)を披露した。

 昨日ティムに笑われた後、ネルに少し教えてもらったのだ。


「これはこれは、丁寧な挨拶をありがとう。こちらこそ、君を我が家のメイドとして迎えられた事は大きな幸いなのだよ。ぜひ我が家のために君の力を貸してくれたまえ」

「身に余るお言葉をいただき感激でございます。誠心誠意働かせていただきます」

「うむ。君の活躍に大いに期待する」


 マークウッド辺境伯は少々芝居がかってはいたが、しかつめらしくファウスタの言葉を受け、そして破顔した。


「さあさあ、堅苦しい挨拶はここまでだ。君もこちらの席に座りたまえ。お茶にしようではないか」






「さあ、温かいうちに飲みたまえ」


(来た!)


 マークウッド辺境伯夫妻とファウスタがテーブルに着くと、狼の姿の従僕と蝙蝠の羽根の従僕がお茶の準備をした。

 ファウスタの前に出されたカップとソーサーは、金の縁取りに鮮やかな花々が繊細に描かれた、うっとりするような美しい陶器だった。

 赤い宝石を溶かしたようなお茶は、縁や底に描かれた金色の模様を反射しているのか、ほとんど宝石のように艶めいている。


「ありがとうございます。いただきます」


 ファウスタは勧められるまま、マクレイ夫人に教わったように一番にカップに手をつけた。

 熱そうだったので、お茶が少し口に触れる程度にしておいた。

 お茶を口にして、カップをソーサーの上に戻す。

 そして辺境伯や夫人がお茶に手を付けたのを見て、ほっと安堵した。

 何か大役を果たし終わったような気がした。


「君のことは、我が家の守護霊である大セプティマス様が手紙で紹介してくれたのだよ」


 マークウッド辺境伯はバネのような自分の髭を指でビヨンとなでつけながら、今日の天気の話でもするかのように自然に、守護霊という珍妙な話を語り始めた。


「君は大セプティマス様にお会いしたのかね?」


(大セプティマス様って、守護霊だからティムさんの事で良いのよね)


 ティムについては姿を見かけた程度と答えるようにと、アルカードに言われていた事をファウスタは思い出す。


「お姿を、その、少しだけ、お見掛けしました」

「どこで視たのかね?」

「ラシニア孤児院で、閣下が見学に来られた時です」

「どんなお姿だったかね?」


 マークウッド辺境伯は少し探るような眼差しで、しかしわくわくを抑えきれないようでテーブルに少し身を乗り出した。


「ボサボサの黒髪で、黄色っぽい茶色の目で……十五歳くらいの少年でした」

「おおお!」


 マークウッド辺境伯は興奮気味に声をあげた。


「間違いないのだよ! 本当に視たのだね! 大セプティマス様がラシニア孤児院に同行していたとは気付かなかったのだよ。……彼は約束通り、本当にずっと私を見守ってくれているのだね」


 マークウッド辺境伯は興奮しながらも、最後のほうはホロリと感傷的に言った。


(一年くらい旅行してて留守だったらしいですけど……)


 ティムはずっと辺境伯を見守っていたわけではなく、一年間ほど旅行で留守にしていて最近帰って来たばかりという真相を知るファウスタは心の中で呟いた。


「君は霊感少女らしいが、他にも幽霊を視たことはあるのかね?」

「はい、あります」

「おお! その幽霊はどこで視たのかね?」

「孤児院の地下に幽霊が棲んでいたので、そこでよく視ていました」

「なんと!? あの孤児院の地下にはいつでも幽霊がいるのかね!?」

「はい」

「なんということだ!!」


 マークウッド辺境伯は目を丸くして驚き、アルカードの方を振り向いた。


「アルカード氏!」

「はい、閣下」

「ラシニア孤児院を買い取りたいのだが?」

「恐れながら閣下、ラシニア孤児院は王室所有ですのでそれは難しいかと」

「うー……欲しいのだよ。何とかならんかね」

「なりませぬ」


 駄々をこねる子供を叱りつけるように、アルカードはぴしゃりと言った。

 マークウッド辺境伯は一瞬しょんぼりしたが、すぐに何か思いついたようで、また元気を取り戻してアルカードに言った。


「ラシニア孤児院に新しい建物を寄付するというのはどうかね。それで古い建物を譲ってもらうのだ!」

「難しいかと存じます。ラシニア孤児院は王室の慈善活動の歴史を象徴すべき建築物です。住居として使用できなくなった後には記念館となりましょう」

「私が記念館として保存するということで、どうにかならんかね」

「各所の承認を得られれば可能性はありますが……仮に承認を得られるとしても、閣下のお手元に至るまでに十年以上はかかるかと」

「十年……今すぐ欲しいのだが……十年か……」


 マークウッド辺境伯はお茶を口に運び、思い悩むようにしみじみと言った。


「……リンデン」


 マークウッド辺境伯夫人ヴァネッサが、重々しい声で夫の名を呼んだ。


「パトリシア王女が創設なさったラシニア孤児院は、王室の慈善活動の一環として、王太子妃であるタレイアン公爵夫人が代々の名誉理事長を務めていらっしゃいます。遠くマークウッドの地の領主である貴方が、王都タレイアンにおいてタレイアン公爵夫人の仕事を横取りする事は不可能です」

「私は仕事を横取りしようなどとは思っていないのだよ。ただ幽霊付きの建物が欲しいだけなのだ」

「王都タレイアンの歴史的建造物であれば王太子であるタレイアン公爵が保護なさるでしょう。マークウッド領主である貴方の出る幕はありませんわ」

「なんという事だ……」


 マークウッド辺境伯は打ちのめされたように両手で顔を覆った。

 夫人のヴァネッサはそれには目もくれず、何事も起こっていないかのように平然とお茶を口にした。


「恐れながら閣下」


 アルカードが恭しく、マークウッド辺境伯に進言した。


「ラシニア孤児院の幽霊をご覧になりたいのであれば見学に行かれればよろしいのでは? 更なる寄付を申し出れば院長が多少の融通も利かせてくれるでしょう」

「あ……」


 頭にランプが灯ったかのように、マークウッド辺境伯はアルカードの言葉に気付きを得て、顔を覆っていた両手を下ろして声を上げた。


「その手があったか!」


 マークウッド辺境伯は感心したように熱い尊敬の眼差しをアルカードに向けた。


「さすがはアルカード氏。君は本当に知恵者だ。いつまでも我が家に居ておくれ」

「ご厚意痛み入ります」


 孤児院を買い取るとか、新しい建物を寄付するとかいう、とてつもない話に呆気に取られながら、ファウスタはマークウッド辺境伯夫妻とアルカードのやり取りを見ていた。

 ファウスタの今までの生活とはあまりにかけ離れた話題だったので理解が追い付かず、物語の世界を見ている気分になった。

 ファウスタは自分の家すら持っていないのに、マークウッド辺境伯は大きな建物をポンとプレゼントする事が出来る人なのだ。


(これが神々の会話なのかしら)


 ファウスタは気持ちを落ち着かせるために、気付かれないように静かに深呼吸をした。

 そしてお茶に口をつけた。

 お茶の美しい見た目と良い香りで、少し心が落ち着く気がした。


(あれ? 目の色が……右と左で違う?)


 少し落ち着きを取り戻したファウスタは、マークウッド辺境伯の目が微妙に左右色違いであることに初めて気付いた。

 左目はティムのような黄色っぽい茶色の目だったが、片眼鏡モノクルを掛けている右目は中心から空色が星型に広がって黄色と混ざり、黄緑っぽく見えた。


(そういえばティムさんが、マークウッド辺境伯は天眼鏡のせいで目の色が変わったって言ってたっけ……)


「んん? 私の目が気になるのかね?」


 ファウスタの視線に気づいたマークウッド辺境伯が反応した。


「い、いえ、あの……何でもありません、すみません!」


 ファウスタは自分がマークウッド辺境伯を不作法に凝視していたことに気付き、慌てて目を逸らし何とか誤魔化そうとした。


「私の目が左右で色が違うのがそんなに気になるかね? 気になるなら教えてあげようじゃないか!」


 マークウッド辺境伯は芝居がかった仕草で高らかに言った。


「そう、私の右目の色が変わったのは、十歳の頃なのだよ」


 マークウッド辺境伯は話し始めてしまった。

 これではまるでファウスタが彼の目について尋ねたようではないか。

 ファウスタの不作法でこんな事になってしまい、どうしたら良いか解らず戸惑っていると、ヴァネッサ夫人が口を開いた。


「この人は自分の片青眼ヘテロクロミアの話をするのが好きなのです。良かったら聞いてあげてちょうだい」

「そうなのだよ。ぜひ聞いてくれたまえ」

「リンデン、甘い物でも食べながらゆっくり聞いてもらったらどうかしら?」

「それは良い考えだね! さすがはヴァネッサだ。バーグマン氏、この子に何か甘い物を用意してやってくれ」

「畏まりました」


 マークウッド辺境伯に命じられた執事のバーグマンは、蝙蝠の羽根の従僕に小声で指示を出した。

 蝙蝠の羽根の従僕はバーグマンの言葉に頷いて、甘い物を取りに行くのか部屋を退出していった。


「これは君が出会った大セプティマス様にも関わる話だ」


 マークウッド辺境伯はお茶で喉を潤すと再び話し始めた。


「君も大セプティマス様がどのような方か気になるだろう?」


 マークウッド辺境伯が何か訴えかけるような目でチラチラとこちらを見て言うので、ここは話に乗るべきなのだろうとファウスタは判断した。


「はい、気になります」

「そうだろう、そうだろう! では話してあげよう」

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