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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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139話 ピクシー先生

「絵画教師のピクシー先生です」


 ついに絵画教師がやって来た。


 ファンテイジ家の三階の一室がアトリエとして整えられていた。

 ファウスタはそのアトリエで、オクタヴィアと一緒に絵画教師と対面した。


 絵画教師と聞いて、ファウスタは髭がカールしているベレー帽の気取った紳士が来ると思っていたのだが、その予想は大きく裏切られた。


 家庭教師ポラック夫人に連れられて現れた絵画教師は若い女性だった。

 赤色がかった金髪を三つ編みにしてぐるりと頭に巻いて結い上げ、簡素なデザインの詰襟のドレスを着ている。

 若いメイドのポリーやセイディたちと同い年くらいに見えた。


「リサ・ピクシーです。きょ、今日から、お嬢様たちに絵画をお教えすることになりました。よろしくお願いいたします」


 ピクシー先生は緊張しているのか強張った表情で、少しつっかえながら自己紹介をした。


「私はオクタヴィア・ステラ・ファンテイジです。ピクシー先生、よろしくお願いします」


 オクタヴィアはすらすらと挨拶をすると、ファウスタを得意気に紹介した。


「そしてこの子はファウスタ。霊能者です」

「れ、霊能者?!」


 オクタヴィアにいきなり爆弾を投じられ、ピクシー先生は動揺を見せた。


「ピクシー先生、ファウスタはお嬢様の専属メイドです。侍女に必要な教養を身に付けるため、ファウスタは絵画の勉強を申し付けられています」


 ポラック夫人がオクタヴィアの偏りのある紹介を訂正した。






「人物画の練習をと仰せつかっております」


 ポラック夫人が退室し、ピクシー先生による絵画の指導が始まった。


 アトリエには真っ白な石膏像が何体も置かれていた。

 それらの石膏像は、頭だけのものもあれば、半身や全身のものもある。


「今日はこれを描いていただきます」


 ピクシー先生はアトリエの中央に置かれた石膏像を示した。

 うねうねした髪を結い上げた、端正な顔の女性の、頭部だけの像だ。


 あらかじめピクシー先生が選んで用意したのか、その頭像の周囲には画架(イーゼル)が二台置かれ、画板や画用紙も用意されていた。


(あんな難しいものを描くなんて、無理なのだわ……)


 ファウスタは女性の頭像を見つめ、絶望した。


 オクタヴィアは勝手が解っているのか、画架(イーゼル)と椅子を頭像の斜め前あたりに移動させると、さっそく木炭を手に取り描き始めた。


「……ファウスタさん?」


 絶望に打ちひしがれているファウスタに、ピクシー先生が少し困ったような顔で声を掛けた。


「好きな位置を決めて、あの像を描いてくださいますか?」

「……はい」


 返事はしたが呆然と立っているままのファウスタに気付いたオクタヴィアは、ピクシー先生に向けて言った。


「ピクシー先生、ファウスタは絵を習うのが初めてなので、やり方が解らないんだと思います」

「そ、そうなのね。あの、ファウスタさん、描きたい角度を決めて、そこに画架(イーゼル)を持って行くのよ」

「……はい」


(描きたい角度……って言われても……)


 角度を変えたところで難しさが変わるとは思えないその石膏像を、ファウスタは呆然と眺めた。


(あ! そうだ!)


 ファウスタは閃いた。

 ファウスタは画架(イーゼル)を石膏像の後ろに移動させた。


(顔は難しいから、後ろ向きを描くのだわ)


「あ、あの……ファウスタさん?」


 頭像の後ろ側に画架(イーゼル)を移動させたファウスタに、ピクシー先生は困ったようなぎこちない笑顔で声を掛けた。


「顔を描いて欲しいの」


 名案を封じられ、ファウスタは再び絶望の淵へと転げ落ちて行った。






「私は絵が下手なのです。どうやって描けば良いのか解りません」


 石膏像の顔が見える位置に画架(イーゼル)を戻し、椅子に座ったファウスタは、悲愴な顔でピクシー先生に告白した。


「描き方……。では、描き方を、一度お見せした方が良いでしょうか?」


 ピクシー先生は考えるような顔でそう言うと、画板と画用紙を持って来てファウスタの隣に座った。


「私が描く手順をお見せしますね」

「ピクシー先生、私も見ていいですか?」


 オクタヴィアが顔を上げて、ピクシー先生に尋ねた。


「ええ、どうぞ」


 オクタヴィアは椅子だけを持って来て、ピクシー先生の隣りに座った。


「では、描きますね。まずは大雑把に形を取ります」


 ピクシー先生は、薄い線で、顔の形っぽい丸や、顔の角度を決める線を描いて下書きをしてみせた。


「こうして大体の形を決めたら、描き込んで行きます」


 ピクシー先生はそう言うと、描き込みを始めた。


(……っ!!)


 物凄い早さでピクシー先生は手を動かし始めた。

 ピクシー先生の手が残像を描きながら、木炭を縦横無尽に走らせる。

 画用紙の上にはみるみる石膏像の女性の顔が描かれて行く。


(ピクシー先生も魔物なの?!)


 人間離れした速さで石膏像を描いて行く様子を見て、ファウスタはピクシー先生は人間ではないと思った。


 だがその魔術のような絵の描き方を見ても、オクタヴィアは全く驚いている様子はなかった。


(お嬢様は魔物の存在をご存知なのかしら)


「こんな感じになります。描き方、お解りいただけたでしょうか?」


 あっという間に絵を仕上げて、ピクシー先生はファウスタに言った。


「あの、ピクシー先生……私は魔力(エーテル)を使うことができません」

「……エーテル?」


 ファウスタの言葉にピクシー先生は首を傾げた。


「はい。魔法は使えないので、ピクシー先生みたいにできません」


 ピクシー先生はますます首を傾げた。


(伝わっていないのかしら)


 ファウスタは自分の言葉が相手に伝わっていない感触に気付き、自分が何を出来ないのか、もう少し説明する必要があると思った。


「ピクシー先生はエーテルで絵を描いたのですよね?」

「え……?」


「ファウスタ、もしかして、ピクシー先生が魔法で絵を描いたと思ったの?」


 オクタヴィアが何か気付いたように、ファウスタに問いかけた。


「違うのですか?」


 オクタヴィアにファウスタは問い返した。


「でもあんなに早く手が動いて、絵が出来ていくなんて、エーテルを使った魔術ではないのですか?」

「画家は絵画の専門家ですもの」

「絵の専門家はみんな出来るのですか?! こんな凄いことが?!」

「そうよ」


(あんなに凄いのに魔物じゃないの?! 人間なの?!)


「……私の手が早いのは、子供のころから絵を描いているからです。絵を描いている者ならばみんなこのくらいのことは出来ます」


 ピクシー先生はファウスタに説明した。


「ファウスタさんもたくさん絵を描けば、このくらいの事は出来るようになります」

「私は無理です……」

「最初からは無理です。みんな練習して上手くなっていくのです。ファウスタさんも石膏像のデッサンを五十枚くらい描いたら、今よりぐんと上手くなっていると思います」

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