138話 天使か神か
「たくさんの目、それは万の目を持つという天の書記官、契約の大天使メタトロン様に違いありません!」
狐色の髪の魔道士プロスペローは至福の表情で言い放った。
(あの大きな顔が天使?)
ファウスタは首を傾げた。
ファウスタが絵画で知っている天使は、美しい人間の姿で白い翼を持っている。
先程の天井に現れた大きな顔とたくさんの目玉は、天使と言う存在とは違うように思えた。
「それは契約の神ミトラです」
陶然としているプロスペローに懐疑的な目を向け、すらりとした長身で褐色の肌に白髪の魔道士アブラメリンは異論を唱えた。
「万の目を持ち世界を監視する、契約の神ミトラに一致する特徴でしょう」
アブラメリンの言葉に、プロスペローはうっとりした表情のままで反論をした。
「遠き東方の国シャンガーラの神が、ナイアティア諸島に居るはずがございません。東方の契約神はミトラかもしれませんが、ヤルダバウト神の版図である西ダルキアにおいて、契約を司るは大天使メタトロン様です!」
「天使メタトロンは、シャンガーラ国の契約神ミトラの特徴を参考にしてヤルダバウト教徒が作り上げた創作上の霊。実在しません」
「特徴が同じだからといって参考にしたとは限らないでしょう。契約や監視には沢山の目が必要です。役目が同じであれば同じ特徴を備えていても不思議ではない」
「特徴だけではなく名前まで同じなのですが? パロ語でミトラ神を指すミトロンという言葉を、スニタル語で言い換えたのがメタトロンではありませんか。ヤルダバウト教の聖典は、現存する神々を、ヤルダバウト神の下僕や敵に仕立て上げた創作小説です。天使メタトロンは創作小説の中に登場する架空の霊であり実在しません」
言い合いをするプロスペローとアブラメリンに、魔道士ギルド長バジリスクスは引きつった笑顔と穏やかな口調で諭した。
「其方たち、場を弁えよ。ここは議論の場ではない」
「神が来てたのかー!」
プロスペローとアブラメリンの話を興味津々で聞いていたティムが興奮気味に言った。
「撮影のチャンスだったのに! 惜しいことした! タニス!」
ティムはタニスに詰め寄った。
「明日は写真機をちゃんと持って来てくれよ。ファウスタが居れば心霊写真のチャンスが沢山あるんだからな!」
「はい! お任せください!」
タニスと盛り上がり始めたティムを、ユースティスがギロリと睨んだ。
「ファンテイジ殿……」
「おう! 何だ?」
「契約の場です。私的な会話はお控えください」
「契約は終わったんじゃねえの?」
(心霊写真?! 視えないものが写真に撮れるの?!)
ファウスタはティムの話に大いに興味を持ったが、ユースティスが私的な会話はいけないと怒っているので、はやる気持ちを押さえて口を閉じていた。
「ユースティスさん、ティムさんが心霊写真と言っていましたが……」
ファウスタが天井に視えた顔や目のことを語ると、騒然としてしまった契約の場は、しばらく様子を見ていたアルカードがやがて口を開くとすぐに収拾された。
ファウスタには人間としての生活があるからと、アルカードが皆に説明し、ファウスタはユースティスと共に退室した。
「神様や天使の写真が撮れるのですか?」
ミラーカが待つ部屋に戻る途中、廊下を歩きながらファウスタはユースティスに質問した。
「神や天使が撮影できるかは解らないけれど、幽霊は撮影できていた。幽霊を撮影した写真をタニスが持って来たんだ。彼女が作った写真機は、エーテルを写す特別な鏡面が付いていて、それで幽霊の姿を捕らえるらしい」
「エーテル……」
ファウスタはずっとエーテル防護眼鏡を掛けていて、契約の場でも掛けていた。
エーテルを遮断する眼鏡を掛けていても視えたということは、天井の顔や目はエーテルではなかったという事になる。
エーテル部分が視えなくてもあの様相で、エーテルが視えたらもっと濃くなったり違うものも視えたりするのだろうか。
少なくともエーテルが写った写真と、エーテルを遮断したファウスタの視界とでは、それぞれが同じ像の違うパーツを視ていることになる。
(あ、でも、エーテルが撮影できるなら、幽霊の写真は撮影できるのよね)
黄金の鹿のバクスレイ氏の幽霊や、隻眼の黒騎士デュランの幽霊の写真が撮影できたら、サー・ロジャーやロスマリネ侯爵は喜ぶかもしれないと思った。
(旦那様やお嬢様もきっとお喜びになる)
マークウッド辺境伯は、幽霊を視たくて、絵が下手なファウスタが描いた幽霊の絵を百ドログで買ってくれた。
写真が撮れればきっと大喜びだろう。
写真が撮れるなら、ファウスタが描いた幽霊の絵など価値がなくなる。
(あっ! そうだ!)
「ユースティスさん、幽霊の写真は撮れるんですよね」
「そうらしいよ」
「じゃあ私、絵を習わなくても良いんでしょうか?!」
(そうよ! 写真が撮れるなら、私が絵を描く必要はないんだわ!)
「うーん……まあ、中で話そうか」
ユースティスは困ったような笑顔を浮かべ、足を止めた。
ミラーカが待つ部屋に到着したのだ。
「お帰りなさい。契約は無事に終わったかしら」
ミラーカの問いに、ユースティスは苦笑した。
「契約は無事に終わったけど、そこに何か現れて大騒ぎになった。主に魔道士とティムが」
ユースティスは事の顛末を簡潔にミラーカに伝えた。
ミラーカは面白そうにクスクスと笑いを零した。
「プロスペローとアブラメリンは高位の霊を召喚する方法を長年研究しているらしいの。求めていた事があっさり達成されて、さぞ驚いたでしょうね」
ミラーカは侍女たちに外套を持って来るように指示した。
「さあ、夜が明けないうちに帰りましょう」
「ファウスタ、さっきの絵を習う話だけど」
帰りの身支度をしながらユースティスが言った。
「絵の先生はもう決まっていて、一年間の雇用契約が結ばれている。もう契約しているから、今から急に解雇することはできない」
「……でも、写真があるなら、私の絵はいらないのではないでしょうか」
「そうでもない。タニスが作った心霊写真が撮れる写真機は人間には使えない。幽霊を写す特別な鏡面を人間が覗けば失明するらしい」
「失明?!」
「うん、だから、特別な写真機のことは旦那様たちには内緒。人間には言ったら駄目だよ。危ないからね」
「はい、解りました」
ユースティスはにっこりと微笑んだ。
「だから絵を習う予定はそのまま。変更は無いよ」




