137話 魔術契約
(みんな魔物なのよね)
ファウスタは居並ぶ魔物たちをおずおずと見回した。
皆がファウスタに注目していて、皆と目が合ったので、ファウスタは少し怖気づいて下を向いて視線を足元に落とした。
青白い照明が灯されたその部屋はがらんとしていて、家具がほとんどない部屋だ。
(教会みたいな臭いがする)
香が焚かれているのか、爽やかなハーブのような香りがした。
部屋の中央には無地の敷物が敷かれ、その敷物には魔法陣が描かれている。
魔法陣の中央には書き物が出来る小さなテーブルが祭壇のように置かれていた。
テーブルの上には書類らしき紙と、インク壺、羽根ペン。
「ファウスタ、こちらは魔道士ギルドの方々です。今回の契約に立ち会ってくださいます」
魔法陣の左右に分かれて並んでいる人々の片方の列を示し、アルカードが一人一人をファウスタに紹介した。
青髪の人物は、魔道士ギルドのギルド長バジリスクス。
枯れ木のような小柄な老人はカスヴァド。
赤毛の女性は魔女ヘカテ。
浅黒い肌に白髪の異国人のような長身の男はアブラメリン。
長い白髭の威厳のある老人はトリテミウス。
(あのおじいさん、倒れそうだけれど大丈夫なのかしら)
枯れ木のような小柄な老人カスヴァドは杖をついており、今にも倒れそうにプルプル震えていたのでファウスタは少し心配になった。
「こちらは吸血鬼ギルドのメンバーです」
アルカードは魔法陣を挟んで魔道士たちの反対側に並んでいる二人を紹介した。
吸血鬼ギルド王都支部長、昔の貴族の亡霊のような盛り上がった巻き髪のブラックモア。
王都支部副長の金茶色の髪の青年ヴァーニー。
(ヴァーニーさんというのね)
古物商フラメールの助手としてロスマリネ侯爵邸に来ていた金茶色の髪の青年が、吸血鬼ギルド王都支部副長ヴァーニーだったことが解り、ファウスタはかつてこの青年に出会ったときの違和感が腑に落ちた。
(きっと強い吸血鬼なのだわ)
ユースティスはヴァーニーの隣りに並んだ。
ティムはユースティスに苦言を呈され、吸血鬼たちの列の上座に戻っていたが、所在なさげにキョロキョロしている。
「そしてこちらのお二方がファウスタの護衛につく魔道士、タニス殿とプロスペロー殿です」
アルカードはそう言い、巻き毛の小柄な女性タニスと、狐色の髪の様子の良い青年プロスペローを紹介した。
(この方々が……)
タニスはわくわく顔で、目をキラキラさせてファウスタを真っ直ぐ見つめていた。
狐色の髪の青年プロスペローも高揚しているような顔つきで、やはり目を輝かせてファウスタと視線を合わせていたが、ファウスタを通り越してどこか遠くを見ているような不思議な目をしていた。
「ファウスタ・フォーサイスです。よろしくお願いします」
ファウスタが挨拶をすると、二人は激しく反応した。
「光栄至極にございます! 何なりとこの身にお申し付けくださいませ!」
「有難き幸せ! 粉骨砕身の覚悟にてお仕えいたします!」
「……」
仰々しい返答にファウスタは唖然とした。
ファウスタには馴染みのない難しい言葉があったので意味はよく解らなかったが、激しい勢いに圧倒されてたじろいだ。
「では、皆さん、よろしいでしょうか」
アルカードが一同を見回した。
「契約の儀式を始めます」
「ファウスタ、こちらへ」
アルカードに連れられ、ファウスタは部屋の中央に敷かれた敷物に描かれている魔法陣の中に入り、その中心部に置かれたテーブルの前に立った。
魔法陣に入ると、ふっと何か圧迫感のような、重い空気に触れたような感触があり、視えない何かがあるのを感じた。
アルカードはテーブルを挟んでファウスタと向かい合うようにして立った。
「タニス殿もこちらへ」
「はい!」
アルカードに呼ばれたタニスは魔法陣に入り、テーブルの前にファウスタと並んだ。
「ファウスタ、まずはここへ署名を」
アルカードがテーブルの上の紙の、空欄部分を示した。
(これが契約書なの……?)
目の前にある書類らしきものには、六芒星が重なり合った魔法陣のような模様が描かれていた。
所々に書かれている文字はイングリス語ではない。
木の枝の組み合わせのような文字で、それはファウスタがかつてファンテイジ家の三階で模写した魔法陣に書かれていた文字に似ていて、同じ形の文字もあった。
(これってルーン文字?)
「あの、私、イングリス語でしか名前が書けないのですが……」
「イングリス語の署名で大丈夫です」
アルカードは穏やかに微笑んだ。
「ここに名前を書けば良いのですか?」
「はい」
ファウスタは羽根ペンを執ると、インクを付け、アルカードに示された場所、契約書だという魔法陣の中の空欄部分に署名をした。
署名を終えると、ふっと自分の中から何かが蒸発するような妙な感覚があった。
上に向かって吸い取られるような感覚だったのでファウスタは反射的に上を視た。
(……!)
巨大な顔が天井にあった。
ほぼ天井一面に広がるその巨大な顔は、彫像のように整った人間の顔だったが、ファウスタはそれは人間ではないと思った。
巨大な顔の、強い光を宿したギョロリとした目がファウスタたちを見下ろしている。
巨大な顔とは別に、天井にはたくさんの目も浮かび上がっていてギョロギョロしていた。
天井の異様な光景にファウスタは驚いたが、その驚きは恐怖とは違っていた。
つい先刻、タレイアンの夜景を見たときのような驚きに似ていた。
「ではタニス殿、こちらに署名を」
「はい!」
アルカードに名前を呼ばれ、タニスは元気よく返事をすると、さらりと署名した。
(……?!)
また妙な感覚があった。
上の方から、今度は何かを吹き込まれたようなふわっとした感じがした。
ファウスタが再び天井を見上げると、巨大な顔もたくさんの目ももう消えていた。
(魔術だったのかしら)
契約書だというその紙は、契約書という言葉からファウスタが想像した書面ではなく、ばっちり魔法陣が描かれている。
人間ではなく魔物の契約書なのだから、人間社会の契約書と様式が違っていても不思議ではないが、魔法陣はやはり魔術を発動するものではないだろうか。
(天井のあの顔は、魔法で呼び出された巨人?)
「これにて契約は結ばれました」
「感謝にござります!」
場を仕切っているアルカードは淡々と手続きを進めた。
「では、次はプロスペロー殿」
「ははっ!」
タニスと同じ手順で、プロスペローとの契約が始まった。
先程と同じようにファウスタが契約書に署名すると、また同じように上に吸い上げられる感覚があった。
天井を視ると、やはり先程と同じく、巨大な顔とたくさんの目が浮かび上がっていた。
(契約のときに現れるのかしら)
プロスペローが署名するまでの間、ファウスタはずっと天井を視ていた。
プロスペローが署名したとき、プロスペローから霧のようなものが天井に向かってすうっと伸びて巨大な顔に吸い込まれた。
そして巨大な顔が息を吹きかけるように口元を少し尖らせたと思った次の瞬間、ファウスタにふわっとした感覚が来た。
そして巨大な顔とたくさんの目は、すうっと消えて行った。
「契約は結ばれました。本日の契約の儀式はこれにて全て終了です」
アルカードが契約の儀式の終了を告げた。
契約に立ち会った人々は、緊張の糸が緩んだのか、安堵のような息を漏らした。
「よし! 心霊写真を撮りに行こう!」
いきなりティムがそう叫び、神妙だった場が一瞬にしてざっくばらんな空気になった。
「ファンテイジ殿、お控えください」
ユースティスが眉間に皺を刻み、慇懃な態度でティムを叱り始めたが、その雑然とした空気は一人の魔道士の声で切り裂かれた。
「お、恐れ入ります! ファウスタ様!」
声を上げた魔道士は、枯れ木のような老人カスヴァドだった。
杖をついていまにも倒れそうにプルプルしながら、鬼気迫る顔で、目を見開いてファウスタを見ていた。
「此度の契約の儀、並々ならぬ神威を感じました。ファウスタ様はずっと上を見上げておられましたが、何をご覧になられていたのでしょうや?!」
「あの、大きな顔が天井にあったので……気になってしまって、見ていました」
ファウスタがそう答えると、ティムが即座に反応した。
「顔?! そんなものがあったのか?!」
「はい。大きな顔と、たくさんの目がありました。私が署名すると出てきて、契約が終わると消えました」
「おおお! やはり! やはり!」
ファウスタの答えに、魔道士カスヴァドはますます目を大きく見開いて叫んだ。
それとほぼ同時に、褐色の肌に白髪の魔道士アブラメリンも叫んだ。
「契約神ミトラ!」
ファウスタと契約を結んだばかりのプロスペローも叫んだ。
「契約の天使メタトロン様!」




