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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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136話 夜間飛行

(夜の世界って凄い!)


 ミラーカに抱き上げられたファウスタは、暗い夜空を飛んでいた。

 そのミラーカに並走するように、ユースティスも飛んでいる。


(夜の街がこんなに綺麗だったなんて!)


 ファウスタの眼下に、王都タレイアンの夜景が広がっていた。


 豊かな中央区の夜は、宝石箱のような煌めきに満ちていた。

 夜空の星々より、地上の灯りのほうが輝いていた。


 ぎっしりと並ぶ高層屋敷の窓には深夜だというのにたくさんの明かりが灯っている。

 それらの建物の間を縫い、細かく枝分かれして走る道には瓦斯(ガス)灯が並び煌々と夜を照らしている。


 空を飛ぶ事を予告されていたとは言え最初は気が動転したファウスタだったが、少しすると落ち着いて景色が見えるようになった。

 ミラーカの腕の中は安定感があり、落ち着いてみれば少しも怖いことはなかった。


 周りを風がびゅうびゅうと吹き抜けている音がするが、エーテルで守られているのか、ファウスタは風を感じなかった。


 ミラーカとユースティスは、たまに建物の屋根に降り立ち、屋根を蹴ってまた舞い上がる。

 一歩でいくつもの通りを飛び越えてしまうような、とてつもない巨大なスキップをして、凄い早さで進んでいた。


(この二人には、馬車も蒸気自動車もいらないわね)


 一度舞い上がると、まるで風に乗っているかのようにぐんぐん進む。


 もしファウスタが眼鏡を掛けていなかったら、二人がエーテルを巨大な羽根のように広げて風を切っている姿を視ることが出来ただろう。


 眼下の夜道には、灯りを掲げて進む馬車も見えるが、ミラーカとユースティスは馬車など一足飛びに何台も追い越してしまう早さだった。


(あっ! 時計塔!)


 写真でしか見た事のなかった時計塔が見えた。

 高い塔に設置されたその巨大な時計は、灯りに照らされていて、遠目にも文字盤が読めた。

 午前二時を少し回っていた。


(本当にとっても大きな時計なのだわ!)


 時計塔を通り過ぎ、星の海のような夜景が広がる中央区を抜けて、ミラーカとユースティスはだんだんと灯りが少ない暗い方へ向かった。


(あそこだけ真っ暗……)


 進行方向の先に、炭を流したような真っ黒な部分があるのが見えた。

 中央区ほどの輝きではないが灯りが散らばる地上に、そこだけが暗黒の街であるかのように真っ黒だ。


 その真っ暗闇の土地のすぐ近くにある建物の屋根にミラーカとユースティスは一度降り立つと、そこからその建物の正面玄関に飛び降りた。


「着いたわ」


 ミラーカは抱き上げていたファウスタをそっと下ろした。


「立てるかしら?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございました」


(どこかのお屋敷なのかしら)


 地に足を付けたファウスタは、堂々とした玄関を見上げた。


 夜なのでどんな建物なのかはよく解らなかったが、ランプの灯されているその玄関は立派なお屋敷のものだった。


「ここはどなたのお屋敷でしょう?」


 ファウスタの問いかけに、ミラーカはにっこりと微笑んだ。


吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドよ」






(あのシャンデリアは何かしら)


 従僕たちにより玄関扉が開けられると、広い玄関ホールが広がっていた。

 執事が恭しくファウスタたちを迎え、館の中へと案内した。


 古めかしい内装のその玄関ホールは、シャンデリアの青白い光に照らされている。


 玄関先のランプは普通のランプと同じ暖かい色の光であったが、玄関ホールのシャンデリアには不思議な青い炎が揺れていた。


「天井が気になるの?」


 ファウスタの視線に気づいてミラーカが言った。


「はい、あの、ここのシャンデリアはどうして火が青いのですか?」

「魔法のシャンデリアなの」


 ミラーカは冗談めいた口調でファウスタの疑問に答えた。


「魔法なのですか?! 本当に?!」

「そうよ。魔法で明かりを灯すの」

「本当に魔法なのですか?」

「ええ、本当よ」


 目を丸くしているファウスタに、今度はユースティスが説明した。


「高価な魔道具だけどね。僕らには灯りは必要ないから、来客用だよ。普通のランプみたいに煤が出ないから便利なんだ」


(冗談じゃなくて本当に魔法なの?!)


 ファウスタは不思議な青い光のシャンデリアを見上げた。


 玄関ホールを抜けて、廊下を進んだ。

 廊下の壁に等間隔に設置された照明も、青い光を放っていた。


 ファウスタたちは一階の瀟洒な部屋に通された。

 部屋に控えていたメイドたちに、ファウスタたちは外套を預けた。


「私が付き添うのはここまでよ」


 ミラーカはファウスタに言った。


「ファウスタの契約にはユースティスが付き添うわ。これから行く契約の場には、アルカード氏もいるから、安心していってらっしゃい」


(アルカードさんがいるなら大丈夫ね)


 ミラーカが来ないと聞いてファウスタは少し不安になったが、アルカードがいると聞いて安心した。


「ファウスタはここでは『異能者』として紹介されるわ。ティムは魔眼だと言っていたけれど、ファウスタが魔眼かどうかの証拠はないの。だからファウスタのことは『異能者』と呼ぶことになっているのよ」

「異能者とは何でしょう」

「幽霊が見えたりするような、普通の人とは違う能力をもった人のことよ」

「そうなのですね」

「そうなのよ」


 ミラーカは艶然と微笑んだ。


「では私はファウスタの契約が終わるまでこの部屋で待っているわね。行ってらっしゃい。ユースティス、頼んだわよ」

「はい、ミラーカさん」


 ユースティスはいつも通りの笑顔で返事をすると、ファウスタを振り向いた。


「じゃあ、行こうか、ファウスタ」

「はい」






「そんなに緊張しなくていいよ」


 緊張感が増してギクシャクしはじめたファウスタに、ユースティスは普段と変わりない調子で気楽に言った。


「ティムがいるから、どうせ作法も滅茶苦茶さ」


 ユースティスは皮肉っぽく笑うと肩をすぼめた。


「ティムさんが来ているのですか」

「うん。このところずっとティムはこの屋敷で過ごしている」


(そうだったのね)


「ファウスタの仕事は契約書にサインをするだけだよ。護衛の紹介もするけど、挨拶をしてサインしたら仕事は終わりだから、気楽にしていいよ」

「はい」


 ユースティスは扉の前で足を止めた。


「この部屋だよ」


 ユースティスは扉をノックした。


「エステルヴァインです。『異能者』をお連れしました」


(ユースティスさんってエステルヴァインって姓なの?)


 中から返事があり、ユースティスは扉を開けた。


(……!)


 部屋の中は、魔法の照明の青ざめた光に照らされていた。

 そこに幾人もの人影があった。

 ファウスタが知っている顔もあれば、知らない顔もある。


 知っている顔はアルカードとティムだ。

 そして金茶色の髪の青年は、古物商フラメールの助手だった青年で顔だけは見知っていた。


 それ以外は知らない人々だった。

 中央に、巻き毛の小柄な女性、狐色の髪の青年。

 その二人を取り囲むように、盛り上がった巻き髪の貴族の幽霊のような男性、見た事もない青い色の髪の男性、枯れ木のような老人、赤毛の女性、長い白髭の老人、浅黒い肌に白髪の異国人のような人。


「来たか! ファウスタ!」


 ティムがぱっと飛び出してファウスタに駆け寄った。

 エーテル防護眼鏡のせいか、ティムの姿は透けて視えた。


「元気してたか?」

「は、はい。元気でした」


 ユースティスの言う通り、ティムは気ままに振舞っていた。

 おかげでファウスタは少し気楽になった。


「ファウスタ、こちらへ。皆に紹介します」


 アルカードが進み出ると、皆の前にファウスタを導いた。


「皆さん、ご紹介します。彼女が『異能者』ファウスタ・フォーサイスです」

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