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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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135話 夜のお出かけ

「ファウスタ、今夜は一緒にお出掛けをして欲しいの。人間たちには内緒のお出かけよ。心霊探偵の仕事に関係した事よ」


 その日、ファンテイジ家の人々はロスマリネ侯爵邸の晩餐会に招待されて留守だった。

 いつもはオクタヴィアとお茶や食事を共にしていたファウスタは、今日は留守番の侍女ミラーカとネルと共にその時間を過ごしていた。


 二人とも吸血鬼なので、ざっくばらんに魔物関連の話題が出た。


「心霊探偵のお仕事ですか?」


 心霊探偵は人を助ける良い仕事で、報酬も貰えるので、ファウスタはやる気に満ちていた。

 前向きにミラーカの話を聞いた。


「仕事の前の準備よ」


 ミラーカはいつもの優雅な微笑みを浮かべた。


「心霊探偵の仕事を始めたら、もしかしたら危険なことがあるかもしれないわ。だから貴方には護衛を付けることになったの」

「き、危険が……!」


(やっぱり探偵は犯罪者と戦うの?!)


 最近ファウスタは探偵小説を読んだ。

 探偵という職業がよく解らないファウスタに、オクタヴィアが貸してくれた本だ。


 その探偵小説では、探偵が犯罪者と格闘する場面や、銃撃戦もあったので、そういった荒事が起こった場合どうすれば良いのかファウスタはオクタヴィアに質問した。


 オクタヴィアはそのような事は起こらないと言った。

 ファウスタたちは心霊探偵なので怪奇現象の調査が仕事だ。

 心霊探偵は幽霊が相手なので、犯罪事件を調査する探偵のように犯罪者と戦うことはないというオクタヴィアの説明に、ファウスタは納得して安堵した。


 だがミラーカは危険があると言う。

 ファウスタの心に不安の黒雲がむくむくと生じた。


(大金が貰えるお仕事なんですもの。やっぱり裏があったのだわ。探偵の仕事には危険があるから大金が支払われるんだわ)


「ファウスタのその目は、正体を知られたくない魔物や、こっそり魔術や呪術を使いたい者たちにとっては脅威なの。だからファウスタは狙われる可能性があるのよ」

「え? ……私の目が?」


 想像していた危険とは少し違う話だったので、ファウスタは少し気が抜けた。


「でも私が幽霊が見えた話をしても、大人の人は信じてくれません。幽霊の証拠がなければ私の話を信じてくれる人はいません。……私の話で困る人がいるとは思えないのですが」


 ファウスタは幽霊が見えて、笑われたり哀れまれたりする事はあるが、狙われることがあるとは思えなかった。

 そもそも話が信用されないのだ。


 もしファウスタが、ミラーカたちが魔物だということを他の大人に言ったとしても、ファウスタが頭のおかしい子供として笑われたり哀れまれたりするだけのように思うのだ。


「人間はそうね。でも魔物は違うの。それを不都合に思う魔物もいるのよ」

「魔物の皆さんが……?」


 ファウスタは疑問符を浮かべた。


 ファウスタはファンテイジ家のメイドとなって魔物たちに出会った。

 魔物たちは皆、親切で頼りになる存在で、危険の反対側にいる存在だった。


 最初にアルカードに説明された通り、魔物たちは法律を守り、きちんと仕事をして真面目に暮らしているのだ。

 ティムのようにお行儀が悪い魔物や、ちょっとお酒を飲み過ぎるらしいバーグマンのような魔物もいるが、それらは困ったクセがあるという程度で決して悪者ではない。


「良くない魔物もいるのですか?」

「大抵の魔物は危険ではないわ。魔物社会にも法律があって、人間に危害を加えてはならない決まりになっているの。でも人間社会と同じように、魔物社会にも法律を守らない犯罪者がいるの」

「魔物の犯罪者?!」


 エーテルで色々なことが出来たり、人間を魅了したりする魔物がもし犯罪者だったら。

 それはとても恐ろしい事ではないだろうか。


「そんなに怖がらなくても大丈夫。魔物社会にも人間の警察のような組織があるの。魔物の犯罪者を見つけたら彼らが捕らえるわ」


(魔物にも警察が……)


 ミラーカのいつも通りの微笑みと、魔物社会にも警察がいるという話に、ファウスタの不安は和らいだ。


「ファウスタの安全を守るために護衛を付けることになったの。だからファウスタには護衛の方々と契約をして欲しいのよ」


(契約?!)


 護衛との契約と聞いて、ファウスタは雇用契約の事だと思った。

 ファウスタはこれから給金や報酬が貰える予定ではあったが、今の時点ではまだ銅貨一枚すら持っていない。


 護衛がいたら安心だが、ファウスタには護衛を雇うお金がない。


「あの、私、お金がなくて、護衛の方々にお給金を支払えないのです」


 ミラーカは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐににっこりと微笑んだ。


「護衛の給金は心配しなくていいわ。心霊探偵の仕事に必要なお金は、経費として探偵社が支払うから、ファウスタが支払う必要はないのよ」

「本当ですか?!」

「ええ、本当よ。安心して」


 ミラーカは優しく微笑みながら、ファウスタに説明した。


「ファウスタの護衛に付くのは魔道士で、吸血鬼ギルドのメンバーではないから契約書を作る必要があるの。その契約書には護衛対象である貴女の署名が必要なのよ。その他は全部こちらで用意するから、貴女は署名をするだけ。それで契約は整うわ」

「解りました」

「出掛けるのは夜中になるから、今日は早めにお休みなさい」






「ファウスタ様」


 いつもより早寝をしたファウスタは、夜が更けた頃、吸血鬼の侍女ネルに起こされた。

 目を開けたファウスタは一瞬、ランプの灯りに目が眩んだ。


「ネルさん……」


 ファウスタは薄眼を開けて、ベッド脇の小卓の上のエーテル防護眼鏡を手に取ると、起き上がりながら眼鏡を掛けた。


「お出かけのお時間です」


 ネルは暗い色のワンピースと外套を選び、素早くファウスタの支度を整えた。


「眼鏡を落とさないように、紐を付けておくようにとの事です」


 ネルは細い皮ひもをファウスタの眼鏡の巻きつるの両側に結び、眼鏡を結んだその細い紐をゆるいネックレスのようにファウスタの首に掛けた。


「ミラーカ様とユースティス様がお待ちです」


(あら? どこへ行くのかしら?)


 外出するならば一階の玄関か、地階の使用人用出入口へ行くはずなのだが、ネルは階段がある方向とは逆方向に廊下を進んだ。


 ファウスタはネルに案内され、同じ三階の空き部屋に行った。

 そこには外出の支度をしたミラーカとユースティスが待っていた。


 二人ともお揃いの黒いケープ付きのマントを付けていた。

 そのマントは、以前にティムの世話をしていた黒づくめの烏人間が着ていたマントと良く似ていた。


「では行きましょうか」


 ミラーカがそう言うと、ユースティスが得たりと窓を開けた。


「窓から抜け出すのですか?!」


 どう見ても窓から出ようとしているような状況に、ファウスタはミラーカに問った。


「ええ、そうよ。ちょっと遠いし、時間も限られているから、空から行くの」

「そ、空を?!」


 突拍子もない話にファウスタは呆然とした。


「私が連れて行ってあげるから安心して。怖いなら目を閉じていればいいわ。眠かったら眠っていてもいいのよ」


 ミラーカはそう言うと、ファウスタを横抱きにすっと抱き上げた。


「!!」


 美しい侍女であるミラーカの見た目からは全く想像もできない、力強さと安定感だった。

 ミラーカは薄い紙でも持ち上げるようにファウスタをらくらくと抱き上げていた。


(ミラーカさんはすごい力持ちなのだわ!)


「眼鏡を落とさないように気を付けてね」

「は、はい! 紐を付けていただいたので大丈夫です」

「もし眼鏡が外れてしまったら、私たちの姿を見ないように、目を閉じてね」

「はい!」


 ファウスタは眼鏡が外れないように、巻きつるテンプルを手で押さえた。


「舌を噛まないように、口も閉じていてね」

「!」


 ファウスタは口を堅く閉じ、口元を引き締めると、ミラーカに頷いて見せた。


「目も閉じたほうが良いんじゃないかな? 吃驚してパニックになったら危ないから」


 ユースティスが不穏な発言をした。


(な、何が起こるのかしら……)


 ミラーカはいつもと変わりない微笑みで、慄いているファウスタを宥めるように言った。


「ファウスタ、これから空を飛ぶことになるけれど、私たちがいれば危険はないから、怖がる必要はないわ。絶対に安全だから安心して」


「僕が先に行って、飛んで見せたほうがいい?」

「ええ、そうして」

「じゃあ行くから、ファウスタ、見てて?」


 ユースティスはそう言うと、窓からすっと夜空へと、鳥のように飛び立った。


(飛んだ!)


 しっかりと口を閉じているファウスタは、心の中で叫んだ。


「じゃあ私たちも行くわよ。怖いと思ったら目は閉じてね。私が居るから、ファウスタは眠っていても安全よ」


 ミラーカは自信たっぷりに微笑んだ。

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