132話 招かれた者たち
「タニスは本当に大丈夫なんだろうな」
馬車の窓の外に、死者の都と呼ばれる共同墓地が見え始めた。
吸血鬼ギルドへの到着を前に、魔道士ギルド長バジリスクスはもう一度魔女ヘカテに確認した。
「大丈夫よ」
華やかな令嬢の装いに身を固めた赤毛の魔女ヘカテは微笑んだ。
「タニスは魔眼の子の近くに侍りたいんですもの。面接に合格したいのよ。あちらの気分を害するような馬鹿なことはしないわ」
馬車の中には、バジリスクス、ヘカテ、プロスペローの三名の七つ星魔道士がいた。
吸血鬼ギルドに呪術事件の調査協力を要請され、呪術に明るい魔道士を紹介することになったが、候補の魔道士と一度話をしたいとの要望があった。
平たく言えば面接である。
バジリスクスは六つ星魔女ハーミアを推薦し、吸血鬼ギルドは六つ星魔女タニスを指名して来た。
ハーミアとタニスはもう一台の馬車に同乗している。
バジリスクスはギルド長として、ヘカテは呪術の第一人者として今回の面接に同行しているが、プロスペローは自薦である。
プロスペローは自ら吸血鬼ギルドへの協力者として立候補した。
プロスペローの行動は吸血鬼ギルド顧問エゼルワルド十三世への執着によるものだろうという事は、バジリスクス以外の魔道士たちも気付いている。
発見も解除も困難な高度な魅了術に陥っているのではないかとバジリスクスは疑っているが、異常状態が確認されていない状況では、七つ星魔道士の発言を無下にすることはできない。
呪術の素養のないプロスペローが採用されるとは思わないが、面接への参加は先方に認められた。
ただし魔道士ギルドの頂点である七つ星魔道士が、吸血鬼ギルドへ出向することは許されない。
万が一、プロスペローが吸血鬼ギルドへ出向する事になった場合、七つ星を剥奪することを条件としている。
「プロスペローよ、最後にもう一度確認するが……」
「心得ております」
青年紳士然としたプロスペローは、バジリスクスが全て言い終わらないうちに肯定の返事をした。
「出向が決まりましたら七つ星は返上し派閥は解散いたします。私は一つ星魔道士となる覚悟にございます」
「いや、さすがに一つ星まで落ちなくとも良いが……」
魔道士ギルドの魔道士は星でランク付けされており、最高が七つ星、最低が一つ星である。
「六つ星に降格が条件だ。良いな」
――吸血鬼ギルド王都支部。
尖り屋根の塔のあるその古めかしい館は、昼の明るい日差しの下でも亡霊のような佇まいを見せていた。
自然風景式の庭園には鬱蒼とした緑が生い茂っている。
(タニスの奴、何だ、あの鞄は)
吸血鬼ギルドの玄関先で、馬車から降り立ったバジリスクスは、もう一台の馬車から降り立った魔女タニスの姿を見て不安を感じた。
タニスは腕に婦人用小物袋をぶらさげていた。
婦人が外出する際に、ハンドバッグやレティキュールを携えていること自体はおかしな事ではない。
だが吃驚するような物を作るタニスが持っていると、中に何が入っているのか、得体の知れない不気味さがあった。
しかもよくあるレティキュールに比べ、少し大ぶりな巾着袋だ。
怪しさ満点である。
(変なものを持って来てないだろうな)
タニスはいつものふざけた男装ではなく、巻き毛を結い上げ、生真面目なデザインのドレスを着ている。
中流階級の良い家の婦人のような服装だった。
その隣に立つハーミアは、外出用の装いではあるがいつもとあまり変わりない、良く言えば慎み深い、悪く言えば地味な出で立ちだ。
真面目できちんとしているハーミアと並んでも、タニスがおかしく見えない。
少なくとも身だしなみはまともだった。
「ようこそおいでくださいました」
玄関先には吸血鬼ギルドの面々が、バジリスクスたち魔道士ギルドの面々を出迎えるために整列していた。
吸血鬼ギルドのギルド長串刺し公、王都支部の支部長ブラックモア、副支部長ヴァーニー、顧問『血の議会』エゼルワルド十三世。
その後ろには数人の従僕が控えている。
(下民がおらんぞ)
参加者であるはずのセプティマス・ファンテイジの姿が見えない事に、バジリスクスは内心で首を傾げた。
「お招きにあずかり光栄に存じます」
バジリスクスは社交的な笑顔で、吸血鬼ギルドの長である串刺し公ことドラキュリアと友好の握手をした。
社交辞令を述べ、流れ作業のように、次はその隣にいる吸血鬼ギルド王都支部長ブラックモアと挨拶をする。
(トリテミウスが言っていた通りだ。ブラックモアはすっかり面変わりしておる)
ブラックモアはいつもの盛り上がった巻き髪に、時代遅れの貴族のような出で立ちであった。
しかしその顔は疲労の色が濃く、幽鬼のようにやつれている。
ギルド会談のときの堂々とした姿は見る影もない。
「今日は天候も麗らかで、まったく良き日ですな」
「はい。良いお天気に恵まれ幸いでした」
当たり障りのない会話を交わしながらも、ブラックモアは微妙にそわそわしていて落ち着きがなく、視線が揺らいでいる。
(随分と不安定だな。やはりマークウッドの悪魔の法則が発動しているのか?)
副長ヴァーニーは微妙に不機嫌そうで、表情が固い。
顧問エゼルワルド十三世はにこやかだが以前に会ったときと変わりない地獄だ。
バジリスクスは吸血鬼ギルドの面々との挨拶の流れ作業を終えると、後に続く者たちを振り返った。
ヴァーニーとタニスが、不自然な笑顔で挨拶を交わしていた。
ぽんぽんと暴言が飛び出すタニスの失礼な口が、笑顔の形に歪み、たどたどしくはあるが社交辞令を紡ぎ出していた。
(タニスの奴、本当に社交辞令を覚えたのだな)
――ふいに。
塀の外から、慌し気な声が聞こえた。
子供がはしゃぐような、誰かが驚いて発したような、そんな声だった。
吸血鬼ギルドの敷地は、周囲をぐるりと石塀に囲まれている。
声は塀の向こうから聞こえた。
皆が訝し気に、門の向こうへ視線をやる。
(あっ! 下民!)
ちょうどその時、開け放たれている鉄格子の門から、自転車に乗ったセプティマス・ファンテイジがすいっと飛び込んで来た。
「止まれーっ!」
セプティマスはそう叫んだが、自転車は速度を上げたまま玄関に一直線に向かって来る。
(愚かな下民めっ!)
魔道士たちは素早く反応し、それぞれが瞬時に防御魔法を展開する。
それとほぼ同時に、巨大な魔力の圧が周囲を満たした。
セプティマスの乗った自転車が、大きな前輪をくいっと吊り上げられたような形で宙を駆け上がった。
「わわわっ!」
前輪が持ち上がった勢いでセプティマスは空中に放り出され、海の波間を漂うように、そのまま空中に浮かんだ。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
吸血鬼ギルド長のツェペシュが、顔色一つ変えぬまま謝罪の言葉を述べた。
(相変わらず馬鹿げた量のエーテルだ)
戦争時代にツェペシュと戦った経験のあるバジリスクスは、そのエーテルが誰のものかすぐに解った。
「おっ! バジリー!」
バジリスクスの姿に気付いたセプティマスが、悪びれない笑顔で声を上げた。
自転車とセプティマスは、ゆっくりと空中から地面へと降下した。
「見たか?! 自転車に乗れたぞ! さっきコツが解ったんだ!」
「はい。バジリーはしっかり見ておりましたとも。もう自転車を乗りこなされておられるとは、さすがはセプティマス殿です」
(危うく大事故だったがな。客を轢き殺す気か。宣戦布告と同じ行為だと解らんのか。解らんだろうな、あの頭では)
表面上は笑顔を浮かべながらも、バジリスクスは内心で毒づいた。
セプティマスの後ろ、門の方から二人ほどの小物が敷地に駆け込もうとしたが、バジリスクスたちの姿を認めると慌てて門の外まで戻って行った。
(あれは下民の付き人か?)
それ以外にも不吉な気配が点在している。
(この気配は死霊騎士団だな。下民め、自転車で付き人や護衛を振り切って来おったな)
バジリスクスは素早く状況を察し、そして考え込んだ。
(しかし自転車で死霊騎士団の包囲を振り切れるものか?)
セプティマスの醜態を前にして、ツェペシュは平静を装っているままだったが、ブラックモアは今にも倒れそうなほど悲愴な表情、ヴァーニーは残念そうな顔、エゼルワルド十三世は微妙に眉が歪み笑顔が引きつっていた。
(今日も良い感じに吸血鬼どもを失望させておるな)
「すでにご存知の方もいらっしゃるでしょうが、改めてご紹介いたします。こちらはマークウッドの盟主代理であり当ギルドの名誉理事でもあるセプティマス・ファンテイジ殿です」
地上に降り立ったセプティマスを、ツェペシュが紹介した。
「ファンテイジ殿、魔道士ギルドの皆様にご挨拶をお願いいたします」
「お、おう……」
セプティマスは怯むようにツェペシュの顔色を窺うと、バジリスクスに歩み寄った。
「バジリー……スクス殿。よ、ようこそ。いらっしゃいませ」
「どうかいつものようにバジリーとお呼び下され。バジリーはいつでもセプティマス殿の親友でございます」
バジリスクスは善人を装った笑顔で、気さくに答えた。
セプティマスはツェペシュの視線を気にしてか真面目に皆に挨拶をして回った。
ヘカテ、プロスペロー、ハーミア、と順番に挨拶をし、最後にタニスの前に立った。
「マークウッドの盟主代理、私はペレグのタニスと申します。お目にかかることができて大変光栄に存じます」
タニスが恭しく名乗ると、セプティマスは顔を顰めた。
「タニス……?」
「はい」
「お前、悪い魔女だろ」
「ふぁっ!!」
セプティマスの率直な言葉に、タニスが反射的に変な声を出した。
(法則発動か!)
バジリスクスは内心で叫んだ。




