130話 招待状
「吸血鬼ギルドから招待状が届いた」
魔道士ギルドのギルド長室で、ギルド長バジリスクスは苦悶に表情を歪め、赤毛の魔女ヘカテに告げた。
「主催者は支部長ブラックモア。あちらの参加者は、串刺し公、マークウッドの悪魔、血の議会、ヴァーニーだ」
「あら、凄い面子」
「こちらが打診していたエーテル防護眼鏡の整備員の件と、あちらから協力要請のあった違法な呪術の調査に関する件。この二件について、候補の魔道士と直接話をしてから検討したいとの要望だ」
エーテル防護眼鏡の整備員は、魔眼の警備担当である『血の議会』エゼルワルド十三世の指揮下に入る事になる。
呪術調査に協力する魔導士は、呪術事件を担当する夜警団団長フラン・ヴァーニーの指揮下に入る事になる。
「面接試験ってことかしら」
「そうだ」
バジリスクスはますます顔を顰め、眉間に深い皺を刻んだ。
「こちらが推薦していた魔道士の他に、吸血鬼ギルドがタニスを指名してきた」
「あら、そうなのね」
赤毛の魔女ヘカテはしれっと答えた。
ヘカテの平然とした態度に、バジリスクスは少し意外そうに顔を上げた。
「驚かないのか?」
「タニスはエーテル防護眼鏡の開発者ですもの。それに呪術の心得もあるわ。指名されても不思議ではなくてよ」
「……どうかな。タニスだぞ?」
魔女タニスは、吸血鬼たちはともかく、マークウッドの森出身の魔物たちからは最悪の評価を下されていると言っても過言ではない。
ギルド長であるバジリスクスより魔女タニスのほうが有名なのではないかと思われるほどに悪名が高い。
「何かの罠じゃないのか? タニスが問題児なのはあちらも承知しているはずだからな。タニスの失態を誘って、こちらに非のある状況を作り、何か企んでおるのかもしれん」
「それは無いと思うわ。争う必要が無いもの。吸血鬼ギルドには魔道士ギルドを潰すメリットは特に無いわ」
「タニスはつい最近ヴァーニーと諍いを起こしたばかりだ。そのヴァーニーに会わせるなど罠としか思えんのだ」
「ヴァーニーと和解できるかどうか試すってことじゃないかしら。純粋に魔道士としての実力だけで評価するなら、タニスは申し分ないもの」
「その実力の功績を打ち消すほど、性格が問題なのだが……」
バジリスクスは頭痛に耐えるかのように渋い顔で額に手を当てたが、ヘカテはさして心配していないようで明るい顔で微笑んだ。
「それはタニスが天才だからって、今までずっと身内に甘やかされて来たからよ。戦いに出るか、引きこもって研究開発してるかだったんですもの。いつも周りには倒すべき敵か、甘やかしてくれる身内しかいなかったから、あの子は素行を正す必要がなかったのよ」
「まあな。あいつ金も持ってるし……」
タニスは戦争時代は強力な戦力として、また兵器開発者として優遇されていた。
現在は鏡面開発の会社を持ち、顕微鏡、望遠鏡、写真機などを制作して利益を上げ、その財力で魔道士ギルドに貢献している。
功績だけを切り取って見れば有能魔道士だ。
タニスは大きな利益をもたらすゆえに、問題を起こしても許され、周囲もタニスを守った。
「ハーミアの下で修行をはじめてから、タニスは随分とまともに振舞えるようになったのよ。礼儀作法と社交辞令を覚えたの」
「信じられんな」
「物覚えは良い子だもの。やる気になりさえすれば出来るのよ。それにタニスだってマークウッドの悪魔の不興を買ったら破滅だってことは解っているわ。さすがに振る舞いに気を付けるでしょう」
「ふむ……」
敵視されれば必ず破滅する『マークウッドの悪魔の法則』は、古参の魔道士ならば皆が知っており、破滅願望でも無い限り皆が恐れている現象だった。
「逆に言えば、マークウッドの悪魔に気に入られさえすれば、血の議会やヴァーニーが何を言おうが面接には合格するってことでしょう。串刺し公だってマークウッドの悪魔の決定を覆すことはできないもの」
「それは……解らんぞ」
バジリスクスは腕組みをすると、考え込むような顔をした。
「ツェペシュの奴、畏れ知らずにも、なんとマークウッドの悪魔をギルド会館に軟禁しておるのだ」
「あらら。随分と思い切ったことをするわね」
「マークウッドの悪魔は外に出たがっておる様子だ。強制的に軟禁するなど完全なる不興の事案だ。逆らっても破滅を回避できるような、何か秘策が存在するのかもしれん」
「それは、ただの我儘か、神威の宿る言葉かの違いだと思うわよ」
「どういうことだ?」
「法則が発動するマークウッドの悪魔の不興って、マークウッドに対する悪意に連動しているでしょう」
「まあ、そうだな」
「自然界の法則が発動するのは、そこに神威が宿っているからよ。ただの個人の我儘では発動しないんじゃないかしら。例えばあいつ面倒臭がりだけど、あいつが面倒臭いって嫌った物が全てこの世から滅びるわけじゃないもの」
「あー……なるほど」
ヘカテの分析にバジリスクスは感心するように頷いた。
だが再び考え込む顔になり疑問点を口にした。
「いや、だが、実際に軟禁の仕事に当たっているブラックモアはかなり憔悴しているらしい。土神星回帰の受難に合ったがごとく弱っているそうだ。ただの我儘だったとしても、逆らって完全に無事に済むかどうかは解らん。もしかするとブラックモアがツェペシュの身代わりとなり災厄を受けておるのかもしれん」
「ツェペシュは部下を身代わりに立てるタイプではないと思うけれど……」
「トリテミウスの奴が言っておった。ブラックモアは疲弊して面変わりしておるそうだ」
七つ星魔道士であり本の蒐集家であるトリテミウスが、吸血鬼ギルド王都支部の支部長であり骨董品の蒐集家であるブラックモアと急接近していることは、すでに魔道士ギルド内では広く知れ渡っていた。
「単純に、子守りに疲れ切ってるんじゃないかしら」
「どうかな」
「……ところで、カスヴァドの容態はどうなの? 今日の会議には来るの?」
病に臥せっているという七つ星魔道士カスヴァドについてヘカテは尋ねた。
自然崇拝の祭司ドルイドであるカスヴァドは、バジリスクスとは魔道士ギルドを立ち上げる以前からの仲であり、何百年も歩みを共にしてきた親友である。
「駄目だな。まだ寝込んでおる。カスヴァドは今日も欠席だ」
「また何か災害が起こるのかしら」
カスヴァドは自然崇拝の祭司であるがゆえに、自然現象に敏感だ。
災害が起こる前触れのようなものを感じ取るらしく、災害の前にカスヴァドが寝込むという事例は過去に何回もあった。
「マークウッドの悪魔に敵視されたショックによる疲労かとも思ったが……」
吸血鬼ギルドでの会談があった日からカスヴァドは体調を崩し、今も寝込んでいる。
「それにしては長すぎるでしょう」
「まあ、そうだな。何か起こりそうではあるな」




