128話 魔物たちの夜
流れる群雲に、月が見え隠れしていた。
嵐の前触れのような強い風がびゅうびゅうと吹き、マークウッド辺境伯の王都屋敷の庭園に咲く花々を散らした。
夜は深く、屋敷の人々は皆ぐっすりと眠っている。
「心霊探偵として、六つ星魔道士タニスを推薦します」
人間たちが夢の中にいるその時間、地階の家令室には魔物たちが集まり顔を突き合わせていた。
「タニスはエーテル防護眼鏡の制作者でもあります。彼女の協力を得られることは私たちにとって非常に有益です」
吸血鬼ミラーカは女王然とした微笑みを浮かべ、タニスを推薦した。
ミラーカの言葉に、ドワーフ族である執事バーグマンは顔を顰めた。
「私は反対です。魔道士は裏で何を企んでいるか知れたものではありません。そもそもフラメールもどうかと思っています」
「フラメールは問題ありません。彼には実績もあります。彼については私が保証します」
白髪の老家令アルカードの姿で、吸血鬼ギルドの長たる竜公が発言した。
「フラメールは百年近く吸血鬼ギルドのために働いてくれています。それに彼の為人から考えても我々を裏切ることは有り得ません。彼は生前に自営業者であったので損得勘定にも長けています」
「それはまあ、そうですが……」
バーグマンは不承不承に頷いた。
古物商に化けた魔道士フラメールが、魔術の研究に没頭できる静かな生活を望んでいることは周知であった。
それこそが彼の自分勝手であり、そのために魔道士ギルドを脱退した男だ。
損得勘定に長けているからこそ、吸血鬼ギルドと敵対することの不利益、また協力することの利益をよく解っている。
吸血鬼ギルドに協力することは、フラメールが静かな生活を豊かに維持するための手段であり、彼の自分勝手と一致しているのだ。
魔道士が自己中心的であるからこそ、フラメールは信頼できると言える。
「たしかにフラメールが裏切る可能性は限りなくゼロに近い。魔道士にも色々な奴がいることは私も知っています。フラメールについては百歩くらい譲っても良いです。ですがタニスは駄目です」
バーグマンは不愉快そうに顔を歪めた。
「タニスは正真正銘、悪い魔女です」
「バーグマン氏の言うとおりです」
バーグマンに同意したのは、庭師としてこの屋敷で働いているゴブリン族の老人ワーズワースだった。
背中が少し曲がった小柄な老人の姿で、怒りに眉を吊り上げていた。
「劫火の魔女タニスは、我らの森を焼いた張本人ですぞ!」
戦争時代、イングリス王国の北方マークウッド領は最前線だった。
そしてただ一度だけ、マークウッドの森を直接攻撃されたことがある。
マークウッド領のその森は、暗がりの森の地名の由来でもある。
古来より魔物たちが棲む深い森だ。
人間の歴史ではゾヌグラシア王国の侵攻とされているその森への攻撃は、実際には魔道士の飛空隊ワルキューレによる攻撃だった。
突然現れたワルキューレは、無差別に火炎魔法を放つと、一撃離脱とばかりに去って行ったので領土は取られていない。
だがワルキューレのその攻撃により森の北端の一部に火災が起きた。
暗がりの森の魔物たちは、魔道士たちのこの所業を深く恨んでいる。
特にその時の火災で村を焼け出されたゴブリン族の恨みは深い。
「タニスは数多の悪辣な魔道士たちの中でも一番悪い奴です。最悪です」
「そうです。劫火の魔女タニスが開発した魔力光線砲がどれだけマークウッド同盟軍を苦しめたか、ドラキュリアはよくご存知のはず」
共に暗がりの森の出身であるドワーフ族バーグマンとゴブリン族ワーズワースは口をそろえて魔女タニスを批判した。
「でも戦争だったんだよね」
吸血鬼の少年ユースティスが別の視点から二人の話に切り込んだ。
「兵士は上からの命令で動くから、マークウッドへの攻撃はゾヌグラシア王国の上層部の命令だろう。末端の兵士だった魔道士に責任があるとは思えないな」
「しかし実際に森を攻撃したのはタニスです。タニスさえ居なければあんな攻撃は成し得なかったと聞いています」
「そうです。タニスさえ居なければ、あんな攻撃手段は成し得なかったのです。あいつさえいなければ魔力光線砲も生まれなかった」
バーグマンとワーズワースの主張に、ユースティスは苦笑した。
「要するに、凄く優秀な科学者で、強力な戦力ってことかな?」
「そうよ。タニスは強力な戦力になるの」
ミラーカは艶然と微笑んだ。
「恐ろしい敵ですよ」
バーグマンは深刻な顔でミラーカに反論した。
「あいつらの上辺の笑顔に騙されてはなりません。人為的に不死者を作る人体実験をしていた連中です。何をするか解ったものではありません。きっとファウスタを狙って何か企んでいます」
「きっとそうです」
ワーズワースもバーグマンに加勢した。
「我々の隙をみて魔眼を箒で攫うつもりでしょう。タニスの箒は速い。あれに追い付ける者は我々の中にはおりません。非常に危険です」
「ファウスタの安全については考えがあります」
ミラーカは優雅に微笑んだ。
「私も無条件でタニスをファウスタに近付けようとは思っていません。条件を出そうと思っています」
「ほう」
「して、その条件とは?」
そろって問いかけたバーグマンとワーズワースに、ミラーカはいつもの何を考えているのか読めない微笑のまま答えた。
「使役魔法の同意を条件にするつもりです。使役魔法による契約で、タニスにはファウスタに従属してもらいます。これによりファウスタの身の安全は保障されます」
「使役魔法?!」
「条件を飲むとは思えませんな」
使役魔法とは、平たく言えば奴隷魔法である。
人間社会で奴隷禁止法が成立した風潮を受け、魔物たちも奴隷魔法という名称を用いなくなったが、使役魔法による契約とは魔術で強制的に奴隷にすることだ。
圧倒的強者であれば弱者を強制的に奴隷にすることができるが、対象が強者であった場合は合意が必要になる。
「タニスが条件を飲まなかった場合は、タニスの推薦は取り下げます。ですがタニスが条件を飲んだ場合、吸血鬼ギルドにとって非常に有益な契約となるでしょう。タニスが危険な魔道士であるなら尚更、従属の首輪をつける好機です」
「魔眼を餌に、隷属させるということですか」
「魔道士は魔術に長けています。何か裏工作をするかもしれません」
バーグマンとワーズワースは利点と不安について述べた。
「私はミラーカ様の提案に賛成です。試してみる価値はあると思います」
同じくマークウッドの森の出身であるエルマー・ドレイクが発言した。
この屋敷で従僕として働くエルマーは古竜の末裔、竜人族だ。
遥か古き時代より、古竜は暗がりの森の主であった。
その末裔である竜人の一族は森の貴人として敬われている。
エルマーの発言に、バーグマンとワーズワースは口を閉じた。
「狂った鍛冶屋タニスに首輪をつけることが叶うなら、これは大きな利益です。開発される危険な魔道具の大半は彼女の手によるものです。彼女を隷属させることは、魔道具の製造の大半を管理下におさめることになります」
神妙にエルマーの意見を聞いたバーグマンとワーズワースは、再び反論した。
「武器の製造を制御できることは、たしかに利点と言えます。しかしあのタニスです。何をするか解ったものではありません」
「魔眼の子はただの人間の子供でしょう。タニスを隷属させたとして、魔眼の子が良からぬ道に誘われては元も子もありません」
これ以上は水掛け論と思ったのか、エルマーが切り口を変えた。
「ではティム氏と魔女タニスに会談の場を設けてはいかがでしょう」
――沈黙が流れた。
その意表を突くエルマーの提案について、皆がそれぞれに素早く頭を巡らせているのか、部屋の中の誰もが思案気な顔になった。
中でもユースティスは嫌そうに眉を歪め、ルパートは難しい顔で脱力していた。
外を吹きすさぶ風が、窓枠をガタガタと鳴らした。
マークウッドの森の主である古竜の代理人として、ティムは古竜から加護を受けている。
その加護ゆえなのか、もともとの能力なのか、ティムには未来の切り札を引き抜く才がある。
ティムをあえてぶつけて、未来の試金石とする方法は過去に何度か試されており、そこそこの成果があった。
完全に予測することは出来ないが、良いカードを選べる確率は上がる。
「どのみち意見が割れた場合、最終決定権は盟主代理であるティム氏にあります。ティム氏に見極めていただきましょう」




