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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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125話 幽霊の証明

「そうですか」


 サー・ロジャーは暗い眼差しのままで言った。


「ありがとう、お嬢さん」


 サー・ロジャーはファウスタの言葉を否定せず、優しい笑顔で礼を述べたが、まったく誤解が解けていない感触があった。


 子供の言葉を適当にやりすごす大人の対応で、今までに何度もあしらわれたことのあるファウスタは、すぐにそれを察知した。


(私の言葉は信用されていないのね)


 マークウッド辺境伯の屋敷で働き始めてからというもの、視えざるものについて語っても皆が信用して受け止めてくれたので、ファウスタはすっかり忘れていた。


 サー・ロジャーの反応が普通なのだ。

 だって他の人には視えていないのだから。


 どれだけ言葉を尽くしても、その言葉が誰にも伝わらない状況を、ファウスタは幼いころからよく知っている。

 そしてその状況に未だに解決策を見出せない。

 伝えることを諦める事でしか、こういった場面を乗り越えた事がなかった。


(どうしたら伝える事ができるのかしら)


 マークウッド辺境伯の屋敷の人々がファウスタの言葉を信じてくれたのは、怪奇現象の存在を最初から認めていたからだ。

 守護霊ティムや屋敷精霊や御姫様(おひいさま)のおかげだろう。


 ロスマリネ侯爵がファウスタの言葉を信じてくれるようになったのは、隻眼の黒騎士デュランの幽霊のおかげだ。

 デュランが存在を証明するような事をしてくれたからだ。


(何か証明になるようなものがあれば良いのだけれど)


 ファウスタは良い知恵はないものかとバクスレイ氏の幽霊に視線を向けた。

 バクスレイ氏はまた陽気ににっこりと笑い、ファウスタに手を振った。


(……呑気なおじいさんなのだわ。サー・ロジャーが苦しんでいらっしゃるのに、もしかして見えていないのかしら?)


 人間の目に幽霊が見えないのだから、幽霊のほうでも人間が見えないことがあるのかもしれないとファウスタは思った。


 このときファウスタは必死に思案していたので、窓の外に人影が動いていることを全く気に留めていなかった。


 この部屋は高級レストラン『黄金の鹿』の二階の個室だ。

 二階の窓の外に人影が通るなど有り得ないのだが、ファウスタの意識はそこまで回っていなかった。


「サー・ロジャー、君は責任感の強い人だ」


 ロスマリネ侯爵が、サー・ロジャーを労わるように言った。


「だがロスディン城のことを君がそこまで気に病む必要はない。力が及ばない事は罪ではないのだ。それに君は王宮料理人を辞めた後に、立派な仕事をやり遂げたではないか。近年、伝統的イングリス料理の数々が近隣諸国にまで広く知れ渡ったのは『黄金の鹿』の功績であると言っても過言では……」


 ――ガタン!


 急に窓が、強風に煽られたかのように鳴った。


 皆が音のした方を振り向き、訝しげな顔をした。


「デュランさん?!」


 ファウスタだけが窓際に隻眼の黒騎士の姿を見つけて声を上げた。


 もじゃもじゃ頭に、眼帯、腰のベルトに剣をぶら下げ、荒くれ者のような姿。

 ロスマリネ侯爵邸に居た幽霊、隻眼の黒騎士デュランであった。


「デュランが来ているのかね?!」


 ロスマリネ侯爵はぱっと振り向き、明らかに動揺した表情で、半音ほど上ずった声でファウスタに問いかけた。

 ロスマリネ侯爵夫人シンシアは両手で口元を押さえ、吃驚顔のまま辺りをきょろきょろ見回した。


「デュランさんが窓のところに来て居ます」


 ファウスタは視えている状況を説明した。


「デュランさんが窓をすり抜けて入って来たから、音が鳴ったんだと思います」


(服装検査がある店だから、見つからないように窓から侵入したのね)


 絶対に服装検査で捕まりそうな風体のデュランを見て、ファウスタは思った。

 しかしそう思った次の瞬間、デュランが幽霊で他の人には姿が見えないということを思い出した。


(見えないんだから玄関から入れるのに、窓から侵入して来るなんてお行儀が悪いのだわ。幽霊社会には作法がないのかしら)


「デュランは私に憑いて来たのだろうか?! 私を守護してくれているのか?!」


 ロスマリネ侯爵は満更でもない様子で、少し嬉しそうに言った。


「憑いているかは解りませんが、一緒に馬車に乗って来たんだと思います」


 マークウッド辺境伯やオクタヴィアと一緒に、幽霊のお姫様(おひいさま)も一緒に馬車に乗ってロスマリネ邸を訪れたのだから、デュランも同じようにしてここに来たのではないかとファウスタは考えた。


「あっ!」


 窓際にいるデュランがすらりと腰の剣を抜いたので、ファウスタは声を上げた。


「剣を抜きました! また何かやるかも!」


 ファウスタがそう言い終わらないうちにデュランはすうっとテーブルに近付き、テーブルを前にその剣を構えた。


 テーブルの上にはまだ食べかけのデザートたちがある。

 剣が振り下ろされた後の惨事を瞬時に予測したファウスタは、その恐ろしい行為に真っ青になった。


「私のデザートぉぉっ!!」


 ファウスタの絶叫が響く中、デュランは振りかぶった剣を勢いよく振り下ろした。


 ――ガタガタンッ!

 ――ガチャリ!


 テーブルの上の皿たちが一斉に動いて音を立てた。


「っ!!」


 デュランが引き起こした騒霊現象(ポルタ―ガイスト)に皆が驚きの表情を浮かべた。

 三人の吸血鬼はほぼいつも通りであったが。

 ロスマリネ侯爵夫妻にとっては嬉しい驚きであったようで、目を見開いて興奮を露わにしていた。

 サー・ロジャーと給仕は少し恐れているような強張った表情で固まっていた。


「やめてください! これ美味しいんです! デュランさん! 駄目!」


 幽霊の剣は少し物を動かしたり鳴らしたりする程度で、デザートたちは無事であったが、万が一ということもある。

 デュランはタイミングが合えばシャンデリアすら揺らすのだから、デザートたちがひっくり返らないという保障はない。


 再び剣を振りかぶったデュランに、デザートの安否を酷く心配したファウスタは必死に懇願した。


「デザートは駄目ぇー!」


 幽霊のバクスレイ氏もデュランに詰め寄り、眉を吊り上げ猛抗議を始めた。


 涙目のファウスタとカンカンに怒っているバクスレイ氏を、デュランは交互に見やり、少し気まずそうな顔をして頷くとテーブルからくるりと身をひるがえした。

 そして後ろの壁に向かって勢いよく剣を振った。


 ――ガタン!


 壁に掛けられていた静物画の額縁が、生き物のように小さく跳ねて音を立てた。

 そして斜めにずれた。


「……本当に……幽霊がいるのか?」


 サー・ロジャーは少し震える声で、独り言のように呟いた。

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