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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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122話 国難の化身(4)

(まるで魔宴(サバト)だ)


 その日、ロスディン城では園遊会が催されていた。

 ロジャーにはその馬鹿騒ぎが悪魔の集会に見えた。


 それはマルシャ妃の私的な友人たちを集めた園遊会だった。

 招かれた客人たちは上流階級の装いに身を固めていたが、品がまったく感じられない。


 彼らは庶民のように大声でしゃべったり、大きな口を開けて笑ったりしていた。

 人気の若い舞台俳優や女優も何人か呼ばれており、紳士たちは女優に話しかけ、夫人や令嬢たちははしたなくも俳優に群がっていた。


 厨房からは、串焼き肉や肉ピージャが次々と園遊会の場に運ばれていた。


 今日の園遊会のために注文された料理は、大半が手づかみで食べられる肉料理だ。

 一般的な園遊会で出される軽食に比べ、かなり野性的で重い料理を注文されたロジャーは内心で首を傾げたが、諾々とこれに従った。


 実際に園遊会の様子を見て、なるほどあの献立が似合う連中だと腑に落ちた。


 歴史あるロスディン城の美しく手入れされた庭で、品のない人々が大騒ぎしている様子は、どこか斜陽を感じさせる物悲しい光景だった。


 マルシャ妃は若い人気俳優を隣に侍らせ、夫人や令嬢たちの羨望を浴び、明らかに高揚した様子ではしゃぎまくっている。

 上機嫌の笑顔を見るに、周囲の者たちにお世辞を言われているのだろう。

 実の妹であるドスト男爵令嬢と共に、マルシャ妃は葡萄酒の杯を片手に歯をむき出して笑っていた。


 マルシャ妃の生家ドスト男爵家の者たちは、もはやすっかりロスディン城に棲み付いており、主人一家であるかのように振る舞っている。


(すっかりドスト男爵一家に乗っ取られてしまった。一体この状態はいつまで続くのか)


 エグバート王子は友人たちと、二日前から郊外のブランホーシ湖に釣りに出掛けていて留守だ。

 王子の釣りの趣味に同行している友人たちは、かつて学友であった高位貴族の子息たちではなく、下級貴族や平民だった。

 ブランホーシ湖に釣りに出掛ける時、王子は湖畔のホテルを貸切って宿泊しているが、友人たちの分も遊興費は全てタレイアン公爵家の財布から支払われていると前侍従長が嘆いていた。


(悪い友人とは付き合うなと世間では良く言うが。結婚相手や友人でここまで変わってしまうのか)


 ロスディン城の厨房は地階にあった。

 地階は完全な地下ではなく半地下であったので、部屋の高い位置に窓がある。

 地階で働く者たちは、上方の窓から庭園の様子を伺い見ることができた。


 あまりにも品のない園遊会の様子を見て、一流の料理人(コック)たちや、良い家の出身である厨房女中(キッチンメイド)たちは、皆が皆、死んだ魚のような目になった。


(同じ羽根の鳥は集うというが、あのガラの悪い連中は一体どこから集まってきたのやら)


 今日の園遊会には、市井の屋台業者たちが招かれ、彼らはそこが広場や路上であるかのように屋台で営業をしていた。

 屋台には人だかりができ、客人たちは楽しそうに品物を物色している。


 広場や路上の屋台営業とは違い、その場で代金を支払うものではない。

 客人は屋台の品は無料で購入できる。

 業者には売り上げに応じて、あるいは一律で、タレイアン公爵家の財布から支払いがなされるのだろう。


 客人たちは屋台に群がり、ハンドバッグやポケットに品物を詰め込んでいた。

 無料に目の色を変え、欲張って品物を漁る様子からは育ちが知れた。

 マルシャ妃の実母ドスト男爵夫人も、数人の夫人たちとともに嬉々として品物を物色している。


(前侍従長であれば、このような危険を伴う催しは全力でお諫めしただろうに)


 不慮の事件により、無念のうちに辞職した前侍従長アドキンズ子爵のきりりとした横顔が、ロジャーの脳裏に浮かんで消えた。


(前もって女王陛下のお耳に入れていたら、少なくとも屋台業者の侵入は、警備上の理由ということで阻止できたのではないか?)


 路上の屋台で売られている小物や貴金属は、盗品が多いことで知られている。


 足のつかない路上販売は盗品を売るのに都合が良く、犯罪組織の元締めが下っ端に路上業者をやらせているという実しやかな噂もあった。

 そもそも育ちの良いものは怪しげな屋台には近づかない。


 だが新しい侍従長は、ドスト男爵の発案であるこの催しに従うのみで、阻止しようとした気配はなかった。


(この催しを女王陛下がご存知であれば、許可したとは思えないが。万が一にでも許可が下りていたとしたら、ロスディン城の門番を臨時に増やし、怪しい業者たちの身体検査くらいは徹底させただろうな)


 もし切れ者の侍従長であったアドキンズ子爵がまだここに居たなら。

 もしくは女王の有能な侍従たちがこれを知っていたなら。

 この催しが、出自の怪しい業者に合法的に大金を渡す一つの方法であることにすぐに気付いただろう。

 脅迫状や傷害事件とも関連付けて考えただろう。

 だが料理人であるロジャーはそこまでは思い至らなかった。


(明後日は追悼式だというのに、城でこんな派手な催しをして、ドスト男爵は何を考えているのだ。寄生しているタレイアン公爵家を貶めては、自分の首を絞めることになると解らないのか)


 明後日は、去年国葬となったクラレンス王配の一周忌だった。

 国家行事として追悼式が予定されている。


(追悼式の間近に、城で馬鹿騒ぎをして浮かれていたことが世間に知れれば、不謹慎だと批判されることになるだろう。私的な遊びなら、せめてもう半月ほど日程をずらせば良いものを、何故こんな時に……)


 世間の強い風当たりをロジャーは予想した。

 何よりも、王配の逝去から一年経った今でも喪服を纏っている女王は、息子夫婦の薄情にどれだけ落胆するだろう。

 世事に疎い料理人のロジャーにも少し先の嵐を予測できた。


 だが事態はロジャーの予想を大きく外し、遥か下方に突き抜けた。






 マルシャ妃はクラレンス王配の一周忌の追悼式を体調不良を理由に欠席した。

 いつもの仮病である。


「大丈夫でしょうか……」

「心配ですね……」


 元からこの城に勤める育ちの良い厨房女中(キッチンメイド)たちは、言葉を濁して明言を避けていたが、追悼式を仮病でさぼるのはさすがにマズイと言いたいのだろう。


(これは……王配暗殺説を裏付けてしまうのでは……)


 マルシャ妃の真実の姿が世間に知れるにつれ、何故あれで王太子妃になれたのかという疑問の声が高まっていた。


 エグバート王子の婚約者候補としてフラウド伯爵令嬢マルシャの名前があがったとき、クラレンス王配がこれに大反対したのは広く知られている事実だ。


 それについて新聞は「マルシャ嬢の生家が下位の男爵家ゆえ王配殿下は大反対。しかし頭脳明晰なマルシャ嬢こそ王太子妃にふさわしいとエグバート王子は主張し……」などと、身分差を乗り越えた大恋愛のように報道していた。

 新聞には、クラレンス王配は身分や血筋にこだわる古臭い人物であるかのように書かれ、対してエグバート王子は純粋に個人の能力を見極める柔軟な思考の人物のように書かれていた。

 ゆえにその当時は、エグバート王子は妃を生まれより能力で選んだと持て囃され、国民はエグバート王子の結婚をあたかも新時代の到来であるかのように祝福していた。


 しかしマルシャ妃の真実が多くの国民の目に触れるにつれ、風向きは変わった。

 クラレンス王配の反対で婚約者候補から外されたはずのフラウド伯爵令嬢マルシャが、クラレンス王配が事故死した途端に再浮上して婚約が決まったタイミングの良さが改めて再考されるようになり、王配暗殺説が囁かれるようになった。


(形だけでも追悼すれば良いものを)


 エグバート王子の父クラレンス王配は、マルシャ妃の義父である。

 庶民であっても親兄弟の墓参りは節目の日に行うもので、これをしない家族は不仲であったとか確執があったなどと様々に勘ぐられるものだ。

 ましてや王配暗殺説が出回っている現状であれば、疑惑を少しでも払拭するために這ってでも出席すべきだろう。


「ええ、本当に、マルシャ様が心配です。お体の弱いマルシャ様に重圧ばかりかけて、女王陛下は意地の悪いお方です」


 ドスト男爵の推薦で後から雇われた新参メイドたちは、古参メイドたちの言葉をマルシャ妃への心配と誤解して同意した。


「早くお元気になっていただくために、マルシャ様にはしっかり食べていただかなければね」


 表向き体調不良で追悼式を欠席したマルシャ妃の部屋には、焼きあがった肉ピージャが次々と運ばれていた。


 肉ピージャはマルシャ妃が酒の肴に好む料理だ。

 厨房に注文されている献立からは、マルシャ妃が生家ドスト男爵家の者たちとともに、昼間から部屋で酒宴を開いていることが知れた。

 クラレンス王配の命日に、ドスト男爵一家が祝杯をあげているように思えてしまったのはロジャーだけではないだろう。


(まさかとは思うが、国家行事の重みを理解できず、いつもの慰問や臨席と同じだと思っているのだろうか)


 マルシャ妃はこのところ体調不良という口実で行事を休むことが増えていた。


 皆が懐妊の可能性を考慮しているのか、マルシャ妃の体調不良を深く追求する者は誰もおらず、女王からは見舞いの品が届けられることもしばしばあった。

 それに味をしめたのか、マルシャ妃は行事をえり好みし、気に入らない行事は体調不良を理由に片っ端から欠席するようになっていた。


 結婚当初は勝ち誇った笑みですべての行事にいそいそと出席していたマルシャ妃だったが、賞賛が得られず、批判ばかりされている事にさすがに気付いたのだ。


 最初の批判は、ゴシップ紙による「侍女たちによる虐待」という捏造記事で一掃された。

 式典の失敗は意地悪な侍女たちが嘘の手順を教えたから。

 日々の虐待で心が不安定になっており失敗してしまった。

 などなど、初期のマルシャ妃の失態は侍女たちに押し付けられ、批判は鎮火された。


 有能侍女たちを解雇した影響で、マルシャ妃の身支度は微妙になり、式典でも失敗に輪をかけるようになった。

 だが侍女たちの解雇以来、マルシャ妃に都合の悪い記事は出なくなっていた。

 おそらく新聞社に圧力をかけたのだろうとロジャーは思っている。


 しかし王太子妃として、タレイアン公爵夫人として、世間への露出の機会が多く注目されるマルシャ妃への批判は、新聞社を押さえても止まるものではない。


 名誉理事として慰問した王立ラシニア孤児院で、孤児たちに「臭い」と素直な感想を言われたことも効いていると思われる。

 大人ならば社交辞令を言えるが、幼い子供は正直だ。

 子供に嫌悪されたマルシャ妃は逆上して怒鳴り散らし、それに子供たちは怯えて泣き出し、ラシニア孤児院は大混乱に陥ったと漏れ聞いている。


 臭いはおそらく酒や不摂生が原因だろう。

 公務の前日くらい深酒を控え、身綺麗にすれば良いのだが、気の利いた進言をする有能な侍女はもう誰もいないのだと実感できる事件だった。


(追悼式は国家行事だ。いつもの慰問や臨席とは行事の格が違う。王族の責務を放棄することは、王族としての地位を自ら放棄するようなものだ)






 現在のイングリス王国の君主は女王である。

 王妃がいないため、女性臣下の中で最も地位が高い女性は王太子妃となる。


 クラレンス王配の追悼式において、王太子妃マルシャが欠席したため、女性臣下の筆頭は第二王子シグルドの妃ラーラとなった。


 弱冠十九歳のラーラ妃は、由緒正しいロスマリネ侯爵家の娘だ。

 その凛とした高貴な佇まいと初々しい美貌は、荘厳な追悼式の中、一輪の花のように存在感を放った。


 イングリス王国の国家行事である追悼式には、近隣諸国の新聞社からも記者たちが派遣されていた。

 王太子妃マルシャの突然の欠席という番狂わせのため、他国の新聞社の中には第二王子妃ラーラを王太子妃と勘違いして報道したものもあり、その勘違い記事がさらに話題を呼びラーラ妃の名を高めた。


 この追悼式の後、国内ではラーラ妃の人気が急激に高まり、近隣諸国ではラーラ妃の知名度がマルシャ妃を大きく上回った。

 ロスディン城内で天下を取っていたマルシャ妃とドスト男爵一家が、外界の変化に気付くまでには、それよりもうしばらくの時間を要した。

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― 新着の感想 ―
[一言] どこかのだれかにそっくりですね、実家の家族の分のお土産も要求した誰かに…。
2023/06/11 20:04 退会済み
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