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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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120話 国難の化身(2)

「エグバート王子には、マルシャ妃の奔放さが魅力的に見えているのかもしれませんね」


 新婚のエグバート王子とマルシャ妃は、代々のタレイアン公爵の居城であるロスディン城に移り住んだ。

 それに伴い、ロスディン城の料理長に任命されたロジャー・シスレーは、女王の信頼の厚い有能な侍従や侍女たちとともにロスディン城に移動した。


「たまにあるみたいですよ。厳しく育てられたご子息が、悪い友達に出会って、生まれて初めて馬鹿をやる楽しさを覚え、パーンと弾けちゃうことが」


 エグバート王子とマルシャ妃の日々の失態は、ロスディン城の厨房に勤める者たちの耳にも届いていた。

 荒んだ心が行き場を求めるかのように、厨房女中(キッチンメイド)たちの噂話はともすると批判に流れがちだった。


「滅多な事を言うものではないよ」


 ロスディン城の主人たちについて噂する厨房女中(キッチンメイド)たちを、厨房の最高責任者としてロジャーはやんわりと注意した。

 だが彼女らが愚痴りたくなる気持ちをロジャーは理解できた。


 マルシャ妃に献立の相談をすると「豪華な料理」と注文される。

 その曖昧な注文に応えるべく厨房は腐心するが、主人たちはいつも肉料理だけを適当に食い散らかし、豆料理や野菜料理には手を付けない。


 主人たちの健康を気遣った献立は「貧乏臭い」と罵倒される。

 その罵倒を受けるのは料理長であるロジャーで、他の厨房の者たちは実際にその場面に相対したわけではない。

 しかし毎回手を付けられず戻されて来る料理に思う所はあるだろう。

 主人たちが頻繁に外食に出掛けていることも、ロスディン城の使用人たちの知るところであるのだから。


 このロスディン城は王室所有の城で、ロスディン城で働く者は王室に仕えている。

 それゆえメイドや下働きですら身元の確かな有能な者たちであり、各々が仕事に誇りを持っていた。

 手をつけられず戻されてくる料理は、有能で誇り高い彼ら彼女らを打ちのめすには充分な仕打ちであった。


 王国各地から取り寄せられる一級品の食材は、王族の方々に召し上がっていただくのだからと国民が丹精込めて育てた作物だ。

 もちろん下げられた料理は使用人たちの賄いとなるので、無駄にされることはない。

 だが王族の口に入ることなく下げられたと知れば農家は酷く落胆するだろう。

 ロジャー含め料理人たちは、料理の腕を否定されると同時に、農家の期待を裏切っているという後ろめたさも心に抱えることとなった。


 食べる気がないなら、最初から食べる分だけの献立を提示してくれれば良いのだが、マルシャ妃はあえて作らせそれを「いらない」と下げさせる手順を踏む。


(周囲の人々を振り回すことが楽しいのだろうか?)


 マルシャ妃のその行動は、厨房で働く者たちの心を荒らした。


 エグバート王子はマルシャ妃の我儘を前にしても、いつもふにゃふにゃした笑みを浮かべ、時には一緒になり子供のように大はしゃぎをする。

 結婚前は王子として恥かしくない行動をとっていたエグバート王子は、結婚により大きく人格が変わってしまった。


「アイリーン・アボットなら喜んで豆料理を食べてくれたでしょうね」


 厨房女中(キッチンメイド)の一人が、ぽつりと言った。


 その場にいた全員がそれに同意してか、小さく溜息を吐いたり、物憂げな表情を浮かべたりした。

 ロジャーもついアイリーン・アボットに大きく心が傾いた。


 アイリーン・アボットとは、かつてエグバート王子が熱を上げていた舞台女優の名だ。

 王立劇場で主役を演じていた美人女優アイリーン・アボットに、エグバート王子が直々に楽屋に花を届けに行ったことが知れ渡ると、彼女は「未来の王太子妃」「未来のタレイアン公爵夫人」と世間から軽口を言われた。

 もちろん当時のそれらの軽口は完全なる冗談だ。

 エグバート王子より年上で、田舎の豆農家の生まれのアイリーンが、王子と結ばれることは絶対に有り得ないからこそ、皆が冗談として言えることだった。


 だがエグバート王子がマルシャ妃と結婚した今となっては、「アイリーンのほうが良かったのでは」と本気で言い出す者が少なからず居た。


(田舎の農家出身の娘の方が、優れていると思えてしまうとは……)


 豆の産地コデウ出身のアイリーン・アボットが「豆料理は大好き」と公言し、故郷の作物の広告塔として一役買ったことは誰もが知るところである。

 美人女優アイリーンの好む料理とあって、豆料理は美の秘訣のように言われ、社交界でも美容に良い食品として流行し、特にコデウ地方の豆は持て囃された。


(女優なら王族の役も上手く演じることが出来ただろうな)


 アイリーン・アボットが王太子妃として王国各地に赴き、その美貌と笑顔で農家を活気づける姿をロジャーは一瞬だけ夢想した。

 その夢想はすぐに現実の王太子妃の「こんな貧乏臭いものいらなーい」という勝ち誇った顔に取って代わられ、暗澹たる気持ちに心が押しつぶされた。


(せめて形だけでも、王族として振る舞っていただきたいが……)


 常にエグバート王子とマルシャ妃の傍らにあり、彼らを導いている侍従や侍女たちの働きにロジャーは一縷の望みを託していた。


 マルシャ妃が頭脳明晰な才女だという新聞記事は、完全な虚偽であったということにロジャーはとっくに気付いている。


 マルシャ妃はその飛び抜けた優秀さゆえに、妃教育を異例の早さで終わらせたと報道されていたが、実際は違うという事をロジャーは侍従から聞かされた。


 妃教育の片鱗すら見いだせないマルシャ妃の行いに、ロジャーが侍従に疑問を呈すると、彼は申し訳なさそうに真実を語った。

 マルシャ妃は妃教育の二日目でへそを曲げ、ひと暴れすると、勝手に帰ってしまったというのが真相だった。

 彼女はそれ以降、教育係の呼び出しに一切応じなかったので、妃教育が行われないまま結婚式の当日を迎えてしまったのだという。


 それが何故「優秀なので異例の早さで妃教育を終えた」と報道されたのかは、侍従たちには解らないという事だった。

 マルシャ妃が教育係に絶賛されたかのようなその記事は、当の教育係にとっては寝耳に水の出来事で、教育係は新聞社の取材を受けたことは一度もなかったという。


(新聞記事というものは、アテにならないものだな)


 実際の言動から判断するにマルシャ妃の知性は平均よりも低い。

 おそらく教育係が語る内容をさっぱり理解できず投げ出したのだろう。


 そんなマルシャ妃が、どういうカラクリで大学入学資格試験に合格したのか。


(試験で不正が……)


 だがロジャーはその疑惑については口を閉ざしていた。

 おそらく他の者も気づいているだろうが、それを口に出すことはないだろう。


 マルシャ妃はすでに結婚により王族となっている。

 もし彼女の不正試験が明るみに出たら、それは王室の醜聞となる。


(王室はとんでもない火薬庫を抱えてしまった)


 マルシャ妃に関わるにつれ、だんだんに存在が知れる深い闇に、ロジャーの心はますます重くなった。


 だがこの頃のロジャーはまだ希望を持っていた。


(優秀でなくてもいい、ゆっくりでも、少しずつでも学んでいただければ)


 すでに王族であるマルシャ妃を排除することは非常に困難である。

 ならばマルシャ妃に今から王族らしくなってもらえばいい。


 酷く時間はかかるだろうが、少しずつでもマルシャ妃が学んでくれたなら、いつかは王族らしくなるだろう。


 女王の信頼の厚い侍従や侍女たちは伝統や礼儀作法を良く知る。

 彼らの導きがあれば、いつか必ず王族として振る舞えるようになるはずだ。


 庶民の娘とて貴族の妻となれば、最初はぎこちなくとも、十年もすれば貴族らしくなっているものだ。

 いくらマルシャ妃の育ちが悪くとも、十年も王族として暮らせば自然と王族らしさは身に付くだろう。


 ましてや国一番の優秀な家庭教師と言える王宮の侍従や侍女たちがいる。

 イングリス王国最高の教育が受けられるこの環境で、十年も暮らせば、その辺の孤児や浮浪者だって王族らしくなれるだろう。


(エグバート王子も結婚前にはきちんとなさっていた。マルシャ妃もいずれ王族らしくなられる)


 だがそれは甘い夢想に過ぎなかった。


 暴れ馬のようなマルシャ妃とそれに追従するエグバート王子を、何とか王族らしくしようと、侍従や侍女らが並々ならぬ苦労をしていることをロジャーは知っているつもりだった。

 だが彼らの苦労の一端すら理解できていなかったことを、ほどなくして知ることになる。


 その翌月。

 ロスディン城でマルシャ妃が虐待されているとゴシップ紙が報道した。

 優秀なマルシャ妃に、侍女たちが嫉妬をして嫌がらせをしているという、有り得ない内容だった。

 ロスディン城の実際を知る者であれば即座に「逆だ」と言うであろう。

 だが実際を知らぬ者たちはマルシャ妃に同情した。

 マルシャ妃に世間の同情が集まると、侍女長と幾人かの侍女たちはエグバート王子により解雇された。

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