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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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118話 ロジャーの憂い

(この少女が何故、バクスレイ氏を知るのか……)


 元王宮料理人であり、現在は高級レストラン『黄金の鹿』の経営者として名を馳せる騎士爵ロジャー・シスレーは、しばし思考の海に沈んだ。


 無論、幽霊がいるという話を鵜呑みにはしていない。

 ロスマリネ侯爵は何かの意図が合って、目の前の少女にあらかじめバクスレイ氏の特徴を教え、それを語るように指示したのだろう。


 ロジャーが王宮料理人であった過去は広く知られている。

 当時の王宮料理長であったバクスレイ氏と王宮料理人であるロジャーが師弟関係にあることなど、知ろうと思えば誰もが知れる事である。


「ロスマリネ侯爵、愚かな私には貴殿の意図が解りませぬ。一体どのような意図があって、この少女にバクスレイ氏の幽霊がいるなどと語らせておられるのでしょうか。私は何か不調法な事をいたしましたでしょうか」


 この状況を図りかね、ロジャーが率直な質問をすると、ロスマリネ侯爵は慌てた表情をした。


「とんでもない! 他意などない。気分を害されたなら謝罪する」

「何故この少女にバクスレイ氏のことを教え、それを語らせたのでしょう」

「私はファウスタに何も教えていない。ファウスタは本当に幽霊が視えるんだ。信じられないかもしれないが本当なんだ」


 ロスマリネ侯爵は頑なに幽霊の存在を主張した。

 ロジャーは王宮に勤めていた経験があり、現在も仕事で貴族と関わることが多いので、王侯貴族が遠回しな言い方や行動で意志を伝えることは知っている。


(バクスレイ氏の期待を裏切り、王室に貢献できなかった私の無能を糾弾なさりたいのだろうか?)


 ロジャーは過去を振り返った。


(現在の惨状を憂い、私にも責任の一端があるとおっしゃりたいのかもしれない)


 幽霊は死者の未練や無念の象徴とも言える。

 バクスレイ氏の幽霊というのは、ロジャーの裏切りともいえる不始末への比喩なのかもしれないと思い当たった。


「ロスマリネ侯爵、私は王室に貢献できなかったことを大変申し訳なく思っております。ですが私は無能な不調法者ゆえ、大任を果たすことができませんでした。全て私の不徳のいたすところでございます」


「待ってくれ、何を言い出すんだ! 君は何か誤解をしている!」


 あくまでも意図を隠したいのか、ロスマリネ侯爵はロジャーの言葉を否定した。

 不毛なやりとりの中、美貌の女性が進み出た。


「恐れ入りますが、発言をお許しいただきとうございます」


 薄紫色の現代的(モダン)なドレスの美女がそう言い進み出ると、ロスマリネ侯爵は快く発言を許可した。


「サー・ロジャー、お初にお目にかかります。私はマークウッド辺境伯夫人の侍女ミラーカ・フィッシュキンドと申します」


(マークウッド辺境伯夫人の……)


 マークウッド辺境伯夫人とは面識は無かったが、ロジャーはその名をよく知っていた。

 ロジャーの弟子の一人がマークウッド辺境伯の王都屋敷(タウンハウス)で料理人として働いているからだ。

 マークウッド辺境伯夫人は弟子の直接の主人と言える存在なので、弟子からその為人(ひととなり)などを聞き知っていた。


「サー・ロジャーは、マークウッド辺境伯家の料理人アニー・ハミル夫人をご存知かと思います」

「はい。よく存じております。アニー・ハミルは私の弟子です」


「ここにおりますファウスタは、マークウッド辺境伯家のメイドです」


 美貌の侍女ミラーカは、幽霊が視えるという小さな少女について説明した。


「ファウスタの霊視をお疑いなのであれば、ハミル夫人にお尋ねになれば確認がとれるかと思います。ファウスタは本当に幽霊が視えるのです」


「あのアニーが、認めていると……?」


 ロジャーがアニー・ハミルと出会ったのは『黄金の鹿』を開店して間もない頃、この店がまだ下町の小さな食堂だったころだ。


 若者に伝統的なイングリス料理を伝えたいというロジャーの志に同調した友人知人たちが、料理人を志す若者を何人かロジャーに紹介してくれた。

 その中にマークウッド辺境伯の屋敷の厨房女中(キッチンメイド)であったアニー・ハミルがいた。

 彼女は三年間、黄金の鹿で修行し、マークウッド辺境伯の屋敷に戻った。


 アニー・ハミルをはじめこの店で修行を積んだ若者たちとの交流はその後も続いており、彼ら彼女らはその後ロジャーが立ち上げたイングリス料理クラブの会員でもあるため、今でも定期的に会う機会がある。


 アニー・ハミルはのほほんとした見た目に反して、非常に鋭い知性と観察眼を持っており、都合の良い空想や証拠のない虚言を簡単に信じるタイプではない。

 ただマークウッド辺境伯の屋敷で屋敷精霊と呼ばれている謎の現象については、どうしても科学的説明が出来ず、存在を認めるしかないと言っていた。


「屋敷精霊とやらのように科学的説明が出来ない存在ということでしょうか」


「はい。ファウスタは説明のできない不思議な力を持っているのです」

「信じられないかもしれないが本当なのだ」


 ロスマリネ侯爵もミラーカの言葉に同調した。


「私も最初は信じられなかった。だがファウスタは知るはずのない我が家の先祖について次々と言い当てた。それには種も仕掛けも見当たらないのだ。現象として受け入れるしかない」


(そういえば……)


 ふと、ロジャーは思い当たった。

 世に出回っているバクスレイ氏の肖像写真は晩年のものではない。

 わずかだが頭髪が残っている頃の写真だ。

 そして写真は枯葉色なので、瞳の色や、頬や鼻が赤らんでいたことまで読み取るのは難しいのではないだろうか。


 実際のバクスレイ氏を知る者であれば挙げられる特徴ではあるが、彼が故人となってからもう十五年以上が経過している。

 このファウスタという小さな少女はまだ生まれていなかっただろう。


「もし本当にバクスレイ氏の幽霊がここにいるというならば……」


 ロジャーは過去の暗い記憶を昨日の事のように間近に感じながら、懺悔するように言った。


「それは、私の不義理と不出来を嘆いてのことでしょう」

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