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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第3章 心霊探偵

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114話 上流の世界へ

「ファウスタ、今まで習ったことを思い出して、落ち着いて行動するのよ。解らなくなったらミラーカさんの真似をなさい」

「はい、ポラック先生」


 ロスマリネ侯爵の招きで高級レストラン『黄金の鹿』へ行く当日。

 ファウスタは侍女ヘンリエタに手伝われてお出かけ用の支度をしながら、試験に挑む学生のように、作法の師匠である家庭教師(ガヴァネス)ポラック夫人から注意を受けていた。


 マークウッド辺境伯令嬢オクタヴィアも、ファウスタのお出かけの準備を覗きに来ていた。


「大丈夫よ、ファウスタ。昨日の午餐だってちゃんと出来ていたもの。昨日と同じようにやればいいのよ」


 ファウスタを励ますオクタヴィアの後ろには、彼女の専属侍女のデボラも控えている。

 ワイワイした雰囲気の中で、ファウスタは貴族令嬢のように飾り立てられていった。


「もし経営者のサー・ロジャー・シスレーがいらしてお話しすることになったら、呼びかけるときにサーの敬称を忘れないでね。サー・ロジャーですよ」


 ポラック夫人が念を押すように言った。

 騎士爵は男性ならサー、女性ならデイムの敬称を付けて呼ぶのだと、ファウスタはポラック夫人から習った。

 『黄金の鹿』の経営者である騎士爵ロジャー・シスレーは、サー・ロジャーと呼ぶという正解を教えられている。


 そう、敬称には、正解と間違いがあるのだ。


 騎士爵より上の位を持っている者にはサーやデイムの敬称は使わない。

 例えばアポローニア女王は王室騎士団団長なので騎士爵でもあるがデイム・アポローニアではなく女王陛下、ロスマリネ侯爵も騎士爵だがサー・カーティス・ロスマリネではなくロスマリネ侯爵なのだ。


(その人の爵位を知らずに呼びかけを間違えると、笑われるだけじゃなくて、不敬で追放されることもあるなんて。社交界は情報がなければ生きて行けない過酷な世界なのだわ)


 ファウスタには社交界というものが、一人前の間者(スパイ)たちが群れて、お互いに情報の握り合いをしている戦場に思えた。


(ポラック先生は凄い情報通なのだわ)


 ファウスタは爵位についての勉強を始めてからというもの、ポラック夫人への尊敬がますます深まった。

 それは戦場を渡り歩く有能間者(スパイ)に向ける尊敬であった。


「さあ、できましたよ」


 ファウスタの髪をリボンで整え終わった侍女ヘンリエタが満足気に言った。


 今日のファウスタはいつものように髪を結い上げていなかった。

 お嬢様のように髪を垂らし、ドレスと同じ空色のリボンで整えていた。

 空色のドレスは上等の生地をたっぷり使った甘いデザインで、レース飾りが淡雪のように美しい。


 鏡に映った自分の姿を見たファウスタは、高価なお人形のように豪華で可愛い装いの中で、丸眼鏡が浮いている気がした。

 だがオクタヴィアは得意気な顔でファウスタの丸眼鏡を褒めた。


「その服に眼鏡が良く似合ってる。恰好良いわ。さすが私の侍女よ」


(お嬢様がそうおっしゃるなら、眼鏡はおかしくないのね)


 ファウスタはオクタヴィア以外の貴族令嬢を知らなかったので、彼女の感性が貴族令嬢の標準から外れた、やや尖った前衛的(アヴァンギャルド)な傾向にあることに気付けるはずもなかった。






 玄関先でオクタヴィアたちに見送られ、ファウスタは馬車に乗り込んだ。

 共にロスマリネ侯爵に招かれている近侍ルパート、侍女ミラーカ、小姓ユースティスと一緒だ。


「お嬢様、お手をどうぞ」


 馬車に乗り込む際に、ルパートがごっこ遊びをするかのように面白そうにファウスタをエスコートした。


 ルパートはいつもと変わりない紳士の装いだ。

 もともと彼は近侍としてマークウッド辺境伯に付き添い、日ごろから貴族が集まる場所に出入りしていたので、上流階級の装いは彼の普段の仕事着と言える。


 ミラーカはファウスタが想像していたよりも簡素な装いだった。

 リラスの花のような薄紫色のドレスは裾が広がっておらず、細い立ち姿のすっきりしたデザインだ。

 それは極めて現代的(モダン)な装いであったが、服飾も美術も解らないファウスタは洗練という概念を知らず、装飾が少なければ地味に思えてしまうのだった。


「ファウスタ? 僕がどうかした?」


 ファウスタが一番驚いたのはユースティスの装いだった。

 馬車に乗り込んでからも、ユースティスの装いが気になってファウスタは無意識に視線で検分していた。

 ユースティスは困惑するような笑顔で、そんなファウスタに話しかけて来た。


「いえ、あの……」


 ファウスタは口ごもり、目を逸らした。

 はっきり言ってはいけない気がしたからだ。


 今日のユースティスの装いは、ファウスタにはとても地味に見えた。

 ひらひらの大きなレース襟ではないありふれたボタンシャツに、ひらひらではない普通の細いタイを結び、黒い上着のボタンも金ではない。

 いつもふわふわしている灰金髪は、今日はぴっちり撫でつけられている。


(あんな地味な格好で、レストランの服装検査は大丈夫なのかしら。ユースティスさんは入口で止められてしまうのではないかしら)


 上流階級の服装とはキラキラひらひらしたものであるという価値観を持っていたファウスタは、ユースティスの簡素な服装を大いに心配した。


 そういう意味ではルパートも簡素と言えるのだが、紳士の服装とはそういうものだとファウスタは思っていたので、ルパートは気にならなかった。


 だが子供の姿で、普段がキラキラひらひらした服装のユースティスが、急に地味になっていたので驚いたのだ。

 高級レストランに行くには、いつもより美しく装わなければいけないのに、ユースティスは完全に逆方向の装いで現れた。


「黄金の鹿は、服装検査があると聞いて……」


 言葉を濁したファウスタに、ユースティスは賢しく目を光らせた。


「もしかして僕の服装を心配してる?」

「いえ、その、そういうわけでは……」


 ファウスタが目を逸らした方向に、ユースティスは身を乗り出すと視線を再び捕らえ、面白そうに問い詰めた。


「何が気になるのかな? はっきり言ってごらん」

「……その、いつもより地味かなと」


 ファウスタがしどろもどろに答えると、ユースティスは一瞬で全て理解したかのように笑い出した。


「今日は小姓(ペイジボーイ)じゃなくて客として行くから、これで良いんだよ。これは地味じゃなくて普通」

「小姓よりお客のほうが地味なのですか?」


 話が見えたのか、ミラーカとルパートも笑いを零した。

 ユースティスがファウスタに説明する。


「外に出す従僕(フットマン)小姓(ペイジボーイ)には王政時代の服装をさせるのが流行だけど、使用人か役者でもなければあんな時代遅れの服装はしないんだ。これから行く店には少年のお客もいると思うから、彼らの服装を見てみるといいよ。僕がいつも着ているような服の少年は、客の中にはいないから」


「お屋敷の皆さんの服装は、時代遅れなのですか?」

「使用人には昔風の服装をさせるのが最新流行なんだよ」


 昔風が最新という、なぞなぞのような答えに、ファウスタは混乱した。


従僕(フットマン)たちのあの服装は、百年か二百年前の王宮に勤めていた者たちの服装だよ。現代風に変えられている部分もあるけれど、手本になってるのは百年以上も昔の服。使用人にそういう服を着せるのが流行なんだ。従僕見習い(ホールボーイ)には兵隊風の服を着せるのが流行り。一番現代的なのはメイドたちかな」

「そうね」


 ユースティスの話をミラーカが補足した。


「メイドたちのドレスは機能を重視した現代的なドレスね。厨房女中(キッチンメイド)たちの縞模様(ストライプ)柄のプリント生地なんて、とっても現代的で粋なデザインよ」


(装いは奥が深すぎて解らないのだわ)


 場に会った服装を選ぶこともまだ満足に出来ないファウスタに、流行だの何だのという話は高度すぎてさっぱり理解できないのだった。

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