101話 アメリアとジゼル
「貴女、小さいのに随分しっかりしてるのね。十二歳と思えないわ」
「そうでしょうか。同じ十二歳の子はファウスタしかいなかったので、自分ではよく解らないです」
「ふつうに話が出来ちゃうのが驚きよ。子供と話してる気がしないわ」
新人見習い女中となったジゼルに、先輩見習い女中であるアメリアは地階の掃除の仕事を教えていた。
アメリアはジゼルとあっという間に意気投合して、気さくな会話をしていた。
「孤児院では家事をしていたので、厨房や洗濯場で大人と話すことが多かったからかもしれません」
「洗濯もしてたのね。ここは洗濯は外注で業者に頼んでるから洗濯女中はいないのよ。一応、昔の名残で洗濯場は残ってるんだけどね」
廊下のモップ掛けをしながら二人は小声でおしゃべりをしていた。
掃除の経験のあるジゼルは即戦力だった。
アメリアが一つか二つ言うだけでジゼルは十を理解したので、アメリアは今までの新人教育では経験したことがないような気楽な指導をしていた。
「ファウスタが霊能者になっていたなんて。驚きました」
「最初から霊能者ってことで雇われたのよ。ファウスタを雇うようにって、旦那様が守護霊のお告げを受けたんですって」
「マークウッド辺境伯は霊能者なんですか?」
「旦那様はただの神秘主義マニアよ。ご家族の皆様は、旦那様の守護霊の話は妄想だと思っていらっしゃるわ」
アメリアは肩をすぼめた。
「でも結局、守護霊のお告げ通りファウスタが悪魔騒動を解決したの。それでファウスタはお嬢様に気に入られてスピード出世よ。だからあの子は今、三階に住んでいるの」
「悪魔が出たんですか?」
ジゼルは少し驚いたように言った。
「悪魔じゃなくて呪いだったらしいけれど。ファウスタはそれをすぐに解決しちゃったのよ」
「不思議な物が視えている子だったけれど……」
ジゼルは意外そうに呟いた。
「つい最近、ロスマリネ侯爵にも呼ばれて霊能力で呪いの浄化をして来たんですって。精霊召喚の秘術を行ったとか言われてるけど、これは、まあ……噂の出所が話を膨らませるので有名な人だから、眉唾ね」
「ファウスタは貴族相手に霊能者として働いているんですか?」
「そうなのよ。すっかり霊能者よ。本人はメイドで身を立てたいみたいだけど、旦那様は霊とか魔術とか大好きだから放っておかないわね」
「ファウスタにそんな力があったなんて……」
「貴女は孤児院でずっと一緒に居て、ファウスタの霊能力を知らなかったの?」
「幽霊が視えるのは知ってました。でもファウスタは幽霊退治なんてしてなかったですよ。孤児院では騒霊現象はよく起こっていたので、普通に幽霊はいたんですけど」
「孤児院でも騒霊現象があったの?」
「ええ、わりと普通にありました」
「じゃあ貴女は幽霊は平気なのかしら?」
期待を込めてアメリアがそう問いかけると、ジゼルは良い返事をした。
「はい。幽霊は別に大丈夫です。幽霊なんかより人間の方が怖いです」
「貴女、有望ね。ここは幽霊さえ大丈夫なら良い職場よ。お給金も良いし、食事も美味しいわ。ぜひ長く勤めてね。人手が足りないからおちおち休めないのよ」
アメリアはうっぷんを呪詛のように吐いた。
「ここ一ヵ月くらい休日返上で働いているのよ。その分、お手当は弾んで貰えるけれど、やっぱり休みたいわよ。それもこれもあの女のせいで……人手が足りなくなったからよ。奥様が疑心暗鬼になってしまわれたせいで新しい人もなかなか決まらないし、屋敷精霊様は未だかつてなかったほど荒れていらっしゃるし……」
アメリアはモップの柄を、それが敵将の首であるかのようにぐぐっと両手で締め上げた。
「ジゼル、貴女は辞めないでね。早く一人前になって、そして私を休ませて。もう貴女だけが頼りよ。……キャロルはもう駄目そうだから……」
最後の方は小さい声で、アメリアはもう一人の新人の名を言った。
「キャロルさん具合悪そうでしたけど、駄目そうってどういう事ですか?」
「さっそく屋敷精霊様が出たのよ。それでキャロルは怖がっちゃってるの。ああなると大抵駄目なのよ」
「屋敷精霊様って幽霊ですか?」
「まあ幽霊みたいなものね。騒霊現象よ。普通にいるのよ」
「キャロルさんって幽霊が駄目なんですね。もう大きいのに」
十四歳のキャロルは、十二歳のジゼルより上背があり大人に近かった。
「幽霊が怖いかどうかは年齢じゃないのよ。大人でも駄目な人は駄目だもの。だからキャロルには今日はテスと一緒に厨房の方をやってもらってるの。厨房の方が出ないから」
「こっちは出るんですか?」
「廊下はわりと出やすいわね」
「そうなんですね……じゃあ、もしかして……」
ジゼルは少し悪戯っぽい微笑みを浮かべると、首を少しだけ巡らせて、視線で後ろを示した。
「ずっとあそこにいる人、幽霊だったり?」
ジゼルにそう言われ、アメリアは後ろを振り返った。
見慣れない背格好の茶色のドレスの婦人がいた。
その婦人は、アメリアが振り向くとほぼ同時くらいに、滑るような速さで廊下の向こうへと進み、さっと角を曲がった。
「……そうかも」
魂の抜けたような半目でアメリアは呟いた。
ジゼルはあっけらかんとした笑顔を浮かべた。
「そうなんですね」
「一応、不審者としてマクレイ夫人に報告に行くわよ。あのお姿は屋敷精霊様だとは思うけれど」
アメリアがそう言うと、ジゼルはきょとんとして目を見張った。
「冗談をそういうふうに返されるとは思っていませんでした。すみません」
「冗談で言ってるんじゃないわよ。え、貴女、冗談で言ったの?」
「さっきの方もメイドさんですよね」
茶色のドレスの婦人を、他のメイドだと思っているらしいジゼルに、アメリアは異を唱えた。
「あんなメイドいないわよ」
「幽霊には見えなかったですけど」
不思議そうにそう言うジゼルに、アメリアは生真面目な顔で答えた。
「それが問題なのよ。屋敷精霊様はたまにお姿を現すんだけれど、人間みたいなお姿をしているの。人間と見分けがつかないのよ。だからもしかしたら屋敷精霊様じゃなくて人間の泥棒の可能性もあるから、こういうときは必ずマクレイ夫人に報告するのよ」
アメリアはバケツを壁際に寄せ、モップを壁に立てかけた。
「貴女もモップはここに置いて。一緒に行くわよ」
「はい」
アメリアとジゼルは家政婦長室に向かい廊下を歩き始めた。
古びてはいるが磨き上げられている地階の廊下には、他の使用人たちが働く生活音が小さく聞こえている。
「やっぱりピカピカね」
歩きながら足元の床を見て、アメリアは半ば呆れるように呟いた。
「すごく綺麗に掃除されていますね」
それを使用人による仕事だと思っているらしいジゼルに、アメリアは再び異を唱えた。
「屋敷精霊様の仕業よ」
「え?」
「こっちの廊下はまだ掃除してないもの。屋敷精霊様が掃除なさったのよ。ここではよくある霊現象よ」
アメリアは茫洋とした半目で説明した。
「幽霊が出たのに、貴女、全く動じないわね。私が冗談で言ってると思ってる?」
「いいえ。ファウスタから幽霊がいることは聞いていますから、普通に居ると思っています」
「貴女、有望ね。全く動じない新人は初めてよ。私だって最初は吃驚したものよ」
「孤児院の幽霊で慣れてますから。それに孤児院では、幽霊より院長のほうがうるさかったです」
ジゼルが少し皮肉っぽく笑うと、アメリアはきらりと目を輝かせた。
「ねえ、その院長ってどんな人なのかしら?」
「ええと、どんなと言われても……」
「ここだけの話ってことで、聞きたいんだけれど……」
アメリアは声のトーンを落とし、ジゼルに近付くと小声で尋ねた。
「運営費の横領とか、やりそうなタイプかしら?」
「えっ?!」
ジゼルは驚いたように目を見開いた。
「アメリアさんって超能力者?!」
「え?」
「予知能力とか透視能力とかの能力者ですか?!」
「そんな超能力があったら、とっくにスピード出世してるわよ。ここの旦那様はそういうのに目がないんだから」
「院長のこと、どうして解ったんです?」
「やっぱりそうなのね」
アメリアは納得が行ったというふうに頷いた。
「ファウスタは随分と院長を尊敬しているみたいだったけれど、私は怪しいと思っていたのよ。ようやくすっきりしたわ」
「ファウスタはちょっと、ぼんやりしているところがあるので……」
「解るわ」
アメリアはうんうんと頷いた。
「横領のことは推測なのですが」
ジゼルは苦笑いをした。
「貴族の人たちが何人も見学に来ていて、寄付金たっぷり貰っているはずなのに、私たちの生活は全然変わらなかったんです。何だかおかしいなって」
「寄付金が煙のように消えているってわけね」
アメリアは事件に相対する探偵のように思案気な顔で言った。
「おそらくそれは暴食夫人の仕業よ」
「それも幽霊ですか?」
「タレイアン公爵夫人のあだ名よ。肉食で有名な人で、そう呼ばれているのよ」
「貴族の人ですか」
「他人事みたいに言うわね。タレイアン公爵夫人は貴女たちがいた孤児院の理事長でしょう?」
「そうなんですか?!」
「そうよ。私の推理では横領の真犯人はタレイアン公爵夫人よ。育ちの良い王太子がそんなセコイことすると思えないもの。でも育ちの卑しい男爵家出身の夫人なら有り得るわ。実家もセコくて有名らしいし」
アメリアは侍女ヘンリエタから聞きかじった知識を披露した。
「でも公爵夫人が自らせっせと横領してるわけないから、実行は部下にやらせてると思ったの。実行犯の可能性が高いのは孤児院を実際に運営している院長よ」




