第七十九話 無音の助力と白い闇
「テメェ、まだ……!」
「一旦下がって回復するとでも思った? 残念だけど、僕のHPはまだまだ余裕だよ。ついでにこの剣もねぇ!」
出鱈目に振り抜かれた一閃が、斬撃系のエフェクトを伴って確かにハーレーの腕を斬る。
ユウがその手に握るのは、さっきと同じ呪いの鋼鉄剣。壊されたはずのそれが再び彼の手にあるのは、単に予備があっただけだろう。
なにせ単なるドロップアイテム、貴重品でもなんでもないのだ。
(だけど……あの剣は攻撃すれば一定確率で呪いの状態異常になる。呪いの効果は確か、効果時間中のあらゆるスキル封印……ユニークスキルで攻撃をいなすユウにとっては致命的な副作用のはずだ)
加えて、ユウは目がおかしくなっていると思われた。余裕と不真面目さが張り付けられたようなその顔の、左目だけがぼんやりと開いて動かない。焦点が合わず、右目の動きに付いてこれていない。微妙な差ではあったが、傍から見れば歴然とした異常でもあった。片目が明らかに利いていないのだ。
ユニークスキルで攻撃を無効化した……以前に、このキメラにおいて外傷など存在しない。だから、さっきのように眼球に銃弾を受けたとて目の機能そのものへのダメージはないし、支障もないはず。
なのにあの様子、それほどまでに未だ激痛の余韻が尾を引いているのだろう。眼球すら動かせないくらいに。相変わらず、痛覚までは切り離せない使い勝手の悪いユニークスキルだった。
「体張らせて悪いな。すぐに終わらせてやる……!」
ハーレーのすぐ前に着地したアレンは、リロードを念じ手の内に出現させた弾薬を空いた弾倉に入れつつ、地面を転がって衝撃を殺しながら敵の照準をかわし、同時にユウの姿を確認することで挟み撃ちの位置関係へと移動して銃を構えた。
剣に銃に槍、どんな獲物であろうと大抵のケースでは挟撃が有効だ。銃の場合は特に同士討ち、フレンドリーファイアにだけ注意しなければならないが、人体を撃った時弾丸は貫通せず、けれど体内にも残らず消失する。そこはとうに確認済みで既知の事実だ。
だから要は敵に当てて外さなければ、ユウに流れ弾がいく危険はない。
「——。神エイムの幼女に、クソほどタフなモブ顔。ああ、侮るのはやめだ」
鋭い眼光がアレンを刺す。怯むことなくアレンはブルホーンの引き金を引くも、それと同時に銃身を弾かれた。
「くっ……⁉」
「プロのやり方を見せてやる。そう言ったな、さっき」
銃口を逸らされた。
ハーレーはアレンが発砲する瞬間、銃身へ叩きつけるようにサブマシンガンの本体を下からぶつけたのだ。無造作に払うその動作は、もちろんブルホーンの耐久値を1も削れてはいないだろうが、それでも頭に合わせていた照準は少しズレただけで虚空を穿つことになった。
「言っとくがおれもプロだ。そんで、キメラでの殺し合いにより慣れてるのも、おれみてェだな」
構え直す暇もなく、無慈悲に突き付けられた翠蝶が火を放つ。
「がぁっ、ぐ」
無理にヘッドを狙わない、胴撃ち。高威力の翠蝶であればわざわざ外すリスクを取る必要はないという判断だろう。銃を持ちあげていたアレンの体勢から弾丸は脇の下、肋骨を砕くように着弾した。現実なら最悪そのまま心臓を貫かれるコースだ。
——やられた。
呼吸を乱す痛みに倒れそうになりつつも、なんとかアレンは耐えた。
銃に銃をぶつけて射線を逸らすなど、言うまでもなくゲームの中ではできない動きだ。現実により近しい、キメラの中だからこそ可能な芸当。
慣れている。ハーレーの言う通り、踏んだ場数、殺した経験がアレンとは違う。
「ハ、よそ見してると斬っちゃうよ——」
「見るまでもねェんだよ、間抜けが」
背後から斬りかかるも、またもハーレーは身をひねって紙一重で切っ先をかわし、フルオートの弾丸を浴びせる。咄嗟にユウは剣を盾代わりにするも、たかが剣一本で防げる面積などたかが知れている。ユニークスキルが間に合ったのか確かめるすべもない。
さらに助けに入ろうとするアレンの機先を制し、翠蝶を向けられ回避行動を余儀なくされる。紙一重で避けた射線を弾丸が過ぎた。風を切る音は背後の窓を割る音に混じり、アレンの耳には届かなかった。
まだありもしない傷口はじくじくと痛み、血が流れ出ている錯覚に陥りかける。
ハーレーは強い。最初から侮っていたわけではない。だがそれでもここまで立ち合い、認識の格を上げるには十分だった。
アレンと同じプロゲーマーを自称したハーレーだったが、アレンの記憶にその名はない。
本当だとするなら、オバストではない別タイトルのプロだと思われた。他のタイトルも名のあるプレイヤーなら名前くらいは知っているが、そうでない者のほうが多いのは確かだ。
(エイムだけなら負けてないと思うが……キメラの中での経験と、武器の差が大きすぎる。手詰まりだ)
純粋な撃ち合いの能力でなら、アレンの方が上だ。客観的に見て、アレンはそう自負する。
しかしやはり一般の武器であるブルホーンでは力が及ばない。それでもユウがいれば……と思ったが、ハーレーは一対二でも敵ながら見事と言えるほど上手く立ち回っている。背中に目でもついているかのように。
いっそそれがユニークスキルかと疑いたくもなるが、なんとなくそうではなく、天性か努力によって得た個人的な能力であるとアレンは踏んでいた。
どうするか。さっきはユウに温存すべきだと言われたが、屋外に出たことで状況は多少変動している。
切り札である魔法紙を使ってでも、この場を切り抜けるべきか。それでハーレーを仕留め切れるのか。確証はないうえ、ハーレーは未だにユニークスキルの手札を見せていない。
黙考は、時間にすれば二秒にも満たないごく僅かなものだったろう。
「これまでに翠蝶を狙う輩なんぞ、こちとら何人も塵にしてんだ。オメェらはまあまあ骨があったが……おれには及ばねえよ。わざわざ理由は訊かねえが、オメェらがなんでか持ってねえボーナスウェポンでもあれば話は違ったかもしれ——」
ハーレーは例のインベントリを使ったリロードを行い、ポキポキと首を鳴らしながらアレンへ近づこうとする。
魔法紙を切るか否か。
答えを出すより先に、なにかがハーレーの肩を貫いた。
「——がッ、なんだッ、どこから……!」
銃弾だ。
アレンがそれを理解したのは、無論、飛来する弾丸を視認したからでもなければ銃声が聞こえたからでもなく、特有のヒットエフェクトによるものだった。
そこから割り出される発砲地点は高所、おそらくはアレンたちの後方の建物の屋根からだ。
つまり、狙撃。
ハーレーもそれを理解したのか、アレンたちへの攻撃を中断し、近い壁の裏に入って射線を切る。
「狙撃って……一体誰が、まさか」
「ああ、きっとシグレだ。どうやって知ったかわからないが、ピンチに助勢してくれるみたいだ……!」
実際に武器を使用しているところは見たことがないが、シグレは<リローダー>のスナイパー専門。
そう、今思えばプレイヤーとしてのシグレをアレンは知っていた。
あの時——前回のゲーム内イベントにて、アレンが鬼になった時。鬼のマップ機能で転移者とそのIDを見た折、SignyaNという人物がいた。どこかで見た覚えがあると思ったそれは、<リローダー>にいた凄腕のSR使いで、それがシグレだったのだ。
「まさに天の助けだね。じゃあ形勢逆転ってことで、このままハーレーを追い詰めたいところだけど」
これ幸いと、遠距離にいるシグレを頼りにアレンたちは攻勢に出ようとする。
が、不利を悟ったハーレーの行動は早かった。
「クソがッ、狙撃手もいやがるとは想定外だ。ここは退かせてもらうぜ」
「素直に逃がすわけが……!」
「逃げおおせてみせるさ。帰って、テメェらに邪魔された朝食の続きがあるんでなァ——『発煙白破』」
ハーレーの右手から翠蝶紅景が消えている。
代わりにその手にあるのは、白い球。野球ボールのようなものとも違う、ほのかに発光した、煙の白を一杯に詰め込んだような不思議な球だ。
アレンはそれにどこか、自らのユニークスキルに似たものを感じ取った。そしてその球をハーレーもまた、地面へ叩きつける。
「煙——スモーク、か……!」
「……まずいね。逃走に役立つタイプのスキルとは」
球体の中に秘められていた白は、一瞬にして膨張し、すぐに視界を覆う煙幕となって現れた。
一寸先すら見通せぬ白い闇。分厚い雲の中にいるように、敵はおろか味方の姿すら見えはしない。
「くっ……無理やり追うか? でも、シグレからは煙で視えなくなっちまったか」
「それも狙いだろうね。無理に追えばまたさっきと同じパターンだ。今度は地理的にも有利な、狭い場所にでも誘われるだろう」
「……逃がすしかない、か」
もとより狙って遭遇したわけではない。それでも仲間もいないここで仕留めたかったのは事実だが、無理に追えばこちらが殺されかねない。それほどの強者だ。
ユニークスキルによって張られた煙が晴れるまでアレンたちはそこに留まることを余儀なくされた。




