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第七十八話 世界への認識

「『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』!」


——そしてそれよりも、さらに僅かに一歩、そのユニークスキルが行使されるのが早かった。

 バン、と重く響く銃声が道にこだまし、翠蝶紅景が鈍い色の弾丸を撃ち放つ。傷は生まれず、血の出ないこの世界ではその名前通りの赤に塗れた光景を作ることはできないが、代わりにこれまで幾多の転移者にんげんを消えゆく塵に変えてきた。ハーレーの手によって。

 けれどもこの瞬間、命を——HPを奪い取るはずの弾丸が代わりにダメージを与えたのは、ユウではなくその上着のシャツ、ポケットに入れている一枚のカードの耐久値だった。しかもそれは無限、正確には数値が設定されていないがゆえに壊れることは絶対にありえない。そう世界のルールに定められている。


「死んでない、だと……⁉ 防御系のスキルか、それとも単にタフなのかァ?」

「がッァあ、ハハ」


 笑った。

 弾丸は眼球を撃ち抜いた。ただしそれで目が潰れることはなく、そのまま脳に達するべき異物は赤色のヒットエフェクトの代わりに消失する。

 HPは減っていない。ユニークスキルはギリギリのところで作用した。

 元々、使い勝手のいいスキルとは言えないのだ。ダメージを受ける前に、口に出すか頭で念じなければならないし、一瞬よりも長い間維持するには常に意識しなければならない。銃が相手だと引き金を引いたと認識してから使うのでは間に合わないから、タイミングを合わせるのも難しい。


 それでもうまくいった。感覚だけとはいえ左目の神経を銃弾がぐちゃぐちゃにする、気がおかしくなるような激痛の中で、ユウは呻きながらも笑みに頬を引きつらせていた。スキルでダメージを回避してやった、思い通りだと言わんばかりに。

 きっと気などとうにおかしいのだ。とっくに触れている。

——そして、だからこそ誰よりも心強い。


「間に合ったんだな、ユニークスキルが……!」


 その執念。どんな状況でも砕けず折れない、狂気の領域にまで踏み込んだ覚悟が頼もしい。

 アレンもまたそれに倣って意志を貫くことを、あの日宿で決めた。元の世界に戻るために、身近な人たちを守るために。先に狂ったのは世界の方なのだから、常道を外れてでも。

 だから最初からアレンの狙いは援護カバーではない。ユウが一撃、翠蝶の攻撃を糠に供犠(ユニークスキル)でいなすと信じ、隙を穿つことだ。


 隙。ユウが手繰り寄せ、アレンが引き継ぐその決定的な機会。それこそ、FPSプレイヤーならば誰であっても意識せざるを得ない事項。

 残弾だ。

 先ほど、ユウの剣を壊すのに13、4発は使っている。マガジンと薬室に残っているのはおそらく四発程度。

 現実であればそれでもいいのかもしれない。この距離であれば四発もあれば人を殺すのには十分すぎる。人体というのは脆いもので、四発どころか心臓や脳を抉れば一発でも簡単に人は死ぬ、はずだ。


 しかしながら言うまでもなく、それはここではない世界の常識だ。

 死なない(・・・・)

 エックスポーションを使用したことでアレンの残存HPは十割。仮に四発すべてを頭にぶち込まれたところで、まだ少しくらいは残るはずだ。


(両手に銃を握る以上、リロードの手間は大きい。一度銃を脇に挟むなり、どこかに置くなり……)

 

——違う。

 ブルホーンの引き金を絞る刹那、アレンは自らの過ちに気が付いた。思考の誤謬ごびゅう、最悪の想像は現実の光景として実を結ぶ。

 ハーレーの両手から、銃が消失した。

 静かな輝きを湛える翡翠の蝶も、艶消しの不気味さを纏う黒の短機関銃も、視界から消える。

 それこそが、アレンが見えぬ陥穽に踏み入ってしまったことの裏付けだった。


 二丁の銃はどこへ消えたのか? 決まっている。ゲーム世界の中であっても、理由もなく物が消えるなんてことはない。

 転移者プレイヤーの手からアイテムが消失したのだから、その行き先はインベントリ以外にありえない。ならばそこへ入れたアイテムを再度取り出せば、その状態はニュートラルに戻るはず——


「チィ、いッてえなァオイ。まぐれでヘッドに当てたようだが、ブルホーンごときじゃおれのHPは削り切れねェよ」

「……!」


 思考とは関係なく、アレンの体は半ば自動的に敵へ弾丸を叩きこむ。画面の中でも、この世界に来てからも幾度となく繰り返した射撃練習はここでもアレンを裏切らず、意識せずとも弾丸は敵の頭蓋を撃ち抜いた。

 が、所詮は店売りの銃。殺しきるには程遠い。

 そしてぐらりと体を傾がせながらも、両の手が再びグリップを握る。翠帳紅景と名も知らぬ短機関銃、アレンのブルホーンよりも格段に殺傷能力の高い二丁。

 そう、これこそがハーレーにとってのリロードなのだ。


 現実とキメラは違う。だから、多少被弾しようとも死ぬ危険はない。

 そんな前提程度の認識でこの世界ゲームを理解した気になっていた自分がいかに浅く、甘かったのかとアレンは戦慄とともに思い知る。

 銃一丁ならば、普通に再装填を念じ、手にマガジンや弾薬を出現させてリロードを行う方が早いだろう。

 だが二丁アキンボならば。手を使わずにインベントリを念じ、その未知にして転移者プレイヤーの誰しもが有する空間に出し入れすれば、勝手にリロードされる。そういう風に出来ている。


 一発二発の弾丸では到底倒れぬ、HPという概念を持つ転移者プレイヤーたち。敵を倒すのにたくさんの弾薬を要する時、単純に同じ銃を二つ持つことができれば装弾数は実質倍だ。

 手を使わずにリロードが可能なインベントリに銃器を出し入れするテクニック。インベントリに物を入れて取り出すまでに若干のタイムラグはあるものの、特に翠蝶のようなリボルバー銃であれば一丁持ちのリロードと時間はほぼ変わらない。

 すなわち、現実であれば一考にも値しない銃の二丁持ちという戦術は、この世界ゲームにおいては実戦級のスタイルへと昇華されているのだ。


「リロードの隙を狙ったつもりか? まだこのキメラってゲームを理解できてねえようだなァ」


 再び出現した銃の端がアレンを捉える。格好だけで言えばイーブンだ。互いに銃口を突きつけ合う一瞬。

 だがアレンにとって残念なことに、公平な状況というのは、ただそれだけで不利なのだ。

 なにせ銃のスペック、基本性能が違いすぎる。互いに体を晒し合い、引き金を引き続ける耐久レースでは武器性能の差からどうあがいてもアレンが負ける。

 せめてその姿さえ知らぬ、取り損ねたボーナスウェポンがあれば。

 キメラへやって来て何度胸中を満たしたかもわからない、慣れた悔恨を払いながらアレンは別の手を模索する。


「『爆風赫破ブラストグレネード』!」


 選択肢は二つ。このまま撃ち合って敵わないのであれば、一度距離を取って仕切り直すか、それとも。

 アレンは両手で握るグリップを右手に持ち替え、SPを代償に空いた左手へユニークスキルの火球を出現させる。


「グレネード……ユニークスキルかッ」


 わざと声を上げて発したそのスキルの名称に、一瞬ハーレーは身をすくませた。

 マグナの時と同じだ。手榴弾グレネードと聞けば、銃を使うシューティングゲームの経験者であれば皆投擲される爆発物を警戒する。転移者プレイヤーの特権の一つ、ユニークスキルともなればなおさらだ。

 それをアレンは相手に向けてではなく、足元の地面に投げつける。

 アレンが取ったのは二つ目の選択肢。仕切り直しではなく——


「跳んだだと……⁉」

「いくぞオールバック野郎。プロのやり方を見せてやる」


——攻め。

 一度引くくらいであれば、距離を詰めて強引にでも状況を変える。爆風に乗ってアレンは前方、一気にハーレーの方へと跳び上がる。

 それは同時に敵の照準を外れ、射線を回避する効果もあった。普通に真っすぐハーレーに向かって走ることで距離を詰めようとしても、ハーレーにしてみれば的もいいところだ。そこへダメージすらいとわない爆風の上下移動を伴わせることで、被弾を避けることができる。

 それは同時に、アレンからも相対的にハーレーが動くことに等しい。だが、


「そこだ!」

「なッ、クソがッ」


 空中を移動しながらの射撃。そのくらいアレンには出来て当然の技術だ。脚と背を焦がし、僅かにHPバーを削り取った熱風を乗りこなしつつも、アレンは正確に二度、ハーレーの頭部を射撃し(ぬい)た。

 ひょっとするとハーレー、彼もここで気が付いたのかもしれない。

 自分が相手にしているのは多少銃に覚えのある転移者プレイヤー……などではなく、紛れもなく自らより高い力量を有したプロゲーマーなのだと。


「ひゅう、相変わらずスゴいことするねぇ。視界の左側だからよく見えなかったのが残念だよ」


 さらにハーレーに迫る刃はそれだけではない。自らのスキル、その爆風を慣性として利用するアレンに気を取られ、ハーレーは剣を手にしてゆらりと振りかぶる男への反応が遅れた。

 そもそもサブマシンガンと翠蝶を持つハーレーに近距離戦を仕掛けるなど、苦し紛れであっても下策だ。これを踏まえたうえでアレンがそうしたのは、連携を取れる男の存在があったからに他ならない。

 男——そう、ユウの。

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