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第七十七話 非対称性のアキンボ

 漠然と、『無い』ものだとばかり思っていた。少なくともNPCの店にはまず売っていないだろうし、間違いなくボーナスウェポンだろう。

 ありえない。そう思うのも当然だ。

 刀剣と槍と、後は弓矢だとか、SPを使って一部の転移者プレイヤーが魔法を飛ばすような環境において、フルオートやバーストで連射できるサブマシンガンだのアサルトライフルが存在していいはずがない。バランスブレイカーもいいところだ。


 精々が拳銃。そのくらいがこの中世・近世をベースとしたゲーム世界における、火器の許されるラインではないかと、そうアレンはなんとなく判断していたのだ。

 それはおおむね正しかったが、しかし例外を既にアレンは手にしている。

 深紅の道(クリムゾン)。今は亡き転移者プレイヤーにしてチームメイト、マグナの有していたスナイパーライフルがまさにその例外だろう。


 それらと同様に、一般の武器とは例外の逸脱した存在、ボーナスウェポンとしてならばフルオートで毎秒に10発や20発も弾丸をぶち込むようなサブマシンガンがこの世界に存在したとしても、おかしくはない。

 おかしくはないが——実際に相手がそれを握り、トリガーに指を掛けているとなれば悪夢そのものだ。

 しかし悪い夢などではなく、非情な現実は冷たい銃口をアレンへ向けている。今にも弾頭を吐き出さんとする、スリットの空いたフラッシュハイダーの切っ先を。


「まずい、一度出よう! 『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』——」


 翠蝶の一撃を受けたアレンの残存HPは六割。威力・弾数ともに得体のしれないハーレーのサブマシンガンによる射撃を受けて無事でいられる保証はない。銃口の延長線を遮るように、ユウがユニークスキルを行使しながらアレンの前に立った。

 バババババ——と極めて間隔の短い、乾いた破裂音のようなものが連続して上がる。


「——うぐッ、づっ」

「ユウ! クソッ!」


 弾丸を受け、体を震わせるようにたたらを踏む。

 ユニークスキルは効いているはず。エフェクトは出ているが、実際はユウへHPのダメージはない。

 だがそれで痛みまで消えるわけではないことも、アレンは既に知っている。腰から上を何発もの銃弾に撃ち抜かれ、なおも立ったままでいるだけ十分に常軌を逸した気力だ。


「自ら肉壁になるたァな! 大した自己犠牲だ、どこにでもいそうなモブ顔のくせによォ!」

「モブ顔は余計だ……っ」

「喋るな、お前の言う通りここは一度外に出よう!」


 ハーレーは今の一瞬でマガジンを空にしたらしく、床に散った邪魔な空薬莢を蹴り飛ばしながら手元でマガジン交換をしている。

 未だ後を引いているであろう、被弾の激痛に表情を歪めるユウの手を引いて、アレンはこの隙にと入ってきたドアから転がるように外へ出る。

 閉所であんなサブマシンガンと戦うなど自殺行為もいいところだ。

 ユウを心配するかたわら、プロゲーマーの性か、頭の冷静な部分は即座に敵の持つ暴力の数値を限りなく暴いていた。


(レートが早くて厳密にはわからないが、あれで全弾ならばおそらく17か18発。インベントリから出した銃はきっと薬室にも弾丸が装填されている状態だから、今はマイナス1のはず)


 キメラと言えど、ギリギリでバランスを保とうという意思はあったのかもしれない。いや、誰がそんなバランスを定めているのかなど考えても仕方がないし、答えがあるかもわからないことではあるが——ともかくだ。

 あのハーレーの銃、フルオートのサブマシンガンはパーツが最小限に抑えられている。

 照準器もストックもありはしない。申し訳程度に発射炎を若干抑えるフラッシュハイダーが付けられていたくらいだ。

 それであの、一秒ですべて撃ち尽くすような高レートっぷり。反動制御リコイルコントロールなどできるはずもない。現に五、六メートルくらいのユウにさえ半分程度しか命中はしていなかった。


 要はボーナスウェポンと言えど、ピーキーなシロモノなのだ。単発・バースト撃ちに切り替えることもできないのかもしれない。だからこそ副兵装、サイドアームとして翠蝶を求めたと考えれば筋は通る。

 距離を取るべきだ。そうすれば派手な反動に精密さを欠いた射撃で、弾丸は拡散し、被弾を大きく避けることができる。

 アレンの残存HPはさっきと同様に六割。流石に近距離で20発近くの全弾を頭にぶちこまれでもすれば、まず間違いなく死ぬだろう。だが距離を取って数発貰う程度であれば、痛くはあってもHPはそれなりに残ると推定できた。


「早撃ち勝負を蹴ったのは向こうだ……中のNPCは気の毒極まるが、いっそこのバーごと燃やしてやるか?」


 悪魔が手招きするように、アレンの脳裏にある種残酷な戦術が浮かぶ。

 先日、<エルピス>が行ったシリディーナの火災。それとそっくりそのまま同じ策だ。量産した魔法紙をいくらか使えば、こんな木造の建物一つ簡単に火の海にできる。


「……駄目だよ、それは」

「う。そうだよな、近隣の家に燃え移ったりしちゃ危険だし。すまんこんな時に、忘れてくれ」

「いや、そういう理由じゃなくてね。まだハーレーは手札を——ユニークスキルを晒していない。量産した魔法紙は読まれることはまずないから、こちらもまだ手は温存するべきだ。それにここで派手に火災を起こせばかえって相手を見失う」

「あ、あぁ……なるほど」


 一面火の海だろうが、転移者プレイヤーであれば武器なりスキルなりアイテムで壁を叩き壊すなどして、脱出することも十分に可能のはず。

 それに魔法紙の量産が<ギルド>と<泰平騎士団>に伝わったのはたったの三日前、まだこんな西部の町に情報は達していないに違いない。ハーレーには予想もつかないことだろう。切り札をむやみに切るべきではない、というユウの俯瞰した大局観だった。


「外に逃げてなんとかなると思ってんなら、いくらなんでも甘かろうぜ。とんだロマンチストだなァ?」


 先ほどアレンたちが出た、開けっ放しのドアから揺れる影が現れる。路面のアレンとユウを、ステップの僅かな段差から見下すように。

 その両手には、大小——正確には中小、と表現するべきだろうか——の銃器が握られている。右手に提げるのは翡翠のリボルバー銃、左手に提げるのは西部の雰囲気にそぐわぬ黒いサブマシンガン。


(暴れ馬を左に持つ……片手で撃つ気か? あくまで牽制用と割り切ったか)


 拳銃と短機関銃、片手で扱うのも不可能ではないにしろ二丁持ちは普通じゃない。そもそもリロードができないはず。

 そんな当然の事実を踏みにじるように、ハーレーは二種の銃口をそれぞれアレンとユウに向けた。

——ともかく、こちらも臨戦態勢に入らなければ。

 ボーナスウェポンのサブマシンガンと、ボーナスウェポンに匹敵する拳銃を相手にするには少々心もとない武装ではあったが、アレンもインベントリからブルホーンのリボルバー銃を手繰り寄せる。


「そっちのモブは銃持ってねえのか? だったらこのエセ幼女からだなァ!」


 銃を取り出さぬユウを見て、ハーレーはバーのステップから飛び掛かるようにアレンへ肉薄する。

 ゼロ距離にまで近づかれては、あの驚異的な連射速度に全身を穴だらけにされるだろう。無論そうはさせまいと、アレンもまたブルホーンの銃口を向けて引き金を絞る。

 パン、と発砲音が二つ重なった。


「——ッ」


 アレンの射撃は見事に敵の胸を貫いたが、同時に敵の右手もまた、アレンの肩に楔を打ち込んでいた。翡翠の蝶から放たれる、弾丸という死への楔だ。

 肩がもげてちぎれてしまったのかと錯覚するほどの激痛よりも、視界の端でゴリゴリと削れていくHPバー対してアレンは背筋を凍らせた。この世界におけるヒットポイントは命そのものだ。

 それが今や——二割。ヘッドに当たっていなかったのは幸運だった。もし命中していれば死んでいたかもしれない。

 それでもたったの二割、数値にして30程度だろうか? ステータス画面を開いて確認する暇などもちろんないが、どの道、もう一撃喰らえば手足に命中しても耐えられまい。


命中ヒットォ! あと何発耐えられるかなァ⁉ っと、邪魔だなテメェ」


 追撃に姿勢を傾がせるハーレーの後ろからユウが斬りかかる。その手が握る柄は一振りの剣のものだ。

 しかし、完全に視覚外からの攻撃にもかかわらず、ハーレーはいとも容易くその一刀を避けてみせた。剣術に精通しているとはとても言い難いユウの体使いが甘かったのもあるだろうが、それにしても大した空間認識能力だ。状況を把握する力はFPSに必須だが、ああも真後ろからの攻撃を読み切れるのはアレンでさえも難しい。


「くっ、当たらない……!」

「オイオイ振り慣れてねェのが丸わかりだぞォ⁉ それにその剣、詳しくはねえがスケルトン種のドロップアイテムだな? 鉱山で似たのを落とすモンスターがいた」

「だからなんだと——」

「知ってんだぜ。その武器は店売りのよりはつえェが、その代わり一定確率で呪いの状態異常バッドステータスになるのと……耐久値が異様に低い」


 連射音が轟き、再び銃口が僅かな火を噴いて、回転する弾丸を連続して吐き出す。高反動を片手撃ちして放たれたそれら照準に対して拡散していたものの、うち何発かがユウと、その手に持つ剣の刀身に着弾する。

 そして、銃声よりもずっと小さな、ピシりとひび割れる音がした。


「——!」

「三……いや、四発ってところか。流石に脆すぎる。どこかで使って、事前にいくらか耐久が削れていたみてェだな」


 つい先日、この地よりもゲーム内イベントの難度が高いシリディーナの地下水道にて、転移者プレイヤー同士の殺し合いがあったことをハーレーは知る由もない。その戦闘の際に使用し、首を断ったりしたので耐久値が既に減少していたようだった。

 あるいは、一つの因果応報とも言えるだろうか。

 ボーナスウェポンを持たず。頼りにする獲物は、その刃も手の内の柄も、耐久値がゼロになったことで急速に塵へと変化し、形を崩していく。この剣で斬り殺した者と同様に。


「死ね。この町に転がるその辺のザコとは違う、おれなら片手でもこの距離なら頭ブチ抜いて殺しきれる」


 散らばった何発かを胸に受け、ユウはふらりと一歩よろめいた。

 武器を失い、がら空きになった彼へと銃口が向く。死の鉄槌、塵の今際をもたらす翡翠の蝶。

 既にHPは弾丸により減っている。もとよりユウは動きやすさを重視していて、軽装ゆえに防御力も低い。

 ボーナスウェポンと同レベルのリボルバー銃、翠蝶紅景の一発を、ダメージ倍率の格段に上がる頭部にもらえば——HPは残るのだろうか。


「ユウ……!」


 あのサブマシンガンを持つ相手に非ボーナスウェポンの剣で斬りかかるなど、それこそ自殺行為だ。それでもユウがそうしたのはひとえに、アレンから注意をそらすために他ならない。

 それを理解しているからこそアレンは、意を汲み取りユウに攻撃の矛先が向いた瞬間にインベントリからポーションを取り出し飲み干していた。

 ただのポーションではない。『エックスポーション』——バベルのボス討伐で入手した、近頃は久しく見ていない実績解除の報酬だ。命そのものであるHPを無条件に全回復する、ゲーム慣れしていない人間でも価値くらいはわかるであろう桃色の液体。

 無事、HPは元通り。マックスまで回復し、視界の左上のバーは伸び直している。


 瀕死一歩手前のHPに追い込まれたアレンが追撃の手を気にすることなく、悠長に小瓶の中身を飲み干せたのはハーレーの邪魔をしてくれたユウのおかげだ。

 しかしそれでユウが仕留められては元も子もない。

 ユウには、死んでほしくない。


(間に合うか……⁉)


 エックスの字になるように赤いラインが入った空の小瓶を投げ捨て、アレンはブルホーンを構える。

 だが、アレンの腕が動くよりも、ハーレーの右手が引き金を引く方が早かった——

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