第八話 置いてけぼり
2020/9/12
設定上の矛盾に気が付いてしまい、ひっそりと修正。細かいところなので大筋に影響はないです。
「ふふっ、初めてだとびっくりするわよね。私も最初はこけちゃったな」
はにかんだリーザの腕が伸び、地に手をついたままのアレンへ差し出される。
アレンは若干の気恥ずかしさとともに、その手を取って立ち上がった。
振り向いてみると、巨大な石製のフレーム——ゲートはそこにまだあった。帰ろうと思えば、これをくぐればこの荒地からさっきまでいたロビーへ戻れるのだろう。それか、他の階層にも跳べるのかもしれない。
「ここがバベルの十一階層……なんだよな? もう階層とかそういう話じゃないように見えるんだけど。つか、太陽あるし」
ゲートから出た地点は、少し高まった地形だった。周囲四方をそこからみはるかすも、荒れた景色に果てはない。
……代わりに見つかったのは壁などではなく、乾燥した木々と、動く生物らしき影くらいだ。
距離があり正確な姿は捉えきれないが、あの生物もただの動物ではなく、モンスターに違いない。
「そうだな、でも半分はホログラムみてえなモンだと思っていい。実際、まっすぐ歩けばそのうち壁にぶつかる。円柱状の空間なのはロビーと同じだな、部屋のサイズはいくらかデカくなってたりするみたいだが」
「ああ、無限に広がってるってわけじゃないんだな」
マグナは周囲の景色に目を走らせながら頷いた。
「そういうことだな。後は、この荒地のどこかにまた別のゲートがあって、それを見つければ次の層へ行ける。ここは既に攻略済みだから、そんなことをせずとも背後のゲートからまた登れるけどよ」
「……なるほど、確かにダンジョンだ」
ローグライクゲームのような感じだ。銃を手にするゲーム以外はほぼやらなくなってしまったアレンだが、幼少期に救助隊になるゲームで触れたことがある。
階層ごとに階段代わりとなるゲートがあり、それを探すにはモンスターの蔓延る地形を行かねばならない。
「説明は済んだ? じゃあ、早速行きましょ。……ふふ、プロゲーマーさんのお手並み、見せてもらうわよ」
リーザが軽く指を動かすと、その両手に二つの装備が現れた。
右手に現れた一つは、昨夜見せてもらったボーナスウェポンだ。黒く波打つ、奇妙な西洋剣。
そのどこか禍々しくもある剣に比べれば、左手に現れた二つ目は少々小ぢんまりとしている。盾のようだが、皮を張り付けたようなシンプルなもので、中世に見られるバックラーを思わせた。
だが、軽量さは機動性に繋がる。リーザのように女性なら、なおさら重量のあるものを持つのは好ましくないだろう。いかにもな見た目のボーナスウェポンと比較すれば簡素にすら映るが、これが機能的にはベストな形なのかもしれない。
「そう期待しないでくれ。ボーナスウェポン、拾い損ねちゃったし」
アレンが所持している装備品は一つだけだ。
軽くインベントリを操作し、さっきマグナから貰ったばかりのハンドガンを取り出す。他の武装など持ち合わせていない。
装備品を抜きにしても、持ち物と言えば過呼吸によって手に入れた硬化ポーションのみ。
とはいえ、他の武装についてもアテがないではなかった。昨夜は宿という閉所だったために試せなかったが、ここでなら例の物も存分に使えるだろう。
「まァなんとかなるだろ、お前なら。ボーナスウェポンなしってのは確かに痛手だが、武装が銃ならまだマシだ」
そう言って、マグナもインベントリから自身の武装を取り寄せる。何気にアレンはなにを扱うのか気になり、その様子を注視した。
「へえ、やっぱSRなんだ、マグナさん。専門だもんな」
マグナの両手に収まったそれは、高倍率の照準器が取り付けられた、一種の狙撃銃だった。
長い銃身はスマートで、なによりの特徴はその銃床だろう。戦場での迷彩効果などどこ吹く風、銃床は担い手のコートと同じ、燃えるような深紅の色をムラなく湛えていた。
「まあな。自慢のボーナスウェポンだ」
マグナは歯を見せて笑う。普段と同じのようで、いくらか獰猛さが足された野生の笑みだ。
アレンとマグナがゲーミングチーム<デタミネーション>に所属してプレイしていたオーバーストライクというゲームは、使用する武器を固定化する戦術が一般的だった。事前に役割を決めておくのだ。
その結果、アレンはAR専門。マグナはSR専門と、同じゲーム、同じチームでありながらもまったく別種の武器を担ぎ、異なる立ち回りを演じていた。
「あ、早速あそこに手ごろなのがいるわね。ハントといきましょうか!」
リーザの視線を追う。
すると眼下の巨大な岩陰で、日光を避けるようにして歩く三匹が目に映った。
アレンの率直な感想を述べるのなら、真っ赤なゴブリン。頭を垂れるように猫背で前傾、口からはねばついた唾液が垂れている。体長は子どもほどしかないが、手足の筋肉は異常なほどに発達していて、体のつくりは人間の基準とは大きく異なる。
それが三匹。これといってコミュニケーションを取るでもなく、日陰を群れだって歩いていた。
「了解だ」
「わかった」
アレンの小さな手がアーガスのスライドを引く。カシャリという軽い音とともに、薬室へ初弾が装填された。
軽い緊張が手足を包み込む。支障はない。試合前と同じ、慣れ親しんだ感覚だ。
メインでプレイしているゲームは昔ながらのマウス・キーボードで操作をするFPSだが、よりリアリティのある近年流行の仮想空間——最新トレッドミル型全方位VR機器、Arkheの筐体上で行うものも幾度となく経験している。しかしそういった最新鋭のゲームとも、手で握るウッドグリップの頬を撫でる風の実感が桁違いだ。
だが、基本動作は変わらない。銃撃戦の基礎など、今更忘れようにも忘れられるものか。
「後方支援は任せたわよ、ガンナーのお二人!」
リーザが声を上げながら、岩場を滑り降りていく。
マグナはその場で一歩も動かず、姿勢すらろくに変えずただ赤い狙撃銃を構えた。それを視界の端に入れながら、アレンもリーザに続いて下へ降りてゴブリンへと肉薄する。
SRのマグナと違い、アレンの武装はHGのみ。剣の刃ほどではないにしろ、ある程度近づかなければ射程に捉えられないのだ。
「えいっ!」
突然の奇襲に浮き足立つゴブリンたち。その内、先頭の一体をリーザの振るう黒い剣が一閃する。
奇妙に波打った、実用的に見えないフォルムの刃はしかしゴブリンの頭部を切り裂いた。赤いエフェクトが血飛沫の代わりだと言わんばかりに、斬撃に遅れて表示される。
血を流さぬままそのゴブリンは塵となって消滅した。キメラの世界に、あらゆる流血は存在しない。
「グェァーっ!」
仲間の死に憤る程度の知能はあったのか、残った二体が腕を振り上げてリーザへと襲い掛からんとする。
だがその魔手が彼女へ届く前に、短い破裂音のようなものがリズムよく三度続いた。
「おお、クセないな。アイアンも見やすいし」
音の正体は、アレンが両手に構えた拳銃の発砲音だ。試し撃ちもなしに放たれた弾丸は、三発すべてが誤ることなくゴブリンの頭蓋を捉えていた。
これで二体目も消滅。残った一体が、破れかぶれといった風に飛び上がる。
しかしながら、バンッ——! と腹に響くような重い音がした時には最後のゴブリンも、側頭部に尖った弾丸を叩き込まれて悲鳴を上げる間もなく消滅した。
——実績を解除しました。『初めてのモンスター討伐』。
奇襲を終えるとともに、アレンの頭の中で無機質な声が響く。昨日と同じだ。
今度もなにか報酬はあったりするのだろうか。インベントリを開いてみると、硬化ポーションの下に、低級回復ポーション、と書かれた項目が増えていた。
「よお、エイムの方は鈍ってなさそうだな」
後ろから声がして振り返る。赤い銃を肩に担ぎながら、マグナが下へ降りてきていた。
「この距離なら外さない。でも、これ頭を抜く意味ってあるのか?」
「あるぜ。ヘッドショット……まあモンスターによっちゃ別の部位が弱点だが、ともかくウィークポイントを叩けばダメージも上がる」
「……なるほど。だから、銃ならまだマシ、か」
「そういうことだな」
要は弱点だけを撃てばいい。他の武器種に比べれば、そこを狙うのは銃だと遥かに楽だ。特にアレンのような、弾を当てる動作が骨髄にまでしみ込んだ人間であれば。
ボーナスウェポンを得損ねたのは痛いが、こうやってうまく立ち回っていれば差を埋めることもできるかもしれない。
「でも、弱点かどうか撃った感じじゃわかんないな……こう、ヘッド抜いたらカチン! とか、ビシュン! みたいな音出してくれりゃあいいのに。その辺のエフェクトがゲーム性に大きく関わってくるんだぞ……! だいたい最近のゲームはバランスだとか競技性重視するのはいいけど、肝心の爽快感がだなぁ——」
「な、なにをブツブツ言ってるの? 不気味だわ、アレン」
「ほっとけ。気にする奴は気にするんだよな、そーいうトコ。俺ァSEなんかどうだっていいんだが」
「マグナさんは適当すぎるんだよっ。ヒットサウンド、キルサウンドが駄目だと撃ち合い自体が駄目になるんだ……‼」
銃が命中した際の効果音や、倒した時の効果音は人によってはかなりこだわる部分だ。自らゲームファイルの中にある音声ファイルを差し替える者すらいる。
「はぁー。どんな音でもキルはキルだ、おんなじだろうが」
「だからその質が違うって話だよ! そんなんだからマグナさんはSRの置きエイムも適当なんだ!」
「あァ⁉ 俺がいつテキトーな位置にスコープ置いたんだよッ」
「最近いつもそうじゃないか! 角から一歩半、離した位置に置いてるっ」
「年々反応速度が落ちてきてるんじゃボケ! 若人の反射を持つお前にはわかんねーよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて二人とも。敵、敵来ちゃうからぁ!」
言い争いを始めるアレンとマグナ。それを、当惑した顔のリーザが必死に収めようとする。しかし次第にヒートアップする二人の耳には入らず、リーザは一人頭を抱えた。
「なんだか私、今日は置いてけぼりばっかりなのだわ……」
涙目になりながら呟かれた言葉をよそに、アレンとマグナはなおも強く言い争い続ける。
ちょうど折り悪く、騒ぎに惹かれてか、奥の荒道からのそのそと巨体のモンスターが太い四足で迫ってきていた。
スパイクアルマジロ——その名の通り、土色の鱗甲板に無数の鋭い棘が生えた、アルマジロを原型としたモンスターだった。
先ほどのレッドゴブリンに比べれば強力で、この階層においては最も強い部類だろう。全長で三メートル近くはあろうかという体の端から、鞭のような尾を振るわせてゆっくりと近づいてくる。既に補足されているらしい。
「二人とも、モンスターが迫ってるから落ち着いて——」
「大体お前はよォ! 二点を見る状況のとき中間地点にエイム置くのやめろや!」
「なっ……! いいだろ別に、フリックですぐに当てられる!」
「気持ち悪ィんだわ見ててなんかよォ! モヤモヤすんだよなんもねーとこにエイム置いてると!」
「——いい加減話聞きなさいよぉーっ! ばかあ!」
リーザが叫んだのと、スパイクアルマジロがその巨体を大きく跳躍させたのはほぼ同時だった。
空中でぐるりと半回転し、無数の棘が付いた背を下に向ける。その真下にあるのは、叫び声で流石に口喧嘩を中断したアレンの頭頂部だ。