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第七十六話 近代暴力

 無意味な勝負をしてしまったが、まだまだ諦めるわけにはいかない。次は手近な食事処に入ってみる。

 カランコロンと音のなるドアを開けて入った店内は明るくなく、しかし暗くもない。

 丸いテーブルが並んだレストラン。客は多く、そのうちの何人かが入店者にじろりと視線を向け、値踏みするように見つめる。

 子どもというだけでも珍しいのに、金髪碧眼とくればそりゃジロジロ見もする。この世界に来てアレンにとってはもう慣れっこだ。


「お、映画によく出てくる謎の豆料理だ……やたら無表情で食べてるヤツ」

「あんまきょろきょろすんなよ、ユウ」


 席にも着かず、ここでも<オドメント>について知っていることを尋ねて回る。

 しかしここでもやはりと言うか、結果は芳しくなかった。純粋に深く知らなそうな者、知ってはいそうだが話すのをかたくなに拒む者。反応は大抵そのどちらかだったが、アレンたちにとって望む結果ではない。


「お前たち、さっきからチョコチョコ動き回っててうぜェんだよ! マズいメシがさらにマズくならぁ」

「そうだそうだ! 食わねーなら出てけっ!」

「わっ」


 店主はNPCだったので特に構われなかったのだが、そのうちに客の方に食って掛かられてしまった。確かに食事中に知らない人間に質問をして回られていては、不愉快に思うのも無理はない。

 もとより穏やかではない気質の町だ。すぐに敵意が伝播して広がり、店内に急激な険悪さが満ちていく。触れれば弾けてしまいそうなほど。


「アレンちゃん、任せた……!」

「え、お前っ」


 ぼそっと耳打ちをしたと思えば、ユウはアレンの背を押して前へやる。

 鋭い目がアレンに集まる。対処を間違えれば乱闘騒ぎになりかねない。

 とはいえ、すべきことはわかる。そのためにユウがアレンにこの場を任せたことも。内心でユウを恨みながら、アレンは短く息を吸った。


「おにいさんたち、ごめんなさいっ!」


 そして勢いよく頭を下げる。

 相変わらずの幼女のフリ作戦だった。

 最低の策だが効果はてきめんで、女児相手に本気で怒りを保てる人間などそういない。小さな子どもに謝らせたことで、大人げなさから客たちはなんとなく居心地悪そうにテーブルへ視線を戻し始める。


「じゃ、じゃあそういうことで……」


 その隙にそそくさと店を出た。


「ふう、なんとかなったね。よし、じゃあ次はあそこのバーに行こう。ヤバくなったらまたアレンちゃんになんとかしてもらう……!」

「お前マジでいい加減にしろよ?」


 幼女を盾に取った対外的にも自らの精神衛生上にも最悪すぎる奥の手、そんなものをほいほいと使わされてはたまらない。

 そもそも、これが先日「心まで子どもになったのか」と叱責してきた人間の言葉なのか? 仲間ながら言動の滅茶苦茶ぶりにため息を漏らしつつ、ユウが指差す方を見たアレン。

 街角のその一店は看板にしっかりとBARの三文字が描かれており、流石にこんな朝方からやってはいない……と思ったものの、どうやらそうでもないらしい。夜まではカフェでもやっているのかもしれない。


「……入るだけ、入ってみるか」

「そだね。できれば<オドメント>が次に動くタイミングなんかわかればやりやすいんだけど」

「もう幼女のフリはやらないからな。ゼッタイ」


 釘を刺し、念を押してから短いステップを上り、子洒落た飾りが付いた木のドアを開ける。木とコーヒーの香りが中からの空気に混じって流れてくる。

 中はそう広くなかったが、あまり狭い印象を与えなかったのは席が空いていたためだろうか。

 客はただ一人。奥のカウンター席に座る男の背が見える。

 男は、ゆっくりと振り向いた。


「この時間はよォ。おれの貸し切りみたいなもんなんだわ」

「お前は……!」

「明確なルールがあるワケじゃねえ。だが、暗黙の了解としておれは毎朝ここにいて、他の奴ぁ寄り付かねえことになってんだ」


 真っ黒い髪をすべて後ろに流した、眼光鋭い洒脱な男性。席を立つその傍ら、マスターらしき老齢のNPCは感情のない瞳で虚空を見つめるのみ。

 実質的に、この場にいるのはアレンとユウ、そしてこの男——


「——街を知らねえ、お前たちみたいなよそ者以外はな」


 ハーレー。昨夜遭遇した、<オドメント>のリーダーが目の前にいた。こそこそと情報を集め、外堀から埋めるつもりが不運にも殿そのものとバッティングしてしまった。

 想定外の出来事に驚きつつも、まだ場を切り抜ける手段はある。アレンは小さく一度、気づかれないくらいの咳ばらいをした。


「ふ、ふぇぇ~」


 幼女のフリだった。


「猿芝居はよせ」

「えっ——し、芝居だなんてそんなんじゃ」

「どう見てもテメェら親子じゃねえだろバカか? 大方、<緑蝶会>のタヌキにでも誑かされておれを殺しに……まァなんにしろここで死ね。どうせこいつが目当てなんだろ?」


 前言を決定的に翻したアレンを鼻で笑い、ハーレーはそっとインベントリから銃を取り出す。一丁の拳銃だ。コガネムシの羽に似た、静かな輝きを秘める美しいリボルバー銃。

 アレンも含め幾多の転移者プレイヤーがそれを求め、命さえ投げ出した一丁。翠蝶と呼ばれるその鈍い銃口を、ハーレーは一切迷うことなくアレンに向けて引き金を引いた。


「ぉッ」

「アレンちゃん!」


 放たれた弾頭は過たずアレンの腹部を貫く。血は出ずともその臓腑を焼くような激痛に、思わず床に片膝をついた。

 躊躇なく発砲してきたことにも当然驚いたアレンだったが、それ以上に驚愕したのはそのダメージ量だ。視界の端、緑色のHPゲージは今の一撃だけでおよそ四割も削れている。ヘッドショットでもなしに。

 アレンも高レベルとは言えないがそれなりにレベルも上がり、転移したての頃に比べれば装備もあってステータスはずっと向上しているはず。それでも胴体一発で四割とは、皮肉にも、自ら手に入れんとする武器のパワーを身を以って証明してしまった形だ。


「望みの銃で殺してやるよ! おれァルーティンを乱されるのが一番嫌いでな。朝食を邪魔した罪は、塵になって払ってもらう」

「お前は……そうやって、何人の転移者プレイヤーを殺してきた?」


 撃たれはしたが、このゲーム世界では銃弾は体内に残らず消えていく。痛みの波はやがて引いていくものだ。

 額に薄っすら汗をにじませ、ゆっくり息を吐きながらアレンは立ちあがった。

 こうも早く再びこの男と出会うとは思っていなかったが、考えてみればこれはチャンスでもある。この場に他の<オドメント>の連中はいない。場合によっては、今ここで——


「さァな。おれは古参なもんで、この町に来て翠蝶が話題になってからはずっと人を撃ってきた。今更わかりゃしねえよ」

「そんなに大事かよ、その銃が」

「あ? そりゃ翠蝶自体に思い入れはあるけどよ、別に銃のために殺してきたわけじゃねえ。銃を通じて得る立場や、金のためだ。<緑蝶会>はその辺違くて、下らねえコレクターじみた欲で集ってるみてえだが」

「立場だと? そんなもの、この世界の中だけのものだろう!」

「わかってんじゃねえか、おれはキメラ(ここ)から出る気はない。シリディーナの方じゃ<ギルド>が頑張ってるらしいが、まァ出れたら出れたでそれでもいい。どっちでもいいんだよ、おれァ」


 あっけらかんとした物言いに、アレンは言葉を失った。

——どっちでもいい。

 それは、アレンにしては今まで考えもしなかったスタンスだ。

 アレンやユウ、<ギルド>の者らのように元の世界に帰還することが目的なわけでもなければ、アンティルたち<エルピス>の人間のようにこの世界に拘泥するわけでもない。強いて言えば後者寄りなのかもしれないが、どう転んでもいいと思っている。


「話の通じるタイプじゃなさそうだね。どうする?」

「……早撃ちだ。なにも殺し合うことはないだろ、ハーレー。潔く一対一の早撃ちで決めよう」

「早撃ちだァ? お前みたいなガキと……いや、中身はそうじゃないのか? よくわからねェが、そんなモン受ける義理はねえな」

「譲歩してるのがわからないのか? 俺たちは二人、お前は一人だろ。後ろのNPCに手でも貸してもらうのかよ?」

「わかってねェのはお前らだ。二人いればおれに勝てるってのが、既に思い上がりなんだよ」


 早撃ちを提案したのはある種、二対一で殺しあわぬための配慮でもあったが、ハーレーはそれを一蹴した。そして翠蝶をインベントリに仕舞い、別のなにかを取り出す。

 艶消しの黒が妖しく蠢く。拳銃よりも大きく、小銃ライフルよりも小さなそれは、近代的な最先端の暴力と言えた。特に、剣だの魔法だのが闊歩するこのゲーム世界では。


サブ……機関銃マシンガン⁉」

「翠蝶に併せてヴェスパー(こいつ)でハチの巣にされりゃあHPも残んねェだろッ!」


 SMG(サブマシンガン)。この世界に落ちて一度たりとも目にしていなかった、近接戦闘における最適解が敵の手に握られていた。

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